金精峠 (魂精峠・木叢峠)

 

 幸田露伴著『対髑髏』を読んだ。
冬の金精峠越えで道に迷い、辿り着いた川沿いの一軒家で
一人住まいをしている艶めかしい美女に出逢って一夜を共に過ごすという話である。

夜更けの寒さに一組しかない夜具を主客が譲り合った揚句、
女の方から「御一所に臥みましょうと柔らかな手に我手を取りて、ひとみも動かさず平気で
引き立てんとするその美しさ恐ろしさ」、

一緒に同じ布団に包まるか・・・・

「あさましき心は起さざるにもせよ長閑なる夢は結び難く、この女、真実に人間か、狐狸か、
妖怪ならで何ならん。」

結局、眠ることままならず、女の語る身の上を聞く。
そして朝日を迎えると、家も女も雲霧と消え、足下に髑髏が一つ。

物語の前半、峠越えの描写がある。
中禅寺の湯元より峠まで案内人を伴って雪に埋まる峠を越える。
峠で案内人と別れ、片品川へ下る途中、尽く疲れ夜道に難儀し、
妖艶なる美女の住む一軒家に辿り着くのである。

見らるる通り前は前白根奥白根雲の上に頭を出して居る始末、登山は夏さえ難し、
其続きの横手の方は魂精峠(こんせいとうげ)と俗に呼ぶ木叢峠(こむらとうげ)、
此頂上は上野下野両国の境界、山々折り累なりて、当方より越る六里の間に暖湯(ぬるゆ)飲むべき家もなし、
殊更時候大分違いて大沢徳次良あたりは、野州の名花八汐の真盛りなれど、
此近辺はそれもまだ咲かず、まして峠は一面の雪、五尺六尺谷間には積もり居りて道もろくには知れず。
今年になってから越した人は指の数に足らぬ位、とても遊び半分なぞに行かるべき地にあらず。

樅の木柘の木タモの木ドロの木唐松など生い茂りて蔭暗く、此山の本名木叢峠の名は体をあらわして
森森と物凄く、梢を渡る風に露はらはらと襟首に落ち、顔を打つ空翠は気息に伴って胸悪し。

峠を越えて、山懐の不思議世界へ。
峠は異界の入口か、峠の向こうには浮世を厭う霊が漂う。
妖怪か、山姥か、興味ある方は一読を。

小説の内容はさておき、峠越えで道に迷い、山奥にひっそりと佇む一軒家。
一夜の仮宿を請うて戸を叩くと、艶めかしき美女が戸口に顔を出し、
どうぞどうぞと招き入れ、一組しかない布団に寒いからと、二人で包まれる。
こんなことが実際あったらどうしようかと、ありもしないことを考えるのでした。