細尾峠

 

夏目漱石の『坑夫』を読んだ。
主人公は東京を出奔し、周旋屋の口車に乗り足尾の銅山の坑夫になるという話である。

落ちていく(?)人生に甘美を覚え、主人公にちょっとした共感と憧れを感じてしまった。
話の内容はともかく、足尾銅山に向かう道すがら山越えをするシーンがあるのです。

これから山越えをするんだが、
午(ひる)までには銅山(やま)へ着かなくちゃならないから急ぐんだそうだ・・・・
昨夕あれ程登った積だのに、まだ登るんだから嘘の様でもあるが実際見渡してみると
四方は山ばかりだ。
山の中に山があって、その山の中に又山があるんだから馬鹿馬鹿しい程奥へ這入る訳になる。

・・・・一寸留っては四方の山を見廻した。
するとその山がどれもこれも、黒ずんで、凄いほど木を被っている上に、
雲がかかって見る間に、遠くなってしまう。
遠くなると云うより、薄くなると云う方が適当かもしれない。
薄くなった揚句は、次第次第に、深い奥へ引き込んで、
今までは影のように映ってたものが、影さえ見せなくなる。

『坑夫』 夏目漱石 新潮文庫 より 

『足尾万華鏡』(三浦佐久子・随想舎・2004)の「足尾をめぐる峠・峠」の中にも
この山越えのシーンは引用されているが、同著ではこの峠を「細尾峠」だと断定している。

『坑夫』の中に具体的な地名は出てこなかったように記憶しているが、
なぜ細尾峠と断定できるのだろうか?

小説では東京を出て、板橋街道の外れから汽車に乗って移動し、
繁華な町で降ろされ、後はひたすら山中を歩くばかりである。

細尾峠を越えたとすると今市駅や日光駅で下車したことになるのか。
でも、そんなことを思わせる記述はない。

鉄道の開通年や足尾銅山の操業年など詳細な知識はもっていないが、
栃木駅あたりで汽車を降りて粕尾峠を越えて行ったということや、
桐生駅あたりで降りて渡良瀬川流域の銅山街道の峠を越えて行ったという可能性はないのだろうか?

『坑夫』本文だけを読んでも細尾峠と断定するには材料が足りないが、
注釈や漱石のその他の素材資料を読むと細尾峠越えに結果どうやらなるらしい。

山越えをする前に谷川(注釈によると「大谷川」)に沿って歩くシーンがあるので、
細尾峠ということになるのだろう。
まさか、半月峠や阿世潟峠ではないだろう。

実世界から異種なる世界へ逃亡したくなる気持はある。
しかし、山越えをして辿り着いた次なる世界が逃げ出してきた世界より居心地が良いという保障はない。
相当の覚悟か諦めか、あるいは厭世観が必要となるだろう。

常に峠のあちらとこちらが異質であるとも限らない。
こちらもあちらも人の住む世界である以上は。