ちょっと昔の峠を探して・九鬼山周辺の峠

@ 田中峠?・沢井峠 / A 田中峠?(七曲峠?)・札金峠・弥生峠

【おまけ】 熊峠・横吹峠・鈴ヶ音峠(小沢峠・鈴懸峠)・突坂峠(御観音峠)

ちょっと昔の『山と高原地図 高尾・陣場』(昭文社)を見ると、
JR中央線猿橋駅の南方に「田中峠」という名前の峠が記載されている。
あまり峠名としては魅力的な名前ではないが、前から何となく気になっていた。
それは、その隣りに「ニュータウン造成中」の文字が見えたからかもしれない。
またひとつ、この世から峠が消されてしまう前に是非訪れてみたいと思っていた。

出発前に本屋さんで最新の『山と高原地図』を見てみると、
既に「田中峠」の名は地図から消えていて、「ビュウ桂台」という新造住宅地の名が記されていた。
すでに手遅れであったのだろうかと心配しながらも、ちょっと昔の峠探しに出かけた。

◆ 1回目 ◆


住宅開発地パストラルビュウ桂台
造成地南端の見晴台より百蔵山・扇山を望む

猿橋駅で下車すると、いつのまにか駅舎は新しくなっていた。
平日の昼間のせいか人影も疎らで駅員もいない。
新駅舎のくせに自動改札機は設置されておらず、
正規乗車料金で来たことを後悔したりもする。

駅南口からは山上の新住宅地へ住人を運び上げてくれる
「シャトル桂台」という無料のモノレールに乗車する。
乗車時間わずか3分余りで山を崩して造成された
広大な住宅地の一角に到着。

シャトル内からの景色も良かったが、
降り立った住宅地はぐるりを山に囲まれていて、
居住するには良い環境だ。
大桑山、大秋日山、扇山、百蔵山、岩殿山、姥子山、
雁ガ腹摺山、小金沢連嶺の山々など
中央線沿線の山マニアにはたまらない環境だ。

しかし、この住宅地造成のために、
ひとつの山が削られたのも紛れもない事実だ。
広大な宅地の半分以上はまだ販売されていないようだ。
販売会社は土地の高騰でも待っているのだろうか?

中央線沿線では他に四方津駅の北方に四方津御前山を
半壊させて造成した「コモア四方津」という住宅地もある。
ただでさえゴルフ場の乱立で傷めつけられている沿線の山々は
宅地開発の波を受けて今後どうなるのだろうか。


かつての田中峠道か?

新造住宅地ビュウ桂台南端の見晴台に登る。
大木の根元に石祠が安置されているが、まさかここが
田中峠の峠跡ではあるまい。(?)

貯水槽脇の山道に分け入ると古道らしき凹状の道が続く。
九鬼山を示す標柱もある。 
なんとなく峠らしくも思えてくる。
さらに進むと緩斜面の杉の植林地に出て道は消滅してしまった。

ここにも木に括りつけられた判読できぬ
標識があったが田中峠であろうか。
潰れた小屋跡もある。

道の消滅で行き詰まったが、
闇雲に斜面を這い上がり神楽山の東尾根に出た。
少々ヤブ気味だが尾根を辿り神楽山頂に至った。
 


何も無い沢井峠

25000図や大月市観光課発行の観光マップには、
猿橋と小沢川沿いの田中集落を結ぶ田中峠道は破線で
記載されているが結局よくわからなかった。

テレビアンテナに占領された神楽山から御前山を経由して
菊花山の南鞍部にある沢井峠を目指すことにした。
沢井峠は猿橋と沢井集落を結ぶ峠である。

九鬼山縦走尾根を沢井ノ頭で西に折れ、菊花山に向けて
落葉の積もった滑り易い急斜面の下降を開始する。
それほどヤブもひどくはなく道も明瞭である。

最低鞍部が沢井峠であるが、
地形図記載の尾根を越えているはずの峠道は見当たらない。
峠には何も無く、UHFのアンテナが
ひとつ転がっているだけだった。


大月駅の裏山・菊花山

菊花山の山頂からは岩殿山がよく見える。
脚下には大月の街が広がっている。
この山を大月側では「貧乏山」と呼ぶらしい。
町の南に位置し太陽の光を奪うからだ。

逆に沢井の集落では冬の北風を遮り、
薪炭を産出するこの山を
「恵みの山、宝山」と称したという。

大月の街並みを見てしまったら急に下界が恋しくなり、
山を下ることにしてしまった。
寒風が身に凍みるし、雪雲が近づいてきたせいもある。
クリームパン1個の昼食では暖かい食事も恋しくなるものだ。

◆ 2回目 ◆


登山道上の田中峠らしき地点
左手に下る道に虎ロープが張られ
進入禁止になっている。


震える観音様

前回の田中峠探しから二日後の日曜日、またも懲りずに
猿橋駅のホームに降り立った。
今回も駅員はいないのかと期待して来たが、休日のせいか
それとも昨日降った雪の対応のためか駅員は駐在しており、
しっかりと正規料金を精算して駅の外に出た。
悪いことは出来ないものだ。(あたりまえか)

一地方の小峠である「田中峠」に固執する必要も無いのだが、
どうも気になってしまい前回の訪問からの帰宅後に文献を
調べてみると、猿橋から御前山へ向かう登山道上に田中峠
の名を記したものを見つけた。

前回は神楽山東尾根から御前山に行ってしまったので、
見落していた場所である。 
文献によると、そこは「七曲」とも呼ばれ、
「七曲峠」としているものもある。
果たして田中峠と同一だろうか?
その地点には菖蒲神社の朽ちた祠があるとも記されている。


御前山より大秋日山と麓の幡野集落


札金峠

雪化粧した山道を辿り、思いのほか高い地点まで稜上を
登った所にその七曲峠(田中峠?)らしき所はあったが、
菖蒲神社の祠も、猿橋側に下る道も見当たらない。
ただ、田中方面に向かう道は虎ロープが張られ塞がれている。

ここが探していた田中峠なのだろうか?
付近の地形から考えて、峠道がこんな標高の高い地点まで
上がってくる必然性は無いと思うのだが・・・。

この峠らしき地点をさらに少し登った所に馬頭観音らしき
一体の石仏が降り積もった雪の中で震えていた。

結局、二度の訪問でも田中峠の生存の有無と、
正確な位置は知ることが出来なかった。
「ビュウ桂台」の大規模宅地造成で
消え去ってしまったのではないことを祈る。


札金峠

沢井ノ頭までは前回同様に御前山を経由して
落葉林の明るい尾根道を進み、
その先は未踏の九鬼山を目指して、
馬立山、札金峠を経由して縦走路を南下することにした。

すれ違う人も無く静かな山歩きを堪能できるコースだ。

札金峠は「杉林の中の暗い峠で、峠の情緒は無い」などと
書かれたガイドブックや文献を事前に読んでいて、
たいした期待はしていなかったが、
いざ訪れてみるとなかなか良い感じの峠である。


札金峠の凹道・西側への明るい窓

峠は朝日小沢と田野倉を結んでいる。
朝日小沢側から峠道を辿れば、ほの暗い杉林を抜けて
突然パッと前方がひらけるあたりが心憎い演出だ。

小さな切り通しのような凹状の峠からは
三ッ峠方面が遠望できる。

田野倉からの登山者は、
この先で合流するバイパスを利用するらしく、
峠自体は至って静かで趣がある。


九鬼山 山頂

「紺屋の休場」という見晴らしのよい小広い平坦地を過ぎ、
九鬼山北東面を大きく回り込めば、ひと登りで山頂に至る。

山頂からの展望は天下一品!
近くは滝子山、雁ガ腹摺山、奈良倉山、麻生山、権現山から
遠くは雲取山、飛龍山や南アルプスの一部も見える。
ちょっと離れた富士見平からは富士の眺めも雄大だ。


ウサギの広場

「弥生峠」は九鬼山から禾生駅に向かう杉山新道という
登山道の途中にある峠。
古いガイドブックには名を見ないので新しい峠なのかもしれない。

杉山新道には「ウサギの広場」や「ハチのテラス」といった
小洒落た名前が付けられた場所もある。
九鬼山に登るだけならこの道を利用した方が楽かもしれない。


弥生峠

なぜ峠に「弥生」と付けられたのだろうか?
付近には「みゆき」尾根、「久美」山と書かれた標識もある。
「弥生・みゆき・久美」とは道を開いた方の家族の名前だろうか?
杉山弥生、杉山みゆき、杉山久美、どれもありそうな名前だ。
それとも行きつけの飲み屋のホステスの名前だろうか?

峠周辺はカラマツに囲まれ明るい雰囲気だが、
片隅に「リニア展望台」との看板があり、
脚下にリニアモーター実験線が目に入るのが残念。

明るいカラマツのジグザグから杉林のジグザクへ変わり、
アバラ沢を渡れば富士急行線禾生駅も近い。

ちょっと昔の地図に名前のあった峠を探し求めて彷徨ったが、
時間の経過はちょっとでも、
変貌の有様はちょっとというわけにはいかなかったようだ。

宅地造成で消えゆく峠もあれば、
新登山道の開削で新しく生まれる峠も
あるということなのだろうか。

【後記】

・『新ハイキング』1994.12. 470号を見ていたら「大秋田山〜大桑山」(山口ゆき子氏)の記録の中に田中峠が出ていました。
 どうも当時から、はっきりしていなかった峠のようです。
・戦前の地形図を入手したところ、明確に峠道が記されていました今後の課題です。 



熊峠

禾生駅に到着した時刻が早かったので付近の峠を散策する。

『山と高原地図』にも禾生駅の西北に名前のある熊峠を
訪ねるべく桂川に架かる川茂橋を渡る。
幼稚園とお寺とお墓の前を通り、
爪先上がりの舗装路を登れば熊峠に至る。

峠名を記した標識は無いが「熊に注意」の看板があった。
峠を越えると古宿集落で高川山への登山口がある。


横吹峠か?

横吹峠は『山梨の峠』に掲載されていた峠で、
横吹集落と羽根子集落を結ぶ。

横吹老人ホームの先を探してみたが判然としなかった。
どうやら新しく出来たゴルフ場に飲み込まれたようである。

* 富士急行線禾生駅の女性駅長?さんはとても親切で気さくな方です。
  JR乗り入れの「ホリデー快速」は快適快適!禾生から八王子まで直通で、しかもゆったりシートで一杯飲める。


鈴ヶ音峠 (小沢峠・鈴懸峠)

九鬼山からさらに縦走を続け
高畑山・倉岳山に向かうこともできる。
その途上にあるのが突坂峠と鈴ヶ音峠だ。

鈴ヶ音峠は朝日小沢と大平集落を結ぶ峠で
舗装された鈴懸林道が抜けている。
峠は切り通し状で、懸崖の上に馬頭観音と刻まれた
明治期の板碑がある。

そのむかし長さ33尋、7つの鈴と7つの鏡のついた大幡が
飛んで来てこの峠へ落下したという伝説が残されている。

南の大平側の展望は明るく、
朝日曽雌の高取山・サイマル山を前衛にして、
その背後に道志山塊の朝日山・今倉山が望まれる。
高取山には大平から曽雌に越える小沢峠(大平峠)が眠る。
(小沢峠を山沢峠とした文献も多くある)


突坂峠 (御観音峠)の石仏

鈴懸林道から派生し無線通信施設へと向かう
作業道(鎖で封鎖)を辿り、
大秋日山と大桑山の鞍部のガードレールを跨げば
突坂峠に至る。

峠の松の大木の根元に一体の馬頭観音が安置されている。
峠は幡野集落と大平集落を結ぶが廃道となって久しい。

『山梨の峠』には別名として「ズカ峠」とも記されている。
通のハイカーは「御観音」と呼ぶらしい。

◆ 後日、再探索した田中峠と再訪した突坂峠・鈴ヶ音峠のレポートを見る。