美しい山間集落の峠
小津坂峠・真峰越・要倉峠 【おまけ】 恋路峠
| 醍醐林道を歩いたときから気になっていた美しい山間の村「醍醐」、「振宿」の集落。 その背後に秘められた峠道を探訪してみました。 * |
|
高尾に向かう道すがら、横山道の「越地の坂」を越えてみました。 別名「恋路の坂」とも呼ばれているところです。 鎌倉時代は「山ノ手の鎌倉道」といい、 八王子千人頭、原半佐衛門の娘が禁断の制を破って、 悲哀の坂道も、今では巨大団地が開発され、 |
*
|
陣場街道も駒木野あたりから、味わい深い山村風景となります。 立派な門構えの民家も点在しています。 駒木野の先、恩方から小津に越える山道が小津坂峠で、 夕焼小焼の作詞者、中村雨紅の出身地であるとは知っていましたが、 |
|
醍醐川沿いに進むと「神水」が湧き出している所があります。 「琴の水」と呼ばれ、近郷から水汲みに訪れる人もいるといいます。 近くには文化時代の馬頭観音があり花が手向けられていました。 湧水の裏手からのびる山道に入り、真峰越を目指します。 |
|
ひと登りで、真峰越に到着です。 峠には永享12年の建立と伝えられる住吉神社が祀られています。 真峰明神とも呼ばれているそうです。 峠の傍らに山ノ神の祠がありました。 |
|
地図と睨めっこして西に進むと、 植林地内に要倉山を示す標杭と三角点が見つかりました。 さらに西に進んで、562m点に辿り着きましたが、 |
|
562m点から急下降して鞍部に辿り着きました。 ここ(左写真)が要倉峠でしょうか? あるいは573m峰の西の鞍部が要倉峠でしょうか? 事前調査でゼンリンの住宅地図を見た際、 とりあえずここを振宿側に下ってみますが道は途中で消滅。 |
|
沢の二俣で考え、 もう一方の沢沿いの源流への道を進むことにしましたが、 脇の山の斜面にテープのついた道を発見してしまいました。 今、下ってきた沢沿いの道がひどいヤブであったことから、 明るい山頂らしき所に出た時には、 |
|
高茶山をわずかに下ると、 熊野神社本宮跡があり、その由緒書きがありました。 こんな山の上に、神社などあったのかと疑いたくなりますが、 周辺にはそれらしき小広い平地があります。 要倉峠方面に復帰しようと試みますが、道が判然としません。 |
|
それでも要倉峠探索が諦めきれず、 陣場街道を関場方面に少し戻り、 老人ホームを過ぎた先の分岐を折れて、 今度は要倉峠の南側の椚沢側から攻めることにしました。 林道を歩き、沢を詰めましたが、 尾根に出ることは出来ましたが、方向感覚を失い、 |
|
山ノ神のある斜面を植林地の作業道を頼りになんとか下降すると、 振宿集落の民家の裏手に飛び出しました。 庭先を通らせてもらって醍醐大橋でホッと一息です。 結局、要倉峠の正確な位置はわかりませんでしたが、 狐につままれたような峠行ではありましたが、 |
|
竜蔵権現下の醍醐川の流れは、 「竜神淵」と呼ばれる雨乞いの淵です。 近隣の村々から雨乞いにやって来ると、 家に帰り着かないうちに雨が降り出すという効き目の高さで、 雨に降りこめられた人々に一夜の宿を提供したことから、 「降り宿」、「振宿」と呼ばれるようになったといいます。 でも、実際には、「宿(ヤド)」は「ヤト」のことで、 また醍醐の山奥には、 まだ未知なる場所が多いので、この集落を再訪したいと思います。 |