パパチャリでポタリング

旧満地トンネル・旧満地峠・古満地峠・大荷田峠(万場坂)・間坂・<五日市峠>・二ッ塚峠

・旧二ッ塚峠(蒟蒻峠)・蛇野峠・間坂峠・<白倉峠>・ぐみの木峠・小机峠・横沢入峠

 お正月に初詣のついでにと御嶽神社から満地峠までの間に点在する峠を巡りました。
しかし、満地峠で日が暮れてしまって、じっくりと散策することが出来ませんでした。

今回はその後編として、正月飾りがまだ残るその数日後にパパチャリを伴って再訪しました。
(初詣ついでの峠・伝説の峠と柵沿いの山道を歩くの続編です。)

第一の目的は、明るい中で旧満地峠を見ること。見間違いではないはずの「古」満地峠も再確認すること。
第二の目的は、大荷田川沿いを走り大荷田峠を確認すること。
第三の目的は、旧二ッ塚峠の別名の蒟蒻峠の由来となった蒟蒻石を見ること。

そして第四の目的として、五日市周辺の峠をできるだけ巡ることとした。


旧・満地トンネル

草花丘陵の外れの某スーパーの駐車場に車を置かせてもらって、
荷台からパパチャリを放出した。
(一応、お店で買物をしているのでお客様である)

冷たい風が吹く中、旧満地トンネルへ。
現満地トンネルは自動車専用道で自転車・歩行者は通行できない。

旧トンネル内は、スプレー落書きの一大展示場となっている。
夜間など治安が悪そうで、一人歩きなどとても出来そうもない。
それにしても、このトンネルは幅員が狭いようであるが、
昔は交互通行だったのだろうか?


旧満地峠への道

トンネルを抜け北の友田側から旧満地峠道を登る。
前回は暗闇の中を下ってきた道だ。
落ち葉を踏みしめる感触が良かったので期待はしてはいたが、
明るい中を進むと、やはり心地好い峠道である。

ギア無しパパチャリはほとんど押して歩く状態。
青い空の下、冬枯れの雑木林の道を行くのは気持が良い。

満地峠は、『武蔵名勝図会』では「万字峠」。
『武蔵国風土記稿』では「マンジ峠」と記し、
「文字詳らかならず」とある。

その他の表記としては「万地、卍、万寿、満寿」がある。
道が卍型だからとか、山の形が饅頭のようだからという説がある。 
また、万寿という言葉は寿命の長久を願う言葉で、
この峠を越えた人々の安全を願う気持が込められているともいう。


旧満地峠のフェンス

そういえば、菅生側に「万寿山〇〇教」と書かれた
某宗教団体の看板があった。

この付近に「方砂山」という山があるらしいが、
「方」という字を誤記して「万」とすれば、
「マンズ」と読めないこともない。
「マンズ(ジ)」山を越えるからマンジ峠になったとは考えすぎか?

峠は八王子と青梅を結んだ街道であった。
成木の石灰もここを越えて八王子に搬出されていったという。
今、旧峠はフェンスが塞ぎ南側部分の道を通行不能にしている。
南側は某宗教団体の「御神域」ということで立ち入りができない。


満地峠の標識

尾根に出て、西へわずか進むと
古満地峠という標識のある峠状の場所に出る。

ということは、満地峠は新トンネル・旧トンネル・旧峠・古峠と
時代とともに変遷していっているのだろうか。

古満地峠からは、南側に下ることも可能なようだ。
標識にも「←友田・菅生→」とある。


古満地峠全景

他にも宗教団体施設の塀沿いにも南へ続く道はつけられている。
道は交わり、分岐して、なんとなく卍型のようにも見えてくる。
峠名は卍説が有力かもしれないと思えてきた。

ここで引き返し旧峠道をパパチャリでダウンヒルする。
途中に倒木があるので調子に乗っていると
顔面を強打するので注意が必要である。


大荷田峠 (万場坂道)

大荷田川沿いの丘陵に挟まれた雰囲気の良い道を
パパチャリで快走して、『青梅市史』の付図に名前がある
大荷田峠を目指す。

満地峠と二ッ塚峠のほぼ中間辺りに集落があり、
そこから大荷田川を橋で渡り、北側の丘陵を越える坂道がある。

坂の口に「万場坂道」という標柱が立っていた。
坂を上り詰めたところが大荷田峠ではなかろうか。
峠は切通し状で、傍らには農道開鑿記念碑があった。
峠を北に越えると某大学があるらしい。


五日市峠?への道
手入れされた雑木林の道

再び大荷田川沿いの道に戻り、
橋の近くにある穏和な馬頭観音に挨拶してからさらに西に進む。
わずかで、大きなケヤキの下に木製の祠を見る。

その先左手(南側)の小道に分け入ってみる。
地形図に破線で表記されているこの道は、
もしや五日市峠への道ではないだろうか?

満地峠と二ッ塚峠の間には五日市峠という峠があるらしい。
ただ詳細は不明で、もしかしたら位置も見当違いかも・・・
しかし、「五日市峠」という峠は何処かに存在しているはず。(?)


『青梅市史・付図』にある間坂か?

病院独特のニオイを嗅いで、だらだらした坂道を汗して上れば、
二ッ塚峠からの車道と接続する。
『青梅市史』の付図によると、この辺を「間坂」としている。

二ッ塚峠にパパチャリを置いて蒟蒻峠(旧二ッ塚峠)へ。
ほんの数日前に訪れたばかりだが、また来てしまった。
都市近郊にある割には、なかなか味のある峠である。


蒟蒻石

峠のすぐ近くに「こんにゃく石」はあるのかと思ったら、
結構なアルバイトで吉野街道側(北側)へ下らなければならなく、
予想とは大違いであった。

こんにゃく石そのものも予想に反してバカデカイ!
ほの暗いヒノキ林の中に、デンと構えていた。
「高さ三間横五、六間程大いなる石にて其色こんにゃくに似たる」と
『名勝図会』にも書かれている。


蒟蒻峠 (旧二ッ塚峠)

こんにゃく石は馬を引いた往来の人の休み場であったという。

丑三つ時になるとブヨブヨして藁でも通すほど柔らかくなるとか、
大晦日の、あるいは2月8日の真夜中だけ針や刀が刺さり、
武士が自分の太刀を突き刺したまま行き過ぎてしまったという話も残る。

こんにゃく石には篤志家さんの手製の案内板があったが、
こういうものは青梅市教育委員会で設置してもよいのではないか?

歴史ある峠の古道。この道も「縞の道」であった。
青梅の機屋が大久野やその他の小宮領の村々へ通った道。
こんにゃく石や二ッ塚の悲しい伝説は後世まで
伝え残していきたいものだ。


蛇野峠

停めていたパパチャリに戻り二ッ塚峠の豪快ダウンヒル。
テレビニュースで何度か見た日の出町産廃処分場正門前を通過し、
玉ノ内から坊平へ越える蛇野峠へ。

地図を良く見れば迷うことなく峠道へ。
玉ノ内側は、まさに舗装工事直前であり、ギリギリセーフであった。
まだ土道の峠道を越える感触を味わうことができたのは嬉しい。

峠には大久野第二配水所という施設があり、
少し下った所に都の天然記念物「大久野のフジ」がある。


林道桧山路線 入口

梅ヶ谷峠へ向かう車道に出て、しばらく北上していると、
途中に白倉入沢という名の沢を発見。

『風土記稿』には「白倉峠」という項があり、
「村の東にあり上り五、六町許これも青梅村への往来なり」
と書かれている。
どこのことだか気になっていたが、
どうやらこの白倉入沢に沿った道筋だったらしい。

『風土記稿』には馬引沢峠の名前は無く、
白倉峠の記載があるというのはどういうことだろうか?


間坂峠 (将門坂)

間坂峠を目指して林道桧山路線へ。
林道の入口では、この地の産物である卒塔婆を作る細長い
板材を乾燥させていた。

この地は、モミの育成に適し良質の材がとれるという。
モミは材質が脆く腐食しやすいため建築用材には不向きだか、
地肌が白く、墨の吸い込みがよいから文字を書くのには
適しているという。

林道桧山路線に入ってすぐに左右二本の別れ道がある。
どちらを行くか迷う所だ。
人生の選択でも道を誤り、ここの分岐でも選択を間違えた。


間坂峠出口にあった腐った看板

正しい道を確認し間坂峠へ。
平将門が戦いに敗れて奥多摩方面へ逃れる時に
越えた峠であると『五日市町史』では紹介している。

峠は水口と岩井を結ぶ。
峠を挟んで上りも下りも一直線の坂道で
旅人へのやさしさが微塵も感じられない。

一目散に逃げ落ちるにはよいのかもしれないが、
果たしてこの急坂を馬は登れたのだろうか?

将門伝説、いまいずこ。
峠には防火用水の黄色いドラム缶がポツンとあるだけ。


ぐみの木峠

ぐみの木峠は幸神神社から小机へ越す峠。
とある本の写真で見た時は良い印象であったが、
いざ現地に行くと、どこにでもある林間の田舎道であった。 【*1】

小机峠は大久野と五日市を結ぶ単なる坂道。
交通量も激しく工場や老人ホームなどあり、峠の情趣は無い。
小机峠という名も通用するものなのか定かではない。


横沢入峠
(正式の呼名であるかは不明)

三内から大悲願寺へ越える横沢小机林道上の
小さい峠が横沢入峠である。これが正式名称であるのかは不明。
全線ダートの林道で、ギアなし、サスなしのパパチャリでは
乗車しての突破はキツクて押しがほとんどだった。

横沢入のような野原や小川のせせらぎは、
一昔前はどこにでもあったと思う。
それがこれだけ貴重視されるは、
この国の大地が相当に傷めつけられている証拠かもしれない。

そろそろ日が暮れるので、車を停めた草花丘陵へ戻ろうと、
武蔵増戸の畑の中をパパチャリで快調に走行していたら、
一時停止を無視したオバちゃん運転の車にチャリ後部を
引っ掛けられてしまった。

転倒も損傷もなかったが、今考えれば大袈裟に転倒でもして、
新しくMTBを購入するための賠償金をせしめればよかったかなどと、
「あたり屋」のような不謹慎なことを思ったりしてしまった。

その後もパパチャリは健在でパパチャリ峠行も継続している。
ちなみに、パパチャリには乗っていますがパパではありません。
あしからず。

【*1】 とある本とは、『五日市町の古道と地名』(五日市町教育委員会)