都県境尾根の峠2 − 正木峠を探索する −

久道入りの峠?・正木峠?・黄楊峠・堂所?

 以前に、東京・埼玉の都県境尾根に位置する水口峠、黄楊峠を訪れました。
それら峠のさらに東に、「正木峠」、「久道入りの峠」なるものがあるということを
雑誌『新ハイキング373号』を見て知り、早速訪れてみることにしました。

尚、『青梅市史』には、「堂所」、「久道入」の名をみることができます。


『新ハイキング373号』(新ハイキング社)より
「直竹・成木の分水嶺を歩く」宇山清太郎著

『新ハイキング373号』でも少々混乱しているようで、
正木峠・久道入りの峠の位置は確定されていません。

『青梅を歩く』(青梅市教育委員会)や『奥武蔵』(大石真人著)を引用し、
検討をしていますが、確かな情報は無いようです。

また、久道入りの峠とは、久道から久道入りに至る
いくつかある峠の総称ではないかともしています。

正木峠もあるいは久道入りの峠の一つ、
または同じものではないでしょうか?

また、文中では割り石の組んである峠が
正木峠であるという説も紹介してあり、
左の図では、その位置が正木峠としてあります。(藤本一美説)

左図の(?)マークのある正木峠は『奥武蔵』の大石真人説。
同じく(?)マークのある久道入りの峠は教育委員会説です。

『新ハイキング』では、
『青梅市史』にある堂所については触れられていませんでしたが、
堂所は左図の正木峠の上(西)の送電線を越えた所になります。
また、『青梅市史』にある久道入は、左図の久道入りの峠に近いようですが、
若干違うようにも見え、左図、正木峠のちょっと下辺りのようです。

以上の説明でわかりましたでしょうか?
わかりませんよね。 それに関心ありませんよね。
こんな一地方のマイナーな峠に深入りするのは
ちょっと病気かもしれませんよね。

◆ 正木峠探索1回目 ◆


推定・久道入りの峠

とりあえず正木峠の探索へ出発。

久道バス停近くの鈴木治療院の脇から侵入を試みます。
すぐ裏手、杉の大木の根元にお堂があり、
そこからのびる畑の中の道を行くと、次第に山道に変わり、
山中に吸い込まれてゆきます。

途中ではっきりした道は消えますが、
尾根につけられた仕事道を登り支尾根に出ることができます。 
支尾根から主尾根に合流して探索を開始しますが、
地形が複雑で(細かくて)地図を読みこなすことが出来ません。
全山植林帯で展望も無く、現在地の把握も困難です。

検討の上、左写真の場所を推定・久道入りの峠としましたが、
どうでしょうか? 一応黄色のテープを巻いて「久道入りの峠かな」と
マジックで書いて残して来ましたが・・・


採石場で消えた尾根

さらに尾根を進んで正木峠探索を進めましたが、
尾根は採石場によって分断されていました。

無い尾根を先に進むこともできず、
巻いて行こうにも藪が邪魔をしているし、踏み跡もありません。
採石場の大型重機がすぐそこで唸りをあげていますし、
立入禁止の看板もあるのでここで今回は引き返すことにしました。

この付近は埼玉県側に尾根を越えて東京都が喰い込んでいるのですが、
東京都側の部分を全部切り崩す勢いで採石が進められています。


山中の謎の石積み

山中は、イノシシかタヌキかわからないが獣の臭いが非常に強いです。
こんな騒がしい山中で生きてゆけるのだろうか?

来た道を戻っていたはずが、
青いビニールヒモにつられて支尾根を間違えて
合戦坂に向かう尾根道に誘い込まれてしまった、ヤレヤレ。
しかし、道に迷ったおかげで左写真の謎の石積みを発見しました。

炭焼きの窯跡でもないようだし、石灰を焼いた窯跡でもないようだ。
そんなに古い時代のものではないようだが、
いったい何の目的で組まれたものだろうか。

そして、正木峠はどこにあるのだろうか?

◆ 正木峠探索2回目 ◆


二度目の黄楊峠(栂のもと)

今回は前回採石場に阻まれた尾根道を反対側から探索してみる。

滝成バス停近くにある滝成林道から山道に入ってみた。
林道脇で畑仕事をしていた地元の方に正木峠、久道入りの峠に
ついて聞いてみたが、いずれも知らなかった。

林道はすぐに終点をむかえて、植林地の山道となる。
その山道もひと登りで、倒木で埋まる小広い台地に出て消滅してしまった。
ふと足元を見ると、数体の鹿(?)の骨と毟られた体毛が散乱していた。
猟で射止めた獣を解体した跡らしい。

勘に任せて斜面を登り、主尾根に至って西に向かってみる。
大きなコブを一つ越えて斜面を下ると、
以前訪れた黄楊峠に着いてしまった。


推定・堂所

越えたコブを再び越えて、三、四回のアップダウンを繰り返すと、
はっきりした道と合流する。
送電線巡視路であり、埼玉県側にのびる明瞭な道もある。

正木峠とは位置が違うので、
どうやら『青梅市史』にある「堂所」と呼ばれる地点であるらしい。

左写真の桜の大木のある場所を推定・堂所としてみた。
果たして正しいだろうか?
堂所は所久保観音堂の旧地ともいわれている。


送電鉄塔 青梅線49号

推定・堂所からわずかばかり東に尾根を進めば、
送電鉄塔青梅線49号に至る。
青梅市20の二級基準点が埋められていた。

この先に待望の正木峠があるはずだがヤブが深い。
それに、すぐ向こうは採石場である。

どうやらまた、正木峠の発見には至らなかった。
仕方なく、送電線巡視路を表す黄色い標杭にしたがって、
山を降りることにする。


送電線巡視路 出入り口(蔵の脇)

明瞭な山道をジグザグと木製階段で下り、麓に出た所が左写真の
蔵の脇であった。入口はなんと不明瞭なことだろうか。

結局、今回も正木峠は発見できませんでした。
もしかしたら、すでに採石のために切り崩されてしまったのかもしれません。

既に消滅してしまった峠を探し求めて
山中を無駄に彷徨っていたのかもしれません。

また課題が残ってしまいました。
答えが判るまで探索しようと思います。
次回は埼玉県側の間野集落からの探索を考えています。
正木峠に巡り会うのは、いつのことになるのやら。

* 埼玉県側に林道正木入線、正木橋というのがあるので、そこを詰めるのだろうか?

* 『株式会社村尾組 成木工場採石拡張事業 事後調査報告書』 等、 採石工場に関する環境アセスメントの報告書を
  図書館で見ますと、正木峠は完全に採石場内に埋没しているようにも思えます。