峠ストーカー

 

「ストーカー」という言葉に良い響きも、良い印象も無い。
その行為も実に酷いものである。

しかし、もしかしたら私もそのストーカーの一人なのかもしれない。
それも 峠の・・・

多くの峠を歩くことで、満足を得て、
峠の姿をカメラに収め独り悦に浸る様など、他人から見れば
尋常ではないのかもしれない。

時には、一つの峠に執拗にまとわりついて、
峠の平穏・静寂を掻き乱し、蹂躙する。

峠の気持(?)など考えることなしに。

ヤブをかき分け、忘れられつつある姿を露(あらわ)にしたり、
静かに眠りについた峠道を、おかまいなしに
揺り起こそうとしている。

こんな行為は、当の峠にとってしてみれば
ストーカー行為以外のなにものでもないのかもしれない。
「もう、僕にまとわりつかないでくれ!」
ひょっとすると、峠はそう叫んでいるのかもしれない。

そう考えると、自己満足の為の峠行は、
少々自粛しなければならないのかもしれない。

かといって峠の正直なところの気持を聞いたことも無いし・・・

峠は静寂の支配よりも、
多くの人に歩かれることを望んでいるのかもしれない。

あるいは、その逆で、静かにヤブに埋もれ、
本来の自然の姿に戻っていくことを望んでいるのかもしれない。

いったい峠の意思をどう確認したらいいのだろうか。