峠に関する心に残る美しい文章、感慨深い言葉などを集めてみました。
峠って何だろう。
古い歴史が踏み固められているところ。
人々のうらみつらみが折り重なっているところ。
さまざまの妖精たちがうごめいている。
旅人は祈りをささげ、お許しを乞うて通過した・・・。
峠って何だろう。
背中の思い出が消えて、目の前にまったく新しい希望がせり上がってくるところ・・・。
峠って何だろう。
二つの国から吹き上げる風が、手を合わせるように一つになって、
新しい歌を天にささげるところ・・・。
『信州の峠』 市川健夫 第一法規出版
峠の頂上で私は立ちどまる。
道は両側へくだり、水は両側に流れる。
そしてこの高所でたがいに隣りあい、たがいに手を取り合って一緒にいるものが、
かなた二つの世界にそれぞれの道を見いだす。
私の靴のかろく触れている小さい水溜りは、北のほうへ滴り落ちる。
その水は遠い寒冷な海へそそぐのだ。
しかしそのすぐそばにある僅かばかりの残雪は、滴々として南へしたたる。
〜しかし世界のすべての水はやがて再びめぐりあい、氷海とナイルとは湿った雲の中でまじりあう。
古い美しい寓話が私のこの瞬間を神聖なものにする。
われわれ漂泊者にとってもまた、それぞれの道が家へ通じているのだ。
『ワ゛ンデリング』 ヘルマン・ヘッセ 尾崎喜八 訳 朋文堂
国界。それは高原の落葉松や白樺に属する。
それは颯々とゆく風に属し、地平線に牧する朝夕の雲に属し、
蒼空をながれる鷹に属し、其処を領する大いなる真昼と荘厳な夜天に属する。
それは薄青い遠方に消える一筋の街道に、夕日に染まる孤独の旅籠屋(オーベルジュ)や、
其処を過ぎる時折の里人や行商人に属する。
そしてそれは開放された一個の自由な精神に、
悲哀にも歓喜にも最早や晴朗になった一人の漂泊者の心に属する。
『山の絵本』 「念場ガ原・野辺山ノ原」 尾崎喜八
山にのぼる者の心を、もっとも強く惹きつけるものはなんといっても峰の頂きだ。
けれど、その頂きと頂きとの間の、低い凹みをいう峠というものにも、
私たち、山にのぼる者の心を惹くに足るものが幾分はあるように思える。
ことに私たちが、ただ山にのぼるのを愛するほかに、
また山々の中をさまよい歩くことや、
旅人のもつ心を多分に持つにおいては特に然るをおぼえる。
『山-随想-』 大島亮吉 中公文庫
日本に於ては、登山の旅は、単に山頂だけでなく、峠・高原・山湖・渓谷・森林、
時には山村などをも対象とする。
山岳地方の旅を含み、且つこれ等のものは山頂に劣らず、
それぞれ独立の価値をもって、登山者を誘引する魅力を持っているので、
山頂およびこれ等一切のものを含む登山の旅を、
山旅という言葉をもって表現することは極めて適切であると思う。
『わが山旅五十年』 田部重治 二見書房
山頂をのみ追う人間が、毎も山のみでは満足が得られなくなり、
人間に、自然の間に住む人間に感興を見出し始める時に、
峠が好きになってくる。
絶頂ばかりを喜び、峻険な山歩きをのみ讃美する心持も、
やがて歴史や人文に嗜好を感ずる時節が来ると、
人間と人間とを結ぶ動脈となっている峠に興味を
感ずるに至るのは当然のことであろう。
『峠と高原』 「峠あるき」 田部重治 角川文庫
人間の部落と部落とを隔離する山脈を横断して、
人間と人間とを結び付けようとする峠は、どこまでも人間的な情趣をもつ。
峠は人間と人間とのなつかしい憧れ、つながりの象徴だ。
それは、また、人間の悩み、喜び、希望、怒り、焦燥、失望、凡て人間らしい感情の
とどろきを、人間の刻々の動きと共に感じた歴史をもつ。
何とそれは多くの人間のあゆみと共に、多くのうつり行く人間的感情を
経験したことであろう。
何とそれは自然の変化により自らの変化をも経験したことであろう。
『峠と高原』 「峠」 田部重治 角川文庫
山に於ける峠の存在ほど興味があり、また不思議なものはない。
山は人間の作ったものではなくて、自然の作ったものである。
高原も渓谷もそうである。
ただ峠だけは人間の創造にかかる。
それは文化のすすむ方向を跡づけ、無人の山脈を横断し、
山に対して闘いをすら挑む。
〜峠は文化の動脈であり、文化を絶ち切ろうとする山脈を横断する
ところに山と峠との闘いがある。
しかしこうした山の叛逆児に対する登山者の嗜好の多いことも
考慮さるべきであろう。
登山者は時に社会、人間から離れて山に這入るが、
又、一方に人間と人間とを結ばんとする峠に無限の情趣を感ずるのは、
一見、矛盾しているように見える。
けれども登山者は人間であり、そうしたところに彼が人間としてもつ
全一性の一端が表現されていると見ることが出来る。
まったく無人の境を作る山脈を横断する峠の存在ほど、
人間的情味を豊富に山間に漲らせているものはない。
それは、切々とした人間の情味をこめた人間と人間とのつながりであり、
絶ち切ろうとして絶ち切ることの出来ない人間愛の大きな象徴とも見ることが出来る。
『山への思慕』 「峠」 田部重治 第一書房
山の頂きとか峰の頭とかは、ずっと近代になって山登りというものが
起こりはじめた頃になってようやく直接人間とのあいだに交渉がついて来たのであったが、
峠というものは、ずっとそれより以前の往昔から人々の心を惹き、
また実際、それと直接の交渉はあった。
山の峰は自然によって創られた。けれど山の峠は人間によって創られた。
山は自らなる境をなす。それでも人は山を越えずにはいられない。
『山-随想-』 大島亮吉 中公文庫
必要があれば、人はどんな高い険しい山をも越す。
〜人は平原からきわだって望める峰には、それを登らないずっと以前から名をつけているが、
しかし峠は、実際にそれを越えた時でなければ、決して名をつけることはしない・・・
『北の山』 伊藤秀五郎 中公文庫
山岳それ自身は文化の阻止者であった。
しかし阻まれた文化は「峠」を越すことによって、叛逆者である天嶮を打ち破った。
『山旅と峠』 藤木九三
古人が其の苦難を乗り越えて作り出した文化の流入路であって、
この意味において、かほそき峠路が演じた歴史の役割は
決して少ないものではなかった筈である。
そして、それはまた、山の彼方に豊かな平原の生活を想い、
明るい町や村の風物を見つめて、
山と山との凹みにどんなに深い憧憬れを抱いたであろう古人の
夢を乗せた峠でもある。
『丹沢の山と渓』 「丹沢の地名について」 坂本光雄
谷は薬研の底の如く狭く、
山襞は蜘蛛の巣のように細かく分かれ、
麓の住民は隣家に行くにも、
坂か峠を越えていかなければならないのです。
この盆地に住む人々の生活は
峠を抜きにして考えることは出来ないのです。
そして峠は生活の窓でもありました。
『秩父路50年』 秩父を囲む峠 清水武甲・千嶋壽 新潮社
人は、其の生きている現実の世界の息苦しさに、
まだ見ぬ世界に強い憧れを持ち、また、理想の世界を夢見ようとする。
そして、そのような世界を、谷の奥山の彼方にもとめた人は少なくなかった。
『秘境』 宮本常一
峠こそ最も山にあって人間的な動きを暗示するものとして、
今後、注意さるべきものの一つであろう。
峠は人間と人間とを結ばんが為に作られた。
いわば人間的な血の通う動脈の如きものである。
人間は山を創造することは出来ない。
しかし峠は人間によって創造される。
それは文化の歩みを跡づける。
そこには自然と文化との交渉があり、
考え方によれば、人間と自然との闘いがある。
峠の両側に引き寄せられた部落は、
海に於ける港のようなものであり、
乏しき自然のなかにあって、
最も人間的な渇望をもって、人間的な接触を体験している。
『山への思慕』 「山と詩」 田部重治 第一書房
はるかなむかし、谷間の人々は、山襞によって他の世界から閉ざされ、
また、守られていただろう。
その次に街道ができ、峠を越えて代官や物資が姿を現わし、
また、消えていっただろう。
これらの峠は、希望と郷愁を人々にもたらせた、
山の中の港だったにちがいない。
『山の声』 「引馬峠」 辻まこと
山越えの交渉は必然的に、山と山との間に低まった
いくつかの鞍部がえらばれたが、
それはたぶん、それほど頻繁なものではなかっただろう。
常習的な行き来がいくらかはあったにしても、
裾野の住民たちのつつましい、たまさかの要求が、
これらの峠を越えることが大部分であったろう。
『大河原峠』 山口耀久
峠は人の心を豊かにしてくれる。
同じ山歩きでも、
ある山を目指して行く時と峠が目的の時とでは、
心のありように大きな違いがある。それはなぜか。
峠は人間の文化の、生活の営みの産物だからであろう。
山に隔てられた二つの異なる世界を結ぶのが峠だから、
人間がいなければ峠は存在せず、
人間とは関係なしに昔からそこにあり、
またこれからもありつづけるだろう山頂とは基本的に異なっている。
峠が心を豊かにしてくれるのは、そこに人間の歴史が刻まれているからだ。
そして、だからこそ峠には、山頂には決して吹くことのない種類の憂愁の風が吹いているのである。
『本のある山旅』 大森久雄
山村というところは、そのはじめから自主自営の経済の成り立ち難いところであった。
どんな場合でも交易が必要であった。
交易によらねば生きて行けぬ世界であった。
だから一般の農村などよりもずっと広い世界につながっていたともいえる。
道を通ずるということは人間の意志を通ずるもっとも大切な手段である。
『道と交通』 宮本常一
健脚を条件とし、峠を媒介として山村は平地の民とさしたる落差なしに、
平等な知的空間を所有していた。
『峠をあるく』 井出孫六
峠を越えなければ、文物の交流はありえなく、
それを拒めば孤立はやむをえず、
それは、単に立地条件からの僻遠の地であるばかりでなく、
文化果つる地域からも逃れることは出来なかった。
『塩の道500景』 田中欣一
人は川をさかのぼって山に分け入り、川筋に道をつくったが、
その源はかならず地の高みによって、行手をさえぎられていた。
そこを越えずには向うに行きつくことのできない地の高み、
そこにも人は道をつくった。峠である。
峠で、人は一つの世界に別れ、別個の世界に入っていく。
風景はそこで背中あわせに綴じあっていて、未知の世界への入口をなしている。
別れるに惜しい村や風景に別れなければ、新しい風景に入っていけない。
その惜別の思いを深く感じさせるほど、魅力のある峠ということになる。
そうはいっても、峠は別に風流をたのしむ旅人の為につくられたわけではない。
『みちのくの峠路』 真壁仁
峠を越す悦びは、峠に立って、
自分がやって来た土地と、これから行く土地が、
同時に見られるということかも知れません。
昨日と明日が、はっきり見えるところ、それが峠の魅力です。
『峠』 串田孫一 有紀書房
峠という観念は、一つの世界から別の世界へと越して行く時に明瞭になる。
『山の断想』 串田孫一
人間が人間を求めて足がそれに向うことは、
最初、もっとも無意識になされたに相違ない。
それは殆ど本能的な探求といってもよいものであったろう。
それは峠となって多くの人に認められる前、
僅かな人々によってのみ辿られ、
そして極めて自然的な仕方により歩まれたに相違ない。
峠はもっとも人間的な感情、意志を表現するものとなり、
一方には功利的意味に於ける大動脈であると共に、
もっとも微妙な人間的感情をあらわす神経系統をともなっている。
『峠と高原』 「峠」 田部重治
境の山には必ず山路がある。
その最初の山路は、石を切り草を払うだけの労力も掛けない、
ただの足跡であったのであろうが、獣すら一筋の径をもつのである。
ましてや人は山に住んでも寂寞を厭い、行く人に追い付き、
来る人に出逢おうと力めるから、
自然に羊腸が統一するのである。
それのみならずどうしてこの山を越えようかと思う人の、
考えがまた一つである。
『峠に関するニ三の考察』 柳田國男
峠は山坂の登り降りの所である。
この文字は何の感傷をも含んでいない。
甘い連想をさせる何物も持っているはずがない。
この文字はただ人間の苦そのもののみで出来上がった文字なのである。
それにもかかわらず、われわれはこの文字に何か甘い連想をし、感傷を感ずるのである。
『峠の誕生』 森本次男
峠には独特のもち味がある。
山に個性があるというならば、峠は没個性に近い。
しかし、峠はいろいろなもの
歴史や遠くの風景、文学、地方文化などに彩られ助けられている。
だから人が峠に立つとき、百人百様の感性が発露され面白さを見出す。
峠はなかなかしたたかである。
『ビスターリ』1995年冬号 山と渓谷社
峠はあえぎつつ辿りついて、汗を拭うだけの場所ではなく、
人をしてしばらくは黙って座らせ、来し方、行く末を思い、
青雲の志をも沸き立たせてくれる所であった。
そして何よりも、峠は涼しい風よりも新しい風の吹き通うところであった。
『塩の道500景』 田中欣一 信濃毎日新聞社
たやすく辿りつけた広い峠では、
私は立ったまま風に吹かれてその僅かな高さに満足するだろう。
ながいあいだの汗と鼓動のあとで辿りつけた峠では、
荷を下ろし、水筒の水を口に含み、膝をかかえて天の近さを感じよう。
『山の断想』 「ある峠」 串田孫一
はじめての峠を越す時に感じるあの複雑な楽しみや期待を、
いつまでも失うことはないだろう。
峠と呼ばれるその場所がどんなところであろうと、
先ず、そこにさしかかった時に何が見えはじめるかということで、
頭には見知らぬ風景がさまざまに描かれるし、胸には新しい動きがはじまる。
峠とはそういう、わくわくする想いを抱きながら越して行くところである。
行ってみれば同じような風景が続いていることもあろうけれど、
時には、その装いをがらりと変えていたり、
真青な空の下の登りがそこで終わると、今度は全く霧に視界を奪われた、
灰色の道を辿ることを余儀なくさせられることさえある。
太陽の遊び場のような峠があったり、向こう側から強く吹き上げてくる風に、
からっと押し返されるようなところもあった。
しかし、どんな時にも僕は峠にさしかかりながら胸を躍らせていた。
向うはどんなだろうか。果たしてこの僕を快く迎えてくれる世界で
あるかどうかを気にしながら。
『山の断想』 「山を越す楽しみ」 串田孫一
峠は人里と人里とを結ぶものの故、
それを行く人は、絶えず峠の向うの自然を考えると共に、
そこの部落がどういう種類のものであろうかということを頭に浮かべて
胸をとどろかせる。
『峠と高原』 「峠あるき」 田部重治
峠を越えた向うにはどんな土地があるのだろう、
あの峠さえ越せばそこには自分の求むるものがあるだろうというような、
単なる好奇と憧憬に導かれている旅人の純情をなつかしく思う。
『山-随想-』 大島亮吉
通過した人々は肌で感じ取る。
あきらかに「国境」があって、
ほんの一歩でガラリと雰囲気が変わる。
峠にきてなにげなく前方を見るなりハッとする。
振り返り、また前を見る
自分が目に見えない境界を越えているのを実感する。
出典忘れ
頂上に来て立ち止まると必ず今まで吹かなかった風が吹く。
テムペラントがからりと変わる。
単に日の色や陰陽の違うのみならず、
山路の光景がまるで違っている。
『峠に関するニ三の考察』 柳田國男
峠ひとつを境にして、ここと向うとの気候や風土のちがう時の、
その峠越えはまた一種特別の情趣をもって私らを惹く。
ことにそれが暗い国から明るい国へ、
寒い土地から暖かい土地へと越してゆく時はなおさらだ。
『山-随想-』 大島亮吉
自然と人間とが融合してそこに出来上がったものに対する独特の価値、
それがもっとも凝縮された形が峠である。
人間の介在しない自然だけが山の価値の総てではない
多くの人は人間と自然が醸し出した文化ということに思い及ばない。
これがわからないのは現代人は自然から遊離した
都市の中に生活しているので、自然を別の世界のように見ているからである。
文化は都市にあるもので、自然はあくまで自然だと決めてかかっているからである。
自然景観の眼で見ている限り、峠のよさは汲み取れないだろう。
『北山の峠』 金久昌業 ナカニシヤ
恐らく最初に道をつける人は、越さねばならない山の中でも一番低い、
越しやすい部分を見定めて、そこを峠としたのだろう。
『山の断想』 「峠を越す楽しみ」 串田孫一
峠を歩いている内にいつも感ずることは、
峠を作るに至った人間の微妙な神経の働きである。
〜峠道は如何にも自然で無理がなく、しかも眺望を加味していながら
少しの損もしていないところに、いつも峠の微妙さを感じさせる。
『峠と高原』 田部重治
峠を歩く時の気持は独特である。
山頂を登る時と異なり、気持はのんびりする。
山頂を行くときと異なり、天候が割合に問題になることがなく、
生命が保証される。
峠を越える楽しみが終わっても、山頂を過ぎる時ほど
幻滅の悲哀を感ずることがない。
『峠と高原』 「峠あるき」 田部重治
峠は自然が卓越する山と異なり、
人間的な感情や匂いを濃厚に漂わせている。
『もっと知りたい日本の山』 石井光造 日本実業出版
峠道には、その昔、そこを上下した旅人それぞれの哀歓の情が
しみついているといわれるだけあって、
峠越えには山登りとは異なった一種独特の興趣がある。
より旅の味わいが濃い山歩きにもなってくる。
『低山を歩く』 横山厚夫 山と渓谷社
峠越えの路は、交易・流通・社交など‘生活のためのみち’であった。
各地に「嫁越峠」というのがある。
峠の向こう側に知り合いがいて、その地に娘を嫁がすことも多かった。
宮本常一
現実の峠は必ずしも明るい面ばかりではない。
峠道と人間模様が縄を綯うように交錯してきた、
それは峠を軸にした民衆の生活の歴史であった。
私はそこに人間の悲喜の交流を見る。
哀れをとどめるのは敗者の峠道でもあるからである。
峠といえば人は旅人を想起するが、
昔の旅は現代の旅の感覚とは違う。
昔の旅は物見遊山の旅人だけではなかった。
京都から丹波へつながった北山の峠は、
古来落武者の逃れた道であり、
心中者の落ち延びた道である。
『北山の峠』 金久昌業 ナカニシヤ
自然景観の眼で見ている限り、峠のよさは汲み取れないだろう。
『北山の峠』 金久昌業 ナカニシヤ
峠に立った時、彼方に広がる峰々と
そのふところに鎮まる平地が
風のさざめきと共に視線に浸み渡る。
その時言葉にならない想いが、
風に吹き上げられた木の葉のように乱舞しつつ
眼下に落ちて行くのである。
『秩父幻想行』 清水武甲 木耳社
峠みちこそ歴史の山みちである。
そこには人間哀歓の年輪がこまやかに
刻みこまれ
いまも蒼古たる時間と空間が
息づいている
だから峠は古い方がよい
どんな小さな峠でも古い峠みちがよい
路傍にみる一つの小石にも
眼にみえない固有の風土が沁みており
峠こそ人間と自然の座標なのだ
『歴史の山みち』 安川茂雄 実業之日本社
四方を山に囲まれて暮らしていた昔の人々は、
朝な夕な峠に合掌し、まだ見ぬ峠の向こう側にどんな思いを馳せ、
どんな願いをこめて峠路を切り開いたのでしょうか。
旅人は、峠に立って来し方を振り返りながら、行く手に希望を託して旅を続けたことでしょうし、
故あって同じ峠を再び越えることができなかった人もあったに違いありません。
峠は、麓の人々にとっても、旅人にとっても一つの分かれ道であるとともに、
新しい世界を開く希望の道でもありました。
『静岡県峠のハイキング』 神村清 静岡新聞社
山へ登る道がある。山を越す道がある。
後者はなんらかの交流を目的としている。
いわば文化的所産である。
だから同じ道であっても、峠の道は人間くさい。
越中の峠には、越中人の足跡とともに、その体臭がしみついている。
『越中の峠』 橋本広 北日本新聞社
峰に登り、峠を越える人の感慨は、けっして一様ではありえない。
峠を越えて、新しい世界の中に入る人は、
通り過ぎてきた世界との訣別を自らに強いねばならぬこともあろう。
峠越えとともに、苦難と屈辱をもどらぬ過去へ押しやり、
光輝く幻想の未来への進入を想う人もあろう。
通い慣れた峠路も、通りすぎる景観、新しい景観ともに、
その季節、その天候、そこを越える人の心理によって、
表情を異にしよう。
『小さな桃源郷』から「峠の地蔵」 布川欣一
山の魅力は高さに関係はない。
峠もまた同じである。
しかし峠としての深さがあれば、峠歩きの楽しみはより深くなる。
深さとは何か。
通り過ぎた歴史の深さである。 時の重みである。
近江の峠路はすべてその条件に合っている。
無限の彼方から刻まれ続けてきた膨大な叙事詩が生きている。
人間をとりまく哀歓の足跡がしるされている。
『近江の峠』 伏木貞三 白川書院
よい峠ほど自然になじみ、人生と深い交渉をもっているものである。
はじめは訳もなく、ただ功利的につけられた路も、
年月とともにだんだん地形のよいところに路がうつされ、
美しい森林の中に陽射をよけ、よい眺望の頂きを選んで旅人に休息を与える。
そこには峠の茶屋が建てられ、氷のような清水が溢れている。
人工風景のなかでもっとも自然と調和し、
これを生かしているものは、峠を中心とした豊かな情趣である。
『山渓記第二巻』 「峠の風景」 冠松次郎 春秋社
いつの頃よりか峠らしい峠は其の姿を失ひ始めた。
そして其のなつかしい峠は何処へ行ったものか、どうして亡びてしまったのか。
・・・人間が峠を拵へ人間が其の峠を亡ぼしているのだ。
『山の風景』 「亡びゆく峠」 朝史門(森本次男)
私は峠について特別の関心をもち、時にはそれに神秘をすら感じている。
若し山が詩であるとしたら、山の頂上が頌であり、峠は民謡のようなものであろう。
それは抒情詩的趣到に人間的、歴史的情緒の加わったものだ。
それには切々とした人間的感情の鼓動が感ぜられる。
人間は人間を求めて止まず、そこには峠があり、
人間は神を求め、神に憧れる。そこにも亦峠がある。
峠は人間の努力を、闘いを、平和を象徴し表現する。
『山ゆく心』 「憧れの旅」 田部重治 養徳社
そこここの峠で
八十里越
この峠の長大さはどうであろう、樹海は眼下にあり道は天空に連なってゆく。
『峠』 司馬遼太郎
山王峠
山王峠の頂上から眺めると、連山は夕日の金色の霞につつまれて光り輝き、
この世のものと思えぬ美しさだった。
『日本奥地紀行』 イサベラ・バード
矢立峠
道は傾斜をうまくゆるやかにして築きあげ、旅行者休息用の丸太の腰掛もある。
日本で今まで見たどの峠よりもこの峠を賞め讃えたい。
しかし、いずれにまさって樹木が素晴らしい。
孤独で、堂々としており、うす暗く厳かである。
『日本奥地紀行』 イサベラ・バード
保福寺峠
全く予期しない眺望の展開だったから、その素晴らしさには、ただ驚くばかりだった。
足もとには松本平がひろがり、その西の連峰の中央から南の部分が
衝立のように立ちはだかって、飛騨の秘境を隠している。
『日本アルプスの登山と探検』 ウエストン
信州峠
私たちの眼の前には俄然全く新しい風景が展開して眼下の谷からは囂々と甲斐の大風が吹き上げて来た。
『山の絵本』 尾崎喜八
信州峠
信濃の風が甲斐へむけて私の頬を撫でてゆく。
その風は千曲川の水のにおいや雲のような新緑の香や、小鳥の歌をはこんで来る。
『あの頃の私の山』 尾崎喜八
信州峠
なごやかな気分を味わうにも、
秩父の黒木の峰、蒼い水を愛する人々の安息所として、
必ず一度は訪ふべき峠である。
水楢や白樺と笹原のかもす気分を
心ゆくまで吸はれたい
『奥秩父・続編』 原全教
信州峠
信州峠は凡てのものを恍然と忘れさせるところである。
展望こそ恵まれないが静かなしかし明るい感じの峠。
出典忘れ
穴路峠
最後のジグザグを登りつめて、馬蹄形にかこまれた谷の頭を半分廻ると峠へ出た。
ああ穴路峠!長いあいだ地図の上ばかりで空想していたその峠に、いま僕は立っているのだ。
それがどんなに低い、顧みられない峠にせよ、とにかく自分の力でたどりついて、
其処の風化土の上に風に捲かれて立つということは、また新しく僕に加わった何物かである。
その場所と、其処からの眺めとは、今日以後確実に僕のものだ。
宝なのだ。その宝を点検しよう。
『雲と草原』 「秋山川上流の冬の旅」 尾崎喜八
(落葉松峠)
ゆくりなくも足を向けたその峠の上は、風と、雪と、乱れ飛ぶ落葉松の落ち葉の、
すさまじい狂乱の舞台だった。
風に吹きはらわれる金色の落葉松の葉が、舞い狂う雪と一緒に、
いちめんに空を飛び散っていた。
ほろびるものはほろびなければならぬ。いっさいの執着を絶て!
『北八ッ彷徨』 山口耀久
大河原峠
いつまでもこの峠に立って佐久の裾野を見わたすと、
いつも胸に湧いてくるのは、
なにか人生への郷愁とでもいった、はるばるとした遠い想いだ。
〜 この峠からの裾野の眺めは、明るくひろびろとして、
そしていつも少しばかり哀しい。
『大河原峠』 山口耀久
杖突峠
世にも明るい、南国的な、何の寂しさも、不安も感じない。
何しろ美しい歌のひとくさりが自然と口の先からほとばしるような媚態を持った峠である。
そこからは万草ことごとく咲き乱れてブロンドの波打つ霧ケ峰高原が、
真正面になだらかに眺められ、蓼科山から八ヶ岳、遠く美ヶ原、筑摩の山々が、
澄明な秋の空の下に低くつづいていた。
『伊那谷・木曽谷』 細井吉造
三国峠
ついに三国峠へ出た。その瞬間、眼の前が見事な明るさとなった。
金峰山がすばらしいピラミッドを見せて青い大空から浮き彫りにされていた。
千曲川源流は晴れていたのだ。
信州と上州はこれほど違うものか。
後ろを振り返ると、関東のチベットは相変わらず深い霧につつまれていた。
これが峠だと思った。
『日本の秘境』 岡田喜秋
ブドウ峠
いま辿ってきた上州側が、欝叢たる森林に覆われていたのに反し、
峠の信州側は、明るいカヤトの草原で、その向うには、カラマツの黄金色の黄葉が、
まばゆいばかりに輝いていた。〜
本当に峠らしい峠とは、この峠のように、一つの国から他の国へ越えてゆくものであり、
また、一方の側と他方とで景観ががらりと一変するようなものをいうのであろう。
『ブドウ峠』 望月達夫
ブドウ峠
その峠の上にひょいと出た時、
思わず私たちは大きな嘆声を上げた。
全く不意打の景色がそこに拡がっていた。
今までの上州側の森林帯に引きかえ、
信州側は眩しいような明るいカヤトだった。
峠を仕切りに、あまりにハッキリした明暗のけじめが私たちを驚かせたのだ。
『わが愛する山々』 深田久弥
ハリマ峠
ハリマ峠は明るく西に展いて
紫のリンドウが咲き残った秋草の中に、
風化した石の地蔵が立っていた。
『わが愛する山々』 深田久弥
野麦峠
目の前に突然ひらける乗鞍岳の雄大な眺めは、まさに意表をつき、
人の目をみはらせるに充分なものである。
一度この峠で乗鞍を眺めたものは、おそらくその荘厳さを生涯忘れないであろう。
『あヽ野麦峠』 山本茂実
十文字峠
この古い、むかしは中仙道の裏道として峠をこす旅人のゆきかいもはげしかった峠路。
その古びたもののみのもつ雅韻を帯びた、影ふかい峠路。
その七里にわたる里程から、その峠の高さから、その古さから、
そのうつくしいふたつの山村のあいだをつなぐことからみて、
十文字峠はこの山脈のうちで、どうしてもわたくしから はなれがたいものである。
五月にそこをこえれば、渓々のどこからも若葉の層がむらむらと、
それをゆする青い山風のかおりもほのかに、
人の匂いもない、森閑とした深山の峠路を飾る、わびしくも、きよい石楠花と
花躑躅の花の祭りを見ては、山を越える旅者の胸もその花の精神に
染められてしまうだろう。
『登高者』 「秩父の山村と山路と山小屋と」 大島亮吉
夏沢峠か
風は諏訪と佐久との西東から
遠い人生の哀歓を吹き上げて
まっさおな峠の空で合掌していた。
尾崎喜八の詩より
尾崎喜八の詩では他に和田峠・杖突峠・鳥居峠・三国峠などを題材にしたものもあります。
北山の峠
広濶な眺望もなければ 屹立する側壁もない、
瞠目するような樹海もないし 恍惚に誘う草原の拡がりもない、
あるのは見映えのしない地味な樹木だけ、
小さな鞍部を細々とした道が越えているだけである。
これが北山の峠である。
気をつけていなければ
通り過ぎてしまうような地味な峠だが、
そういう地味な平凡さが北山の峠の特徴である。
『北山の峠』 金久昌業 ナカニシヤ出版
粟柄越
この峠のある尾根は魅惑に満ちた草稜で、
緑が萌え立ち尾花が銀色に輝く秀稜である。
そこにある峠がまたこの尾根に相応しくよい峠で、
どの地点が峠の頂点だかわからないほど広大な鞍部に、
陽光に煌めく笹の葉の拡がりが蒼穹に鮮やかな一線を画している。
この峠は北山では珍しく異質の峠で、
信州あたりの峠を彷彿させるものがある。
だがここは北山北辺の峠であり、
ここには北国の翳りがある。
琵琶湖の眺めにも峠を渡る風にもそこはかとなく北山の続きであるという感触が窺われる。
しかしこの緩く広大な峠の両側面、
春には緑に輝やき、秋には銀色に冴え、また冬には白一色と化すそれぞれの移ろいはあっても、
この峠に立てばやはり大自然の開放感がもたらす心の昂ぶりは禁じ得ないであろう。
『北山の峠』 金久昌業 ナカニシヤ出版
薬王坂
この峠は雑木の低い鞍部を越すだけで、展望もなく地味だが、
古い道の美しさが光る峠である。
それはしなやかな曲線を描いて峠に達し、
峠を意識させない程滑らかに向こう側に下っている。
流麗とも云うべき峠の道である。
この峠はやはり京の峠である。
大原や鞍馬にあるのと同質の都の洗練が感じられる。
洗練とは、地味ななかに底光るもの、
さりげないもののなかに掬すべきものである。
衒いがあれば、もうこれは洗練とはいえない。
『北山の峠』 金久昌業 ナカニシヤ出版
鍋割峠
この峠は村と村をつなぐ生活のための峠道であるので、華やいだ歴史はない。
それが好ましいのである。
私は権力者の脂ぎった歴史より、
名もなく素直に生きた大衆の歴史の方により深い真実と共感を覚える。
だが歴史に取り上げられるのは少数の前者であって、大多数の後者の記載はなされない。
このように華やかな歴史のないこの峠は、形状もまた平凡である。
従って平凡のよさを汲みとれない限りこの峠のよさはわからない。
『北山の峠』 金久昌業 ナカニシヤ出版
庵谷峠
峠の頂上から背後を振り返ると、すばらしい眺めが目に飛び込んできた。
いま通ってきた谷間は日が当たって輝き、斜面には青い影がさし、かわいらしい村々が点々としていた。
・・・すでに過去の世界であった。
峠からしばらくは、砂岩が壁のように深くえぐられたトンネル状の道が続いた。
突然前方に、まばゆいばかりの日差しの中、未来の世界が姿を現わした。
『日本山岳紀行』W・シュタイニッツアー著 安藤勉訳