三好達治の峠

詩人、三好達治の散文詩に「峠」という作品があります。(詩集「測量船」に所収)

「峠」

 私は峠に坐っていた。

 名もない小さなその峠は まったく雑木と萱草の繁みに覆いかくされていた。
××ニ至ル二里半の道標も、やっと一本の煙草を吸い終わってから叢の中に見出されたほど。

 私の目指して行こうとする漁村の人々は、昔は毎朝この峠を越えて魚を売りに来たのだが、
石油汽船が用いられるようになってからは、海を越えてその販路が振り替えられてしまったと
私は前の村で聞いた。
私はこの峠までひとりの人にも会わずに登ってしまった。

 路はひどく荒れていた、それは、いつとはなしに雨に洗い流されて、
野茨や薄の間にともすれば見失われ易く続いていた。
両側の林では野鳩が鳴いていた。

     < 中略 > 

 私は考えた、ここにこうした峠があるとするからは、ここから眺められるあの山々の、
ふとした一つの襞の高みにも、こことまったく同じような小さな峠があるだろう。
それらの峠の幾つかにも、風が吹き、蜂や燕が飛んでいるだろう、そこにも私が坐っている・・・・と。
そして私は、足下に点々と咲いた白い小さな草花を眺めながら、
それらの覆いかくされた峠の幾つかをも知ることが出来た。

 私は注意深く煙草の火を消した。午後は早や少し遅くなっていた。
そしてこの、恐らくは行き会う人もないだろう行手を思い、草深い不案内な降り道を考えると、
人々の誰からも遠く離れた私の鳥のような自由な時間も、やはり慌ただしく立ち上がらなければ
ならないのを味気なく感じた。

     < 後略 >

この詩は、当時、湯ヶ島で療養中であった友人梶井基次郎を見舞い、現地に3ヶ月間滞在した折に、
付近の天城山中を散策し創作されたものといわれています。

南無妙峠か狩鹿野峠と推定されているようです。

「私は考えた、ここにこうした峠があるとするからは、ここから眺められるあの山々の、
ふとした一つの襞の高みにも、こことまったく同じような小さな峠があるだろう。」
これと同じような思いを抱くことは峠行の際にしばしばあることです。

一つの峠に立ちつつ、別の峠のことに思いを馳せる。
其処を彷徨っているのは自分と同じように峠を越えることで何かを見出そうとしている別人。
少なからず同じ想いを持って峠道を彷徨している人の存在に、安堵したり、共感したりすることも
間々あることではないでしょうか。

同じような悩みや苦しみや戸惑い、あるいは、悦びや愉しみや期待をザックに詰めて
峠を越えている人が其処彼処の峠にいるのかもしれません。