モミソ峠

 幻のモミソ峠辺りが気になります。

上野原町と藤野町の境辺りが、どうもモヤモヤして。
それは最近目にした古い文献のせいです。

『山と高原47号』(朋文堂)の神山弘氏の文章より

●栃谷へ入るには色々のコースがある。
 最も景観に富むものが上野原から小淵峠を越えるもので、
 最も距離の短いものは奈良本峠を越えるものである。
 上野原から
切通峠を越えて上川原へ出る道は実に愚かな選択でお薦めできない。

小淵峠、奈良本峠はいいとして切通峠って何処のことでしょうか?
上川原へ出るとあるから野沢峠(矢沢峠)のことでしょうか。
確かに現在は切通し状の舗装された道が越えていますが、
昭和初期から今のような道だったのでしょうか。
切通峠とは峠の名称ではなくて、切通し状の峠と解釈すべきなのでしょうか。

『山小屋 創刊号』(朋文堂)「三頭山より三国山まで-甲武国境山脈-」という岩科小一郎氏の文章より

@千軒平とその隣りの1105m峰との中間より、甲州側へ細い支脈を出しているが、
 これはその末端に△741mの中群山を起こして鶴川に終わってしまう。
 <略>
 嶺上の径を
中群峠と言っている。

A丸山から続く尾根には、峠名が三つばかり並ぶ。
 最初が大立峠、これは西原村小棡から猿投沢を左に見て、武州檜原村笛吹へ越すものである。
 次は
十五夜峠、一寸詩的であるが、此処の武州名は笹平尾根、即ち△1005m峰の事で、
 峠という名称には相応しくない地形であるが、大立峠から国境尾根通しの道が此処を通じて
 東走しているから斯く名付けられたのであろう。
 最後は日原峠でこれは棡原村日原から檜原村人里へ通うものである。
 栗坂峠と浅間峠は異称同体かと思っていたら、全然別物として扱う人が多い。
 たかが六町か七町の武路に二つの峠名も可笑しなものではないか。
 「甲斐国史」に従うと、確かに異称同体である事が判然としている。

B武・甲・相三国の境界線集合点である三国山から派出される支脈は、
 相甲国境線を嶺上に持って南西に向かって走るが、
 それもしばしで
井戸峠--上岩から井戸へ越える--で国境線と別れて岩越峠に至る。
 井戸峠は昭和5年2月26日に文部省から天然記念物に指定された大樅のある処で、
 井戸峠の別称
モミソ峠の名も其処から出たのである。
 山並は此処よりやや隆起して△542mの能岳となる。一名を向風山と呼ばれている。

C能岳から脈はニ岐して、一は境川に沿って後山峠に至り、後山両川の合流点に終わるもの。
 一は上野原町の背後に丘状をなして終わるものである。
 前者は
能岳峠、大越路峠をその嶺中に通じている。

『山小屋 2号』「甲武国境(一)--三国山付近--」という岩科小一郎氏の文章より

D△472m峰の鷹取山は武田氏の鐘撞堂の在った所である、
 小淵山は上野原町から沢井へ通ずる細径の頂上、即ち
牛坂峠の南に当って、
 雀の涙程の隆起が三つ並んでいるその総称である。

『山小屋 3号』「甲武国境(三)--小仏峠以東--」という岩科小一郎氏の文章より

E城山が武州方面では、南小仏山、南峠、毛無山等の名称をもって呼ばれ、
 城山では武州人には意味が通じない場合が多い。
 <略> 
南峠 これは小仏の中心をなすべき山で、徳川時代の小仏関がそれ以前「富士の関」
 若しくは「富士見の関」と呼ばれた頃関所のあった山で、<略>
 

@中群峠とは田和峠のことだろうか?それとも藤尾集落の峠のことだろうか?

Aの大立峠は小棡峠のことであると分かるが、十五夜峠の呼称は初耳である。
 どうやら土俵岳のことを言っているようだ。そんな呼称もあるのだろうか。

 また、栗坂峠と浅間峠は同一の峠で、呼び方の違いでしかないとしているが、これには承服しかねる。

 続く文章で「本名は浅間峠で、栗坂と云うは棡原村猪丸から尾根に至るまでの長い坂路の称である」
 とし、「二者は同一であることが判然としている」と言い切っているが、はたしてそう断言していいものだろうか。

Bは井戸峠=モミソ峠であることを記述した貴重な資料である。

 『かながわの峠』(かもめ文庫)で、幻の
モミソ峠の存在について知って以来
 気になっていた峠だけに嬉しい発見であった。

 『郡内地方における歴史・民俗と自然環境の関連調査』(山梨県)という報告書に、
 上野原町と藤野町を結ぶ峠として「
樅峠」という名前が記されていたが、樅峠=モミソ峠だろうか?

 だとすると井戸峠=モミソ峠=樅峠ということになる。
 しかし、その位置は判然としない。 やはり、ゴルフ場に埋没してしまったのだろうか。

 ところで岩越峠とはどこだろうか???

 またこの付近では別の文献で見た「井戸と黒野田を結ぶ天神峠」についても詳細がハッキリしていない。
 今後の調査課題である。

Cの後山峠は後に続く文脈(ここでは省略した)からして、後山に点在する峠の意味であると思われ、
 どこか特定の峠を指すものではないと推測されます。

 能岳峠向風峠のことと思われます。

Dの牛坂峠は『かながわの峠』でいうところの「小渕峠」か「旧小渕峠」と思われます。
 『ふじ乃町の古道』『ふじ乃町の地名』によると、「旧小渕峠」のようです。

Eの南峠は城山の別称というのですから、ドッケ系の峠なのでしょうか?

 

以上、上野原町・藤野町・相模湖町辺りのモヤモヤする峠についての記述でした。