見つからない峠 / 南中峠・辻の神峠 

 都会に近い三浦半島は逗子・葉山エリアに、
こんなにも貴重な自然が残っていることを知っている人は少ない。
そしてそれが破壊されつつあることを知る人も少ない。

海水浴客で賑わう海からさほど離れていない森戸川の源流域の丘陵地帯に、
可愛らしい二つの峠はいつやって来るか知れぬ訪問者を静かに待ち続けています。



天保期の馬頭観音

川久保交差点を大山の集落に向けて折れると、
馬頭観音がやさしく迎えてくれます。
手頃な半日ハイキングコースの入口であります。
この貴重なオアシスを守るかのように佇む石仏は
天保年間生まれの観音様です。

*二子山(上・下)を縦走して阿部倉山との鞍部から下山すると、
 この観音様の背後にある赤い鉄の橋に出てきます。

大山集落周辺は近年新しい家が立ち並ぶようになり、
里山の雰囲気は失われつつあります。
しかし、それも致し方ないことなのでしょう。

最初は大山林道と呼ばれる林道歩きが続きます。
すぐ傍らを清麗な森戸川の流れが蛇行しながらつかず離れず、
秘められた源流部へと導きます。

林道入口のゲートは施錠され、
正しき侵入者(?)だけを招き入れています。
ここは都市近郊の野鳥の楽園ということで
バードウォッチャーも多く訪れているそうです。
サンコウチョウ、オオルリ、ホトトギス、センダイムシクイ、ヤブサメ、等々。
悲しいかな鳥を峻別する能力など持ち合わせていないので
その姿をイメージするのは難しい。
しかし、絶え間なく小鳥たちの歌声は聞こえてきます。
また植生においても、貴重種があるらしいのですが、
その方面の知識も全く欠如しているのが残念です。


南中峠

林道の終点には杉丸太で作ったベンチがあり、
ちょっと一服するにはいいでしょう。
ここで道は三方向に分岐します。

左手に二子山、中ノ沢方面への道があり、
右手にある斜面を登る山道は、
「逗子・葉山国境稜線」(勝手にそう呼んでいる)に出ます。

ここでは中央の道、沢を渡り南ノ沢に平行した
肩幅ほどの幅員の小道を選択します。
この道を「南ノ沢水平歩道」と勝手に呼んでいます。

数回徒渉を繰り返すちょっとした探検気分の道です。
左手の中尾根からの分岐に注意して、
ここだと思うところを乗り越すと南中峠にひょっこり飛び出します。

なんと曖昧な説明でしょうか。
しかし、この付近は看板・標識の類は一切無いので、
野生の勘を頼りに、峠の臭いを嗅ぎ分けて探し出してください。
それがこのエリアの楽しみ方なのです。

峠にも峠名を標す人工物は無いので(かつてはあったらしい)、
実は、ここが探し求めていた南中峠だという確信はないのです。

標高132mの可愛い峠ですが、
小沢を詰めて、最後にジグザグをきるあたりは、
小生意気にも峠の体裁を整えています。


辻の神峠

中尾根を東に向うと、また可愛らしい峠に出会います。
それが辻の神峠と思われます。

峠の北側は写真のように切り通しになっていて趣があります。
「南ノ沢水平歩道」から登る場合は、南中峠の分岐より先、
さらに奥の沢が流れ込む場所より詰めますが、
道が途切れたりして足場の悪い個所があるので注意が必要です。
でも、一歩一歩着実に辿れば植林帯を抜けて峠に到着します。

峠を訪ねた後は、いろいろ周辺を探検してみましょう。
よっぽど細い道でなければどこかに通じています。
とはいっても初心者の方は気をつけて!
逗子市観光課に行けば観光マップを貰えます。(注:現在は配布終了)
低山とはいえ、地図は持っていきましょう。
25000図じゃ縮尺が大き過ぎます、10000図の市街地図がよいでしょう。

「逗子・葉山国境稜線」はお薦めですが、
結構厳しいアップダウンがあります。
また道も入り乱れていますので注意してください。
普段は目障りなだけの送電線が目印になって頼りになったりもします。
また、よく見ると木の幹に直接マジックで書かれた表示や
篤志家が拵えた小さな標識もあります。
これらを頼りに探検してください。


文政期の馬頭観音

周辺には馬頭観音が静かに佇んでいます。
日がな一日、観音様探しもいいかもしれません。
「北尾根」(勝手にそう呼ぶ)には、
文政年間の馬頭観音(左写真)があります。

「逗子・葉山国境稜線」から仙元山に向う道すがらには
嘉永年間の千手観音と寛政年間の馬頭観音が
探検者の訪れを待っていてくれます。(左下写真)

かつての大山周辺は茅場であって、
その運搬には馬が用いられていたそうです。
きっと山仕事の人に混じって、
背に荷をつけた馬達も峠を越えていたことでしょう。

多分、今回訪ねた場所は南中峠、辻の神峠だと思いますが、
100%の確信があるわけではありません。
そういう意味では私にとって「見つからない峠」です。

都会に近い割には、奥深い自然が残っているエリアなので、
もしかしたら見落としがあるかもしれないと思えるのです。
これはちょっぴり嬉しいことです。


嘉永期の千手観音
寛政期の馬頭観音

今、この自然豊かな森戸川の源流域で
山腹を貫く三浦中央道の工事が進められています。 (注:現在は工事終了)
大山林道を歩いていると突然、巨大なコンクリートの橋脚に出くわします。
なにもここに造らなくてもという遣り切れない気持になります。

夏の海水浴客による国道渋滞を解消するための工事らしいです。
きっと地元の方の強い要望があったのでしょう。
阿部倉山や「逗子・葉山国境稜線」の土手ッ腹をトンネルで貫きます。
この静穏な環境が破壊されないかとても心配です。

トンネル工事は弱い地盤での建設のため、イタリアから導入した
アンブレラ工法なる新技術で進められています。
なにも軟弱なこの地に、無理して造らなくてもいいのにと
部外者は思うのですが。

南郷中学や南郷上ノ山公園の運動グランドは、
掘削残土で沢を埋めたその上にあるとのことです。

見つからない峠、見つけられない峠は、
見つけたくない峠でもないし、
見つけることがもうできない峠でもないのです。
残された自然の中にひっそり生ける峠なのです。
奥深い自然の中にあって見つけにくい峠のことなのです。

 南中峠・辻の神峠 再訪 

 山雑誌『山の本』(2004・春号)を本屋さんで立ち読みしていたら、
逗子二子山の記事があり、その中に「六把峠」の名を見つけました。
同文中で、その著者は「六把峠ではなく南中峠という名前のはず」としていましたが、
気になったので現地を訪れ峠の様子を再び確認してきました。


すっかり完成した三浦中央道

大山林道は何度歩いても心地好い道。
しかし、その頭上を跨ぐ格好で三浦中央道が完成していました。

一応、排出ガスと騒音対策に気を遣ったらしく、
空中部分はスッポリとチューブ状に覆われて、外部へ公害を
撒き散らすのを防いでいるようです。


南中峠

南中峠は相変わらず静かな峠でありましたが、
見慣れぬ標柱が建っていました。


南中峠に立つ六把峠という道標

そこには「六把峠」の名がしっかりと書き込まれていました。

六把坂という坂はあるらしいのですが、
そこを登りつめたのは「南中峠」であるはずと、
『山の本』には記されていました。

別名で「六把峠」と呼ばれているのでしょうか?


辻の神峠

ここまでくると、お隣りの「辻の神峠」も気になりますので、
訪れてみました。

峠には、同種の標柱が建っていましたが、
「辻の神峠」の名前はなく、
珍奇な別名の記載もありませんでした。

  ● 台風後の大山林道の惨状レポを見る(三国峠を探す)