後沢から鍋割山 / 後沢乗越・鍋割峠

 「乗越」は「峠」の範疇なのかという疑義はありますが、丹沢の「乗越」のひとつ後沢乗越を訪ねました。
以前訪れたときは、乗越南側の栗ノ木洞からのアクセスでしたので、
今回は乗越の西側の道の様子を探りにウシロ沢を溯行することにしました。

『丹沢の谷110ルート』(丹沢渓谷調査団・山と渓谷社・1995年)の
後沢を紹介するページの標題には「初心者にも気軽に楽しめて、味わい深い沢」とあります。

また、「古くは後沢乗越を登、下降する峠道であったらしく、しっかりした踏み跡も残っている。
技術的な難しさはほとんどなく、初心者が静かでのんびりした沢歩きをするのに向いている。
特別な足ごしらえも必要なく、ハイキングシューズでも十分である。
」 とも書かれています。

これなら安心と、寒空の下、人影少ない冬の渓谷に足を踏み入れたのです。
(実際、靴を濡らすことは一度も無く、沢登りでもなければ沢歩きでもありません、単なる沢沿い歩きです。)


後沢入口
「作業用径路 ボランティア林A10分→」の標識がある


最初の3段13mの滝を径路は右岸から高巻する
結構ハラハラする桟道だ

寄大橋を渡り林道秦野峠線の閉ざされたゲート前の駐車スペースに車を乗り捨て、
ウシロ沢の出合までやや過剰管理気味の「やどりき水源林」内のコンクリート舗装された道を歩きます。
寄沢本流に合流するウシロ沢の流れは、思いの外、ショボショボで頼りなく、
流れは果して奥まで続いているのかと心配させられる水量です。

出合右岸の「作業用径路・ボランティア林A10分→」の標識に従って、よく踏まれた土道を進みます。
間伐材で化粧を施した砂防堰堤を越え、防鹿柵を通り抜け植林地に入ると、
「←ボランティア林A 作業用径路行き止まり→」と書かれた分岐標識。

「ボランティア林A」は右岸尾根への道らしいので、「作業用径路行き止まり」に従います。
この道は遡行図にある3段13mのゴルジュ状の滝を大きく高巻く道であり、
ハラハラさせられる不安定な桟道が待ち構えているのです。
朽ちかけた不安定な桟道に、山行の成功のみならず人生を賭けることを厭うならば、
はなから水線に沿って遡行を開始した方が良いでしょう。


8m石積み堰堤は空中浮遊する桟橋で越える


葉の落ちた時期の沢は明るい

信頼感に欠ける桟道を過ぎると河原に降り立ち、
ここからは何の不安も、不都合も無い楽しい沢歩き(沢沿い歩き)が始まります。
次なる8m石積み堰堤は空中浮遊する桟橋で通過。
滝上には炭焼き小屋の跡とされる古い石積みが残されていますが、
石積みの隙間からは植林がスクッと伸びておりここが炭焼き小屋の跡だと知らなければ気付きません。

この辺りからが早くもウシロ沢遡行の核心部でしょうか、
木々の葉が落ち明るい雰囲気の中の快適な道が続きます。
沢歩きは水浴びを兼ねての夏の定番行為だと考えがちですが、
沢筋に日が差し込む冬場の季節こそ、沢歩きには打って付けではないかと思えてきます。
なんてたってヤマヒルが休眠しているのだから、ヒル嫌いには冬場こそ最適期といえるでしょう♪


3連の桟橋で10m石積み堰堤を越える


左の写真を堰堤上から見下ろしたところ

気分を害する人工物である「多彩な広葉樹林をめざして」という不要な無駄遣い看板を横目に進むと、
三連の桟橋が渡された10m石積み堰堤。
ここを越えると二俣で、右俣は栗ノ木洞へと突き上げ、左俣は後沢乗越へと詰め上げる。

左俣を選択し、次なる8m堰堤を左岸の防鹿柵に沿った道で越えようと取り掛かります。
堰堤基部にはマーキングのテープもあり、このまま堰堤を乗り越え、水線に沿って進めとの明示がありますが、
どうもそこより右手に分岐するヒノキ植林内のジクザグ快適道に心が引かれます。

本日の装備は、ローカットのハイキングシューズ風安物シューズ、
ヘルメットの持参は無く、軍手の用意もありません。
それに加えて登山用ザックではなく、街歩き用ショルダーバックの襷掛けという出で立ちです。
このまま水線に沿って進むと、乗越への詰めでガレ場が待っているのは百も承知。

いくら教科書に「特別な足ごしらえも必要なく、ハイキングシューズでも十分である」とあってもガレ場は危険。
なによりも入渓して以来、頭の上の斜面で鹿くんが駆け回り落石を誘発しているのだから。
ここは後沢の流れに別れを告げて、左岸尾根(右俣と左俣の中間尾根)につけられた
明瞭なる作業道を選択し、植林地内のジグザグ道でグングンと標高を上げてゆくことにします。


二俣では左俣を選択
マーキング、踏み跡は明瞭


手前の尾根がM-Kさんの歩かれた後沢右岸尾根
背後は檜岳、雨山

この後沢左岸尾根の作業道の造作は絶妙なるジグザグ具合で、息を切らすこともなくあっという間に
沢の人から尾根の人へと転身させてくれます。
ヤブもなければキツイ勾配もなく、これは鍋割山の登路としてもっと利用されてもいい道であると思います。

振り返ると後沢を挟んで右岸尾根、その背後には檜岳、雨山の山稜を望むことが出来ます。
後沢右岸尾根は丹沢のマイナー尾根マニアのM-Kさんが歩かれています。(後沢を詰めた記録もある)


左俣と右俣に挟まれた左岸尾根を登り切った所にある防鹿柵
この作業道は非常に快適


栗ノ木洞からの一般道に出る所の防鹿柵
境界見出標363 後沢乗越はすぐそこ

ジグザグを終えてヒノキの幼木林帯を抜けると、わずかな距離のやや瘠せた尾根筋となり、
ひと登りで後沢乗越と栗ノ木洞とを結ぶ一般道に合流します。
境界見出標「三六三」のある小さなジャンクションです。

ここから後沢乗越までわずか数秒、目と鼻の先。
沢を厳密に辿って詰め上げたわけではないが、ほぼそうした場合と同じ場所に出たといえます。
教科書『丹沢の谷110ルート』には、「後沢乗越は登山者の多くがひと休みするところであり、
そこへ彼らが予測もしない西側の斜面から突然姿を現すというのは、たわいもないが愉快なことである。

と書かれていますが、休憩している人のうち何人かは、必ずと言っていいほどガレた西側の谷めがけて
小石なんぞを蹴飛ばしているのだから、たわいもない快感を得る為に敢えて危険を冒す必要は無い。


後沢乗越 西側の切り立ったガレ


後沢乗越 東側の後沢乗越ノ沢に下る道

東側の後沢乗越ノ沢に下る道に比べると、西側はガレてひどい状態です。
しかし、険悪なガレの表情とは異なり、快適な沢沿い道&左岸尾根作業道を経る鍋割山登路として
利用価値のある道が隠されているのである。

後沢乗越には犬連れの御夫婦が休憩中でした。
きっとガレを忠実に詰めていたならば敏感な犬がガレ場から近寄る何者かの気配を察知して、
興奮のあまり、小石の雨を降らせていたことでしょう。

「乗越」は「峠」の範疇なのか迷うところですが、
神奈川県の峠の教科書『かながわの峠』(植木知司著・かもめ文庫)に後沢乗越が集録されているので
それに従い峠の仲間としてあげましょう。
丹沢には数多くの「乗越」が存在しますが、なぜこの後沢乗越だけが載録されたかは不明であります。
他の「乗越」に比べて、とりわけ交通量が多かったのでしょうか?
「箒沢乗越」や「東沢乗越」も交通量はあったと思いますが同書では取り上げられていません。

同書の冒頭に「生活上から始まった乗越しが、やがて旅人が越える峠へと進展していったと考えられる。
との一文があるので、後沢乗越は「乗越」の中でもとりわけ「峠」の一歩手前の
成長段階だったのかもしれません(?)。

「乗越」と「峠」との峻別などは不要なのかもしれませんが、敢えて行うとするならば、
その利用頻度、利用目的、交通量、成立の背景、両側の集落の様子、地形や道の状態、現地での呼称
等を判断材料とするしかありません。
それにしても判断基準は曖昧で困難な作業となることでしょう。


ダニやヒルの運び屋とは思えない鹿くんの可愛いお尻


鍋割山頂バイオトイレ 利用料50円

後沢乗越から鍋割山頂へわずか登った所の立木に「森案 後D」と書かれたテープが巻かれている。
どうやらここが右岸尾根の合流点らしい。
ボランティア林Aのある後沢右岸尾根を登りつめればここに接続すると思われます。

前を行く、二、三組を追い越して山頂に近づくと、草原でお食事中の鹿が目立ちはじめます。
真っ白な可愛いお尻をこちらに向けて黙々と草を食んでいます。
彼らは森林の下草を食い荒らし土砂の流出を招いたり、植樹した木々の若芽や樹皮を貪ると
問題視されていますが、彼らにしてみれば普通に生きているだけのことでしょう。
酸性雨の原因を作り、第二東名建設や大山ロープウェイ建設を目論む人間とどちらが罪深いのだろうか?


鍋割山から鍋割峠へ向かう途中の眺望
蛭ヶ岳がカッコイイ 直下の連続堰堤群がもしなければ人工物は目に入らない

鍋割山荘の名物・鍋焼きうどんに食指が動くが貧乏人には高価過ぎる食事だ。
山頂のベンチに腰掛けてアンパンと煎餅で食事を済ませ、峠へ向けてお気に入りの道を下降します。
眺望に優れ、ブナ林と下草の雰囲気など好ましい道であります。

「通行厳重注意」の看板がある鍋割山北稜分岐を見送り、
大規模な崩壊地の縁を階段で下り続けると静寂に包まれた鍋割峠に到着します。


鍋割峠
峠の窓からユーシン側を望む


峠の石仏

峠の石仏脇に以前は無かったペットボトルの賽銭箱が置かれています。
訪れる人が少ないのか、それとも石仏に人気が無いのか、
10円玉と1円玉が数枚納められているだけです。

よくよく石仏を眺めてみると、両手を頭の後ろで組んで片足を上げているようにも見えます(?)
かなりのセクシーポーズです。
資料によるとこの石仏は馬頭観音とされ、たしかに頭の上には馬の頭が彫られているようにも見えますが、
髪型に見えないこともありません。
両手で髪を掻き揚げてセクシー誘惑光線を送っているように見えるのは気のせいでしょうか?


鍋割峠から南側へ下る道


寄コシバ沢は岩がゴロゴロ堆積している

鍋割峠を稲郷に向けて下降するのはほぼ20年振りです。 その時の記憶はほとんどありません。
アレレ?こんなに荒れ気味の道だったっけ・・・上部は沢筋崩壊部の縁を歩き、
中部はゴロ石の堆積した涸れ沢を歩く荒れた道です。
視界が悪いときは踏み跡やマーキングが拾いにくいと思われ、集中豪雨後は敬遠したくなる道です。
関東大震災級の地震に見舞われれば峠道は消滅してしまうことでしょう。


雨山峠道と鍋割峠道との分岐点


広い河原に出て振り返る

鍋割峠道と雨山峠道との分岐までやってくると、ホッと一息つくことができます。
後はまともな山道を下り(一箇所ザレの鎖場あり)、防鹿柵沿いの潅木帯を通過すると、
寄沢本流の広河原に沿った道となります。
振り返ると、稜線はもう遠い。


静かな峠 鍋割峠

課題であった後沢乗越の西側の状況、ウシロ沢の様子は窺い知ることができました。
一つの課題の為に一つの地域を訪れると、それはそれで解決するのですが、
それ以上に次なる課題が一つ二つと生まれてくるのが厄介であります。(本当は楽しい)

鍋割峠のユーシン側の道はどうなっているのか? 鍋割山北稜の様子はどうなっているのか?
カヤノキダナ山稜を越えていたという鉄砲沢乗越、オガラ沢乗越はどこなのか?どうなっているのか?
など帰宅してから次から次へと課題が生まれてくるのである。

寄大橋10:30-後沢乗越11:40-鍋割山12:30-寄大橋14:30
(峠行2007.01.04)

● というわけで、帰宅してから数日後、再び鍋割峠周辺を歩いてきました。 ⇒ 「カヤノキダナ沢ノ頭から鍋割山北稜」のレポート