緊急再訪・稲詰峠 - 『青梅市史』のうそつき - 

稲詰峠・松ノ木峠・梨ノ木峠・成木峠・千賀村峠・旧千賀村峠

 前回、稲詰峠を訪れた際に、何もなかった峠に「稲詰峠(詰峠)」という標識を取り付けてきました。
(橋詰峠)」というのは、『青梅市史』の中の付図に記されていた名前です。
誤植ではないかと疑いつつも、別名の可能性もあったので標識に併記しておきました。

しかし、数日後メールを頂き、「詰峠」は誤りであるということが判明いたしました。【*1】
これは一大事と標識の撤去交換のために稲詰峠再訪に赴きました。



付け替えた「稲詰峠」の標識

間違った名前が定着しては大変と、
御連絡を頂いた翌日に稲詰峠へ早速足を運びました。

峠は相変わらず静かで、
前回取り付けた標識もそのままの状態でありました。
すでに誰かに見られてしまったのでしょうか。

無事、交換を終了して、せっかくここまで来たのだからと、
南側の小曽木側に向けて峠道を下ることにします。


稲詰峠南の小曽木側の入口

南の稲詰沢沿いの道はうす暗く、
倒木がいたる所で道を塞いでいます。
その倒木も苔むし、朽ちかけている状態です。
あまり手入れの行き届いた植林地とはいえず放置された状態です。
所々に大岩もある少々荒れ気味の道で、
ここがかつて小学校へ通う通学路だったとは到底想像できません。

取水施設らしい小さな構造物を過ぎれば、
ダンプの往来激しい車道に飛び出します。
小曽木側の峠道入口には何の標識もなく、
杉の幹に青いビニールヒモが巻かれているだけです。


佐藤塚

再び荒れた道を戻るのも億劫なので、北小曽木川に沿って進み、
前回峠そのものだけを摘み食いした松ノ木峠を越えて戻ることにします。

この北小曽木川は死の川です。
採石場のせいか、石灰採掘のせいか、
白く澱んでいて、川底に白いものが堆積しています。
魚の姿などとても望めません。

しばらく進んで佐藤塚に至ります。
北条家落魄の者で、石灰の焼出しを始めた佐藤助十郎の
住居があった跡だとも、墓だともいわれています。


再訪・松ノ木峠を越える

松ノ木トンネル手前の「新所沢線No38.39に至る」と示された標杭から
送電線巡視路と化した峠道を辿り松ノ木峠へ。

峠道は歩き易く植林帯の整備も行き届いています。
植林地内にしては明るくて気持ち良い雰囲気です。
傍らに大径の伐木が横になっていたので、
その年輪を数えてみると100年以上の代物でありました。

成木側の谷間からはチェーンソーの唸り声が聞こえてきます。
木が倒されるのは悲しいですが、
林業関係者が山に入っていなければ、
とうの昔に峠道はヤブに埋もれていたことでしょう。


青梅市内で最古の観音様という

峠で整然と旅人を迎えてくれる四基の石仏。
前回じっくり見れなかったので今回は腰を下ろして拝むことにします。

向かって左から天保二年の猿田彦大神、天保の馬頭観音、
元禄の一面六臂の観音(?)、安政の馬頭観音です。
左から三体目の元禄11年(1698年)の一面六臂の馬頭観音様が
どうやら有名な「青梅市最古の石仏」らしいです。

ただ、『青梅市史』による情報なので俄かには信じ難いですが。
もっとどこか他の場所に人知れず元禄期より古い石仏が
眠っているかもしれません。

ちなみに猿田彦大神の銘が刻まれているものは珍しくないが、
像が彫られているものは青梅市内ではこれしかない
貴重なものであるという。
(多摩地方でも、桧原村白倉に文化11年のものがあるだけ)


峠を大指側に下ったところにある
馬頭観音

峠を大指側に下るとシャガの群落の中のジグザグ道となります。
そのシャガに埋まるようにして寛政11年の馬頭観音が佇んでいます。
シャガの開花時期に訪れると、きっと花に囲まれた観音様といった
極楽浄土の様相を呈しているのではないでしょうか。

この観音様ちょっとお顔が大きいようですが、
なかなか味のある趣で峠の四体に負けるとも劣らず、
松ノ木峠道のいいアクセントになっています。


高水山一の鳥居石跡

大指の集落に出て成木川の流れに沿って下ります。
成木川は清流で、先の北小曽木川とは大違いです。
ヤマメでしょうか魚影も見られ、ウキウキした気分にさせてくれます。

すっかり信用を失墜した『青梅市史』の付図によりますと、
この付近に「梨ノ木峠」という峠があるようなので探索を開始します。

成木街道脇の「高水山一の鳥居石跡」の看板を見てみると、
「昔は川向う山中に古道がありました」と書かれています。
しかし、なかなかその入り口が見当たりません。


梨ノ木峠

山神橋の袂の見事な山ノ神の石祠を見送って、
高土戸のバス停を過ぎた辺りの茶畑に這い上がり、
竹林の中に続く頼りない道を発見して進んでみると、
古道の気配があり、梨ノ木峠に自然と導かれました。

峠には驚くことに大きな峠名を記したプレートがありました。
『青梅市史』もやっぱり信じないわけにはいかないようです。

川沿いに道が出来るまでは、この山中の道が歩かれていたようです。
高水三山の常福院や青喟神社参詣の道が通っていたのかもしれません。


千賀村峠(千ヶ村峠)

稲詰峠入口に停めた車に戻り、一路「千賀村峠」へ。
何の変哲もない車道が越える峠道です。

峠の傍らに石碑があり、「白土御用伝馬街道」と刻まれています。
成木産出の石灰が搬出された峠であるようです。
千賀村峠から、さらに赤坂峠を経て
消費地である江戸に運ばれたようです。


旧千賀村峠

『青梅市史』付図には「旧千賀村峠」も記載されています。
ゴルフ場の敷地内にそれらしき所を見つけましたが、
はたしてどうでしょうか?

それともすでにゴルフ場の芝の下に埋もれてしまったのでしょうか?


成木峠

古い『新ハイキング』という山雑誌を見ていたら、【*2】
小曽木三丁目の小学校裏から成木三丁目に越える
山道の鞍部を「成木峠」としていました。
地形図にも破線で描かれている道なので、ちょっと探索してみました。

学校裏から道は伸びて、荒田林道という林道が峠直下まで続いています。

林道終点の転回場の脇に峠への道があり、
ひとのぼりで何もない植林帯の中の成木峠です。
反対側に越す道もありますが、ちょっと頼りなさそうな道です。
つまらない峠なのでお薦めはしません。

つまらない峠といえば、今日の最大の目的の地であった稲詰峠も、けして味のある峠ではないと思います。

一地方の、地元の人しか知らないような小さな峠です。
稲詰峠に、二度も足を運ぶとは(それも短期間のうちに)思ってもいませんでした。
それでも縁あって顔見知りになると、不思議に愛着が湧くもので、またいつの日か訪ねてみたいものだと
思う今日この頃であります。

【*1】 HP「サイクリストNORIさんの小さな旅」管理人様からメールにて情報提供を頂きました。ありがとうございました。
    (現HP名『散歩路 峠路 〜小さな旅を自転車で〜』様)

【*2】 『新ハイキング』341号「オキジョウゴと都県境尾根」より ちなみに同文では千賀村峠を小曽木峠としています。

● 3回目の稲詰峠の訪問レポを見る。