再訪・ノスザワ峠を探して / 名郷峠・ノスザワ峠

 デジカメを購入したので試し撮りを兼ねて峠行に訪れました。
場所は以前訪れたことのある名郷峠です。本当は奥多摩の山中に行こうかと思ったのですが、
家を出る時刻も遅く、電車の接続も悪かったので二俣尾の駅でフラフラと降りてしまったのです。
まぁ、いい機会なので前回不明確であった「ノスザワ峠(ノスゾウ峠)」を探索しようと思います。


二俣尾駅近くの住宅地にある案内図

二俣尾の駅を出て住宅地の中を行くと
ハイキングコースの案内図があります。

案内図には「ノスザワ峠」の名前があるのですが、
いかんせんアバウトな地図ではっきり位置を特定できません。
わかるのは、名郷峠と三方山の間に位置するということだけです。


西城林道の名がある名郷峠への道

都市近郊の峠としては、
名郷峠はなかなかいい感じの峠です。

ちなみに「五日市・青梅付近の丘陵の峠」の中では
ベスト5に入るのではないでしょうか。

名郷峠、松ノ木峠、旧二ッ塚峠、横根峠、伏木峠、名坂峠あたりが
上位を競い合っています。 (個人的偏見ですが)

名郷峠への序盤は西城林道を進みます。
西城とは桝形山の西という意味でしょうか。
桝形山には城があったといいますから。


明るい杉林の中  峠への分岐点

林道に並流する小沢と離れて杉植林地の中の山道を登り
次第に高度を上げてゆきます。

植林地ですが光が差し込み暗い雰囲気はありません。
途中の分岐を標識に従い折れれば、
緩やかな傾斜を保ちながら名郷峠に導かれます。


名郷峠のいい感じの凹

峠は一応、凹として峠の体裁を整えています。
反対側の正沢へ越える道も認められますが、
少し草が被り気味です。

いつの日か、反対側にちゃんと越えてみたいのですが、
採石場の存在がその思いを奪い去ってしまいます。


『奥多摩』(宮内敏雄・百水社) より

奥多摩の地誌を記した『奥多摩』(宮内敏雄著・百水社)を見ると、
ナゴウ峠(長尾峠)は雷電山のすぐそばに記されています。

以前歩いた時、雷電山近くにそのような場所も
なかったわけではありませんでしたが、
やはり名郷峠は辛垣山の東の鞍部だと思います。

「名郷」とはどういう意味でしょうか。地名、字名でしょうか。
『奥多摩』に記された「長尾」という字面を見ると、
「長い尾根を越える峠」という意味かもしれませんね。


峠の石祠とその前に積まれた石

峠には前回同様、静かに石祠が祀られています。

祠の前には大小の石が積まれています。
峠越えの安全、山仕事の安全を祈って手向けられたものでしょうか。

それとも、パスハンの記念に積まれたものでしょうか。


峠全景

峠は明るく、さわやかです。

杉の木立から漏れる光が尾根道を照らします。
尾根にはハイキングコースが通っています。
標識もしっかり設置されているので、
ファミリー向けに歩かれるのにはいいかもしれません。

しかし、1/25000地形図にその姿はありませんのでご注意を。


『新ハイキング389号』(新ハイキング社)
「吹上峠から辛垣山と雷電山」藤本一美著 より

さて、ノスザワ峠ですが、
『新ハイキング389号』に参考になる紀行文を見つけました。

それを見ると、名郷峠から東にひと登りした後に、
送電鉄塔を過ぎて、最初に標識がある地点のようです。


最初の栗平方向への分岐
推定・ノスザワ峠

伐採されて展望が開ける斜面を過ぎた所にある分岐が
どうやら「ノスザワ峠」のようであります。

標識があり、分岐する方向には「山道」と書かれています。
せめて「栗平」と書かれていれば納得のいくものを、
「山道」とは頼りない。

前出の『奥多摩』には、「ザワ」ではなく「ゾウ」であり、
「ノスゾウ峠」の名で記されていますので、
最初は人の名前かと思いましたが、
「ノスザワとなると沢の名前でしょうか。

「ノス」という響きに、「乗っ越す」という言葉もイメージされます。


二番目の栗平方向への分岐

『奥多摩』には正沢集落から二俣尾へ越す峠とありますが、
これは名郷峠の説明と思われます。

ノスザワ峠は石神前、二俣尾から栗平を結ぶ峠です。

前回訪れたとき、左写真の送電線巡視路奥多摩線31の分岐を
ノスザワ峠と判断しましたが、どうやらこの手前30の分岐が
峠のようです。


三方山 (石神入山)

念のために三方山まで足を運びました。

すぐ北側の足元には林道が迫っています。
ノスザワの峠道が林道化されたのかと思いましたが、
結果的には違っていました。

山頂で踵を返して、判明した推定・ノスザワ峠に向かいますが、
わずか200m歩くのを惜しんで、
多摩線31の分岐で折れてしまいました。
この道は巡視路にしては荒れていて、
32の鉄塔まで歩かされ、林道に降りることになりました。


山上集落 栗平

山上の集落、栗平はすぐそこに見えているのに、
選んだ道はハズレでした。

やはり、推定・ノスザワ峠が本当のノスザワ峠のようで、
尾根を伝って徐々に高度を下げて栗平集落の中に降りてゆくようです。

ハズレの林道は栗平林道という名前の道で、
やはり車向きの道で大回りをして小曽木に下ってゆきます。

本来の峠道が下ってきて林道と交わるあたりに、
「慈雲入道路改修記念碑」なるものがありました。
この付近を慈雲入と呼ぶようです。

ささやかな峠行でしたが
デジカメの取扱いにも慣れてきたので良しとしましょう。

* 『青梅市文化財保護指導員連絡協議会活動報告書』第16号<平成11年度>を見ると、
  辛垣城に関する記事の挿入図の中に「ノスザワ峠」の位置が記されていました。

* 『奥多摩山歩き一周トレール』(東京都勤労者山岳連盟・かもがわ出版)では、「イスゾウ峠」と表記されています。