荻野越(用野越路)
〜 経ヶ岳と華厳山との鞍部に位置する荻野越(用野越路)をゆく 〜
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| 清川村煤ヶ谷法論堂地区と厚木市上荻野用野地区とを結ぶ「荻野越」(用野越路)を訪れました。 法論堂と愛川町半原を結んでいる「半原越」は有名ですが、 古い地形図や登山地図では経ヶ岳と華厳山との鞍部に名前こそ記されてはいませんが、 「荻野越」(用野越路)を越える人は稀であると書きましたが、 【「荻野越」(用野越路)を紹介した貴重な記録】 @『新ハイキング 412号』(新ハイキング社・1990年2月号) A アイランドさんのホームページ『荻野高取山をゆく』 |
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| 舗装林道が越える切通し状の半原越は、峠の情緒には若干欠けるかもしれません。 しかし、昭和初期の登山ガイド本に紹介された美しい一文を読むと、 昔は滋味ある峠であったことが窺えます。 「・・・その名も床しい半原越えの軽いハイキングコースについて語ろう。 現在、林道の谷側斜面に捨てられた不法投棄のゴミの山を見ると、 昔、養蚕を営む家が多かった煤ヶ谷の村々からは、この半原越を越えて、 |
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| さて、本題の荻野越(用野越路)ですが、法論堂側の峠道下部は林道によって、 用野側の峠道下部はゴルフ場によって破壊されていると推定し、 探索は鞍部周辺部だけに限ることにいたしました。 (本当は単なる手抜き調査ですが・・・) 原チャリで一気に林道を駆け上がり、経ヶ岳と華厳山との鞍部の撓みに近い |
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| 荻野越(用野越路)は植林に囲まれた経ヶ岳と華厳山との鞍部です。 稜線に沿って防鹿柵が築かれ、それを越えるために脚立が設置されていますが 防鹿柵は穴だらけなので脚立は無用の長物になっています。 山仕事をする人や、あるいは鹿や猪が鉄条網を切断し、穴を開けるとも思えないので、 稜線を越え、この越路を通行する人間がいまでもいるということなのでしょうか? 鞍部には「荻野越(用野越路)」の名を表わした標識の類は設置されていません。 法論堂からの峠道下部は割愛してしまいましたが、 「・・・分岐地点では左右から道に沿って、小さな沢が流下して来ていて、 これによると林道建設以前の峠道は、 『清川村地名抄』(清川村教育委員会・昭和57年)の中では 尾根を通過する度に、防鹿柵の向こう側、つまり用野側へと続く |
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| 植林地内にあった踏み跡程度の作業道(?)はすぐに消え、どちらへ進むべきかと 悩むこと数回、立ち止まり稜線へ引き返そうかと弱気も生じましたが、 いまさら滑り落ちてきたような斜面を這い上がる気にもなれず、左手に派生する 小さな尾根筋に乗って下降を続けます。 もはや道跡とはいえない中を山椒や野薔薇のトゲトゲ植物に苦戦しながら、 かつて峠道があったとは思えない斜面を転がります。 突然行く手を阻む防鹿柵が現れますが、若干左手に回避を計ると、鹿柵の切れ目があり、 |
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| 視界が開け、降り着いた場所は、右手にはやや急峻な流れの涸れたガレ沢、 左手は水量は少ないながらも水の流れのある河原。 丁度、二つの沢に挟まれた小尾根を下ってきたことになります。 冬場だからいいものの夏場であればきっとヤマヒルくんの歓待を受けたことでしょう。 ここから沢の流れに沿って下降を続けるか、それとも河岸上に道を求めるか、 |
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| 荻野川源流部の左岸尾根に付けられた作業道(旧峠道?)を歩きます。 この道は何箇所か不明瞭な部分があったり、枝分かれしていたりするので、 山勘が物を言います。 道迷いの不安を楽しみながら下ります。 もがいて沢沿いに逃れようとしても防鹿柵が行く手を阻み、 沢沿いコースへの復帰を許してはくれません。 金網の向こうに行きたいと思っても容易にその願いは叶いはしないのです。 ふと、そんな時、鹿くんの気持ちが理解できたりもするのです。 |
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| この道はどこまで続くのかと思い始める頃、沢の流れに向かってジグザグと下降を始めます。 「やった!扉だ!」と安心するのも束の間、背後から何かが迫ってきます。 「ヤバイ!何かに追われている!」と、焦って扉を開け防鹿柵に囲まれたエリアから脱出します。 ホッとした数秒後、息せき切って一匹の白い猟犬が後に続いて扉の外へと飛び出してきました。 鹿柵の扉を閉めて周囲を見渡すと、上流から防鹿柵に沿って踏み跡が確認できます。 |
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| 沢を徒渉して対岸へ渡ると、古い石積みがあり、その背後の植林地斜面には尾根へと続く 明瞭な作業道があり、マーキングテープも確認できます。 これは華厳山からのびる用野尾根から派生している支尾根であり、これを登りつめて行けば 華厳山に達することができるとは容易に想像がつきます。 ここで荻野越の探索を切り上げて荻野川右岸尾根を登ろうか・・・ でも、用野集落まで行かなければ峠越えをしたという充足感を得ることはできないぞ との思いもあり悩むところです。 しかし、そもそも法論堂側の峠道の下部も未見であるし、 先ほどの猟犬が、姿を消して行った下流から再びあらわれて、 |
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| 用野尾根に出てからは、ひと登りで華厳山の頂きに立つことができました。 腰掛けるのに丁度よい丸太が数本転がり、春の訪れを前にしたやわらかい陽射しが 山頂を暖めています。 荻野越(用野越路)の全容は確認することはできませんでしたが、 高取山南尾根のように採石場によって山自体が跡形も無く消え去ってしまえば、 風に乗って届く採石場からの削岩音を耳にしながら山頂を立ち去りました。 |
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| 『新ハイキング412号』の「東丹沢・用野越路」(祖父川精治著)には次のように記されています。 「用野の人達の話を幾つか紹介する。 用野越路のことをノボリョウ、またはオオダルミともいう。 この今ではヤブに埋まる峠道をお嫁さんが越えていたという驚きの事実。 鞍部から用野を見下ろすとゴルフ場が第一番に目に飛び込んでくる。 現在、ゴルフ場に用のない人はもちろん、用のある人も、この越路を越える人はいない。 |
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| 【*1】 「オオダルミ」について 西山を守る会発行の『荻野西山登山マップ』によると、華厳山と高取山の間の尾根道に「大たるみ」の名称が見られます。 【補足】 雑誌『山179号』(昭和26年2月号)「仏果山・経ヶ岳・高取山縦走」(武州大五郎著)に荻野越に関する記述がありました。 「経ヶ岳と華厳山の鞍部で、かき消すごとき一條の踏跡が両側へ下っているが炭焼き以外余り利用されぬ廃道同様の侘びしい峠だ」 |