梅雨の中休みの峠

女坂峠(阿難坂)・精進峠(三ッ沢峠)・根子峠

 体にカビやキノコが生えそうな日々が続く。
束の間の梅雨の中休みをついて精進湖近くの女坂峠に足を運んだ。

「女」という字に惹かれたからではない。
かつて、乙女峠に行った時も純真な「乙女」との出会いはなかったので、
この手の名前の峠に別段、期待はしていない。

そもそも、女坂峠は昔、「阿難坂」と称していたが、
方言で女のことを「オナン」と言うことから、「アナン」が「オナン」になり、
「女坂」の字を当てるようになったということだ。
だから「女」とは直接関係無いのである。

天気予報では夕方からまた雨が降るということなので、
出発を急いだがスタートはすでにお昼を過ぎていた。


大杉が聳える諏訪神社

精進の集落を入った所に国の天然記念物「精進の大杉」が聳えている。
樹齢1200年、周囲12.6mとある。峠道の歴史を静かに見つめてきた大木である。
その横の諏訪神社にも大きな杉が天にのびている。
同じ並びに竜泉寺があり、富士五湖開発に尽力した英国人ハリーの墓がある。
そこかしこに古い石仏があり挨拶するのに忙しい。

峠に至る道は中道往還と呼ばれ、
古代から開かれた甲斐国と駿河国を結ぶ最短距離の道であった。
『甲斐国誌』に「駿州の通路で中間なる故に呼べり」とある。
「若彦路」と「河内路」の中間に位置していることによる。

中道往還は、鎌倉時代には甲斐源氏の武田信義、安田義定が越え、
戦国時代には武田信玄、織田信長、徳川家康らの錚々たる武将も越えた軍道であった。 
また、駿河からの塩・海産物の移入路であり交易の道でもあった。
特に海産物は、最短距離であったことを活かし、多くがこの峠を越え甲府に運ばれた。
甲斐の古関と本栖には関所も置かれていたという。


女坂峠 (阿難坂)


峠の石仏

街道の面影を残す精進の集落は廃屋が目立つのが惜しいが、庭先に咲く色とりどりの草花が美しい。
集落の終わりから、沢沿いを忠実に進む。
堰堤をぐるっと巻き、清冽な水の流れを丸太で渡り、杉林を抜けると、歩き易いジグザグとなる。
随所に古い石積みがあり、道の歴史を感じさせる。

道は歩き易いのだが、梅雨のこの時期は流れ出る汗と蜘蛛の巣で不快指数が上昇する。
さらに、数メートルごとに、毛虫、イモ虫が縄暖簾のように糸で垂れ下がっているのには辟易してしまう。
半そで半ズボンで来たことを後悔するが、時すでに遅し。
難ある峠行なので阿難坂なのか・・・

峠の手前に一箇所、精進湖を見下ろす場所があるが、ガスで湖の輪郭がわかる程度だ。
このコースは富士が見えないと遣る瀬ない。

峠には釈迦三尊ともいわれている三体の頭を欠いた石仏が佇む。
峠で小休止をするが、一人で淋しいので、
三体の石仏に、ランちゃん・スーちゃん・ミキちゃんと名前を勝手に付けて会話を愉しむ。
ガスも出てきて、余計に淋しくなってきたので先に進むことにした。


尾根上のブナ林

三方分山に続く尾根はブナやカエデ、エゴノキ、ミズナラなどが美しい。
一部崩壊箇所もあるので要注意ではあるが。
樹林の根元にはギンリョウソウの群落がある。
葉緑素がない半透明の体は、なんとなく不気味でもある。

カラマツが出てくると山頂も近い。
山梨百名山の標柱の建つ山頂は、南側が刈り払われているが、
牛乳のような雲とも、ガスともつかない重い気体に隠されて眺望はなかった。
このあと随所に展望ポイントがあったが、いずれからも精進湖が見える程度で
最後まで富士は望めなかった。

三角点のある精進山を過ぎ下降すると、アセビ、ツツジ、モミと林相が変わり少し暗くなってきた。
鉛色の雲も出てきて、そろそろ雨が降り出す気配で気分も暗くなってくる。


精進峠 (三ッ沢峠)


根子峠

精進峠で、もう下降しようかとも考えたが思いとどまる。
峠から三ッ沢への道はかなりヤフ゛気味なので冬枯れ期向きの道のようだ。
三ッ沢集落と八坂集落の間にも、別の三ッ沢峠があるので混同しないように注意されたし。

道標の「パノラマ台」という字の一部が消え落ちて、「ハノ」となっていた。
その「ハノ
」に向けて歩みを続ける。 【*1】

根子峠で精進湖からの明瞭なハイキングコースと合流する。
反対側に越す道はヤブの中である。付近一帯はイヌブナや栃の大木が聳えていて雰囲気は良い。

パノラマ台ならぬ「ハノ」へ向かおうと思ったが、
この天気ではなにも望めぬと判断して、湖畔へ
向けハイキングコースを下る。
ミズナラ・カエデなど明るい樹相で足取りも軽い。真新しい木造の橋や桟道などが整備されている。

パノラマ台が観光名所になっているらしく、地元でも登山道の整備に力を入れているようだ。
しかし、途中の橋は落石で半壊していたし、「ハノ」の道標もいただけない。

湖畔の車道に飛び出した途端、雨が降り始めた。
わずかばかりの梅雨の中休みだったが、コンパクトな峠行を楽しむことができた。
すれ違う人も無く、淋しい梅雨の峠ではあったが。

【*1】 「パ」の「。」と、「ラ」の「ー」と、「台」の「ム」が標識から剥がれて、「パノラマ台」が「ハノ」になっている。

● 後日、女坂峠の古関側の道を辿った時のレポートを見る。