忍野三山の峠
鳥居地峠(鳥打峠)・オオザス峠・立ノ塚峠(内野峠)・二十曲峠
| 山中湖の北、忍野八海で有名な忍野村に高座山、杓子山、鹿留山がある。 小粒ながら麓から眺めると、刈払われたカヤトと岩混じりの山容は、なかなか格好良く絵になる構えだ。 この三山を勝手に「忍野三山」と呼ぶことにした。 「忍野三山」を縦走しながら忍野村を取り囲む峠道を尋ねてみた。 今回は、立ノ塚峠入口に車を停めて、積んできた自転車(パパチャリ)で鳥居地峠へ向かった。 |
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| ギア無しのパパチャリで鳥居地峠へ向かう舗装された林道を頑張って立ち漕ぎで登り、 縦走前に早くも体力を無駄に消費してしまった。 鳥居地峠の下は現在トンネル工事中で、 完成すれば、この峠も忘れられる運命にあるのかもしれない。 今でも交通量は少なく、忘れられ気味ではあるが。 富士山を遥拝するための「鳥居」が建っていたので「鳥居地峠」になったとの説もあるが、 峠から東に伸びる林道を進み、カーブの先で尾根に取り付く。 高座山の登りは40度近くの急勾配でザレていて、滑ってなかなか前へ進まない。 山頂には朽ちたプレートと四等三角点、そして熊出没注意の看板。 |
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| 北にのびる雑木の山道を進み、送電線を越えるとオオザス峠。 「大権首峠」と表記したガイドブックもあるが「権」の字は誤り、パソコンでは表記できない文字である。 「ザス・サス」は焼畑を表す地形語で、一般には「指・差」の字を用いるが、 ここの峠の「ザス」という字は極めて難解だ。 ここで林道が合流するが、乗っ越す道も、峠名の書かれた標識も無く、 峠から雑木林の中の大きなジグザグで高度を稼ぎ杓子山に至る。 「杓子」というから木地師と関係のある山かと思ったらそうではなく、 三等三角点のある杓子山頂からの展望はすこぶる良好。 |
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| 足もとに咲いている野菊(?)が美しい。 石造りと木造の祠があるので手を合わせるが、場違いな雰囲気を醸す山頂の鐘が気にかかる。 恋人岬にありそうな鐘で、何でこんなものがここにと思いつつも、 他に誰も居ないことをいいことに打ち鳴らしてみた。 ロマンチックな音色を奏でるでもなく、無機的な金属の打音でしかなかった。 ベンチに腰掛けコンビニで仕入れた串団子を頬張っていたが、突如雲行きが怪しくなってきた。 ちょっと主稜を外れた鹿留山に立ち寄る。 再び縦走路に戻り、立ノ塚峠(内野峠)めがけて急下降がはじまる。 |
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| 立ノ塚峠は峠らしい峠! 木の根元に寛政の銘のある石仏が静かに佇んでいる。 この付近は昭和30年代まで炭焼きが盛んに行われていたという。 炭俵を積んだ駄馬の行き来を石仏は長らく見守ってきたことだろう。 内野側に向けて深い轍のある峠道を下る。 幾度かのカーブを繰り返し峠に辿り着く。 峠の案内板には、 「一日の労苦を憩う峠」という表現が素敵だと思った。 |
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| 忍野村の水田は収獲の時期を迎えつつあり、案山子の家族も総出でその役目を担っている。 村祭りの準備だろうか、村のそこかしこに大きな幟が立っている。 自然の恵みを神々に感謝する季節が近いようだ。 富士の湧水で作られたお米はきっとおいしいことだろう。 |
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【参考文献】:『甲斐の山々』小林経雄著・新ハイキング社 ● 村のセブンイレブンの前に臨済宗医王山承天禅寺があります。享和年間の鐘楼が見事でした。 ● 後日、立ノ塚峠から二十曲峠の間の尾根を歩き、とりこぼしていた峠を拾いました。 |
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