願掛けの峠行
道坂天神峠・蟹沢天神峠・玉川天神峠・戸沢天神峠・尾曽後天神峠
| 某国家資格試験の受験勉強をしていた為に、久し振りの峠行となりました。 試験が終わり自己採点をしたところ、どうもダメそうなので合格祈願に峠の天神社へお参りに行きました。 最後はやっぱり神頼みというわけです。 でも実際は、試験勉強から解放されて、ただ山の中を歩きたかっただけという話もあったりして・・・ 以前も書きましたが山梨県郡内地方は天神峠の宝庫です。 |
*
道坂峠の天神社参り |
|
| 道坂峠は山梨県都留市(旧谷村)と道志村を結ぶ峠です。 この峠道は「谷村道」と呼ばれ、道志村から谷村へ炭を売りに行く人々のことは 「谷村人」(ヤムラード、ヤムロード)と呼ばれていました。 「道坂峠」は、本来は「道志坂」と称され、それに峠を冠して「道志坂峠」となり、 そしてそれが「道坂峠」と省略されるようになったといいます。 明治末には民俗学者の柳田國男も馬の背に揺られ峠を越えています。 「道志」の村名の起こりは、 峠に囲まれた山峡の村の生活は厳しかったようで、 かつて、道志村の婦人たちは朝早くより馬の背に炭俵をつけて峠を越えて、谷村で現金に換え、 |
|
|
|
| 以前は峠の頂上に天神社が祀られていました。 オヒマチの行事の際には、村の子供達が年長の子の家に集い、色紙を繋げて旗をつくり、 「奉納天満天神宮御宝前」とか、「おさめたてまつる天満天神」と書いた紙を 峠にあった天神社まで納めに行ったそうです。 このように書くと勉強ができるようになったり、字が上手くなったりしたといいます。 また、飾り付けをした馬に乗って峠の道を飛ばし、若衆が競馬の真似をしたといいます。 今はその天神社も新道のトンネル脇にまで降ろされています。 ここの天神様は大忙しです。自分の願いを叶えてもらうには競争率が高そうなので、 |
|
|
|
| 折角だから本来の道坂峠を求めて、道志側から都留側へ越えてみました。 新トンネルの入口脇のゲートをすり抜け旧トンネルへ。 朝鮮人夫を動員して造られたという旧トンネルはコンクリートで封鎖されていました。 御正体山入口の標識に従い山道に入りますが、だいぶ西に流されてしまいます。 それでも急登のジグザグを登りつめて、東側のヤブ気味の道に進路を取れば鞍部に辿り着きます。 (西方に良い道が続いていますがこれは善之木から峠へ通じていた旧道と思われます) 登山標識を過ぎた所に旧峠と思しき凹状地形がありました。都留側はササに埋まっています。 昔、峠には「し」の字のように曲がった杉の神木があり、「しの字の杉」と呼ばれていたそうです。 【参考文献】 ● 後日、道坂峠を再訪した時のレポートを見る |
|
蟹沢天神峠・玉川天神峠・戸沢天神峠 へ |
|
|
|
| 道坂峠を下り、谷村に向かう途中にある大津という集落から、 その北側の引野田を結んだ峠が蟹沢峠です。 『山梨の峠』(小林栄二著)で紹介されていました。(P187) ここは個人でお祀りしている天神社のようです。 次に玉川天神峠と戸沢天神峠を訪れます。 ともに舗装された道が越えています。 |
|
|
|
| 玉川天神峠は農道を舗装したような細い道で交通量はありません。 天神社も見当たりません。里へ降りてしまったのでしょうか。 (かつては、峠の西側の山上にあったそうですが) 戸沢天神峠には戸沢集落で祀る天神社が堀切の上にありました。 『甲斐の山山』(小林経雄著・新ハイキング社)にも、 そうすると、天神様に祈願しても試験合格の御利益はないのでしょうか? |
|
尾曽後峠 へ |
|
|
|
| 尾曽後峠もやはり天神社を祀る天神峠です。 大月市花咲と都留市小形山の間にあり、中央道富士吉田線花咲トンネルの上に位置しています。 田野倉側トンネル上の墓場から峠へと続く山道がのびていました。 でも、峠自体は味のある素敵な切り通しで、一級の峠です! |
|
|
|
| この峠道も鎌倉街道の一つで、甲州街道筋の花咲から峠を越えて小形山、横吹、羽根子を通り、 金井から平栗、加畑、そして夏狩へ出て籠坂峠へ続いていたといいます。 都留市中津森の館に居た小山田氏が岩殿砦経営のためにこの峠を越えて行き来したそうです。<*1> 甲州街道筋と谷村を結ぶ近道であるこの峠は多くの庶民に利用されました。 また、真木村から谷村に嫁いで行く花嫁もこの峠を越えたといいます。 地形図を見ると、この尾曽後峠からさらに東の方(大月駅方向)にも |
|
|
|
| 今回は、一日で五ヶ所の天神峠を巡ってきました。 何か御利益があるでしょうか? 願い事は叶えられるかな?でも、こんなにいくつもの天神様に浮気して願を掛けたら、 頼まれる方は嫌な気持ちになったかもしれませんね。 それに試験の合格祈願って、やっぱり受験する前にすべきだったのかしらん。 |
|
| 【参考文献】 <*1> 『甲斐路・ふるさとの道』 山梨日日新聞社 ● オソゴ峠の「オソゴ」とはどういう意味でしょうか? ● 『ふるさと小形山』(井上敏雄著・ぎょうせい)という本に尾曽後峠に関する記述がありました。 「真木、花咲等は江戸時代から織物が盛んで大正期頃までは、 また、峠のお内裏様については、 峠の天神様については、 【後記】 ● 後日無事に某国家試験に合格することが出来ました。 ● 後日、尾曽後峠を訪れた時のレポートを見る。 |
|