年の瀬の峠・再訪の大地峠

寺下峠・大地峠・新大地峠・千足峠・矢ノ目(峠)・新矢ノ根峠・矢ノ根峠・駒倉峠

 2003年もあと二日で終わろうとしている年の瀬に「峠納め」として中央線沿線の峠を訪れた。
年末年始を北アルプスで過ごす登山者もいる中で、中央線沿線の低山とは寂しいが、それがまたいいのだ。
冬枯れの疎林から眺める山里の風景や、霜柱ザクザクの峠道、逆光の中のひっそりとした峠に接した時、
このうえない悦びを味わうことができるのだ。

リンクさせて頂いている『小やじ健気愉快』さんの「大地峠の怪」という峠名調査研究ページを拝見してから、
大地峠再訪の機会を狙っていたし、なにより前回訪れた時の林道建設工事の進捗状況が気になるので、
この慌ただしい年の瀬にひとけのない静かな山域に分け入り、寺下峠から尾根に上がり大地峠を経て
東方に点在する峠を拾う山旅に赴くことにした。

(前回、新大地峠から四方津への道を下ったので、今回は梁川から寺下峠への道を登ることにしました)


寺下峠入口・新しい林道工事中

無人駅梁川駅にお昼に降り立ち、
年末の大掃除に余念の無い民家の脇を通り抜け
寺下峠入口に向かう。
民宿「やまみち」の看板に従えば、しぜんと峠口に導かれる。

桂川に架かっていた塩瀬吊橋は撤去され、
塩瀬大橋という立派な橋が渡されていた。
静かな山里にも開発?整備?破壊?が進んでいるようだ。

寺下峠入口からは新しい林道がのばされ現在工事中。
まさか、すでに山腹を貫き大地峠の真下辺りにトンネルでも
造られてしまったのではと不安がよぎる。


寺下峠

峠道前半は導水管沿いに、いたって平坦な水平歩道が続く。
途中、山の仕事人らしき人とすれ違う、背負籠からヒノキか、
松か、はっきり見えなかったが枝が飛び出していた。
正月の門松用に山から調達してきたのだろうか?

沢の出合からは山道らしくなり、杉林を抜け小沢を徒渉すれば、
落石注意の看板がある崩壊気味の急斜面の九十九折れとなる。
この難所が無ければ快適MTBコースとも成り得たのに残念だ。

難所を越えれば落葉林の明るいジグザグとなり、
振り返れば梁川の町は遥か足下で綱之上御前山(寺山)も迫力を失う。
再び植林地に入り、左手に矢平山の自己主張の強い
ふくらみを望めば寺下峠も近い。

梁川町塩瀬と秋山村寺下を結ぶ峠は、
数年前訪れた時と変わらず静かな佇まいで迎えてくれた。


矢平山 山頂

丸ツック山と矢平山の間は落ち葉フカフカの気持ち良い場所。
前回はここで食事をして寝転んだ。

矢平山の岩混じりの登りを喘ぎ喘ぎしていたら、
初老のハイカーとすれ違う。
気付くのが遅れて苦悶の表情で登る姿を見られてしまった。
年末にやって来る物好きもいるものだと互いに感心。

笹の緑に、雪の白、空の青。
なんとも気持ちの良い山頂。
座っていけと語りかける切株に腰掛け、
クリームパンとスナック小袋の質素な食事。
子どものおやつのような倹約メニューだが、
懐が年末の寒さに負けず寒いから仕方が無い。 
テルモスの熱い紅茶で体だけでも温めて大地峠に向かう。


大地峠

矢平山からは右手に松の林が続く。
時折、秋山村側からゴーッと風が吹き抜ける。
潮騒のようにも聞こえ、山の中に居ながら、
海岸を歩いている錯覚に襲われる。

大地峠は桂川沿いの四方津と秋山村大地集落を結ぶ峠。
新旧の峠変遷の経緯は前出のHP「大地峠の怪」に詳しい。

甚之函山への道、新大地峠への道、大地集落への道と
峠は十字路を呈す。
集落へ下る道は明るく気持ち良さそうだが、ここは我慢して
東方の高柄山に向けて進路を取る。


新大地峠直下の林道建設

大地峠直下の林道建設工事は、
年の瀬で休工中のようであるが、
数年前より着実に延長されているようだ。

路面は綺麗に舗装され、
斜面もしっかりとコンクリートが吹き付けられている。

林務作業用の林道にしては立派なようだが、
どこまで延ばされていくのだろうか?
尾根を穿ち、寺下峠の入口にあった林道と接続するのだろうか?


新大地峠

新大地峠も数年前と同じ姿。
変わっていくのは、すぐ右手で行われている林道工事のみ。

前回はここから四方津駅へ向けて新大地峠道を下って行った。
歩き易い、すばらしい峠道だったと記憶している。
路傍の馬頭観音は健在だろうかと気にもなったが、
今回はこれからさらに東方の未知の領域へ歩みを進める。


千足峠

新大地峠から軽い登りで大丸山に到着。
かつて大地展望台と呼ばれた所だろうか、
これから向かう高柄山、鶴島御前山方面の複雑な地形が望まれる。

軽いアップダウンを快調に進み
辿り着く高柄山手前の小さい鞍部が千足峠。
歩きよい尾根道上であるが調子に乗って飛ばしすぎると、
暗いルンゼが口を開け、転落する登山者を待ち構えて
いるので注意が必要だ。

上野原町千足と秋山村金山を結ぶ細尾根上の峠。
千足側の道は上野原町設置の
「危険立入禁止」の看板で封鎖されている。
金山側の道も、か細く、いささか頼りない。
千足側では沢筋の崩壊が激しく数年前死亡事故もあったという。

かつて金の搬出や鉱山夫が越えたであろう峠道は、
いまや越える人のない埋もれる道になりつつあると思われる。


高柄山 山頂の祠

高柄山は山梨百名山だけあって展望の良い山で、
南面には丹沢山隗、北面には足下に広がる上野原の街並みと
その背後の山々とが一望できる。

山頂には寛政年間に祀られた山ノ神の崩れかけた祠がある。
普段の休日なら大勢の登山客で賑わっていると思われる山頂も
この年の瀬に訪れる者も無く、ひっそりとしている。
神様も冬眠しているようで祠も静かだ。


矢ノ目(峠)

高柄山から雑木の林を下れば、矢ノ目と呼ばれる鞍部。
ガイドブックによっては矢ノ目峠としているものもある。

たしかに目を凝らしてみれば落合と四方津を結んでいたと
思しき踏み跡のような、かすかな道が見てとれる。


新矢ノ根峠

矢ノ目から雑木林の尾根道をひと登りで、
登山者の間では悪評高き新矢ノ根峠に辿り着く。

ゴルフ場の開発で以前あった矢ノ根峠への道を封鎖して、
迂回路の起点として作られた新しい峠である。
登山者へのお詫びのしるしか、峠には東屋が建つ。

迂回する旨を指示した看板には、「ゴルフ場を閉鎖しろ」、
「玉転がしが楽しいか」、「ゴルフなんかスポーツと呼べない」、
「倒産しろ」、「金持ちのバカゴルファー」、「自然破壊・農薬流出」、
などの罵詈雑言の落書きの数々が見られる。


矢ノ根峠

旧矢ノ根峠への道は
封鎖はしてあるが立入禁止の看板は無いし、
尾根の半分はゴルフ場の所有地ではなかろうと、
本来の矢ノ根峠を探し求めて分け入ってみた。

ニ、三の急激なアップダウンを繰り返し辿り着いた先に、
本来の矢ノ根峠はあった。
ゴルフ場側はバリケードで封鎖されていたが、
落合側には峠道が残存していた。


矢ノ根峠からの水平歩道にある
馬頭観音様

矢ノ根峠から田野入峠へ向けて尾根を辿ろうと試みるが、
地形図500m峰圏内でヤブに阻まれ撤退。

仕方なく落合側の峠道を辿ってみると、
植林地の中の水平歩道で非常に歩き易い。
しかし、それも束の間で、古き道を偲ぶ馬頭観音を過ぎれば、
道は消滅してしまう。 
方向的には先の矢ノ目(峠)あたりに接続していたものと思われる。

やむなく道なき斜面を這い上がると新矢ノ根峠近くに戻ることができた。


闇に包まれた駒倉峠

気がつけば夕闇はそこまで迫り、師走の寒さが身にしみる。
年内最後の峠行はヘッドランプを点灯しての峠歩きとなる。

しかし、闇に包まれたおかげで、
迂回路として付け替えられた評判の悪い鶴島御前山への
急な登り道は全容を目にすることもなく、難なく通過することができた。

鶴島鉱泉への下り道と御前山からの尾根道が合流する所が駒倉峠。
前から名前だけは知っていた峠だが、
『山梨の峠』を拝見して、その位置を知ることが出来た。

御前山まで足を運ぼうかとも思ったが暗くて展望は無かろうし、
下山の足下も不安なので鶴島の集落に降りることにした。

鶴島集落の各家の戸口には「謹賀新年」の張り紙が貼られていて正月準備も整っているようだ。
この辺りの民家では門松や松飾りを取り付ける慣わしがないのだろうか?
どの家も張り紙だけで済ませている。 至極経済的ではあるが何か信教上の違いだろうか?

街灯に照らされ闇夜に浮かぶ天然記念物「鶴島のムクノキ」の洞の割れ目にニヤニヤしながら、
上野原駅まで歩いたが、この年の瀬に、こんな一地方のけして有名ではない峠の数々を拾って
歩き回っている自分とはなんなのだろうかと思いつつ閑散とした中央線に揺られ帰路についた。