雁坂越

  幸田露伴の『雁坂越』を読みました。

父母を失い叔父のもとで生活をしていた、主人公源三が、
叔父の後妻に折檻・虐待をされるという悲しい話。
笛吹川の上流、東山梨の釜和原という村での生活を捨てて雁坂峠を越えて東京を目指す源三。
峠越えに躊躇する場面もあるが、容赦ない折檻に耐えかねて峠に立ったところで話は終わる。

「雁坂越」

(略)

彼方(あっち)の邦土(くに)は誰にも見せないと、意地悪く通せん坊をして居るようにも見える位だ。
其の恐ろしい山々の一と列(つらな)りの彼方(むこう)は武蔵の国で、此方(こっち)の甲斐の国とは、
全然(まるで)往来(ゆきかい)さへ絶えて居るほどである。
昔時(むかし)はそれでも雁坂越と云って、たまには其の山を越して武蔵へ通った人もあるので、
今でも怪しい地図に道路(みち)があるように書いているものもある。

(略)

東京は甲府よりは無論佳いところである。
雁坂を越して峠向うの水に随(つ)いて何処までも下れば、其川は東京の中を流れて居る隅田川という
川になる川だから自然と東京へ行って仕舞うということを聞きかじって居たので、何でも彼嶺(あれ)
さへ越せばと思って、前の月の或朝酷く折檻された揚句に、唯一人思い切って上りかけたのであった。

(略)

なんでも峠さえ越して仕舞えば、と朝晩雁坂の山を望んでは、其の彼方に極楽でもあるように
好ましげに見て居た。

(略)

とうとう雁坂峠の絶頂へ出て、そして遥に遠く武蔵一国が我が脚下に開けて居るのを見ながら、
蓬蓬(ほうほう)と吹く天(そら)の風が頬被りした手拭に当るのを味わった時は、
躍り上り躍り上って悦んだ。
併し又振り返って自分等が住んで居た甲斐の国の笛吹川に添う一帯の地を望んでは、
暗然として心も暗くなるような気持ちがして、

(略)

幸田露伴の『雁坂越』については、露伴は実際に峠に立った経験は無く、
想像の中で峠の情景を思い描き、文章にしているということがよく言われています。

 「峠の上からは武蔵一国の開けているのは見えない。雁坂峠の武蔵側は秩父特有の密林で展望は利かないはずである。
  大学者の露伴にもこういう誤りはある。」  (『山さまざま』「峠いろいろ」 深田久弥著)

武蔵一国が我が脚下に開けて居るのを見ながら」という記述がおかしいという指摘であります。
実際に秩父側は深い森林に隠され、その展望は開けていないからです。

しかし、そんなことはどうでもよいことで、源三の眼には希望の国である武蔵の国が、
明らかに望まれていたと思います。
そして、その足下には自由への一歩を踏み出す道が続いていたことでしょう。
期待、希望を抱き、峠に立った少年の心の眼には、実際には見えぬ情景が見えていたことでしょう。

 「私は若い頃露伴氏の『雁坂越』を読んで、甲州の谷に育ったアルネのような一少年が、始めて境の山の頭に出て、
  関東平野の大きな風に、ぼうと顔を吹かれるという一節に感動した。」  
(『豆の葉と太陽』 柳田國男著)

まだ見ぬ世界に思いを馳せ峠に立つ。
期待と不安の入り混じった複雑な心境、しかし、若者は不安を押しのけ、たじろぎもせずに
明るい希望に胸躍らせ峠を越えていくことでしょう。
峠、そこはただ異国からの風が吹いているだけ・・・