蜘蛛の巣だらけの峠道
〜 芦川北稜尾根の峠を拾う 〜
迦葉坂峠(柏尾坂峠)・七覚峠?・関原峠(野坂)・大峠・大鳥居峠・小峠・弓建峠・東峠?・桜峠?
【位置概念図】 |
| <JR甲斐上野駅> <大鳥居> <関原> <右左口> ▲浅間山--桜峠--東峠--弓建峠(大鳥居峠)--▲三俣尾山(小峠)--大鳥居峠(大峠)--大峠--▲茶屋平--関原峠--七覚峠--迦葉坂峠 <高萩> <三帳> <下芦川> |
| *峠の名称、峠の位置は文献によって若干異なります。 *地形図に名前のある峠は「関原峠」、「大峠」、「桜峠」のみです。 |
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| 芦川北稜尾根とも呼ばれるヤブ尾根に点在する峠を拾って来ました。 登山の対象となる機会が少ない尾根なので参考記録の類は多くはありません。 (【参考文献】は文末参照) この山域の貴重な文献の一つ『日本山岳案内3』には以下のように、この尾根についての説明があります。 |
| 「右左口峠より主稜を西に辿れば、粕尾坂峠(853米)があり、次にウチアガリ山(948米)を経て、 関原峠(840米)に至っている。 ウチアガリ山から南方には関原峠山(835.7米)の突起がある。 関原峠から更に西には、広やかな山頂を持つ茶屋平(△931.8米)があり、この山は芦川では字水上と云っている。 茶屋平からは峯沢山(910.7米)に続き、降って大峠(760米)に至る。 この峯沢山より西南には矢中山(900.2米)がある。 大峠から更に西には、小峠(△838米)を経て、細長い主稜をオイワケ(659.6米)に至る。 オイワケは芦川では弓立峠とも云っている。 オイワケからは西北に方向を転じて、東峠(560米)を経て、桜峠(550米)に達し、更に浅間山(△593.9米)に 至って御坂山塊第二主稜は笛吹川と芦川の出合いに枝尾根を派生して終わりを告げる。」 --『日本山岳案内・3』/「中央線に沿う山・御坂山塊」(博文館・鉄道省山岳部編・昭和15年)--より --------------------------------------------------------------------------------------------------------- |
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| 《下芦川の地蔵堂付近に車を乗り捨て、地形図に表記される「迦葉坂」を辿り尾根に出る。 そして、そこから芦川北稜尾根の末端まで歩き続けて、JR身延線の芦川駅から 18:10分発の三珠町営バスでスタート地点に戻る》 という完璧な計画を立てた。 しかし、計画はあくまで計画。 計画通りにいかないのが現実の厳しさで・・・トホホなのです。 |
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| 「右左口峠」と「迦葉坂峠」は全く別物の峠なのか?という疑問はあるけれども、 大抵の文献で両者は分別されているのでそれに従うことにします。 地形図の「右左口峠」のすぐ左、点峰888mの西の鞍部が「迦葉坂峠」ということで、 一般には定着しているようです。 しかし、両峠とも中道往還の峠道として、 駿河と甲斐を最短で結ぶ中道往還は、鮮魚や塩の移入路として、かつては賑わいを見せていました。 迦葉坂の西隣り上出村沢は、砂防堰堤の工事中であり、 |
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| 峠道は、さすがに古くからの幹線道だけあって、しっかりとした造りになっています。 緩やかな勾配、適度なジグザグ、古い石積み、馬も通れるほどの幅広の道。 道行きの安全を見守る石仏の姿もありました。 こんな良い道が、忘れられ、消えてゆくとしたら実に惜しいことであります。 それにしても、「なんだ!この蜘蛛の巣だらけの峠道は!」と、思わず声高に叫んでしまいました。 夏の終わりという訪問した時季も悪かったのだろうけれど、 ストックの中ほどから先端部は蜘蛛の巣の粘着性の糸で |
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| 峠道は幾度かのジグザグを繰り返し、松混じりの平坦な尾根に出ます。 そのまま進むと小さな分岐があり植林地に出ます。 植林地の中には、かなり大きな古い石積みが見られます。 かつて屋敷でもあったのでしょうか?それとも猪垣でしょうか? 植林地の先から、下り勾配で左手に流されていくのを感じます。 到着した迦葉坂峠は繁る木々の葉で薄暗いですが、凹とした姿が残る峠らしい峠です。 昭和初期の文献である『日本山岳案内3』には、すでに当時から、 |
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| 釈迦の高弟で右腕といわれた「阿難」、左腕といわれた「迦葉」。 ここ芦川には阿難坂(女坂峠)があり、迦葉坂峠(柏尾坂峠)があります。 そして釈迦ヶ岳があり、両峠道を見下ろしています。 誰がいつの時代に名付けたものなのでしょうか? 何か視線を感じたので目をやると石祠がポツンと祀られていました。 |
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| 尾根道(といっても踏み跡程度)に出ると、蜘蛛の巣はいくらか減少するものの今度は蝿が喧しくなります。 かといって、油断していると女郎蜘蛛が待ち構えているので気が抜けません。 尾根はイノシシの楽園のようでヌタ場や足跡が多数見られます。 夏草や小潅木に覆われた尾根は風もなく蒸し暑いものです。 オヤ!?なぜかこんな山中に一台の自転車が転がっていました。(上左写真) 緩やかに尾根を登ると点峰946mの「ウチアガリ山」です。 山頂からは鋭角に北側へ曲らなければなりませんが、それらしき踏み跡が見つかりません。 これがとんでもない失敗で、946m峰の西南にのびる小尾根にまんまと引き込まれてしまいました。 |
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| 予想通り飛び出した関原峠の峠道は案外と良い道で、しっかりと踏み固められています。 さすがに地形図に名前が載っている峠道だけのことはあります。 辿り着いた関原峠は、その凹とした形状もはっきりしていますが、 『日本山岳案内3』には関原峠について以下の記述があります。 この時期、明るさには欠けますが、まあまあの雰囲気を持った峠です。 946m峰ウチアガリ山でコースミスをしてしまった為に 雑木に囲まれた踏み跡の薄い尾根道を進むと、点峰859mの手前で右手より明瞭な道が合流します。 |
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| 859m峰から△932m茶屋平に向けて南に進路を取ります。 ガサゴソとヤブを掻き分ける音が聞こえて、下方から何やら「ベイ、ベイ」という鳴き声が聞こえてきます。 熊かもしれないと、しばし前進を躊躇しましたが、鈴をけたたましく鳴らし、 笛を吹きまくり、奇声を発して、様子を見守ります。 こっちに接近してくる気配もありましたが、しばらくして鳴き声は消えました。 果たして熊だったのか、イノシシだったのか? 地形図にある茶屋平の北側を巻く道がハッキリしていたので、これを辿ることにして山頂は割愛です。 『日本山岳案内3』では、912m峰を峯沢山とし、 地図に記された「大峠」の文字の付近は平尾根の地形であり、ハッキリした峠の場所がわかりません。 『富士の見える山』には、 また、『新ハイキング570号』の「右左峠から大峠・桜峠を行く」と題した紀行文には、 どうやら本来の大峠は石仏がある地点を指すようです。 尾根道を北に向けて点峰795mの鳥居マーク(山ノ神)に向けて進むと休猟区の看板があり、 |
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| 辿り着いた地形図の点峰912mと三角点838mの鞍部は 「大鳥居峠」の名称で呼ばれていることが多い場所です。 現地には何の標識もありませんが、一応、尾根を乗り越す踏み跡がありました。 『日本山岳案内3』では、この地点を「大峠」と解して以下のように記述しています。 大鳥居峠にはヌタ場があり、イノシシの気配が非常に濃厚です。 ここから次なる三角点838m峰までは踏み跡も途絶えがちになります。 |
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| 三ッ俣尾山には関原峠にあった標識と同じ作り手による標識が設置されていました。 別名の「三ッ間頭」という名も書き込まれていました。 『日本山岳案内3』では、ここを「小峠」と称しています。 三角点は山頂標識から数メートル離れた場所にありました。 迦葉坂峠の峠道も蜘蛛の巣はひどかったですが、 |
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| 三角点ちょい先の北尾根分岐を見送り、北西に進路を取ります。 アカヤマドリらしき巨大なキノコが生えています。 松の疎林が続くのでマツタケは生えていないかと注意していましたが発見には至りませんでした。 芦川北稜尾根はキノコが豊富ですが、 地形図を深読みし過ぎて、またまた尾根を外してしまいました。 ズボンにいっぱい草の種をくっつけて、蜘蛛の巣まみれで突然に姿を現わした登山者を見て、 |
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| 工事作業中の傍らを伏し目がちに通過して本来の鞍部へと向かいます。 この林道が尾根を乗り越す部分が「弓建峠」でしょうか? あるいは林道大鳥居線と名乗るぐらいだから、ここも「大鳥居峠」ということになるのでしょうか? この林道からは芦川を挟んだ南側に大畠山、蛾ヶ岳の姿がよく見えます。 林道の分断にもめげず、さらに尾根を拾うことにします。 「オイワケ=弓建嶺」(?)だとすると、ここも「トッケ系」の峠なのかもしれません。 |
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| オイワケまでは北面の伐採地から甲府盆地を見下ろすことができます。 笛吹川の流れも、南アルプス・八ヶ岳もなかなかの眺めです。 ただし油断していると顔面に蜘蛛の巣が引っ掛かります。 660m圏オイワケの北側を巻いて通過し、少し下ると注連縄の張られた石祠が祀られています。 『三珠町史』には、「弓建」という地名について以下の説明があります。 要するに、この嶺から弓を放ち、白鷺と見間違えた白衣姿の田螺を拾っていた老婆を |
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| 石祠から緩やかに下ると平坦部に出ます。 訪れる前から地形図の荒地記号を見ていて心配していた場所です。 ここが芦川北稜尾根縦走の最大の難関になるだろうと予測はしていましたが、 想像以上の猛烈な草ヤブです。 進退窮まるとはまさにこのことか・・・ あらゆる草が大地の栄養を吸い取り成長し、猛威を振るっています。 もう限界だと、北側の植林地内に逃げ込みますが、 荒地と植林地との隙間にかろうじてイノシシの通り道を見つけて、それを拝借しますが、 人間は考える動物です、それもバカな事を。 桜峠付近の荒地は冬枯れの季節なら歩けるのだろうか? 『三珠町史』に書かれた桜峠の説明によると、 草ヤブの海に埋没し、桜の樹は確認できませんでしたが、 『日本山岳案内3』には |
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| とりあえず林道上の桜峠まで行きましたが、 工事現場用の簡易トイレが放置されているだけで何の標識もありません。 トイレの裏手に台地に登る道がありますが、 草に埋まる有様を見て、本来の桜峠を探索する気持も萎えてしまいました。 「ああ、この簡易トイレの扉がドコデモドアだったら・・・」 「秋の晴れ渡る空の下で、俺は何でこんな草ヤブをウロウロしているのか? もはやこのまま尾根を西に辿り続け、浅間山を経て芦川北尾根縦走を完遂する気力はありません。 北側に目を転じると、観光温泉施設「三珠の湯」が見えて、なんだか楽しそうな感じです。 辿り着いた「三珠の湯」は綺麗な観光温泉施設で、 農道をテクテク歩いて山旅の終点JR身延線芦川駅に到着。 地元の方に訪ねると、芦川駅にバス停なんか無いという。 車を置いたスタート地点の下芦川に戻るにはタクシーしかないとのこと。 タクシーの運転手さんにいろいろ聞くと、 芦川を挟んで北の尾根はイノシシが多く、南の尾根(蛾ヶ岳など)は熊が多いという話も聞く。 桜峠について聞くと、昔は人の往来が盛んであったらしい。 芦川山中には「マツタケも生えているよ!」という嬉しい情報以上に印象に残った話がある。 芦川北稜は標高は低いが、獣道が錯綜し、迷い易い山です。 帰宅後、顔に蜘蛛の巣がまとわりついている感覚が残り、なかなか寝付くことができませんでした。 蜘蛛の巣に搦め捕られ、倒木に足をすくわれ、崖下に転落し、落ち葉の海に埋もれる。 富士の青木ヶ原樹海ならテレビ局が亡骸を見つけてくれることもあるでしょうが、 |
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| 【参考文献・HP】 『新ハイキング』(新ハイキング社)2003年4月570号に「右左峠から大峠・桜峠を行く」(小倉修著)という紀行文あり。 【注意】 この山域はコンパス・地形図・蜘蛛の巣よけストック必携です。 ● 桜峠を再訪して、その正確な位置と峠の石祠を確認した時のレポートを見る。 |
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(峠行2005.09.19) |
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