蕾ふくらむ峠 / 桜峠・東峠・弓立峠
春を求めて高尾山周辺をのんびりと歩くつもりでしたが、
花粉が非常に多く飛ぶでしょうとの予報に恐れをなし、急遽予定を変更。
まだ冷たい風の勢力下にあるであろう甲州の谷あいの里を訪れることにしました。
その場所は、山梨県芦川北稜の「桜峠」・・・
以前訪れた時はヤブに苦戦し、その場所を特定できなかった峠へと向かいます。
春に訪れるには、相応しい名前の峠でもあります。
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| 以前訪れたときは、迦葉坂峠から芦川北稜へ上がり、稜線を西へ西へと歩きましたが、 桜峠付近で行く手を覆い隠す猛烈な草ヤブと女郎蜘蛛の巣に辟易とし、 桜峠の正確な位置を特定できぬままに、峠からひとつ西隣りの鞍部に貫通された 林道を利用して北側山麓の「みたまの湯」へと敗走してしまいました。 後に、地元のタクシーの運転手さんから「南側の峠道は今も歩けるはずだよ」と聞かされ、 敗走するにしても、南側の峠道ではなく、北側の林道を下ってしまったことが悔やまれてなりませんでした。 今回は、この南側の峠道を歩きます。 古い版の地形図を見てみると、桜峠の道は確かな実線で描かれています。 |
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| 『日本山岳案内3』は、この地域を訪問する際の資料として大変役に立つ参考書です。 今回は、「桜峠」を芦川側の中山集落から登り、「浅間山」、「東峠」、「オイワケ」周辺を ぶらぶらします。そして、『甲斐国志』に記載のある「竜ノ口坂」(峠?)も探索します。 「大峠から更に西には、小峠(△838m)を経て、細長い主稜をオイワケ(659.6m)に至る。 |
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| 当初は高尾山が予定地でしたから、突然の変更で遠隔地である芦川の谷に入ったのはお昼時です。 梯、三帳、高萩と谷沿いに点在する心落ち着く好ましい佇まいの集落を快調に走り抜け、 芦川南稜から落ちる蛇沢の千波滝が見えてくれば桜峠の南側の登り口である中山集落です。 【千派瀑布(センバガタキ)】 千波滝はアイスクライミングの好適地で、その種のガイド本には「国内最大級の氷瀑」などと謳われています。 |
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| 桜峠の登り口前の路肩に車を置き、歩行の開始です。 上画像の「1」の登り口からでも、「2」の登り口からでもいいのですが、 ここは市川三珠町教育委員会が設置した「甌穴(おうけつ)」の説明看板を見てから、 「2」の擁壁に刻まれたステップを芦川に合流する曽川の流れがつくる滝を見ながら登るのが良いでしょう。 すぐに、「1」の登り口からのコンクリ舗装の道を合わせ橋を渡ります。 |
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| 土道の峠道は、歩きはじめから期待以上の様態で訪問者を迎えてくれました。 葉を落とした木々に囲まれた明るい峠道、落ち葉フカフカの峠道、 足に優しい緩やかな勾配を保つ峠道、こんな素敵な道が、あのヤブに包囲された峠の南側に 隠れていたなんて思いもしませんでした。 ダンコウバイのほころぶ峠道を歩き始めてすぐの所で嬉しい出会いがありました。 |
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| 峠道には古い石積みも見られ、よく手入れされた道であったことが窺がえます。 しばらく進むと、今も使われているらしい畑が姿を現わし、集落からひと登りした斜面に生活の匂いを 感じて驚きもしますが、日照時間の短い峡谷の底地に暮らす人々は、 太陽の光を少しでも多く求めて、斜面上部へと畑を切り開いていったのではと、人の生活の逞しさを 看取したりもするのです。 植えたばかりのレモンの苗が一本、冬枯れた畑の中で緑の葉をつけていたのが印象的です。 峠道は地形図に記されている通りに、「オイワケ」(弓立峠)と呼ばれる小峰を回り込むようにして |
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| 「オイワケ」(弓立峠)から張り出した尾根を回り込むと、視界が開け、雪を纏った南アルプスの姿が 目に飛び込んで思わずハッっと息を呑むのです。 鰍沢辺りでしょうか、富士川流域の平地を挟んで、南ア前衛峰の背後に白い峰が顔を出しているのです。 往昔、この峠路を越えた人びとも南アルプスの姿に息を呑んだに違いありません。 そして汗を拭いたり、煙草を燻らせたり、自分たちの暮らす土地とは違う平地や山向こうの空間に、 思いを巡らせたりしたに違いありません。 峠方向を見遣ると、まだ目線よりも高い位置に、芦川北稜を越えて建設された林道桜峠線の |
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| 道端の大きな岩陰に、二体目の馬頭観音が静かに佇んでいるのを見ます。 刻銘は判読できませんが、やはり江戸時代のものでしょうか。 一見すると、歩くに優しい道ですが、荷を一杯に積み、バランスを崩して崖下へと転落して、 命を落とした馬もいたことでしょう。 緩やかな峠道ですが、冬場の積雪や凍結のことを思うと、案外とそんな事故もあったのかもしれません。 オイワケ西直下の谷筋の切れ込みで、この峠道で唯一の難場が待ち構えていました。 |
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| 大崩れ、小崩れの通過後、道は再び安定し、良好な状態は峠まで続きます。 植林地とは違い、葉を落とした明るい自然林の中を行く峠道は快適そのものです。 道に少しばかり、はみ出して生えている竹薮を過ぎれば、伐採した木材を搬出するのに用いられた と思われる滑車(索道?)の残骸を見ます。 ここで道は分岐し、真っ直ぐこのままの道は桜峠へと向かい、右手に折れる道は東峠へと向かっているようです。 |
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| 滑車残骸分岐をそのまま直進すれば、念願の桜峠です。 相変わらずヤブが蔓延る峠ではありますが、そこは冬枯れのヤブ、勢いは完全に衰えています。 また、刈り払いの跡も見られ、前回訪れたときとは雲泥の差です。 芦川北稜を訪れるには、そのシーズンが肝心で、前回、夏の終わりに訪れたのは大失敗だったと つくづく反省させられます。 「夏の終わり」・・・それは、まだ雑草の支配する世界であり、 |
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| 冬枯れてはいても、地形図の荒地記号は正しく、やっぱり荒れ放題に違いありません。 刈り払い機や鎌を片手に道普請をしたくもなります。 尾根上は昔、畑地だったらしく、土が肥えているのか植物の生長はとどまることを知らず、 日当たりの良さも相俟って不快極まるヤブの一団が我が物顔で根を下ろしています。 峠の凹地の東側の高みには石祠がポツンと祀られていて、 |
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| 北側に下る峠道を確認し、「桜の丘」に登ります。 西方のヤブは薄く、確かな踏み跡もあり、なんら進行を妨げるものはありません。 夜は千客万来になるに違いないヌタ場の脇を通って丘に登ると、そこには丸太の展望ベンチと 浅間講先達にまつわる石碑や石祠など合わせて四基の石造物が安置されているのです。 【桜嶺】 「昔は嶺の頂に桜樹が多く、花時は美観を呈し、よって桜峠と名づけられた」(『三珠町誌』) 「桜の丘」の桜は、峠の美観を取り戻そうと、近年植えられたものでしょうか? 三省堂の『日本山名事典』を見ると、全国で「桜峠」という名の峠は20以上もあります。 |
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| 福山雅治が『♪桜坂』ではなく、『♪桜峠』という歌を歌っていてくれていれば、 峠の訪問者は飛躍的に増えて、ヤブは踏み殺されていたのかもしれません。 「桜の丘」の石祠前には錆びた蹄鉄が置かれています。(ひとつは叢から拾い上げそこに置きました) |
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| 「桜の丘」のベンチに腰掛け、芦川南稜の大畠山、蛾ヶ岳のボリュームある山容を眼前に望みながら、 ボリュームに欠ける100円の菓子パン1個の昼食を頬張っていると、 「ホ〜ホケキョ、ケキョ、ケキョ・・・♪」と今年初めて鶯の声を耳にし、うつらうつらとしてくるのです。 ぼんやりしていると、峠の伝説に登場する神様の話も本当の出来事のように思えてくるのです。 「桜峠の頂上に昔は浅間神社があった。 山梨県内各地に同様の伝説がみられますが、ここ桜峠もその舞台として伝えられているようです。 |
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| 「桜の丘」から、一旦峠へと戻り、そこからしばらく西方の尾根を探索してみます。 峠から林道の最先端部までは踏み跡があるのでヤブを漕ぐこともなく降りることができます。 以前にも訪れた林道桜峠線は尾根を越えたところで工事がストップしているようで放置状態です。 仮設トイレも以前のままで、なぜこんな所にと思いますが、これは林道工事関係者用のトイレではなく、 「桜の丘」を訪れる花見客用のトイレだと考えれば合点がいきます。 林道はいずれ、南側の芦川沿いへと延伸され、県道と接続されるのでしょうか? 林道を横切り、尾根を西へと進むと草ヤブに埋まる△p593の浅間山です。 「櫻峠から浅間山辺りの尾根筋一帯は、最近は麦畑も作られてあり、晩春頃この辺りで、 昔のガイド本には、こんな悠長な事が書かれていますが、「黄金色に波打つ麦畑」など今は無く、 |
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| 「浅間山」という名だけあって(地元ではそんな名で呼んでいないという噂もある)、 芦川南稜の上には、ちょこんと富士の頭が出ています。 その右には、栂ノ峠(地蔵峠)の大栂も目視でき、さらにその右には本当に平らな大平山も確認できます。 芦川北稜、南稜の山々は、それほど標高が高くもなく、そしてえらく山深いというわけでもありません。 |
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| 盆地側の眺望は開豁で、盆地を囲む南アルプスや八ヶ岳など、 山を愛する人は足に絡み付くトゲトゲ植物の存在もしばらく忘れて見入ってしまうことでしょう。 浅間山を過ぎ、西へ進むにつれヤブは薄くなります。 下りの勾配が増すにつれ、昔は仕事道として頻繁に歩かれていたに違いない道形なども現われます。 芦川北稜を紹介した『山と渓谷728号』(1996年3月号)の山村正光氏の文章の中に、 |
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| その西鞍部は、平凡な鞍部で峠らしくはありませんが、一応地形図の破線道が変則十字路を成し、 芦川沿いの椚林から北側の上野へと越える道が認められます。 p544へ向かう踏み跡を分ける辺りには手作りの標識も設置されていますが、 【竜ノ口坂(タツノクチサカ)】 『甲斐国志』によると、その池には蓮が浮かび、魚が沢山いたとあり、 |
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| 浅間山の西鞍部から、芦川沿いの椚林に下る破線道を歩いてみようと足を踏み入れてみます。 歩き始めはわかりやすい道跡でしたが、次第に怪しくなり、とうとう道を見失ってしまいます。 右手の植林地内に下降を続ければよかったのかもしれませんが、 高度を下げぬまま前進を決め込むと、完全に踏み跡は消え去り、 前方には切り開かれた緩斜面の荒地が広がるのです。 ここでこの破線道の探索は諦め、切り残された植林に沿って道無き斜面を登り返し、 |
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| どうやって下界に戻るか、素直に往路の桜峠道を戻ればよいのですが、 それだけでは味気ないと、東方オイワケの先、p664から中山へとジグザグで下降する破線道に目をつけます。 それがもしダメなら、曽川に沿って大きく逆「く」の字形に下降する破線道もあります。 というわけで、桜峠を経て、「滑車残骸分岐」からの破線道を辿り、尾根を東へと向かいます。 この「滑車残骸分岐」から尾根上に復帰した場所が、『日本山岳案内3』でいうところの「東峠」で、 『日本山岳案内3』の「右左口峠より主稜を櫻峠へ」と題する紹介文には次のように書かれています。 峠道は時の経過とともに、自然の姿に還ってしまったのでしょうか? 『曽根丘陵地帯の豊富村』(豊富村教育委員会編)には、郷土の峠に対する想いが綴られています。 「用無き峠路は荒れ放題、その所在すら不明になりがちの今日である。 |
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| 鬱陶しいヤブに別れを告げて、オイワケに向けて自然林の中を行く登りが始まります。 明るい斜面に、割と幅広な凹道が残されていて快適な道です。 馬鹿正直に凹道の中を歩く必要はなく、落ち葉の降り積もった斜面を適当に登ればピーク手前に 石祠を見ることになります。 以前訪れたときは注連縄が張られ、弓が奉納されていましたが、 【弓建嶺】 【弓建(ゆみたて)】 どうやらこの石祠は浅利与市を祀ったものと思われ、この辺りが弓建嶺ということになるようです。 |
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| オイワケ山頂には馬頭観音が置かれていますが、山頂自体は小さく、山名板も設置されていません。 ここから林道大鳥居線が越える鞍部までは甲府盆地の見晴らしが良く、 金峰山や甲武信岳など奥秩父の山々を望むことができます。 前回訪れたときは、この辺りも女郎蜘蛛の巣が沢山張られていて景色どころではありませんでしたが、 今回は蜘蛛の巣の障害は皆無で、景色を堪能する余裕があります。 p664を過ぎると林道大鳥居線で、以前は無かったゲートが芦川側に設置されガッチリと施錠されています。 |
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| 林道から引き返し、p664から芦川側へと下降する地形図に表記された破線道へと向かいます。 この道は古い版の地形図には描かれていないので実に不安です。 下降路入口は一見すると分かりにくく、ぼんやりしていると見落してしまいます。 倒木の先にあえかな道跡を見つけて足を踏み入れ、小さなジグザグから上部植林地へ向かい 立ち木に付けられた赤スプレーの目印を見つけて初めてホッとします。 目印発見からしばらくの間は自然林に囲まれた谷筋沿いに明瞭なジグザグ道がつけられており、 |
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| 立ち木の赤スプレー目印に助けられ、少々ヤブ気味の平坦地(昔の畑跡らしい)を過ぎれば、 再び道は明瞭なジグザク道となります。 最前の心細さから解放され、降り積もった落ち葉を勇ましく蹴散らして進めば曽川の流れの音が だんだんと近付いてきて、現在も使用されている畑脇の道へと飛び出すのです。 登り口の大岩の陰に祀られた馬頭観音に無事の礼を述べるとともに別れを告げると、 スタート地点である桜峠道の土道が始まる場所に出て、今回の桜峠再訪紀行は終わりとなるのです。 蕾の膨らんでいた桜峠。 |
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(峠行2009.03.11) |
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| 【*1】 「龍ノ口坂峠」は、『山と渓谷728号(1996年3月号)』「甲府盆地を眼下に、御坂支稜の山並みを歩く」(山村正光著)の中に 記されている峠名ですが、具体的にどこを指しているのかわかりません。 桜峠のさらに西、芦川北稜の末端部の破線道が越える鞍部がこの「龍ノ口坂峠」ではないかと推測してみましたが、 なんの確証も、手掛かりも得ることはできませんでした。 ● 桜峠を初めて訪問した時のレポートを見る。 【参考文献】 『日本山岳案内3 中央線に沿ふ山・御坂山塊』 鉄道省山岳部編 博文館 昭和15年 *『日本山岳案内』と『山梨の峠』では、「弓建峠」、「東峠」の峠位置・峠称呼が異なっています。 【桜峠レポのあるホームページ】 HP『ブログ版・山と山の花』 峠を行く 「芦川北稜・浅間山・桜峠(1)(2)」 2005.01.29 |
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