サンカ
最近、サンカ流行である。
知らない人は、本屋に行けば出版ラッシュなので立ち読みしてみて下さい。
たまに峠路や低山を歩いていると、
サンカとすれ違うような気がしたりすることがある。
背後に聞こえる落ち葉の踏み音にサンカが早足で抜き去ろうとしている
のではと思うこともある。
こんな気持を感じるのは私だけでなく、
多くのサンカファン(?)諸氏にもいると思う。
私はさらに飛躍して、自分にもサンカの血が脈々と受け継がれているのでは
と思ったりもしてしまう。
こんな山道を、時には籔を掻き分け、好き好んで歩いている自分は
尋常ではないだろう。他にもっと楽しい趣味を見出してもと思うが、
山歩きから抜け出すことが出来ないのだ。
私が小学生の頃、校門の前には怪しげな品を売る香具師がいたし、
駅近くの地下道には白装束の戦傷者がハーモニカを吹いてお金をもらっていた。
正月に門を開け放しておくと門付の人がどこからともなく現われた。
公園にはサーカスのテントも見られた。
子供心に、社会には、いろんな人が雑多に生きているのだと感じたものだ。
そんな子供時代の淡い思い出が、心の中に潜在的にメモリーされている。
数年前にたまたま図書館で見た『マージナル』という雑誌からサンカの存在を知り
五木寛之からはじまって、柳田國男、三角寛、後藤興善、喜田貞吉
鷹野弥三郎、佐治芳彦、田中勝也、沖浦和光などの書物を読み漁って
潜在的にメモリーされている記憶に、さらに上書きしてしまった。
特に三角寛はいけなかった。
山歩き中にサンカの存在を感じてしまうのは彼の影響が多大だ。
漂泊民サンカの見えない姿を感じ取り
今日も私は峠を越え・山を越える。
そこにサンカの瀬降りを見出したいが為に。