日蔭の四寸道 / 笹子峠

 甲府へ所用で出掛けた帰りにフラフラっと笹子峠を自動車で越えました。
きっと昔はフラフラなんていう軽い気持ちでは越えることができなかった峠道であったはず。
昼なお暗く、薄気味悪く淋しい峠道は「日蔭の四寸道」と呼ばれていました。


峠の天神社

江戸と諏訪を結ぶ甲州街道五十五里のほぼ中間点であり最大の難所でもあった笹子峠。

上下三里の難所は多くの旅人を苦しめました。
行人の安全を守護するためか、国中(甲府)への悪霊の侵入を防ぐためなのか、
峠には天神社が祀られています。
色がない冬枯れの中、峠を守る天神様の真っ赤な鳥居が異彩を放っていました。


旧道の凹部分


欠けた石仏

旧笹子隧道の上には、昔の旅人や武士、馬子衆がその足で越えたであろう山道の凹が残っています。
長い年月を経て
も、今に残るその姿にちょっぴりと感動です。
次回訪れる時は、新緑の峠道を笹子餅を頬張りながら歩いて越えてみたいものです。


駒飼側のトンネル口


黒野田側のトンネル口

黒野田側の旧笹子隧道口は立派な装飾がなされていますが、なぜか駒飼側は中途半端です。
予算が足りなくなったのでしょうか? 当時のお金で28万6700円が費やされたといいます。
一説には、黒野田側の出入り口は、東京からの車を向かえる玄関口という意味合いがあるために
凝った装飾になったとも言われています。(旧笹子隧道は登録有形文化財に指定されています)

黒野田側へ下った所に、有名な「矢立の杉」があります。
根元の周囲14.8メートル、樹高26.5メートル、中は空洞で屋久島のウイルソン杉のようです。
出陣する兵士が、この杉に矢を射立てて富士浅間神社を祀り戦勝を祈願したといわれています。

笹子峠は国境の峠ではありませんが、郡内と国中(くになか)とを隔離する峠です。
大杉に矢を射立て手向けとする習わしが古くにはあったようです。
土地の境に「矢立」地名が多いことは、
柳田國男著『地名の研究』の「矢立峠」でも指摘されています。

昭和61年に旧道が整備復活され、それを記念して金田一春彦作詞の歌が作られたようです。
路傍に歌碑がありました。

♪ あれに白いは コブシの花か
  峠三里は 春がすみ
  うしろ見返りゃ 今来た道は
  村の中を 見え隠れ
  高くさえずる 妻恋雲雀
  おれも歌おうか あの歌を
  ここは何処だと 馬子衆に問えば
  ここは甲州 笹子道 ♪

春になったら、自分の足で日蔭の四寸道を越えてみたくなった。