★ 「富士箱根トレイル」 須走〜立山ルートを歩く
籠坂峠
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| 富士山須走口五合目から三国山稜、明神峠、湯船山、不老山を経て 足柄峠、金時山の山頂までを結ぶ約43kmの「富士箱根トレイル」が 2009年秋の全線開通を目指して整備中です。 今回は須走から立山へと登るルートがどんな状態なのか歩いてきました。 また、前々から籠坂峠を自動車で通過するたびに気になっていた 峠南方の谷筋(うぐいす谷?)の様子を探ってきました。 『広報誌おやま』は小山町のホームページで閲覧可能です。 『富士箱根トレイル計画図』によると、富士山と三国山稜の接続は、 |
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| 冨士浅間神社に隣接した宮上駐車場(無料・トイレ有り)に車を置いて社参しますが 社殿及び境内はあいにくのリニューアル工事中で騒がしい有様です。 (浅間神社のご近所に「道の駅須走」の建設も予定されているらしい) 県指定天然記念物のハルニレの老樹とカッコイイ狛犬の姿を見ただけで境内から立ち去り、 浅間神社北側の山裾に展開している住宅地へと向います。 『富士箱根トレイル計画図』によると、須走から立山へ登るルートは、 |
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| 手持ちの地形図が古いのか、実際の住宅地はもう少し山側にまで喰い込んでいます。 「昭和54年発行か・・・、東富士五湖道路も描かれていない地図を持ってきてしまった・・・ まぁ、たいして大きな変化もないようなので大丈夫そうだ」 住宅地が終わると、よく手入れのされた清々しいヒノキ林内の道となります。 「家のすぐ裏手が山というのはうらやましいなぁ・・・」なんて思うのも束の間、 ヒノキ林内の足に優しい緩やかな道を登ります。 |
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| 温もりある手製標識には「西丹沢さいはての秘峰・立山登山口」とあります。 「さいはての秘峰」という形容がぴったりですし、「さいはて」という言葉には旅愁も感じます。 「上り100分・下り90分」とありますが、普通の足ならそんなにはかからないことでしょう。 土石流危険渓流の警告板があり「鮎沢川水系須走沢」と書かれています。 |
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| 登山口から先、しばらくの間、登山標識は無く、取り付き点を見落してしまったかと不安になる頃、 二つ目の手製標識が適切な場所に設置されていて安心を得ます。 林道はまだ先へとのびていますが、ここで左折して植林地斜面へ取り付くことになります。 先へとのびている林道は須走中学校裏手からのルートに接続しているものと思われます。 「←立山へ」と記された標識には、 |
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| 取り付き点から立山山頂までの間、地形図に破線道は表示されていません。 2009年に出版された『ヤマケイアルペンガイド5丹沢』の挿入図にはp1070,p1113付近を通って 立山へと続く破線路が描かれています。トレイルロードは概ねこの破線路の通りにつけられています。 また、同図中には「富士山展望台」の文字も見られます。 そのような看板や展望台の構造物は見当たりませんでしたが、今後整備されるのでしょうか? ルートを明確にしたトレイルマップも今後、地元自治体の手によって製作されることでしょう。 「トレイルロード遊歩道指導標設置工事580万円」、「トレイルロードマップ作成75万円」、 |
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| 木段の整備されている植林地内の道をZ字形に緩やかに登っていくと、 植林と自然林帯との境目を迎え、富士方面を展望できる切り開きが用意されています。 この辺が「富士山展望台」なのでしょうか?あいにく富士の上半身は厚い雲に隠されていますが、 下半身である裾野の広がりは充分に体感することができます。 本コースは、緑濃い今の季節では、富士を望むことのできる場所は限られていますが、 葉の落ちた冬場なら間近に聳える大迫力の富士を常に仰ぎ見ながら歩くことができるでしょう。 誰にも会わない一日かと思いましたが、単独の後続者が植林地内を登って来たので先へ進みます。 |
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| 灌木に囲まれた山道の所々に、蜘蛛の巣やケムシのぶら下がりがあるので油断はできません。 山鳥が盛んに鳴いて、西丹沢最果ての地に踏み込んだ闖入者に警戒を怠りません。 これから整備されるのか、道端にはプラ杭階段の資材が置かれています。 「秘峰」のイメージを維持するためにも、必要以上に手を加えることは避けて欲しいものです。 これまでのところ登山標識も別荘地奥の登山口と植林斜面の取り付き点にあったのみで、 必要最小限に抑えられています。 過剰な登山ルートの整備は、本ルートの魅力を半減させてしまうに違いありませんが、 イノシシの好みそうな小さな砂場を過ぎると、「素敵な台地」の中を行く道となります。 |
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| 「ここは富士箱根国立公園内であり、草木を取ると重く罰せられます」と書かれた 手製看板が2ヶ所に設置されています。 「自然環境保全特別地区 罰金30万円以下 懲役3年以下」とも書かれています。 「保全特別地区」の名に値する美しい自然が残されていて、 ここ立山周辺部は「秘峰」であるとともに「秘宝」であるのだなという感を抱かせます。 あちこちと踏み跡の無い樹林の中を彷徨い歩きたくもなりますが、自然へのダメージを考えて |
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| 素敵な台地を進んでいくと正面に分岐ポイントを迎えます。 「赤いテープが示す道 直進すると70mで立山1332mへ」、 「右へ行くと300mで地元で言う立山の頂上へ(富士を正面に絶好の場所)」と書かれた 手製標識が設置されています。 p1332と三角点p1308の分岐点です。 p1332は資料によってはp1330.5とされていることもあり、少々戸惑います。 |
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| ひとまず右へ折れて、地元で言うところの三角点p1308の立山へと向います。 目に鮮やかな緑のトンネルのような道を進んでいくと、以前に訪れたことのある 見晴らしに優れた1308のピークとなります。 今回は、残念ながら富士山も愛鷹連峰もその一部が雲に隠れていますが、 |
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| 「富士箱根トレイル」が全線開通した暁には、ここは絶好の休憩ポイントになることでしょう。 それでも仰々しいトレイル案内看板やテーブルベンチセットなんて設置しないで欲しいものです。 しかし、小広い山頂の草地や表土を荒らされないようにするためには、逆に、ベンチのような設備が 必要なのかもしれません。 景観、雰囲気、安全性、利便性等を考慮したトレイルの管理とは難しいものになりそうです。 p1308から南麓の太陽カントリークラブへと下降する破線道は相変わらず薄い踏み跡のままです。 「左は300mほど右の道と並走し、須走へ下山する」という標示方向からやって来たので、 |
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| 『おやま町散策マップ』によると、p1332(p1330.5)が立山の山頂ということになります。 旧版の『山と高原地図』(昭文社)では「角取山」とありますが、 最近の版では「立山」と表示され、「(角取山ともいう)」と付記されています。 『日本山岳案内』には、「角取山は一名立山とも云われてゐて・・・」などとも書かれています。 「立山」は「たちやま」と読み、「太刀山」と表記されることもあるようです。 |
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| 以前取り付けた陳腐なカマボコ板の山名標識が残っていたのにはびっくりしましたが、 消えた文字を誰かが加筆してくれていたのには更に驚きました。 こんなカマボコ板標識など、誰も見向きもしないと思っていましたから。 その陳腐な標識の隣りには、立派な手製標識が新たに建てられていました。 「天国のハンス・シュトルテ様へ――貴著『丹沢夜話』で、ここ立山の美しさを称え、 |
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| 立山から畑尾山にかけてはブナの美しいところ。 白いベールのようなガスが流れる中、今年初めて耳にする蝉がジー、ジーと鳴いています。 平地より涼しいはずの山の上なのに蝉の御出ましは下界より早いようです。 畑尾山手前鞍部の籠坂峠分岐には小山町の設置した木製指導標識が建てられています。 |
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| 「畑尾山は私の取って置きの山であり、天狗の隠れ山ともいえる。 野性の豊かな自然が脈打つこぢんまりとした楽園である。 篭坂峠から登っていくと、先ず唐松の林があり、登るに従って樅の大木が現れ、 クサソテツの美しい環が山の斜面を覆っている。 山頂は展望こそないが、森林の雄大さと静けさが心の乱れを和ませてくれる。」 (『続続・丹沢夜話』 ハンス・シュトルテ著 有隣堂 平成7年) 「心の乱れを和ませてくれる」、ここはまさにそんな山域です。 すぐに籠坂峠へ下るのも勿体無いので、あざみ平に立ち寄ってみましたが、 |
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| あざみ平からスコリアの堆積した凹状の道を籠坂峠へ向けて下ります。 途中、巣から落ちた野鳥の雛を踏み潰しそうになりましたが寸前で回避することができました。 雛は無事でしたが、この先、ヘビや狐に喰われずに大空へ飛び立つことができるかわかりません。 巣立ちに失敗したのでしょうか?好奇心が旺盛過ぎて巣から身を乗り出し落下したのでしょうか? 連れて帰って育ててあげたいとも思いますが、野性は野性に任せるのが一番ですし、 人生を上手く飛ぶことのできない人間が、たとえ小鳥だといっても育てることなど無理に違いありません。 三国山稜の主の風格を持つ大ブナは元気一杯で、瑞瑞しい若葉を広げています。 |
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| 見事な自然林に囲繞された心地好い道をしばらく下って行くと、立山からの道を合わせます。 この場所に建つ手製標識の行き先表示には「太刀山(立山とも)」と書かれていて、 「立山」が「太刀山」と表記される場合もあることを紹介しています。 『ヤマケイアルペンガイド5丹沢』によると、この「あざみ平・立山分岐」には、トレイル整備に合わせて 近々、正式な指導標識が設置される予定があるそうです。 登山道を抜け、霊園内を通過すると籠坂峠のバス停に飛び出ます。 しかし、まだまだ歩き足りませんから、 現在のクネクネとした国道ルートは、 この谷筋の道らしきものが現存しているか探ってみることにしました。 |
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| 国土地理院のホームページで、当該地の昔の航空写真を見てみると、 確かに谷筋には道のようなものが存在しているように見えます。 しかし、峠直下は急勾配の地形のように地形図からは読み取れ、いくら距離が短くなるとはいえ、 直線的なルートを選択していたとは考えにくいことでもあります。 また、旧版地形図からは崩壊側壁内を通過していたことも窺い知ることができます。 そんな道が果たして今も残っているのでしょうか? |
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| 御殿場馬車鉄道は明治32年に御殿場〜須走間が開通し、同35年に籠坂峠まで延長された。 山梨県側では明治33年に都留馬車鉄道が吉田〜籠坂峠間に開通。 峠で乗り継げば(軌間762oの御殿場馬車鉄道と軌間660oの都留馬車鉄道では 直通運転ができなかった)、大月〜谷村〜吉田〜須走〜御殿場を結ぶ長大な馬鉄の路線を 各社の馬車鉄道を乗り換えることで一時期の間ではあるが利用することができたことになる。 峠直下の急坂では馬一頭牽きで客車を峠へ上げることは難しく、滑車とワイヤーを使って 巻き上げていたとされている。 明治36年に中央本線の八王子〜甲府間が開通すると、甲駿間の人と荷物の流れは、 |
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| 峠南方の谷筋に、本当に旧道が隠れているのか心配ですが、 『日本山岳案内』(鉄道省山岳部編・博文社・昭和15年)に興味ある一文があります。 「峠から前方御殿場寄りに歩み、左へと窪地に沿ふて歩み、 これは「峠下のヘアピンカーブの先で、窪地に降りてゆく道が旧鎌倉往還であり、 きっと旧道が現存しているに違いないと、国道を走るドライバーの視線を気にしながら、 |
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| 沢筋に人の歩いた痕跡はなく、辛うじて獣が歩いたであろう薄っすらとした踏み跡があるのみです。 苔の生えた細い水路は、次第に幅を広げ、水流は無いものの、 そのジメジメした水路内を歩くようになります。 ゴミの散乱した水路内を歩いていると、なんだかドブネズミになった気分になります。 不安定な石がゴロゴロし、立ち木もポキポキ折れるので転倒に注意しなければなりません。 もうやめて引き返そうかとも思いましたが、登り返すのは面倒だし、 |
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| しかし、地形図は時として嘘つきで、ルート中盤から堰堤が次々と現われます。 地形図に堰堤記号などまったく表記されていないのに連続堰堤群がこの谷筋には隠れていたのです。 連続堰堤を避け、左岸を高巻きするように獣道がついているので、 それを拾って左岸灌木台地に上陸し、イノシシとの遭遇を避けるため笛を吹きながら前進します。 下部の沢筋は、黒いスコリア層のV字谷を形成しているようですが、歩行価値は乏しいものです。 |
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| 国道分岐点の石垣の上には「鎌倉往還」と刻まれた石標が建てられていますが、 これは今下ってきた沢筋径路を指して建てられたものなのでしょうか? それとも現国道を指しているのでしょうか?あるいは、これらとは全く別のルートが存在している のでしょうか?(ここから山腹を藤原光親墓に向けて進むルートとか) 結果として、沢筋(うぐいす谷?)に、旧道の痕跡は見られませんでしたが、 |
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| 大型トラックや自衛隊の車両が爆走する国道をとぼとぼ歩いて宮上駐車場へと向います。 セブンイレブン先の別荘地入口には「秘峰立山」の登山口を示す手製標識が建てられていました。 現在の交通量激しい国道に沿う形で、明治、大正の一時期、須走〜籠坂峠間に 国道端の狭い白線内からはみ出して歩いていると、馬車鉄道のラッパの音ではなく、 |
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(峠行:2009.07.07) |
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| 【参考文献】 広報 『おやま610』 2009年7月号 小山町 |
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| 「富士箱根トレイル 2009年秋 全線開通」 なのだ!! |