★ 三国山稜・南面バリエーションルート

ヅナ坂峠南尾根〜立山南方下降路

【コ-ス】 

冨士霊園北端駐車場(11:40)--ヅナ坂峠南尾根--ヅナ坂峠--大洞山--角取奥社見学--あざみ平--畑尾山--立山
--立山南方下降路--大洞林道--角取林道--冨士霊園北端駐車場(17:20) 

前回ヅナ坂峠探訪をした時に確認することの出来なかったヅナ坂峠南尾根の三角点1071に
接続する地形図記載の西側ジグザグ道から尾根に登ります。
再びヅナ坂峠を訪れ、大洞山(角取山)では角取奥社を見学し、
その後、三国山稜の西端、立山(太刀山、角取山)から須走方面へ下る南方下降路を辿ります。
起点に戻るためには大洞林道、角取林道を繋ぎ歩きます。
稜線部以外は植林地が多くパッとしないコースですが三国山稜をより深く知る為に歩いてみました。

● 冨士霊園からヅナ坂峠へ


「土砂崩壊流出防止総合治山事業」の看板から
涸れ沢を対岸(東側)に渡る

スタートは大洞山南斜面バリルートを訪れた時と同様に冨士霊園。
霊園最北端の駐車場に車を止めて角取林道のゲートを通過。

前回の取り付き点よりも手前、最初のカーブを過ぎた地点で
幅広の道跡らしきものがあるのでそこに足を踏み入れます。
「土砂崩壊流出防止総合治山事業 静岡県東部農林事務所」
という看板がある箇所から涸れた沢筋を横断して対岸に渡ります。

鉄網の中に石を積んだ護岸はヘビの絶好の住処になっていて、
ニョロニョロと不気味にうごめいています。
対岸に渡り、適当に土手を這い上がると、
奇麗にコンクリート舗装された林道に飛び出すことになります。
地形図・798の図根点の上付近です。


細長い崩壊箇所の治山工事施行部分
ここまで来ちゃうとジグザク道分岐入口を過ぎている

林道をしばらく進むと治山工事の車両が数台とまり、
作業員が昼食休憩をしています。

こちらは登山者には見えない怪しい風体なので
何者かと呼び止められぬようにと足早に進みます。
そのおかげで山道の分岐点をすっかり見落としてしまい
林道終点まで行ってしまいました。
林道終点部の奥には地形図を見ると滝マークがありますが、
沢筋の水が涸れているので見ずに引き返します。

林道が横切る地形図の細長い崩壊マーク部は治山工事が終了し、
「北郷森林ボランティア」や「北郷小学校」などの看板があり
植樹が施されているようです。


△1071西側ジグザク道入口
棚頭山野組合の標杭がある。

「北郷森林ボランティア」といえば、以前、ヅナ坂峠に
峠の歴史を記した案内看板を設置してくださっていた団体です。
(今峠に、その看板は無い)

結局、△1071に至る西側ジグザグ道の入口は
作業員の方々が休憩していた背後に口を開いていました。
作業員の方々のジロジロ視線を背に受けながら山道に入ります。

山道は明確な植林作業道といった感じで、
入口には「棚頭山野組合」の標杭が埋まっています。
「棚頭山野組合」の標杭は、前回ヅナ坂峠南尾根を下降した
ときに尾根上でも確認しています。
これは繋がっているぞ!と根拠の無い確信を得て、
スコリアの堆積した植林地内の快適な道を進みます。


水流でえぐれてしまった部分もあるが道は明瞭

水流でえぐれてしまった箇所もありますが道は明瞭です。
スコリア堆積層のザクザクとした道をサクサクと進みます。

予想外に良い道なのでヅナ坂峠の峠道としても
使われていたのではとも考えましたが、
昭和初期の古い地形図にはこのジグザグ道は描かれていません。
やはり峠道の本道は尾根上を忠実に辿り、
現在の富士スピードウェイ部分を通過し、中日向、大御神の
集落に続いていたのでしょう。

進路方向に目標物さえ見つければ尾根道の方が歩きやすいし
景色も良い、谷筋などに比べても安全でもある。
足による移動手段しかなかった昔の人々は合理的な
コースを選んでいたに違いないのです。


最初の鋭角コーナー部
「東海道四〇〇年祭ウォーク」の標識がある

最初のジグザグ切り返し部分に見覚えのある標識がありました。
これは大洞山南斜面バリルートを訪れた時に見たものと同じです。

「東海道四〇〇年祭ウォーク」のシールが貼ってあります。
そうかこれは静岡県が東海道誕生記念事業として行った
「東海道四〇〇年祭」の名残の標識なのか。
この記念事業では
「北郷森林ボランティア」の手によって
ヅナ坂峠の歴史を記した案内看板が峠に設置されました。

観光客(?)を峠へ誘導するために設置された補助標識が
いまだに残されているようです。
どれほどの観光客がこの道を歩いたかは甚だ疑問ですが、
道の手入れは行き届いています。


緩やかな勾配、大きなジグザグで高度を上げる

山道は緩やかな勾配で歩き易く、効果的な切り返しで
高度を稼いでいきます。
昔は木を切り出した木馬道だったのかもしれません。

大きなカーブを四、五回繰り返し、
再び例の「東海道四〇〇年祭ウォーク」の標識を横目に通り過ぎると
ヅナ坂峠南尾根との合流点はもう間近です。

地形図ではジグザグ道と△1071との間は途切れていますが、
実際には、ちゃんと結ばれているのです。
最後に小さな木製階段を登るとヅナ坂峠南尾根に無事に合流です。


南尾根と西側ジグザグ道との分岐点
(写真/直進富士スピードウェイ、右折ジグザグ道)

やはり前回感じ取った箇所が分岐でありました。
「棚頭山野組合」の標杭が数本埋まっている場所です。

指導標識が欲しい所ですが、そもそもこんな所を歩く
物好きなハイカーは多くはないでしょう。

三国山稜を訪れたハイカーは、
“山中湖村側から登り、山中湖村側へ下る” この鉄則は
そう簡単に変わりそうもありません。

湖岸のお洒落なレストランやペンションに比べて、
薄暗い植林地やゴルフ場、霊園、爆音の冨士スピードウェイじゃ
ハイカーの集客効果は言わずもがなであります。


これが △1071 なのか?

南尾根上にちょこんと白い頭を出しているのが
p1071の三角点なのでしょうか?
「三角・・」という文字が刻まれているようにも見えますが
単なる標界杭のようにも見えます。

数週間前に訪れたヅナ坂峠道ではありますが、
秋の足音が着実に近づいているようです。
広葉樹の葉の色は変わり、落葉も目立ちます。
鹿による樹皮の皮剥ぎも非常に目につきます。
厳しい冬の訪れを前に、鹿クンは何でもかんでも
食い溜めをしているのでしょうか?
それとも夏場の暴食に疲れた胃腸には樹皮が薬になるのかな?


再びやって来たヅナ坂峠
即席カマボコ板標識を目立たぬ場所に取り付ける

再訪のヅナ坂峠、目立たぬ場所に
こっそりと手作り標識を取り付けます。
カマボコの板で作った陳腐な即席標識ですけど・・・。

武田信玄の軍勢も越えたという由緒ある峠道を
歴史の記録からも人の記憶からも消し去ってしまうのは
実に惜しいことです。

峠としての造形美には欠けるけど、
なんか愛着があるのです。


静岡側から見る峠全景

三国山稜上の一般ハイキングコースに出てホッと一息。
これから一路、立山を目指して西へ進みます。

今回はガスの発生は無く、うす曇りの尾根道です。
木々の黄葉や落葉が始まり、流れる風は少し肌寒いです。
道端にはヤマトリカブトの花が咲いています。

夏は駆け足で過ぎ去り、山は秋の訪れを迎えています。

● ヅナ坂峠〜角取奥社〜立山


貧相な昼食

ヅナ坂峠から三国山稜ハイキングコースを西へ、西ヘ。
その前に腹ごしらえ。
p1353(楢ノ木山)付近にあるベンチに腰掛けてささやかな昼食。

99円の稲荷寿司と79円の緑茶。
おお!なんと侘びしい食卓なのでしょうか。
それでもリッター142円の車のガソリン代より
人間様の食事の方が贅沢なのであります。

世間ではデフレ脱却だと豪語していますが、
少し前まで稲荷寿司は3個で99円だったのが
今では4個で99円です。
朝食に一つ、昼食に一つ、おやつに一つ、夕食に一つ
4個で一日持つなぁ〜と貧乏人は考えるのです。


p1353(楢木山)とp1383(大洞山)の鞍部

p1353(楢ノ木山)とp1383(大洞山)の鞍部にある標識の
裏手には山中湖側に下る踏み跡があります。

標識にその踏み跡の方向を指し示す腕木はありませんが、
かつて取り付けられていた形跡があります。
(このバリルートは今後の課題としましょう)

しかし、踏み跡の伸びる先は地形図を見ると
細長い崩壊地の表記となっているのが心配ですが・・・


角取奥社分岐

大洞山を過ぎると「駿河国大御神 角取奥の宮」の
分岐標識があります。
尾根道を外れ、南に1、2分下ったところの
屏風岩と呼ばれる大岩の前に二つの石祠がお祀りされています。

小山町教育委員会社会教育課発行のガイドマップ
『史跡いろいろみちしるべ その5 北郷地区編』によると
ここに祀られている祠は大御神地区と用沢地区のものであるらしい。
以前に訪れたp1366からの下降ルートで見つけた一基の石祠は
一色地区のものであるという。 【*1】


角取奥社
大御神、用沢の両地区の石祠が祀られている

祠には稲穂とワンカップの御神酒がお供えされています。
現在でも角取の信仰は生き続けているようです。
『続々丹沢夜話』(ハンスシュトルテ著・有隣堂)には
今でも山中で繰り広げられる村人達の宴の様子が描かれています。

毎年、二百十日の頃に風を鎮める神事が行われています。
7月に早稲の穂を上げて豊作を祈願し、
8月に初穂、御神酒、供物を奉納するといいます。

三国山稜の麓の村々で暮らす人々は冷害をもたらす
「角取おろし」と呼ばれる山からの吹き降ろしの風に
悩まされていました。
それを鎮める神として今でも厚い信仰があるのです。


アザミ平 立山と籠坂峠の分岐

角取奥社に手を合わせた後、
再び山稜ハイキングコースに戻り西へと向かいます。
p1366(『史跡いろいろみちしるべ』ではここが「角取山」とある)で
以前に歩いたバリルート下降路を見送り右へカーブ。

しばらく進むと視界が開けるアザミ平です。
アザミ平という割にはアザミの姿はなくトリカブトが咲いているだけ。
富士の裾野の広がりは雄大で遠くに愛鷹連峰を
望むことが出来ます。

籠坂峠分岐で「天狗ブナ」に立ち寄ろうかとも思いましたが
天気がいつまで持つか心配なので今回は見送ります。【*2】


畑尾山 境界標25

分岐からひと登りすると畑尾山。
山名標識は無く25の境界見出標があるだけ。
付近はブナ、ミズナラ、トチ、カエデ類に覆われています。
畑尾山から立山まではしっとりとした良い感じの道が続きます。

山の秋の訪れは下界より早いようで、
黄色く色付いた木々の葉がところどころで見られます。


しっとりとした立山への道

地形図を見ると立山で県界表示が突然プツリと途切れています。
富士山頂付近に県界が表記されていないというのは
有名な話ですけど、立山から籠坂峠にかけても
県界が描かれていないのです。

江戸期に起きた国境紛争の影響なのでしょうか?
いまだに確定されずもめているのでしょうか? 【*3】

県境尾根ばかりを好んで歩く「県境尾根登山マニア」にとっては
マニア泣かせの尾根といえるのかもしれません。


立山 1332m
即席カマボコ板山名標識を取り付ける

『甲斐の山山』(小林経雄著・新ハイキング社)や
『山と高原地図・富士五湖』(昭文社・1992年版)などを見ると
立山は「角取山」ともなっています。
大洞山を角取山と言ったり、p1366を角取山と言ったり、
立山を角取山だと言ったり、混乱が見られます。

国境紛争があった地域では沢の名前や山名が両地域で
異なることが多いと言います、その影響なのでしょうか?
それとも角取山とは山稜全体の総称なのでしょうか?

数日前にここを歩いたs-okさんのレポを拝見したところ
立山には山名標識が無いとのことだったので
「立山1332m」と書いた陳腐なカマボコ板の標識を
取り付けることにしました。


三角点やら、境界標やら、御料局界標やら

小山町産業観光課発行の『散策マップ』では「1332m」とありますが、
『甲斐の山山』では「1335m」とあります。
ここは地元公的機関の表示を尊重して
「立山1332m」としておきました。

立山で南に直角に折れ、緩やかにしばらく下ったところに
三角点やら境界標やらが埋まった草地があります。
(そのわずか手前にも倒木に隠れた古い三角点らしきものがある)

こちらの方が眺望がいいので山頂らしくもあります。
地形図では標高1308m。
ベンチでもあれば絶好の休憩ポイントですが何もありません。
何もないけど雄大な富士裾野の絶景があります。


三角点付近は小さな草原になっている 雄大な裾野と遠くに愛鷹山を望む

● 立山南方下降路〜大洞林道


下降路は自然林と植林の間に伸びている
山野組合の境界標が点々と続く

s-okさんの先行レポのおかげで境界標識の裏手に
踏み跡はすぐに見つかりました。
細々とした踏み跡ですが、古いビニールヒモのマーキングが
付けられています。
こんな道を歩く数少ないハイカーもいるようです。

下降するに従い道は明瞭になり、
自然林と植林地との間にある民有林を示す境界杭が
進路を的確に教えてくれます。

「古沢共和会」「用沢山野組合」「上古城共有山野」
「一色郷栄会」と高度を下げるにつれ所有者が
次々と変わっていきます。

どれも須走地区の地名ではなく
遠く離れた国道246号線近くの集落名です。
かなり離れた場所に入会共有林を持っているものです。


ススキの草やぶ
だんだん怪しくなってきたぞ

途中、植林地の中で大きな鹿の角を発見!
これは大収穫です!

気を良くして快調に尾根道を駈け下りますが、
一直線の直滑降で膝が痛くなります。
この尾根道は登路には極めて不向きな道です。
雪の積もった日に橇で滑降すれば麓まで一気に下ることが
出来そうな道です。

先人の轍を踏むまいと注意していましたが、草ヤブに突入。
拾った鹿の角で蜘蛛の巣や草ヤブを掻き分けて進みます。
おっ、これは意外に便利だぞ!
もしかしたら鹿の角はオス同士のケンカの為だけではなく、
ヤブを掻き分ける為にもあるのかも!


舗装路が出現
大収獲の鹿の角をまじまじと眺める

ヤブを避け、明るく開けた右手に進むと舗装路に飛び出した。
ウッ!これはs-okさんが選択した道と同じ道!!
結局、立山南方尾根の末端△816へは
辿り着くことが出来ませんでした。

舗装路を下ると自然にゴルフ場内に導かれます。
好天の週末でゴルファーで賑わっています。
山から這い出した薄汚れた徘徊者が歩く所ではありません。
まして手には大きな鹿の角が握られているのです。
どう見ても怪しい風体です。

ゴルファーとキャディーさんの冷たい視線を浴びながら
何食わぬ顔をしてカート道を進み大洞林道へ向かいます。


ゲートの閉ざされた大洞林道入口

大洞林道の入口はゴルフ場の東端、獣除けの電流柵の
電力源となっている変電所の脇にあります。
ゲートが閉ざされ一般車の通行は出来ません。

林道に入るとすぐに霊園入口の本村地区へと下降する
地形図記載の分岐点があります。

大洞山の大きな姿を眺めながらさらに林道をテクテク歩くと
地図にない林道分岐点が現われます。
「大洞林道支線」のプレートがあるのですが、
どちらが支線なのか肝心なことが判りません。


大洞林道から見上げる大洞山

左を選ぶか、右を選ぶか、人生の分かれ道。
左は上り勾配で路面も良好、右は下り勾配で路面はイマイチ。
疲れた体は下り勾配の右の道を安易に選択。

地形図に載っている破線道が右の道のように思えたから。
しかし、大洞林道はクセモノです!
しばらく進んだところで崩落のため行き止まりとなっていました。

崩落箇所の手前にあった植林地内の踏み跡を辿り、
崩壊部分を高巻きトラバース。
幼木林帯の草ヤブもなんのその、読図力を信じて、
地形図で5本の道が集結する地点に辿り着きます。
この辺の道は林道ではなく、荒れた作業道の部類。
大洞林道はクセモノです!
地図情報を100%信じてはいけません。


地図に記載が無い林道支線の分岐点
右の道を選択する

自分の読図力を信じて、
以前歩いたことのある角取林道に無事に接続。
ここまで来ればもう安心。
安心だけど冨士霊園の閉園時間が心配だ。
林道を走ってなんとかセーフ、ヤレヤレ・・・・

でも、鹿の角を握りしめて、林道を走っている姿なんて
他所様が見ていたら狂気の世界だよね。

● ご満悦


立派な鹿の角を手に入れた

角取奥社に参拝したおかげだろうか?
立派な鹿の角を拾うことが出来た。

磨いて床の間の置物にしようか、
それとも砕いて漢方薬の如く精力剤にしようか?

いやいや角取の神様からの授かり物だから家宝にしようではないか!
角取山に行って鹿の角を拾うとはラッキーだ、これぞ角取山行。

角取とは風神様の角を取る意味だといわれているが、
鬼嫁に悩む人は一度奥社に参拝してみたらどうだろうか?
鬼嫁の角が取れるかもしれない。

家庭の団欒に吹き抜ける冷たい風が鎮まるかもしれない。

【*1】 この資料の存在はT自然保護協会のOさんから教えて頂きました。
    祠の先にも踏み跡は続いています。この道を下るとガラン沢の堰堤に出て角取林道に出るとのこと。
    下部の尾根取り付き点には鳥居もあるとのことで奥社の参道として使われているようです。

    またあわせて同資料に「明神峠古道」という記載があることも教えて頂きました。
    「明神峠古道」は上野地区から現明神峠に向かう途中から大野林道に分け入り、そのどん詰まりから
    現峠の西方、p1047付近に突き上げているようです。(現地未確認/今後の調査課題)

    ちなみに、『史跡いろいろみちしるべ その6 須走地区編』には、「籠坂峠古道」の記載があります。
    国道沿いにある
藤原光親の墓所を北側へ登りつめた場所がかつての籠坂峠のようであります。

【*2】 同じくOさんの情報によると「天狗ブナ」の元気が無いとのこと。
    付近の木々は鹿の皮剥ぎの被害も受けているといいます。近いうちに「天狗ブナ」のお見舞いに訪れよう。

【*3】

国土地理院地形図以外の観光ガイドマップや登山地図等には明確に県境が記されています。

国道138号線上の籠坂峠は山梨県と静岡県の境だと思いがちですが峠より南側に県境はあるようです。
ただし、『史跡いろいろみちしるべ その6 須走地区編』にある
「籠坂峠古道」は県境付近に位置しているようです。

★ 後日、「富士箱根トレイル」須走〜立山ルートを歩いた時のレポを見る。

 (山行2006.09.16 晴れ一時曇り)