峠でたくらむ

どこに行こうかと地図を見ていたら田中峠という峠が目についた。
なんと味気ない峠名だろうかと思った。
田中という集落名が近くに表記されていたので、いたしかたないか。

鈴木峠や佐藤峠があるか知らないが、
いずれにしても味気ない感じがしてしまう。

同じ人名でも
権兵衛峠や権次入峠には愛着を感じてしまうとは
なんとも勝手なものだ。

峠旅・山旅を楽しんでいると
名も無きカワイイ峠と出会うことがある。

そんな時、ふと、あるたくらみが
芽生えることがある。
この名前の無い峠に自分の名前を勝手につけてしまって、
後世に残したいと。

勝手に標識を作り上げて、
峠の木の幹にでも打ち付けておけば、
数年後、数十年後その自分の名前をつけた峠名が定着しているかもしれないのだ。
自分が死んだ後も、自分の名が峠名として残るのである。
全くその土地や景観と関連の無い名前でも、
そこを訪れた人が、勝手に解釈してくれて、
それなりの意味付けをしてくれるかもしれない。
知らぬ間にガイドブックや地図にまで載るようになったりして。

さて、どこか名無しの峠を、名の有る峠にできる候補地はないかと、
たくらむ今日この頃である。
どうせなら、わりと静かで、景色も良く
風の通りも良くて、小鳥達が遊びにくるような峠がいいな。
集落からは近くもなく遠くもなく
旅人が休めるように木陰を作る落葉松がニ、三本
あとは楢や栃の雑木に囲まれた明るい峠

どこかにそんな自分のものになってくれる峠はないだろうか。

でも、そこを訪れた人が峠名の由来を悪く解釈してはイヤだなぁ。
×△という人が、ここで馬から落ちて亡くなったとか、
×△という名の山賊がこの峠に出没したから〇×△峠というんだとか・・・

それに自分の名のついた峠を汚されるのもイヤだし、
ボクの峠の落葉松に立ちションベンされるのもイヤだな。

それは、よろしくないので
名のなき峠は、そっとそのままにしておこうか。
でも峠の名付け親になってしまいたいと思うことは時折あるものだ。
自分の名前を付けてしまおうという品の無いたくらみは置いといて、
何か美しい響きを持った峠名を
旅人が美しい名前に惹かれてやってくるような峠名を
想像するのは愉しいものだ。