裏モノ好き

 

人間に裏と表があるように
いろんなものに裏と表があります。

柳田國男曰く、峠にも裏と表があるようです。
でも、今回は柳田國男のいうところの「峠の裏と表」とは、
まったく意味、内容が異なる、たわいない話です。

裏といえば、
裏金、裏口入学、裏日本、裏ビデオ、裏ルート、裏工作、裏社会などと
あまり良いイメージはありません。
なにか陰陰とした感じで、犯罪性をも感じさせます。

でも、裏街道、裏通り、裏道となると
なんだか心惹かれるものを感じるのは私だけでしょうか。

本筋、本道を外れて
人目を避けるようにして裏街道を歩き続け旅していた往時の行人に
思いを馳せることがあるのは、
自分も‘人生の裏道’を歩いているからかもしれません。

華々しい表舞台ばかりではなく、
その影で、日の当らない場所で、生活をしている人たちも
たくさんいることでしょう。

陽射しが強いと、影も濃くなるといいます。

人の目は専ら表街道に注がれ、
裏街道を歩く人々に光が当てられることはありません。
表が華やかであればあるほど裏は影を濃くします。

表があるから裏があるのか。
裏があるから表があるのか。
それともそんなものは存在しないのかも。

表は本当に裏ではなく表なのか。
裏と呼ばれているものは表には成り得ないのか。
頭が混乱してきました。

笹子峠が表だとすると、大鹿峠は裏でしょうか。
摺針峠や女坂峠も、笹子峠の本筋からみれば間道であるから裏でしょう。

籠坂峠が表で、三国峠やヅナ峠は裏でしょうか。
小仏峠が表で、西山峠や中沢峠、浅川峠、和田峠は裏でしょうか。
正丸峠が表で、妻坂峠や山伏峠はやや裏気味でしょうか。
サッキョ峠はかつては表で、今は裏でしょうか。

そうだとすると、
やっぱり表より裏が好きだなぁ〜。

交通量激しく、排煙渦巻く表の峠より
われ先急ぎ、喧噪満ちる表の峠より

風薫る裏峠、山鳥囀る裏峠が 好きです。

裏街道や裏通りの
寂びれた感じ、うらぶれた感じにも
なぜか心惹かれます。

交通の途絶えた裏峠、草に埋もれかけた裏峠
人の記憶から忘れられそうな裏峠。

それでも花咲く裏峠、それでも踏跡残る裏峠、
それでも石仏微笑む裏峠、
そんな裏峠が私は好きです。

いろんなものに裏と表があるように
人間にも裏と表があります。

裏を見せ 表を見せて 散るもみじ <良寛>