小さな衛兵が守る峠 / 山神峠 (初回)
西丹沢の山神峠に行ってきました。
といっても、「玄倉の山神峠」ではなく「浅瀬の山神峠」です。
山神峠から椿丸を経て織戸峠、富士見峠と西丹沢の奥深き峠を巡る予定でしたが、
カメラの故障と、ダニの容赦ない来襲に辟易して山神峠での撤退を余儀なくされました。
事前の情報収集の段階でダニの存在は判っていましたが、まだ活動期ではないだろうと
高を括っていたのが失敗でありました。
実際、山麓では梅が盛りでいよいよ春本番ですが、山中はまだまだ春の足音程度。
念のために気温の下がった日を狙って行ったのですがダニの猛襲を受けてしまいました。
よくよく考えれば、当日は暦の上では啓蟄でした。ダニも眠りから目覚めたようです。
ダニ対策や、スズタケのヤブ漕ぎ対策で装備も入念にし、
・ゴーグル (ヤブが目に刺さらないようにする為。)
・各種医薬品 (虫刺され系でムヒと擦傷系で万能オロナインとソルバミンを用意。)
・毛抜き (トゲトゲ植物対策と皮膚に食込んだダニの頭を抜く為。)
・ツルツルするアウターウェア (ダニを払い落とし易くする為。色も重要でダニ色?は避ける。)
・手鏡 (顔にダニが取り付いていないかチェックする為。単独行ですから。)
・熊除け鈴 (背丈を超すヤブがある為見通しが悪いので用意。また、猟師の的にならないように。)
を準備して万全を期したのですが、襲ってくるものは襲ってくるようです。
(失敗したのは軍手です。ダニが付き易いし、目が粗いので侵入を許してしまう可能性があります。
また、スパッツがあれば靴の中への侵入防止になるのではと思いました。
道迷い防止用にビニールヒモでマーキングの必要もあるかもしれません。)
一般ガイドブックや地形図に道が表示されていないだけあって、
あるHPでは上級コースとして紹介されていました。
確かにテープやビニールヒモ等の目印も少なく、鹿の痕跡が目立つばかりです。
地形図・コンパス必携で、早発ち早着が肝要と思われ上級コースの部類でしょう。
アクセスの悪さと長い林道歩きもネックです。
しかし、山神峠をピストンするだけなら踏み跡もついていますし、尾根筋を忠実に拾っていけば
辿り着くことができます。標高も低いしダニ・ヤブがなければそうたいしたことはありません。
ただ織戸峠、富士見峠となりますと、かなりハードなヤブがありそうですが・・・。
ダニは何に反応するのか知りませんが、スズタケの密生地をわずかな距離でも通過すると、
大小さまざまなダニが、特にズボンにしがみついてきます。
熱に反応するのか、振動に反応するのか、それとも臭いに反応するのか、どんなセンサーを
持っているのか不思議ですが、ダニの取付き攻撃は正確です。
滅多に獲物が訪れない奥山ですから、ダニも少ないチャンスを逃さない努力をしているようです。
対策として、もちろん頭には手拭を巻き、帽子を被っていますが、
暑くてもフードをスッポリ被った方がいいかもしれません。
手袋と袖口の隙間も要チェックです。
数メートル歩いては、足下から肩までチェックして払い落とさなければなりません。
広い場所があれば、上着を脱いで背中をチェックし、ザックの表面も確認します。
時々は靴の中をチェックし、鏡で顔面の取り付きにも警戒することが必要でしょう。
そこらに容易に腰掛けることも出来ず、長時間同じ場所にとどまることも避けたほうがいいようです。
もう、気が疲れてしまいます〜。
幸いにも、食いつかれることはありませんでしたが辟易してしまい登行意欲を無くしてしまいます。
ダニは伝染病を媒介したり、手術をしないと顎が抜けないケースなどがあり厄介です。
極小サイズのものもいて油断は禁物です。
ある意味、ヤマヒルよりも厄介かもしれません。ヒルは病気を媒介しませんから。
さて、山神峠ですが写真がありません!!
以前から調子の悪かったカメラがとうとう壊れてしまったようです。
出発前に確認したときは異状はなかったのですが、山神の魔力のせいでしょうか・・・
そろそろデジカメでも購入することにしようかな。
写真がないのも寂しいので、高校生時代(1986年1月26日)に世附林道をパスハンした時の写真を
以下に掲載しておきます。
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現在、林道は浅瀬でガッチリとゲートが閉ざされています。
「平成7年より事故多発のためバイク・自転車・マウンテンバイクの乗入れ禁止」という看板が設置されています。
自転車とマウンテンバイクを分けて書かれているのは何か意味があるのでしょうか?
また「午前4時前の入山禁止」ともあります。 違反すると厳しく処罰するとありますが、どうなるのでしょうか。
とぼとぼ林道を歩き、浅瀬橋、芦沢橋を渡れば悪沢の流れが見えてきます。
悪沢の上流、山神沢の詰めが山神峠で山神乗越ともいいます。
「山神悪沢取水口入口」という看板のある場所で、世附川を吊橋で渡ります。
対岸には廃屋の製紙会社の三保山荘があり、その脇をすり抜けて山道が始まります。
登りはじめはヒノキの林の中でいたって快調。
尾根に取り付き雑木の一般道並みの道を快適に進みますが、取水口への分岐で歩き易い道は終了です。
ここからは取水口巡視路と別れて植林帯の中の曖昧な踏み跡を辿ります。
人の踏み跡というよりも鹿の足跡ですが・・・。
植林帯の入口のちょっとした笹ヤブを通過しただけで数匹のダニに取り付かれゲンナリしてしまいました。
植林帯を登れば、主尾根に出て雑木主体の道になりますが、所々に笹ヤブの罠が待っています。
701m峰を過ぎたところに小さい鞍部があり、東西に作業道が越えています。
焚き火の跡もあり林業関係者が訪れるのでしょうか。この付近にもヤブがありダニの歓待を受けます。
なるべく笹ヤブを避けながら尾根を辿ります。
西には雪をベットリ被った富士の姿と甲相国境稜線が望めます。東は屏風岩、権現山でしょうか。
ダニさえいなければ、所々にモミの大木を見る静かな尾根歩きとなるのですが・・・。
境見出標が現れると峠も近いです。境見出標54〜59を横目に、くだり勾配を進むと
峠の山神様の祠の赤いトタン屋根が出現します。
鎮座する山神の石祠は大きく、他に見たこともない形態です。丹沢山中では異彩を放っています。
三段の石が微妙なバランスで積まれていますが、石の種類がそれぞれ違うようです。
最下段のものには16枚の花弁からなる菊の紋章と波のようなあるいは唐草のような彫り物があります。
菊の紋章といえば木地師を思い出しますが、何か関係があるのかもしれません。
中段の卵形の石にはクボミがあり、その中に木板が納められているのですが、
何が書かれているのか判読は出来ません。。
上段の石は河原で拾ってきたような大石が絶妙なバランスで積んであります。
はっきりいってアンバランスなんですが、それでいて深い意味もありそうです。
祠の左右には杉の木が天を貫き、柊が意図的に植えられています。
山での安全を祈念してか清酒「富久娘」が供えられてます。
不思議なことにフタは開けた形跡がないのに中の酒が減っているようです。
神様が飲んでいるのでしょうか?
峠の西、水ノ木側はザレていて、道筋は不明です。
東方は、植林帯の中へ頼りない道がのびていますが先行きは不明です。
峠の凹から丁度、富士山の頭が見えています。何となく霊験あらたかな場所です。
この神聖な場所を守るために、小さな衛兵であるダニたちが闖入者に噛みつき侵入を防いで
いるのかもしれません。
山の番人、峠の番人、山神の守衛としてダニの活躍の舞台が与えられているのかもしれませんね。
カメラは故障するし、ダニの攻撃には負けるし、今回はここで撤退して再起を図ることにしました。
山神峠から椿丸を経て織戸峠、富士見峠と西丹沢の奥深き峠を巡る山旅はまたの機会として、
山神峠の写真とレポートもその時に報告することと致します。
帰りの時間が大幅に早まったため、山北町の図書館に立ち寄ってみました。
『山北の石造物』(教育委員会編)の中に、山神峠の石祠も載っていました。
「名称:山神、年代:不明、銘文:右、新山小奉行、特徴:菊の御紋章」とありました。
古い町の広報紙を見ていたら、菊の紋章と南朝、吉野朝を結びつける記述がありました。
南北朝時代、新田の軍勢が山中に身を隠したともいわれていますし、
山神様の菊の紋章は、何かとてつもない謎と歴史を秘めているのかもしれません。
また、峠付近は甲斐武田の金鉱開発に伴って多くの山師衆が行き交ったともいわれています。
木地師やサンカ、山伏などの移動漂泊の民との関係も捨て難いです。
謎を秘めた峠の神様です。
同じく古い広報誌をパラパラめくっていますと、この地域が土石流や山津波などの自然災害に
再三、襲われていることがわかりました。
あの妙なバランスの三段重ねの石積みは、土石流に埋まって散在した数種の石祠の
それぞれ違う部位からなる寄せ集めの可能性もあります。
神様が合体したと考えれば、あのなにか迫力あるパワーにも頷けます。
林業開発、電源開発の守り神だけでは済みそうもない、謎の山神様に会いにダニのいない厳冬期に
再度訪問したいと思います。
P.S.『丹沢・桂秋山域の山の神々』(佐藤芝明著・丸ノ内出版)には、この山神について興味深い考察が記されています。
●撤退から約1年後、念願の山神峠〜椿丸〜織戸峠〜富士見峠を巡ることが出来ました。
その時の様子はここをクリック。