ヤブ考

 

ヤブ道を求めて出掛けることはない。
たまたま行ったところがヤブ道だったということだけだ。

世の中には自ら好き好んでヤブ道に足を進める人もいる。
ヤブ道を愛し、ヤブ歩きを楽しむことに
山の魅力を感じ取る御仁もいるのである。

小枝の跳ね返りやイバラの棘に、
ダニの襲撃や道迷いの危険に、
自ら進んで突入していくのだ。

これは、もう立派なである。

顔や腕につけられた切り傷、擦り傷にほのかな快感を覚えるのである。

であるとは思ったが、あるいはなのかもしれない。

冬の枯れ枝をへし折り、ブッシュを薙ぎ倒し、
蜘蛛の巣を払い壊す。
行く手を阻むものを容赦なく痛めつけ排除する。

これは、もう立派なである。

メッタメッタと突き進むことに快感と征服感を覚えるのである。

M的ヤブマニアが多いのか、それともS的ヤブマニアが多いのか、
そんな統計があるはずもない。

 

ヤブを通り抜けて、
山頂で憩う単独行者の顔を見よ。

そこには達成感とともに恍惚感が漂っているに違いない。
彼がMなのかSなのか、それともMでもありSでもあるのか、
彼の口から饒舌に語られる武勇伝にしばし耳を傾けてみよう。