静岡県境尾根の峠 / 峰坂峠・樫の木峠?・悪沢峠・世附峠

 

 丹沢はまだ雪に眠っているので、どこか南斜面で暖かい峠歩きを楽しめるところはないか
と考えていたら、駿河小山に200円で入れる温泉があると聞いて、世附峠から西にのびる
静岡県境尾根上に点在する峠行を思いついた。


朽ちかけた峰坂峠の道標

柳島の山口橋に車を停めて、
秦野のホカ弁屋で買った冷めたのり弁当を食べる。
すでにお昼を過ぎているので飲み込むように食べて出発。

地図を見ると山道を行くか、林道を行くかの選択、
当然山道を選ぶものの、すでに新たな林道と化していた。
歩いてすぐの所に山神社と石仏がひっそり佇んでいる。

林道拡張工事の終点から杉の植林地帯となり、
道も山道らしくなってくる。 歩きやすい道が続く。
チェーンソーの音も聞こえる。
手入れが行き届いている林のようだ。

世附峠へ先に行こうとしたが、
「峰坂峠近道」の標識があり、それに従い林道に出る。

すぐ国境稜線に出るつもりであったが、
手持ちの『山と高原地図』(1988年版)には、
「世附峠西側は廃道状態のため縦走は不適」とあり、
林道を西へ歩き、峠直下から峰坂峠へ乗っ越す。


峰坂峠付近から輝く駿河湾

峰坂峠付近で二組の登山者と遭遇する。
いずれも反対側の浅瀬から登ってきたようだ。

峠をちよっと過ぎた場所から南面の
伊豆半島と駿河湾のキラキラが美しい。

この辺りの峠は、かつて炭焼や釣り師、郡内の行商人、
などが行き交う駿河と甲斐、相模を結ぶ主要な峠道だった。

峰坂峠より西の静岡県境尾根は雪が深く足首が埋まる。
積雪の無い植林帯の足元では霜柱がカチンカチンである。


獣の足跡だけの白クラノ頭

なんと雰囲気の良い尾根歩きだ。
明るく、展望も良好だ。丹沢の中でも一級の部類だろう。
尾根北側は加入道山、畦ヶ丸、菰釣山と続く稜線
その手前に屏風岩山、権現山、大栂、椿丸も大きい。
西丹沢の懐の深さを感じることができる。

尾根南側は富士の裾野から愛鷹山、箱根外輪山などが
広角に展開する。駿河湾はのびやかに、そしてキララと輝く。
富士スピードウェイの爆音がここまで登ってくるのが、
タマに瑕だが。

この尾根道は1965年静岡県スポーツ祭の山岳競技で
コース整備されたそうで、1975年に自然環境保全地域に
指定されている。 尾根上にはブナも点在し良い感じだ。


陽だまりの湯船山

この山域にある道標は、
とにかく綺麗で山行を愉しいものにしてくれる。
数も適量でウルサクないのもよい。

良く出来た物で手作りの暖かさと洒落っ気を感じる。
「三国山・湯船山・不老山を愛する会」の作であり、篤志に感謝。
行政の設置する道標とは格段の差がある。

ヒメオウギ、ブナ、サンショウバラ、クマタカの案内板もあり、
いたれりつくせりの心配りである。


樫の木峠? ゴルフ場への分岐

湯船山の「湯船」は麓の湯船集落で、
ボロボロの湯船が発見されたことに因むらしいが信じ難い。
山北の近くの「湯触」という地名と響きが似ているのが気になる。
古い日本語では村のことを「ふれ」というそうだが、
もともと「ふれ」、「ふる」は、
開墾を意味する「はり」、「はる」から転化したものらしい。

ゼンリンの住宅地図を見ていたら、
明神山手前のゴルフ場へ下る分岐を、樫の木峠と記していた。

実際にそういった名称があるのか疑問だが訪れてみた。
樫の木らしきものもなかったが・・・。【*1】


明神山

日暮れまでに車に戻りたかったので明神山で折り返す。

明神峠、三国峠、ヅナ坂峠、籠坂峠はまた別の機会に。
北方の切通峠、パラジマ峠、山伏峠とあわせて歩きたい。

数十年前に世附林道(現在、車両通行止)や、
まだ未舗装路時代の三国峠、明神峠を
自転車で走ったのを懐かしく思う。


悪沢峠

峰坂峠まで戻り、
世附峠方向にのびる踏み跡に進んでみると、
いつしか道はしっかりとなり悪沢峠に辿り着いた。
浅瀬より上ってくる道がつけられている。
芦沢という沢があるから、「芦沢」が「悪沢」になったのだろうか。

持参した古い地図にある
「世附峠西側は廃道状態のため縦走は不適」の表記は
過去の話で、今では
「三国山・湯船山・不老山を愛する会」の
御尽力で歩き良い道がつけられている。


樹下の二人の夕暮れ

本コースのクライマックスがこのようにセットされているとは・・・

世附峠手前のカヤトの丘。
愛する会によって「樹下の二人」と名付けられた、この地は
実に気持ちの良い場所だった。

高村光太郎の詩を捩(もじ)り、
「あれが金時山・明神ヶ岳 あの光るのが駿河湾」とあった。

丹沢の眺望も、富士も、駿河湾も、箱根の山々も、
そして間近に不老山も見事だ。
ここは、空も広い。あきれるくらい広い。
「智恵子は東京に空が無いといふ」がここの空は広い。
サンショウバラの咲く頃に、是非また訪れたい。


世附峠の古木

世附峠には「愛する会」の手による静岡県境尾根コースの
案内板があるので是非ご参照を。(素晴らしい!)

最近、老いを感じるので、不老山にも行きたかったが、
夕暮れが迫るのであきらめることにする。
「ふろう」とは斜面の中間の平地で特に大きいものをいうらしい。
また『かながわの峠』ではヌタ場を表わすともしている。

「世附」とは、山の四ヶ所に突き出した部分があったことで、
「よづく」となったというが本当だろうか?
「世附」という言葉の響きからは、
もっと違った意味が感じられてならない。
「世のつきる場所」から「よつく」とは考えすぎか。

世附峠は明るく健康的であり、
暖かい国、駿河への窓であったのだから、
そんな暗い想像は当てはまることはないだろう。

【*1】 『昭和43年小山町勢要覧・静岡県おやま』内の「小山町を中心とした観光案内図」の中にも
    「樫ノ木峠」の名前が記載されていました。

● 後日の世附峠、悪澤峠、峰坂峠の再訪レポを見る