異性と行ってはいけない峠 / 善波峠・不動越・蓑毛越

 国道246号線の善波トンネルはよく車で通過するが、
旧道の善波峠は今まで歩いたことがなかったので訪ねてみることにする。

そのついでに大山南尾根を乗り越している「不動越」、「蓑毛越」も欲張って巡り、
できれば大山まで登れるかなと考え、小田急鶴巻温泉駅を下車したのはすでにお昼に近い時間だった。


切通状の善波峠

鶴巻温泉駅から北上を開始するため温泉街を抜け吾妻山へ向う。
民家の脇から尾根に取り付くと、大きな石標が建っている。
ここを西に折れ、ハイキングに手頃な雑木林の尾根道を行く。

左手は高速道、右手は246号をはさんで伊勢原市の清掃工場と、
いささかげんなりするが、ひと汗かいて吾妻山に辿り着く。
吾妻山というと、すぐに日本武尊云々となるので、そそくさと立ち去る。
鶴巻の裏山という感じで、自然薯を掘っている人、ランニングをする人
犬を散歩させている人、MTBを楽しむ人などとすれ違う。
小さい分岐があり「矢倉沢道・野仏と温泉の道つるまき」と書かれている。

善波のラブホテルが突然現われ、
ケバケバしい建物のすぐ裏を通ると、弘法山への分岐である。
古道を訪ねて善波峠へのハイキングを考えている諸氏は、
異性を連れていく場合には注意が必要である。
要らぬ誤解を招かぬように細心の配慮を心がけよう。
峠あたりで、「ちょっと休憩していこうか」などと言うと、
変な目で見られかねない。


善波峠の御夜燈

峠自体は趣のある、切り通し状の峠らしい峠である。
この峠道は足柄道の延長で栄えた矢倉沢往還である。
享保や文化年間頃の五体の石仏か静かに訪れ人を見守っている。
あるいはラブホテルで繰り広げられる人間の営みを見守っているのか。

古東海道、古矢倉沢往還は、
もう少し南の権現山と浅間山の鞍部である「浅間峠」を
通っていたとも考えられている。
(詳細は直良信夫氏の著書に記されている)

善波峠には旅人の峠越えの安全のために
文政十年に道標として御夜燈(おんやとう)が設置された。
点灯のための灯油は近隣の農家が栽培した菜種から抽出された
拠出油が使用され、峠下にあった茶屋の主人、八五郎さんの手により
明治末期まで点灯が続けられたと説明書きにある。
大山詣でに向かう人々の足元を照らしていたのかもしれない。

        
念仏山近くの石仏群

善波峠から北に進路を取り、大山南尾根の高取山、浅間山を目指す。
明るい雑木と杉の植林の混じった道を進む。
ここからは「野菊と信仰の道」との標識があるが、
右手から伊勢原清掃工場焼却炉の排煙が漂ってきて、
そんな情緒は感じられない。

左手には秦野の街を広く見渡すことが出来る。
繁った雑木の中には石仏群があった。
山仕事で亡くなった馬でも祀っているのか、
あるいは大山参りの行き倒れが眠っているのか。

杉林の合間からゴルフ場が突如現われる。なんともガッカリである。
峠歩きをしていると、よくゴルフ場が現われるがなんとも遣り切れない。


不動越

しかし、もっと遣り切れない「第二東名高速測量中」の看板が現われた。
そこらじゅうに測量杭が打たれている。
引っこ抜いてやろうかとも思ったが、落ち葉をかけて隠すだけにした。

急な斜面を一気に駆け登ると、
右手に聖峰を経由して三之宮比々多神社に下る道が分岐している。
数少ない登山者とすれ違うと高取山に出た。
電波塔が興醒めだが、伊勢原・平塚・寒川方面の眺望は良好だ。

しばらく行くと「不動越」が尾根を交差し、ほどなく大山道の石標がある。
「〇〇不動明王」と刻まれている。「〇〇」は梵字だろうか。
左に下ると小蓑毛である。

大山浅間林道(舗装路)を横断して、ひたすら道はのぼり続ける。
杉、桧林の中の防火線を進む。幅広い林道のような道だ。
ちょっと勘弁してくれというキツイ勾配の道を登り、下りして、
NTT無線中継所がドンと構えている場所に出る。ここが浅間山だろうか。


蓑毛越

さらに稜線を進むと、
菊の紋のついた浅間宮と刻まれているらしい石祠がある。
木地師の墓だったりして?

路傍の山ノ神?を見送って、さらに進むと、
「休憩していきなさい」と言わんばかりのテーブルとベンチがある。
そこが「蓑毛越」だった。

右に曲がれば阿夫利神社下社、
直進すれば大山山頂・阿夫利神社本社へ続くが、
ここは左折して蓑毛に下る道を選択した。
軟弱な判断ではあったが、時間的に大山は厳しかった。

そうと決まれば、ベンチよろしく、ここで大休止とする。
ベンチに腰掛けていると、大山から下山してくるオジサンあり。
地元の方で
比々多神社にバイクを停めて大山登頂を果たしてきたそうだ。

山頂を踏まず、ここで退散するのはちょっと後ろめたい気もするが、
蓑毛のバス停に向けて下山を開始する。
途中キレイな沢を渡ると馬頭観音なんぞが佇んでいる。

蓑毛でバスを待っている間、汗もひいてブルブルと寒くなってくる。
善波のラブホテル街は今宵も熱い夜を迎えるのかと思うと、
寒さがいっそう身にしみた。

* 「善波」の名前の由来は、善波太郎重氏がこの地に住んでいたことによるが、
  班田制の狭郷(サキサト)を意味する狭場(セバ)からの転化だとする説もある。

* 善波太郎にゆかりの「千人がくれ」という場所には追剥がたむろし、近くの山に見張りを置いて、人が通ると旗を振って知らせて、
  追剥行為に及んだといいます。旅人の中には、峠越えに際して善波や坪ノ内の人にいくらかの金を支払って、
  一緒についてきてくれるように頼む人もあったそうです。

* 善波峠には享和2(1802)の聖徳太子像、文化9(1812)観世音菩薩などがあります。
  堂の山に「夜泣石」という石があるそうです。かつてこの辺で行き倒れになって死んだ人の霊が夜毎に苦しんで泣く声が、
  この石から聞こえてきたといいます。村人は近くに堂を建て供養したといいます。今、堂は無く、黄楊の大木が一本あるとか。
  現在は、夜泣石の声ではなく、ラブホテルから夜な夜な怪しげな声が聞こえてくるとかこないとか。

【参考になる書物】

『かながわの峠』 植木知司  かもめ文庫 ・・・善波峠、不動越、蓑毛越
『秩父多摩丹沢』 直良信夫  武蔵書房 ・・・浅間峠
『峠路』  直良信夫  校倉書房 ・・・善波峠
『碓氷峠・足柄峠への古道』  蜂矢敬啓  高文堂出版 ・・・善波峠
『武蔵野歴史散歩2関東山ノ辺の道』  蜂矢敬啓  有峰書店新書 ・・・善波峠
『板東の峠路』  蜂矢敬啓  高文堂出版 ・・・善波峠
『伊勢原の民俗・比々多地区』 伊勢原市教育委員会

●後日、再訪した不動越レポ
●後日、再訪した
善波峠レポ