峠ブラブラ (津古久峠・善波峠)
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| フラフラしそうな暑さが続きますが峠への思慕はやまず身近な峠をブラブラしに出掛けました。 秦野に住む友人宅へ向かうため遠回りになるにもかかわらず、わざわざ二つの峠を越えて行くのです。 まずは伊勢原市と厚木市の境(昔風に言うと愛甲郡と大住郡の境)に位置する津古久峠です。 「津古久」とは室町期の文献に見られる「石田庄津奥郷」の「津奥」が語源とのこと。 どこか美しい響きが耳に残ります。 古い地形図にはその床しい峠名を見ることができますが、 |
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| 龍散寺門前を通過する二車線道路と分かれ、 「道祖」と判読できる石標の置かれた田畑の角を折れて民家前の道を進みます。 これが峠へ向かうかつての本道と思われます。 コンクリ舗装された農道のような幅の細い道は、雑木の茂る薄暗い中を一気に駆け登り、 ここ日産テクニカルセンターで研究開発されたスポーティーな自動車が、 |
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| 「津古久峠はいい峠である。 馬頭観音の石碑が二つあって、其処からはじまる峠路は153.1米独標の南側を捲き、 気持ちの良い山腹を数町の間辿る。 よく各地にある<八町峠>式の峠路の一つで、麦畑が多いが邪魔にはならない。 晩春のキンラン、オニアザミも美しい。雑木道や芝の道の感じの佳い部分が暫くつづく。 一個所絵のように端正な大山が望まれるところもある」 (『丹澤山塊』 ハイキングペンクラブ 登山とスキー社 昭和17年 より) 上記古いガイド本にもあるように、やはり峠にはニ基の馬頭観音があったようですが、 その道に足を踏み入れてみると、心地好い土道が残されており、 |
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| なおも暫くは古道の面影を残す踏み固められた土道は続くのですが、 伊勢原市の総合運動公園や都会に本拠を置く某大学のグラウンドの中へと埋没してしまうのです。 ヤマトタケル伝説も残る由緒ある峠道を、 次なる目的地、善波峠へ向かうため三之宮比々多神社に立ち寄ったりします。 |
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| 車の流れの絶えない喧噪の国道246号線から離脱し、坪ノ内から旧矢倉沢往還を辿ります。 以前善波峠を訪れた時は、小田急鶴巻温泉駅から吾妻山を経由して尾根道を辿ったので、 今回歩く善波川沿いのコースは初めてとなります。 善波峠を指し示す石道標に従い、旧矢倉沢往還に入ってすぐの所に、 さらに進むと、伊勢原市指定天然記念物「神代杉(うもれ木)」などもあり、【*1】 |
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| ひんやりした空気に包まれ、植林混じりの雑木林の中へと峠道は続きます。 「吾妻山0.35km」との標識が立つ分岐には「矢倉沢往還」の説明看板が設置されています。 「この道は奈良時代に開かれ、箱根越えの東海道が出来るまで官道の役割をしていました。 国道246号線を走るトラックやバイクの音が耳に届きはしますが、 |
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| 村人は「夜泣石」の近くに御堂を建立し、 さまよう霊を供養したとのことですが、現在、その御堂はなくなっています。 行き倒れの話や路傍にたくさん並ぶ馬頭観音を見ると、 善波峠道がかつては難儀な道であったことが窺がえます。 「千人がくれ」という場所には追剥ぎがたむろし、近くの山に見張り役を置き、 |
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| 一旦開けた場所を通過し、再び樹林の中の峠道を進んで行くと、 「弘法山ハイキングコースへ」と書かれた指導標分岐が現れます。 こちらから弘法山を目指す人がどれだけいるのか甚だ疑問ですが、 踏み跡は案外としっかりつけられています。 弘法山分岐標識からわずかばかり進むと、 右折して民家前を通り、素直に国道に出るのが正しい選択なのでしょうが、 |
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| まとわりつく蜘蛛の巣と、笹ヤブ通過で薄汚れた風体で、 渋滞する国道を横目に善波トンネル手前で左折して善波のラブホテル街へと進みます。 ホテル街は昼間だというのに利用客が多いようで、 擦れ違うアベックを乗せた車になぜかこちらが気を遣い視線を外したりします。 煌びやかなお城のような建物前を顔を赤らめたりしながら素通りし、旧善波トンネルを潜り抜け、 秦野市側から峠の切り通しへと向かいます。 国道の排煙と爆音、ホテル街の煌びやかさと淫猥が嘘のような峠の静寂と落ち着き。 |
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| 峠の切り通しにも矢倉沢往還について書かれた説明看板が立てられていますが、 すでにその文字は消えかかり判読が難しくなっている悲しい状態です。 一段高みに設置された「御夜燈」前には、「平成二十年熊野修験 修行相模國善波峠 入峯天下泰平如意祈〇 七月吉祥日那智山青岸渡寺」と書かれた御札が供えられていました。 この札は最近、大山周辺各地で見られるもので、熊野からの修験者が回峰しているようです。 善波のラブホテル群が醸す妄念が厳しい修行の妨げにならなかったか心配ですが、 峠には、「聖峰3.5km、高取山2.9km、弘法山1.1km、鶴巻3.1km」の標識が立っています。 『新編相模國風土記稿』には、善波峠について、 峠のブラブラ歩きとホテル街での要らぬ妄想で友人宅に辿り着く前に疲れ果ててしまったので、 |
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| 【*1】 「神代杉(うもれ木)」 「洪積世の後半頃に善波峠一帯に広がる火山灰土の地域に茂っていた大森林が大洪水のため倒伏埋没し、 【参考になる書物】 『丹沢今昔』 奥野幸道 ●以前に、津古久峠を訪れた時のレポートを見る |
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