Tow's Island

New Wave of
  JAPANESE HEAVY METAL


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当コンテンツは、非営利目的にて1980年代日本のヘヴィーメタルを記録しています。
画像の肖像権に問題がありましたら恐れ入りますがご連絡下さい。画像を削除いたします。
ご連絡はこちらまで



文中一部を除いて、敬称は略させていただいております。



1980年代。世界中で「HARD ROCK」が復権した。
パンク、テクノ、ダンスミュージックが「New Wave」ともてはやされ、「HAR D ROCK」は「Old Wave」と無視され続けた暗黒の時代を経て、再び蘇った のだ。

「New Wave of British Heavy Metal」という呼び名は 、まさに、「Old Wave」と呼ばれた「HARD ROCK」の、音楽評論家に対 する魂の叫びだった。

そして、日本においても、「Heavy Metal」の夜明けがおとずれた。



●宇宙船地球号

 1979年、イギリスで発生したNew Wave of British Heav y Metalの波は、翌1980年には日本にも到達していた。しかし、New Wa veと名付けるからには新しい要素が必要だった。
 N.W.O.B.H.M.が、その発生において、旧来より存在したベテランバンドで はなく、IRON MAIDENやSAXONなど、新しいバンドでムーブメントを巻き 起こしたように、日本でもBOWWOWや紫といったバンドとは別な存在が必要だった。
 そして、それは意外なところから発生した。HARDROCKファンを自認する多くの 人々の度肝を抜いたのは、なんとアイドルバンド、LAZYだったのだ。「宇宙船地球号 」の発表は、まさしくNew Wave of Japanese Heavy Met al誕生の瞬間だった。そして、LAZY解散からLOUDNESS結成への動きは、ま さにN.W.O.J.H.M.というムーブメントそのものだった。


1980.02.25
1980.04.05
1980.09.21
1980.11.21
1980.12.26
「グロリアスロード」 BOWWOW
「LAZY X」 LAZY
「TELEPHON」 BOWWOW
「組曲Xボンバー」 BOWWOW
「宇宙船地球号」 LAZY

■ 海外の傾向 ■
・New Wave of British Heavy Metal台頭
  「IRON MAIDEN〜鋼鉄の処女」 IRON MAIDEN
  「STRONG ARM OF THE LAW] SAXON
  「ON THROUGH THE NIGHT」 DEF LEPPARD
・ベテランのメンバーチェンジによる再生と復活
  「BACK IN BLACK」 AC/DC
  「HEAVEN AND HELL」 BLACK SABBATH
  「THE MICHAEL SCHENKER GROUP〜神」
       THE MICHAEL SCHENKER GROUP


●胎動期

 しかし、いくら業界がNew Waveと煽ったところで弾がなければ話にならなかっ た。LOUDNESS以外では、BOWWOWはともかく、なんと子供ばんどまでもがH EAVY METALにカテゴライズされたのを見ても、その当時の状況は想像できるだ ろう。とにかく、新しく活きのいいバンドをシーンの前面に押し出す必要があった。


1981.04.21
1981.05


1981.10.21

1981.11.25

1981.12.17

「HARD DOG」 BOWWOW
LOUDNESS 結成
  二井原実(v)、高崎晃(g)、
  山下昌良(b)、樋口宗孝(d)
「HEAVY METAL ARMY 1」
  HEAVY METAL ARMY
「THE BIRTHDAY EVE〜誕生前夜」
  LOUDNESS
LOUDNESS デビューコンサート
  (浅草国際劇場)

■ 海外の傾向 ■
・アメリカ指向
  「BLIZZARD OF OZZ〜血塗られた英雄伝説」 Ozzy Osbourne
  「DIFFICULT TO CURE〜治療不可」 Rainbow
  「FAIR WARNING〜厳戒令」 VAN HALEN
  「MSG〜神話」 THE MICHAEL SCHENKER GROUP


●そして1982年

 本当の意味でのN.W.O.J.H.M.は、「関西ヘヴィ・メタル東京なぐり込みギ グ」で幕を開けた。44MAGNUM、EarthShakerなど関西メタルの登場が シーンを一気に活性化させたといえる。
 そして、この「関西メタル」というネーミングこそ、業界にとって必要なキーワードだ った。いくらNew Waveと銘打ってもHeavy Metalという一種偏った形 態の音楽に対して、入り込みずらい印象はぬぐえないが、そこに「関西」というHeav y Metalとは無関係な言葉を組み合わせることで一瞬でも人に興味を持たせること に成功した。
 そして、実際、なぜか関西には多くの若く才能のあるバンドが存在したことも事実では ある。


1982.01.18



1982.02.21

1982.04.01

1982.05.21
1982.07.01
1982.07.25

1982.09.21

1982.10.21
1982.10.24


1982.10.26

JAPAN HEAVYMETAL FESTIVAL
  出演 LOUDNESSBOWWOW
     子供バンド北島健二
     シルバースターズ
「HUMAN TARGET」
   CARMEN MAKI’S 5X
「TUSK OF JAGUAR〜ジャガーの牙」
  高崎晃
「ASIAN VOLCANO」 BOWWOW
「LIVE X」 CARMEN MAKI’S 5X
「DEVIL SOLDIER〜戦慄の奇蹟」
  LOUDNESS
「WARNING FROM STARDUST」
  BOWWOW
「FUTURE FORCE」 EASTERN ORBIT
関西ヘヴィ・メタル東京なぐり込みギグ
  (新宿ロフト)
  44マグナムMARINO
「魔女伝説〜MESSIATH’S BLESSING」
  本城未沙子

■ 海外の傾向 ■
・復活のギターヒーロー
  「CORRIDORS OF POWER〜大いなる野望」 GARY MOORE
・ツインギター炸裂
  「DAWN PATROL〜緊急指令NR」 NIGHT RANGER
  「BLACK OUT〜蠍魔宮」 SCORPIONS
  「SCREAMING FOR VENGANVE〜復習の叫び」 JUDAS PRIEST
・LAメタル発生
  「Too Fast For Love」 Motley Crue


●伊藤政則氏登場

 HARDROCK狂として、コアな世界を形成していた伊藤政則氏が最も活躍したのが この時期だろう。それは、まさにN.W.O.B.H.M.にNeil Kayが存在し たように、N.W.O.J.H.M.を語るうえでなくてはならない存在である。
 伊藤政則氏のプロデュースでEarthShakerがメジャー進出をはたしたのをは じめとして、次々に関西メタルの音が公の場に登場した。


1983.01.21

1983.02.01

1983.03.21
1983.04.21
1983.05.21
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1983.08.19

1983.11.21
1983.12.16
1983.12.21
「THE LOW OF DEVIL’S LAND
  〜魔界典章」  LOUDNESS
「CARMEN MAKI’S 5X」
  CARMEN MAKI’S 5X
「13TH」 本城未沙子
「LUNATIC DOLL〜暗殺警告」 浜田麻里
「DESTRUCTION〜破壊凱旋録」 樋口宗孝
「魔天〜HARD SECTION」 X−RAY
「Earthshaker」 Earthshaker
「HOLY EXPEDITION〜聖地への回帰」
  BOWWOW
「THE CRUISER〜幻想の侵略者」
  本城未沙子
LOUDNESS
  PARADISO(Amsterdam)LIVE
「LIVE−LOUD−ALIVE」 LOUDNESS
「ROMANTIC NIGHT〜炎の誓い」 浜田麻里
「DANGER」 44マグナム

■ 海外の傾向 ■
・全米制覇への序章
  「PYROMANIA〜炎のターゲット」 DEF LEPPARD
・ニューギターヒーロー誕生
  「NO PAROLE FROM ROCK’N’ROLL」 ALCATRAZZ
・底辺拡大
  「HOLY DIVER〜情念の炎」 Dio
  「Midnight Madness」 NIGHT RANGER
  「THUNDER AND LIGHTNING」 THIN LIZZY
・トラブル発生
  「Built To Destroy〜限りなき戦い」
       THE MICHAEL SCHENKER GROUP
・スラッシュメタル誕生
  「FISTFUL OF METAL」 ANTHRAX


●混迷

 しかし、Heavy Metalは売れるという誤った認識が業界に広がるのは底辺拡 大という意味で有益ではあったが、当然その反作用として、とてもHeavy Meta lと呼べない代物にまでH.M.というレッテルを貼って売り出すという弊害をもたらし た。
 この弊害は、どのジャンルでも売れ出すと必ずおこる現象ではあるが、Heavy M etalのように、土台のしっかりしていないジャンルにとっては、致命的な害悪であっ た。Heavy Metalではないのに、そう呼ばれたミュージシャンは、Heavy  Metalの看板を背負ったまま、ただギターサウンドのあるPOPな音楽を演り続け なければならなかったし、Heavy Metalのことを知らないリスナーは、それも またHeavy Metalなのだと思って、そのての音楽との出会いをHeavy M etalとの出会いと位置付けていったのである。

 そんな状況の中でバンド活動を支えていたのがライブハウスだった。ライブハウスとい う小スペースのライブスポットが全国に存在することにより、アマチュアバンドにとって も全国ツアーを可能にした。
 そして、東の聖地ともいえるのが「新宿ロフト」(新宿西口の旧新宿ロフト)だった。 広すぎず狭すぎず最もノリやすい広さと、やや泥臭い雰囲気が当時のHeavy Met alのライブにぴったりマッチしていた。「新宿ロフト」では、伝説的なライブの数々が 繰り広げられていた。


1984.01.21



1984.02.21


1984.03.01
1984.04.01
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1984.04
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1984.07.10

1984.07.21



1984.09.25

1984.10.21
1984.10.25
1984.11.21


1984.12.05
1984.12.21

1984.12.26
「DISILLUSION〜撃剣霊化」 LOUDNESS
「TRADITION BREAKER〜伝統破壊」
  X−RAY
「TRIGGER」 本城未沙子
「BATTLE OF METAL」
   MARINORAJAS
   SEXUALHURRY SCUARY
「FUGITIVE」 Earthshaker
「Howling Will」 MAKE−UP
「TARGET」 MARINO
LOUDNESS ヨーロッパツアー
5TH JAPAN HEAVYMETAL FANTASY
GRAND METAL LIVE(大阪城野外音楽堂)
 出演 44マグナムACTION!X−RAY
     MARINOMAKE−UP本城未沙子
     BLIZARDRAJASARUOGUE
「BEAT OF METAL MOTION」
  VOWWOW
「MISTY LADY」 浜田麻里
「RAJAS」 RAJAS
「OUTSIDER」 X−RAY
「BLIZARD OF WIZARD〜暗黒の聖書」
  BLIZARD
「麗華〜TRAMPLING DOWN」 本城未沙子
「RAVEN EYES」 大谷令文
「DISILLUSION English Version」
   LOUDNESS
「STREET ROCK’N ROLLER」
  44マグナム
「STRAIGHT LINER」 MAKE−UP
「MIDNIGHT FLIGHT」 Earthshaker
「MARINO U」 MARINO
「DREAMER」 本城未沙子
「暴虐の貴公子」 ARUOGUE
「SHOUT!」 X−RAY
「KAMIKAZE KILLERS〜暗黒の警鐘」
  BLIZARD
「RAINBOW DREAM」 浜田麻里

■ 海外の傾向 ■
・全米制覇への序章
  「Love At First Sting〜禁断の刺青」 SCORPIONS
  「1984」 VAN HALEN
・名盤続々
  「Powerslave」 IRON MADEN
  「RISING FORCE」 Yngwie Malmsteen
・新星登場
  「BON JOVI」 BON JOVI
・LAメタル爆発
  「OUT OF THE CELLAR〜情欲の炎」 RATT


●世間の風当たり

 1985年1月4日、大阪キャンディホールでの事故はHeavy Metalという 聞きなれない言葉を一般誌の誌面に登場させた。44マグナムのライブで観客の将棋倒し がおこり、アルバイトの警備員が下敷きになり死亡するという事故だった。
 しかし、この事故によるメジャーへの露出は、当然のことながらHeavy Meta lへの世間一般の心象を悪くするものだった。ライブハウスにとっても、観客動員力のあ るバンドは商売になるが、事故が起きた際の責任問題を考えると安易にバンドを呼べない 状況になってしまうのだ。

 その後、44マグナム 日比谷野音でのライブに行ったところ、やはり開演と同時にス テージ前に突進するKids達で、前のほうはライブハウス状態となっていた。
 事故があったわりには、警備を強化する風でもなく通路に鉄柵もなく、ただでさえ客層 の若い44マグナムにとってリスクのある状態だった。

 この頃になると、すでに「New Wave of Japanese Heavy  Metal」という言葉は使われなくなり、単にヘビメタ、ジャパメタという蔑称のみで 語られることが多くなっていた。そして、REACTION「INSANE」がインディ ーズで1万枚以上のセールスを記録するなど、時代はメタル・インディーズへと移行しつ つあった。この流れは、この後「DEAD END」「X」へと続くのだった。


1985.01.21

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1985.12.05

1985.12.16
1985.12.21


「THUNDER IN THE EAST」
  LOUDNESS  ビルボード最高74位
LOUDNESS 米ツアー
「BORN TO BE HARD」 MAKE−UP
「Cyclone」 VOWWOW
「Actor」 44マグナム
「TURN IT UP」 RAJAS
「FROM ALL OF US,TO ALL OF YOU」
  MARINO
「ANTHEM」 ANTHEM
「INSAIN」 REACTION
「HOT SHOT!」 BLIZARD
「FORESIGHT」 本城未沙子
LOUDNESS 全米ツアー
  Motley Crueのサポート
「STRIKE BACK」 X−RAY
「ACCIDENT〜戦争」 FLAT BACKER
「PASSION」 Earthshaker
「PLAY THE GAME」 RAJAS
「HARD AND ROUGH」 MARINO
「HUMAN DOG」 X−RAY
「ROCK LEGEND OF
  BOYS AND GIRLS」  MAKE−UP
「Bule Revolution」 浜田麻里

■ 海外の傾向 ■
・世界規模でのメタル定着
  「WORLD WIDE LIVE」 SCORPIONS


●表面上の順風満帆とひとつの綻び

 ついに念願のアメリカメジャーデビューを果たしたLOUDNESSは順調にツアーを こなし、日本人として未踏の領域を突き進んでいた。それに続けとばかりに、Earth shaker、44マグナム、X−RAYは異常なスピードでアルバムをリリースしてい った。さらに、その下からは、MARINO、RAJASが単独でのフルアルバムを完成 させ、ライブハウスはどこもSoldout状態が続き、まさにN.W.O.J.H.M .は開花宣言といったところだった。
 しかし、順調に見えている中で突然、X−RAYの解散宣言が飛び出す。ひとつの綻び が起きたのだった。


1986.01.22
1986.01.26
1986.02.21
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1986.11.10
1986.11.21
「VowWow V」 VOWWOW
X−RAY 東京でのLAST LIVE(日本青年館)
「ESA〜餌」 FLAT BACKER
「SHADOWS OF WAR」 LOUDNESS
「LIVE IN 武道館」 Earthshaker
「TIGHTROPE」 ANTHEM
「DEAD LINE」 DEAD END
「OVERRUN」 Earthshaker
「LIGHTNING STRIKS」 LOUDNESS
  ビルボード初登場64位
LOUDNESS
  米西海岸ツアー
    with CINDERELLA、POISON
  東海岸ツアー AC/DCのサポート
「Hard Rock Night」 VOWWOW
「PROMISE IN THE HISTORY」 浜田麻里
LOUDNESS ヨーロッパツアー
VOWWOW ロンドンLIVE
「8186 LIVE」 LOUDNESS
「AGITATOR」 REACTION

■ 海外の傾向 ■
・スラッシュメタル拡大
  「MASTER OF PUPPETS」 METALLICA
・ポップ化
  「TRILOGY」 Yngwie Malmsteen
  「5150」 VAN HALEN
・北欧メタル
  「THE FINAL COUNTDOWN」 EUROPE


●孤軍奮闘

 陰りの見え始めたN.W.O.J.H.M.の中で、すでにベテランの域に達したLO UDNESSの孤軍奮闘が続く。結局、LOUDNESSの後に続くべき若手は急速にパ ワーを失い、これもベテランのVOWWOWがヨーロッパ進出を始めたのが、わずかな明 るい話題だった。


1987.02
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1987.12.16
VOWWOW UKツアー
「BOUND TO BREAK」 ANTHEM
「E・Z・O」 E・Z・O
「TRUE IMITATION」 REACTION
「BLIZARD」 BLIZARD
「HURRICANE EYES」 LOUDNESS
LOUDNESS アメリカツアー
「IN THE PRECIOUS AGE」 浜田麻里
「V」 VOWWOW
「GHOST OF ROMANCS」 DEAD END
「AFTER SHOCK」 Earthshaker
「HURRICANE EYES Japanese Version」
  LOUDNESS
「LOVE OR MONEY」 44マグナム

■ 海外の傾向 ■
・クロスオーバー/ミクスチャー
  「AMONG THE LIVING」 ANTHRAX
・新星登場
  「APPETITE FOR DESTRUCTION」 Guns N’Roses
  「PEACE SELLS...BUT WHO’S BUYING?」 MEGADETH
  「Keeper Of The Seven Keys PartT〜守護伝説第一章」
       HELLOWEEN
・NWOBHM最後の灯火
  「HYSTERIA」 DEF LEPPARD


●詰まった心太

 そんななか、日本のHeavy Metalに最大の衝撃が走った。1988年12月 、二井原実 LOUDNESS脱退。まったく寝耳に水だった。LOUDNESSはアル バム、ツアー全てにおいて、海外で最も成功を収めていたのだから。そしてここからLO UDNESSの活動は停滞しはじめ次第に求心力を失っていく。そして、LOUDNES Sの行き詰まりは、そのままN.W.O.J.H.M.の行き詰まりへと波及していった 。上が詰まってしまえば、その下は上に上がれない状態になってしまうのである。
 そして、いつしかEarthShakerは完全にPOP路線を走りだし、44マグナ ムにおいては、なんとダンスミュージックに移行してしまった。かつて栄華を誇ったゴリ 押しHeavy Metalにとって、メジャーへの道は閉ざされてしまったのである。


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1988.08.21
1988.11.06
1988.12.01
「REACTION」 REACTION
「VANISHING VISION」 
「GYPSY WAYS」 ANTHEM
「SHAMBARA」 DEAD END
「JEALOUSY」 LOUDNESS
「LOVE NEVER TURNS AGAINST」
  浜田麻里
「SMASH」 Earthshaker
「EMOTIONAL COLOR」 44マグナム
「Vibe」 VOWWOW
「TWIST AND SHOUT」 REACTION

■ 海外の傾向 ■
・ジャーマンメタル定着
  「SAVAGE AMUSEMENT」 SCORPIONS
  「Keeper Of The Seven Keys PartU〜守護伝説第二章」
       HELLOWEEN


●終焉

 そして、44マグナム ポールの発言。「Heavy Metalなんか、いつまでも やってる奴の気が知れない。」が、とどめを刺した。かつてGRAND METAL L IVEでステージ上から叫んだ叫び。「Heavy Metalは、お前達にかかってい るんだぜー。」この叫びは何だったのか。
 Heavy Metalとプロレスは、最も繊細なジャンルであり、否定しようとすれ ば簡単に否定できてしまう。だからこそ、1度でもHeavy Metalを愛した人間 は、たとえ演ったり聴いたりしなくなっても、公の場でHeavy Metalを否定し てはいけないはずなのに。


1989.01.21
1989.04.04
1989.04.21
1989.05.21

1989.06.07
1989.06.14
1989.09.10

1989.09.21
「Point of No Return」 中間英明
44マグナム 解散
「BLUE BLOOD」 
「HUNTING TIME」 ANTHEM
「FIRE FIRE」 E・Z・O
「Return to Myself」 浜田麻里
「TREACHERY」 Earthshaker
「SOLDIER OF FORTUNE」 LOUDNESS
  Mike Vescera(V)
「ZERO」 DEAD END

■ 海外の傾向 ■
・過渡期
  「Mr.BIG」 Mr.BIG


●次の世代へ

 結局、1980年代に栄えた日本のHeavy Metalは、起承転結の全てにおい て44マグナムに引っ張られた印象がある。LOUDNESS、VOWWOWが音楽的、 対外的な部分を支えていた事実はあるが、N.W.O.J.H.M.は、44マグナムに 始まり44マグナムに終わったといえる。
 そして、N.W.O.J.H.M.に欠けていたものは、Heavy Metalに対 する鋼鉄の信念だった。Heavy Metalほど真正面から取組まないと継続できな い音楽は少ないのではないだろうか。そのため、多くのバンドは自分達の方向性を見失い 安易な方向に流され、自滅していったといえる。
 日本において、最も鋼鉄の信念を持ち続けたのは、樋口宗孝ではないだろうか。だから こそ、LOUDNESSのオリジナルメンバーへの回帰は、決してノスタルジーではなく 新たなる宣戦布告だと信じたいのだ。
 しかし、1980年代に、N.W.O.J.H.M.というムーブメントがあったとい うことは、その後、Yoshikiなどの世代が台頭できたという面で大きな意義があっ た。短い時代ではあったが、日本におけるHeavy Metalの定着に、なくてはな らないムーブメントだったのだ。そのムーブメントを支えたバンドには、敬意を表したい。
 メジャーデビューを果たせずに散った多くのバンドも含めて...



19840802_本城未沙子 19840802_本城未沙子
19831221_EarthShaker
19831221_EarthShaker
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1983.12.21 EarthShaker 新宿ロフト
客電が落ちると、轟く雷鳴とともに「ES」のロゴが光りアコースティックギターによる 「MORE」のイントロが流れだす。そして、メンバー登場。「MORE」の演奏が始ま る。伝説の新宿ロフトLIVEの幕開けだ。

 西田”MARCY”昌史(v)、石原”SHARA”慎一郎(g)、
 甲斐”KAI”貴之(b)、工藤”KUDO”義弘(d)

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19840122_EarthShaker
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1984.01.22 EarthShaker 新宿ロフト
ライブハウスはチケットの番号順に入場のため、なるべく早く前売りを買う。まあまあの 位置をキープ。
そして、MARCYが叫ぶ。「渋谷公会堂でのワンマンコンサートが決まったぜ。ライブ ハウスでは見れへん俺のセクシーな爪先まで、全部見られるからなー。」
なんとしてでも渋公に馳せ参じなければ。爪先はどうでもいいけど。

19840224_浜田麻里
19840224_浜田麻里
19840224_浜田麻里

1984.02.24 浜田麻里 千葉ダンシングマザーズ
浜田麻里ほどのメジャーな人が、よく千葉ダンシングマザーズに来てくれたものだ。本来 、ホールでなければ見られないLIVEを3m位の近さで見られる幸せ。バックバンドの AXは、原田ジュン(d)、盛山キンタ(b)の元5Xコンビに、杉原尋(g 後に子供ば んど加入)と豪華な顔ぶれ。
但し、千葉ダンシングマザーズはステージが低く、しかもステージ前の天井に梁があるた め、とても見づらい。

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1984.06.02 EarthShaker 千葉ダンシングマザーズ
サル頭のMARCYがカワイイ。でも、この髪型は評判悪かったのか、すぐやめてしまっ た。

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1984.06.29 EarthShaker 横浜シェルガーデン
横浜シェルガーデンは間口が広く、近くで見やすいのだが、その分、フロアーの人口密度 が下がり、なんとなくノリが悪くなる。アンコールもみんなの声がでないためMarcy が苦言を呈しながらも、とりあえず演奏。

19840701_EarthShaker
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1984.07.01 EarthShaker 新宿ロフト
おとといの横浜シェルガーデンと同じ構成でも、新宿ロフトだと、すごい盛り上り。
この日は、スピーカーの真下にいた為、拳を振り上げすぎるとスピーカーを殴ってしまっ た。終演後は激しい耳キンに。

19840722_SNIPER
19840722_SNIPER

1984.07.22 SNIPER 新宿ロフト
RAJASと対バンのSNIPER。ほとんどのお客がRAJAS目当てなのだが、意外 と盛り上がった。次は俺たちだ、という意気込みがあった。

 北尾”KINNY”茂久(v)、日下部”BURNY”正則(g)、
 村瀬”ROMMY”呂美(b)、伊藤”SHUNJI”俊治(d)

19840722_RAJAS
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1984.07.22 RAJAS 新宿ロフト
Cool Joe(後にDEAD END結成)在籍時のRAJAS。さすがに、存在感 がある。

  森川”Sen”邦子(v)、後藤昭博(g)、山本好一(g)、福村高志(d)、
  増本”Crazy Cool Joe”正志(b)

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1984.08.02 本城未沙子 新宿ロフト
前座を務めた横関”Jet Finger”敦がそのまま本城未沙子のバックバンドに。 すっかりポップになってしまったヘヴィメタ・クイーンがそこに居た。初めて椅子のセッ トしてある新宿ロフトを体験。





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