精度については努力していますが、正確な事実関係については自己責任でお確かめ下さるようお願いいたします。より正確な事実関係や詳しい情報がありましたらお知らせ下さい。なお、整理の関係で掲載順は「ニュースと情報の発生」の時系列に沿わない場合があります。乞御海容。 最終更新日2007/10/10
No. 本頁掲載日 内容 情報源 001 2006.01.28 大日岳遭難事故裁判結審 判決は4月26日 最終準備書面陳述
2006年1月11日、大日岳遭難事故裁判は、原告と被告が最終準備書面を陳述し結審した。判決は2006年4月26日に富山地方裁判所で言い渡される予定である。
なお、原告最終準備書面はHP「大日岳遭難事故を考える」で公開されている。
2006.01.11
インターネットKNB
2006.01.12
山のニュース@岳人
002 2006.01.28 3460万円賠償命令 高校生ボート競技大会事故 引率教諭の過失認定 札幌地裁
2005年11月25日、札幌地裁(笠井勝彦裁判長)は、2001年9月、ボート競技大会でボ二人乗りのボートで同級生と練習中、突風と高い横波を受けてボートが転覆し、高校生1人が水死した事故で、引率教諭に過失 (安全配慮義務違反)があったことを認め、北海道に三千四百六十万円を支払うよう命じた(請求額は約4700万円)。
笠井裁判長は判決理由で「(引率教諭が)危険性を知らせ、監視義務を尽くしていれば事故は発生しなかった」と述べた。
北海道新聞によると、原告と被告主張は以下のようだったようである。
原告
・事故当時は天候が悪化して風が強かったのに、適切な指示をしなかった。
・転覆に気付かず適切な救助活動ができなかった。
・救命具の着用を指導しなかった−として安全配慮義務を怠った。
被告
・予測不可能な想像を絶した猛烈な突風がもたらした事故で、引率教諭らに過失はない。
2005/11/25
北海道新聞
003 2006.02.15 サッカー大会試合中の落雷事故訴訟 最高裁小法廷 判決は3月13日
2005年2月13日、最高裁第二小法廷(中川了滋裁判長で、サッカー大会の試合中に落雷によって重度の障害を負った高校年生 (現在25才)と家族が、高校や体育協会に約3億円の損害賠償を求めた訴訟の上告審の弁論が開かれた。
一審は「引率教諭らが落雷を予見するのは不可能だった」、控訴審は「指導者のほとんどが落雷の危険性を全くあるいはほとんど感じていなかった」としてどちらも請求を棄却していた。
高知新聞HPによると
法廷で、北村さん側は「事故当時、落雷事故を防止する科学的な知見は国内で定着し、啓発文献も豊富で誰でも容易に習得できる状況だった。生徒を管理する教諭が習得を怠ることは許されず、学校側も教諭に習得させる義務があった」と、落雷事故は学校などの怠慢が引き起こした人災と主張。光寿さんの母、みずほさん(53)も「教育者の無知が免責理由とされる判決は納得できない。これでは同じ被害はなくならない」と訴えた。
これに対し、土佐高側は「事故当時は誰も落雷の危険を感じていなかった」とし、「仮に危険があっても(試合の中止など)危険解消の義務を負うのは大会の主催者であり、引率教諭に義務違反はなかった」との書面を提出。体育協会側も「大会の主催者は体育協会ではなく、(高槻市)サッカー連盟だ」との書面を提出し、いずれも事故の責任はないとした。
最高裁が上告を受理したということは一審と控訴審の判決がくつがえる確率がかなり高いことを意味する。
最高裁判決は3月13日に言い渡される。
2006/2/15
高知新聞
004 2006.03.03 日本フリークライミング協会 クライミング事故から身を守るために 安全BOOK
2006年3月1日、日本フリークライミング協会は「クライミング事故から身を守るために」というフリークライミングの安全BOOKが刊行された。
掲載されている事故例は貴重なデータである。クライミングを行なっている方はもちろん、これからはじめようと思っている方もぜひ読んでいただきたいと思う。クライミングの過去の事故例を把握しておくことが、必ず、明日からのクライミングの安全性の向上につながるのである。
なお、この安全BOOKは無料配付版である。クライミングジムなどで無料で配付されている。
2006.03.01 005 2006.03.14 最高裁 落雷は予見可能と判断 原審判決を破棄 サッカー試合中の落雷事故
2006年3月13日、最高裁第第二小法廷で、「高等学校の生徒が課外のクラブ活動としてのサッカーの試合中に落雷により負傷した事故について引率者兼監督の教諭に落雷事故発生の危険が迫っていることを予見すべき注意義務の違反があるか、否か」が争われた損害賠償請求訴訟の最高裁判決があった。
最高裁判所(中川了滋裁判長)は、事故は予見可能だったとして、原判決のうち被上告人らに関する部分を破棄し,本件を高松高等裁判所に差し戻す判決を言い渡した。
以下、最高裁判所HPに掲載された判決文「平成18年03月13日 第二小法廷判決 平成17年(受)第76号 損害賠償請求事件」から引用する。
事実関係
(1) 上告人X1は,平成8年当時,被上告学校との間の在学契約に基づきA高校に1年生として在籍し,同校サッカー部に所属していた。
(2) 被上告学校は,A高校の設置者であるが,課外のクラブ活動の一環として,平成8年8月12日から同月15日まで,屋外の施設である高槻市南大樋運動広場(以下「本件運動広場」という。)等で開催される第10回Dと称するサッカー競技大会(以下「本件大会」という。)に,同校サッカー部を参加させ,その引率者兼監督をB教諭とした。
(3) 被上告協会は,大阪府教育委員会の認可を受けて設立されたスポーツ振興等を主な目的とする財団法人であるが,その加盟団体であり権利能力なき社団であるC連盟(以下「C連盟」という。)に,D実行委員会(以下「本件実行委員会」という。)を設置させて,本件大会を開催した。本件運動広場は,その管理者である高槻市から被上告協会が貸与を受けていた。本件大会のパンフレットには,主催者として「財団法人Y2協会C連盟」という名称が記載されていた。
(4) A高校の第1試合が開始された平成8年8月13日午後1時50分ころには,本件運動広場の上空には雷雲が現れ,小雨が降り始め,時々遠雷が聞こえるような状態であった。上記試合が終了した同日午後2時55分ころからは,上空に暗雲が立ち込めて暗くなり,ラインの確認が困難なほどの豪雨が降り続いた。同日午後3時15分ころには,大阪管区気象台から雷注意報が発令されたが,本件大会の関係者らは,このことを知らなかった。同日午後4時30分の直前ころには,雨がやみ,上空の大部分は明るくなりつつあったが,本件運動広場の南西方向の上空には黒く固まった暗雲が立ち込め,雷鳴が聞こえ,雲の間で放電が起きるのが目撃された。雷鳴は大きな音ではなく,遠くの空で発生したものと考えられる程度ではあった。
(5) B教諭は,稲光の4,5秒後に雷の音が聞こえる状況になれば雷が近くなっているものの,それ以上間隔が空いているときには落雷の可能性はほとんどないと認識していたため,同日午後4時30分の直前ころには落雷事故発生の可能性があるとは考えていなかった。
(6) A高校の第2試合は,同日午後4時30分ころ,上記気象状況の下で,本件運動広場のBコートで開始され,同校サッカー部員がこれに参加していたところ,同日午後4時35分ころ,上告人X1に落雷があり,同上告人はその場に倒れた(以下,この落雷事故を「本件落雷事故」という。)。
(7) 上告人X1は,E救命救急センターに救急車で搬送され,以後,同センター,F病院及びG病院で治療を受けたが,同上告人には,視力障害,両下肢機能の全廃,両上肢機能の著しい障害等の後遺障害が残った。
(8) 落雷による死傷事故は,全国で,平成5年に5件(うち3人死亡),平成6年に11件(うち4人死亡),平成7年に10件(うち6人死亡)発生している。
(9) 落雷の研究における我が国の第一人者とされるH元埼玉大学工学部教授が編集委員長となっている日本大気電気学会編の「雷から身を守るには−安全対策Q&A−」(平成3年刊行)には,「雷の発生,接近は,人間の五感で判断する,ラジオ,無線機を利用する,雷注意報などの気象情報に注目する等の方法があります。しかし,どの方法でも,正確な予測は困難ですから,早めに,安全な場所(建物,自動車,バス,列車等の内部)に移っていることが有効な避雷法です。」,「運動場等に居て,雷鳴が聞こえるとき,入道雲がモクモク発達するとき,頭上に厚い雲が広がるときは,直ちに屋内に避難します。雷鳴は遠くかすかでも危険信号ですから,時を移さず,屋内に避難します。」との記載があった。これと同趣旨の落雷事故を予防するための注意に関する文献上の記載は,平成8年までに,多く存在しており,例えば,I(気象庁長期予報課勤務)著の「夏のお天気」(昭和61年刊行)には,「雷鳴の聞こえる範囲は,せいぜい20?です。雷鳴が聞こえたら,雷雲が頭上に近いと思った方が良いでしょう。また落雷は雨の降り出す前や小やみのときにも多いことが分かっています。遠くで雷鳴が聞こえたら,すぐに避難し,雨がやんでもすぐに屋外に出ないことが大切です。」との記載が存在し,また,J(東京学芸大学附属小金井小学校副校長)編の「理科室が火事だ!どうする?」(平成2年刊行)には,「遠くで『ゴロゴロッ』と鳴り出したら,もう危険が迫っているわけですから,早めに避難するようにしましょう。」との記載が存在するなどしていた(以下,上記各記載を併せて「本件各記載」という。)。
原審の判断
原審は,上記の事実関係の下において,次のとおり判断して,被上告学校の損害賠償責任を否定した。
A高校の第2試合の開始直前ころには,遠雷が聞こえており,かつ,本件運動広場の南西方向の上空には暗雲が立ち込めていたのであるから,自然科学的な見地からいえば,B教諭は,落雷の予兆があるものとして,上記試合を直ちに中止させて,同校サッカー部員を安全な空間に避難させるべきであったということになる。しかし,社会通念上,遠雷が聞こえていることなどから直ちに一切の社会的な活動を中止又は中断すべきことが当然に要請されているとまではいえないところ,平均的なスポーツ指導者においても,落雷事故発生の危険性の認識は薄く,雨がやみ,空が明るくなり,雷鳴が遠のくにつれ,落雷事故発生の危険性は減弱するとの認識が一般的なものであったと考えられるから,平均的なスポーツ指導者がA高校の第2試合の開始直前ころに落雷事故発生の具体的危険性を認識することが可能であったとはいえない。そうすると,B教諭においても,上記時点で落雷事故発生を予見することが可能であったとはいえず,また,これを予見すべきであったということもできない。したがって,B教諭が安全配慮義務を尽くさなかったということはできないから,被上告学校に債務不履行責任又は不法行為責任があるということはできない。原審の判断に対する最高裁判所の判断
原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
教育活動の一環として行われる学校の課外のクラブ活動においては,生徒は担当教諭の指導監督に従って行動するのであるから,担当教諭は,できる限り生徒の安全にかかわる事故の危険性を具体的に予見し,その予見に基づいて当該事故の発生を未然に防止する措置を執り,クラブ活動中の生徒を保護すべき注意義務を負うものというべきである。
前記事実関係によれば,落雷による死傷事故は,平成5年から平成7年までに全国で毎年5〜11件発生し,毎年3〜6人が死亡しており,また,落雷事故を予防するための注意に関しては,平成8年までに,本件各記載等の文献上の記載が多く存在していたというのである。
そして,更に前記事実関係によれば,A高校の第2試合の開始直前ころには,本件運動広場の南西方向の上空には黒く固まった暗雲が立ち込め,雷鳴が聞こえ,雲の間で放電が起きるのが目撃されていたというのである。そうすると,上記雷鳴が大きな音ではなかったとしても,同校サッカー部の引率者兼監督であったB教諭としては,上記時点ころまでには落雷事故発生の危険が迫っていることを具体的に予見することが可能であったというべきであり,また,予見すべき注意義務を怠ったものというべきである。
このことは,たとえ平均的なスポーツ指導者において,落雷事故発生の危険性の認識が薄く,雨がやみ,空が明るくなり,雷鳴が遠のくにつれ,落雷事故発生の危険性は減弱するとの認識が一般的なものであったとしても左右されるものではない。なぜなら,上記のような認識は,平成8年までに多く存在していた落雷事故を予防するための注意に関する本件各記載等の内容と相いれないものであり,当時の科学的知見に反するものであって,その指導監督に従って行動する生徒を保護すべきクラブ活動の担当教諭の注意義務を免れさせる事情とはなり得ないからである。
これと異なる見解に立って,B教諭においてA高校の第2試合の開始直前ころに落雷事故発生を予見することが可能であったとはいえないなどとして,被上告学校の損害賠償責任を否定した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由がある。
最高裁判所の結論
以上によれば,原判決のうち被上告人らに関する部分は破棄を免れない。そして,本件については,A高校の第2試合の開始直前ころまでに,B教諭が落雷事故発生の危険を具体的に予見していたとすれば,どのような措置を執ることができたか,同教諭がその措置を執っていたとすれば,本件落雷事故の発生を回避することができたか,被上告協会が本件大会の主催者であると推認するのが相当といえない特段の事情があったかなどについて,更に審理を尽くさせるため,上記部分につき,本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 滝井繁男 裁判官 津野 修 裁判官 今井 功 裁判官 古田佑紀)
なお、判決文の全文はここです。最高裁判所HP
2006.3.14
006 2006.04.17 屋久島沢登りツアー死亡事故事件 ガイドに有罪判決 禁固3年、執行猶予5年
2006年2月8日、鹿児島地裁は、屋久町の鯛之川で、沢登り中に、ツアー客の男女4人を死傷させたとして業務上過失致死傷罪に問われた熊本市の元山岳ガイドの男性に禁固3年、執行猶予5年(求刑・禁固3年)を言い渡した。
以下は判決文の引用です。
「山岳ガイドとして,ツアーに参加する者の生命を預かる立場にある被告人としては,渡渉の最中に,何らかのトラブルが発生し,渡渉に通常より時間がかかっても,最悪の事態だけは避けられるように,安全かつ慎重な方策を採るべきである。屋久島は峡谷が急峻であり,降った雨が岩盤質の地盤に染み込むことなく一気に河川に流入し,短時間のうちに鉄砲水が発生することで知られているから,特に慎重さが求められる。被告人は,鉄砲水の予兆を察知しながら,まだ2時間程度の余裕があると考えたのであるが,そのような予測も確実なものであったとはいえない。以上からすれば,増水した河川の渡渉を決行した被告人の判断は,山岳ガイドとしての注意義務に違反する軽率なものであったといわざるを得ない。」
2006/02/08
毎日新聞
007 2006.04.17 奥入瀬渓流遊歩道の落木事故判決 国と県に総額約1億4800万円の支払い命令
2006年4月7日、東京地裁は、2003年に十和田八幡平国立公園の奥入瀬渓流遊歩道付近で、地上10メートルから落下した国有林のブナの枯れ枝(長さ約7メートル、直径18―41センチ)の直撃を受けた女性が、両下肢完全麻痺などの後遺障害を負った落枝事故についての国家賠償訴訟の判決があった。
裁判長は、国と県の法的責任を認定し、総額約一億四千八百万円の支払いを命じた。
事故は奥入瀬渓流遊歩道付近で発生した。。
判決の要旨は、デーリー東北新聞社HPの「更新岐路に立つ国立公園 」にあります。こちらからどうぞ。
裁判所は、被害救済を、まず、第一に、考えたのだと思います。それは、とても大事なことだと感じます。一方、判決の影響もまたとても大きいように感じます。
無過失でも被害が発生したら保証する制度の創設を真剣に考えるべきではないでしょうか。
あるいは、入山者には万一の場合に数億円程度の保険金が出るような保険への加入を義務付けるとか。
無理でしょうか?
2006/04/08
デーリー東北新聞社HP
008 2006.04.26 富山地方裁判所 国に1億6700万円の支払い命令 大日岳遭難事故訴訟
2006年4月26日、富山地方裁判所で、2000年3月に旧文部省登山研修所の大日岳研修会に参加した大学生2人が大日岳山頂付近で吹き溜まりの崩落によって遭難した事故について、遺族が国に約2億800万円の損害賠償を求めた訴訟の判決があった。
永野圧彦裁判長(佐藤真弘裁判長代読)は引率講師と国の法的過失を認め、国に約1億6700万円の支払いを命じた。
2006/4/26の産経WEBによると、「永野裁判長は判決理由で『講師らのルートおよび休憩場所の選定判断に過失がある』と指摘した。」とのことです。
永野裁判長、 大日岳に限定して『講師らのルートおよび休憩場所の選定判断に過失がある』としたのか、そうでないのか、は、明日からの積雪期登山にとって重大と思います。
明日になれば、たぶん、最高裁のHPに判決文が掲載されると思います。
2006/04/26
読売
2006/4/26
産経WEB
009 2006.04.26 大日岳遭難事故訴訟の判決要旨
中国新聞HP(2006.04.26)に大日岳遭難事故訴訟の判決要旨が掲載されていましたので、以下に引用します。
▽安全確保義務
研修生らは2000年3月3日、講師10人らの指導のもと、実技研修として4泊5日の日程で大日岳への入山を開始。3日目に山頂手前の標高2、370メートルのピークに達した。講師らは山頂付近の雪庇(せっぴ)の大きさを10メートル程度と推測し雪庇全体を回避する登高ルートを選び、山頂付近に達した。
講師らは冬山登山に関する十分な知識と経験を有し、主任講師は日本有数の登山家だった。一方、研修生らには冬山登山の経験が全くないなど技術および知識が未熟な者もいた。講師らは、研修生の生命身体に対する安全を確保すべき注意義務を負っていた。
▽雪庇への対応
雪庇は稜線(りょうせん)の風下側にできる雪の吹きだまりの一種。本件事故当時の登山界において、雪庇の吹きだまり部分は、先端部分に比べれば、かなり低いものの崩落する危険性があり、先端部分との区別ができずに誤って先端部分に進入する危険性があるとされていた。
研修会の性格も考慮すれば、講師らは危険を回避するため、吹きだまり部分にも進入しないよう、登高ルートと休憩場所を選定すべき注意義務を負っていた。
本件雪庇は、崩落した部分の長さは約15メートル、全体の大きさは約40メートル以上と推測される。北アルプス北部は比較的大きな雪庇が発達するとされ、約55年の登山経験を有する地元登山家は、冬には全体の大きさが25メートル程度の雪庇が形成されるだろうと認識していた。
本件雪庇は特殊な気象条件で巨大となり、本件事故後に同規模の雪庇は確認されていないことから、事故当時においては大きさを正確に予見することは不可能だった。
しかし、山頂付近では25メートル程度の雪庇が形成されることを把握するのは十分可能だった。
▽講師らの過失
講師らは、山頂付近の雪庇の規模を10メートル程度と推測した上で、登高ルートおよび休憩場所の選定を行ったが、本件雪庇全体の大きさが25メートル程度あると予見することが可能だった。講師らの登高ルートと休憩場所の選定に過失がある。
研修生らが本件雪庇の上に進入すること自体は回避できなかったことになるが、少なくとも(25メートル程度と予見していれば、崩落した)先端から約15メートルの部分を越えて(先端の方向へ)進入することはなかったというべきである。
雪庇の崩落自体は発生したことになるが、研修生らが転落することはなかったから、事故の発生は回避できた。
よって、講師らの過失と本件事故発生との間に相当因果関係がある。
2006/04./26
中国新聞HP
010 2006.05.24 大日岳遭難事故訴訟 控訴 2006.05.02
2006年5月2日、大日岳遭難事故訴訟において、国は、研修会の講師らの過失を認めた判決を不服として控訴。
文部科学省の報道発表は以下に。
北アルプス大日岳遭難事故訴訟について(2006年5月2日)
ご遺族の声明 、「国の控訴に抗議の声明を発表」、は以下に。
http://www.geocities.jp/sa9zi2005/060509seimei.html
控訴審で、より精度の高い審理がなされ、より良い解決がなされることを。
2006/05/03
毎日新聞
011 2006.05.24 登山ツアー行方不明事故裁判 ガイドの案内放棄が原因とツアー会社を提訴
2006年5月11日、長電バス(長野市)が企画した中央アルプス・木曽駒ケ岳の登山ツアーに参加した男性が2003年7月23日に行方不明になったのは、ガイドが雨具を忘れたため案内をしなかったことが原因であるとして、男性のご家族は、ツアーを企画したバス会社などを相手取り、約5200万円の損害賠償を求める訴えを長野地裁に起こした。
2006/05/11付けの毎日新聞によると
「訴状などによると、男性はに参加。男性は3000メートル級の登山をした経験はなかったが、添乗員が同行するので安心と考えて参加した。当日は雨で、ガイドが雨具を忘れたため案内をせずに自由行動になった。男性は登山をしたが戻って来ず、行方不明になったという。「ガイドは自分で引率できないのなら中止すべきだった」と主張している。・・・」訴状を読んでみる必要がありそうです。毎日新聞によると、第一回口頭弁論期日は、5/17とのことなので、かなり迅速に判決にいたる可能性があるように思いました。
2006/05/11
毎日新聞
012 2006.06.05 エベレスト公募登山ツアー事故 遺族が提訴 イギリス
『山と渓谷』2006年5月号によると、1999年にエベレストでツアー参加者が下山中に滑落して遭難したのは、ガイドの責任であるとして、遺族が告訴したようだ。三人のガイドが、2006年6月6日にロンドンの中央刑事裁判所に召喚されるとのことである。
2006/04/15
『山と渓谷』2006年5月号
013 2006.07.02 『岳人』7月号と『山と渓谷』7月号 大日岳遭難事故訴訟の判決関連記事掲載
2006年6月15日に発売された『岳人』7月号と『山と渓谷』7月号に、2006年4月26日に富山地方裁判所で言い渡された大日岳遭難事故訴訟の判決についての特集が掲載された。
端的にいうと以下のような印象を受けました。
『岳人』→原告側の視点から、裁判にいたらざるを得なかった事情や判決の妥当性を解説を試みている。
『山と渓谷』→客観的な立場から、事故、裁判、判決などについての解説を試みている。
管理人は、基本的に、『岳人』に多くの異論と疑問を持ちました。これらはBlog「大日岳事故とその法的責任を考える」で開示しています。一方、ネット上には、『岳人』と同意見を明示する方もいらっしゃいます。よって、たとえば、Blog「いつか晴れた日に」と読みくらべ、各自、御判断くだされば、と考えます。
2006/07/02
『山と渓谷』2006年7月号
『岳人』2006年7月号
014 2006.07.02 学校登山中の中学生落石事故 調停申立て 原因調査と慰謝料の支払いを求め
信濃毎日新聞HP(2006/06/30)によると:
2006年6月29日、学校登山中の落石事故(2005年10月発生)で頭に重傷を負った中学生の両親が、市に対して、原因調査と慰謝料の支払いを求めて松本簡易裁判所に調停を申し立てたことが分かった。
請求されている慰謝料には、「死にもつながる危険があった」ので、生徒が感じた死の恐怖に対する相当額の慰謝料も含まれているようだ。
2006/06/30
信濃毎日新聞
015 2006.07.21 高校山岳部 部活の休憩中の水難事故 顧問教諭の法的過失認定 静岡地裁
2006年7月19日、静岡地裁(男沢聡子裁判官)で、富士高校山岳部の2年生の男子部員(当時16歳)が、2002年6月16日に、富士川での部活動(クライミングの練習)の昼食後の休憩中に、引率教諭の許可を得て川を泳いで流され死亡したのは、引率教師2人の注意義務違反が原因として、両親が県に計約6245万円の損害賠償を求めた訴訟の判決があった。
裁判所は、引率教諭2人は「急流で遊泳することによる危険性を予見できたのに、すぐに救助できる場所で監視、待機すべき注意義務に違反した」「具体的な注意も指示も与えずに部員を自由に泳がせていた。おぼれ始めたときはすぐに救助できる状況になく、過失があった」として、県に1540万円の支払いを命じた。
賠償の認定額が6245万円ではなく1540万円となったのは、「泳がない決断も十分に可能だった」として原告側の過失も認め、過失相殺がなされたためと思われる。
なお、16年9月、静岡地検は、業務上過失致死の疑いで書類送検された教諭2人を嫌疑不十分で不起訴処分にしている。
2006/07/19
読売新聞
産経新聞
東京新聞
016 2006.07.23 高校サッカー落雷事故 差し戻し審始まる 高松高裁
2006年7月18日、高松高裁で、高校のサッカー大会の試合で落雷を受けた男性(現在20代)らが、学校と主催者側に約3億円の損害賠償を求めた訴訟の差し戻し審第1回口頭弁論が開かれた。
最高裁判所は、今年3月に、この男性らの請求を棄却した2審高松高裁判決を、「引率教諭は落雷を予見できた」と判断して破棄し、審理を高裁に差し戻していた。
法的過失が成立するためには、すでに何度かご説明したように、予見可能性と結果回避可能性の両方が必要。
最高裁が、法的過失成立のための2要件のうちの予見可能性について、「予見可能性あり」としたので、法的過失についての争点は、結果回避が可能だったかどうか、だけということになる。
雷が落ちることがあらかじめわかっていたとして落雷を避ける方法はあったか、ということになると、 答えはYes。なぜならグラウンドから避雷針のある屋内に避難すればいいだけであるから。
よって、「結果回避可能性は存在した。にもかかわららず、結果回避義務を怠った」ということにならざるをえません。したがって、以下の原告主張に、「落雷は予見できたのですが、結果回避の方法はありませんでした」と、法的な反論することは無理と思われる。
「雷に関する科学的知見は事故当時、誰でも習得可能で、事故は回避できたことは明らか」(津田玄児弁護団長, 7月19日付毎日新聞)「教諭に落雷についての一般的な知識があれば(事故は)回避できた」(7月18日付四国新聞)
かくて、今後の争点は、「賠償金はどれくらいが相応か」と「賠償金の負担割合をどうするか」という点になると思われる。
これらの争点について、学校側は「試合中止の権限は主催者と審判にあり、教諭が選手を避難させることは不可能だった」(7月18日付四国新聞)と主張し、一方、「市体育協会は、この日は態度を保留した」(7月19日付毎日新聞)とのことである。
2006年7月19日付のasahi.comは、このあたりの様子について、以下のように報じた。
http://mytown.asahi.com/kochi/news.php?k_id=40000000607190002
最高裁は3月、北村さんらの訴えを棄却した二審判決を破棄し、「引率教諭は落雷の危険が迫っていることを具体的に予見することが可能で、その注意義務を怠った」と認定。また、一、二審が大会の主催者でないとした市体協も責任を負うべきだとして、高裁で審理を尽くすよう差し戻していた。
この日の口頭弁論で北村さん側の弁護士は、教諭が落雷の結果を避けることができたことをより具体的に立証していくとした。北村さん自身もキーボードを操作し、パソコンの音声で「こんにちは。きたむらみつとしです」と陳述した。
一方、学校側の代理人は「試合の中止・中断の決定権は教諭でなく、主催者にあった」とする準備書面を提出した。また法廷後の進行協議で、市体協側が、最高裁判決が市体協の具体的な責任を指摘していないことを挙げたため、北村さん側は今後の審理で体協が負うべき責任の中身を明らかにしていく方針。
次回の口頭弁論は10月18日。
2006/7/18
四国新聞
2006/7/19
毎日新聞
asahi.com
017 2006.10.01 大日岳遭難事故訴訟控訴審 もう一度進行協議日決定 名古屋高裁金沢支部
2006年9月29日、大日岳遭難事故訴訟控訴審の進行協議期日が名古屋高裁金沢支部(裁判長)であった。
毎日新聞HPに掲載された毎日新聞2006.9.30付け記事の抜粋を以下に引用します。
「・・・遺族側弁護団によると、進行協議では国側は証人申請を行う意向を示したという。一方、遺族側は「審理は1審で尽くされており、新たに証拠調べをする必要はない」として控訴棄却を求めている。
進行協議終了後、金沢市内で会見を開いた原告で、亡くなった東京都立大(現・首都大学東京)2年だった内藤三恭司さん(当時22歳)の父悟さん(57)=横浜市=は「時間がかかるほど裁判は国に有利となり、我々にとっては苦しくなる。多くの人が裁判(の行方)に注目しているという重圧を裁判所にかけていきたい」と話した。
遺族らはこの日、JR金沢駅前で支援者と共に控訴審支援を訴えるチラシを配布。28日までに同支部に対し、公正な裁判を求める署名約7万9000筆を提出している。【八田浩輔】」
国側は2名の証人申請をしたようです。
管理人は、Blog「大日岳事故とその法的責任を考える」で、再三指摘してきたように、弁護団の主張に不同意です。
なぜなら、一審判決の採用した証拠と論理には、複数の重大な疑問があると判断するからです。よって、「審理は1審で尽くされておらず、新たな証拠調べと共に、すでに提出された証拠の証拠能力について精査する必要がある」と思います。
我が国の今後の積雪期登山のためには、控訴審において、より精密な審理が行われ、公正かつ適切な結果が導かれる必要があります。
2006/9/30
毎日新聞
2007ニュース 01 2007.10.10 2007年07月26日 大日岳遭難訴訟 和解成立
2007年7月26日、大日岳遭難訴訟の和解が成立しました。
和解内容は以下のようです。(1)国が遺族に一審判決が認めた賠償額と同額の和解金を支払う
(2)冬山研修の安全対策に関する検討会を設置する。
(3)和解条項とは別に、国が遺族に謝罪する。和解内容は、非公開でなければ、近々にも、明らかになるでしょう。
なお、今回の和解の態様が、引率登山に甚大な影響を与える事は必至です。
判例時報に掲載されている一審判決をぜひ御熟読下さい。blog『大日岳事故とその法的責任を考える』は資料として、当分、このまま残しておく事にします。
なお、同Blogで述べて来た「中山証人と重野証人は間違っている」という主張は従前のままです。2007/7/26
blog『大日岳事故とその法的責任を考える』
02 2007.10.10 登山ガイド 業務上過失致死容疑で立件の可能性 白馬岳遭難
2007.10.4付けの信濃毎日新聞によると:
「北アルプス白馬岳(2、932メートル)で昨年10月に九州からの7人パーティーが遭難し女性4人が死亡した事故で、大町署は2、3日、引率した福岡県大牟田市の登山ガイドの男性(49)を伴い、遭難現場を実況見分した。同署は、業務上過失致死容疑での立件も視野に調べを進めている。男性ガイドは3日、取材に対し「自分も、どうしてこうなった(遭難した)のか分からない」と述べた。
・・・・・
男性ガイドについて、山岳関係者などからは天候の悪化が予想される中で、登山を決行した判断を疑問視する声もある。大町署はこれまでに、生還したメンバーらから遭難時の様子など聴いており、さらに複数の関係者から話を聴き、ガイドの天候判断が妥当だったかなどを調べる。同署は「立件の判断は年明け以降になる」としている。」
ここ数年、登山事故は、昔とは異なって、犯罪の嫌疑ありとして捜査される傾向が強くなっています。特に、営利引率型で死亡事故となれば、当然に、業務上過失致死罪の嫌疑が発生してしまいます。
お金をもらって、継続的に、他人の生命・身体にかかわるガイドをしているので、仲間同士で助け合って登る形態よりも、はるかに高い注意義務が課せられている、と考えられているからです。
私見を述べれば、年明けには、検察庁に書類送検される可能性を否定できないと思います。その後は、検察官が、起訴・起訴猶予・嫌疑不十分、嫌疑なしのどれかを選択します。
もし起訴されるとどうなるでしょうか。日本の場合は、起訴された事件の有罪率は99.9パーセントです。もちろん、過去の事件の有罪率を、未来の事件の有罪確率に直接摘用できないのは明らかです。しかし、未来を予測する上で、考慮が必要なファクターであることは紛れのない事実です。
2007/10/4
信濃毎日
最近、かなり忙しく、本ニュースの更新かなり不定期にならざるをえません。ご海容ください。2007.10.10記