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現場から見た翻訳業界の実態、翻訳方法論、翻訳者の目から見た日本の英語教育の破綻と改善提案、用語集。英語(外国語一般)を学ぶにあたり、「英語でものを考える」ことの重要性、否、不可欠性、など。(兼メルマガ/ML登録/解除/バックナンバーのページ)
このサイトは元々私の個人的なサイトの一部としてスタートし、そちらの方が「なんでも有り」風になってきたため独立させたもの。その後本年(2000年)1月に「翻訳者のためのメーリングリスト(和→英専科)」、また4月に「翻訳者のためのメールマガジン(和->英専科)」を発刊するに至り、その紹介、登録、解除ページの様相を呈し、特に4月以降はサイトの内容を更新、加筆(含む削除)したものを上記メルマガに掲載するパターンとなったため、これに係るサイト内容は更新してません。今後どうするかはまだ決めてませんが、メルマガが継続する間は、おそらく現状のままとなると思われるので、下の「メルマガのメインのコーナー」で興味のある内容がある場合は、表中の番号をクリックしてバックナンバーをご覧ください。なお、メルマガはメインのコーナーの他、用語集コーナー(不定期)、某大和英辞典の改訂コーナーその他で構成されています。(1999年5月29日)
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履歴/取引先 ・ 業務内容
「翻訳者のためのメーリングリスト(和→英専門)」2000年1月16日発足
■メーリング・リスト(mailing list)とは、メンバーの一人が「投稿」したメールが他のメンバー全員に配信されるもの。話題(スレッドthread)に誰でも参加し、好き(勝手?)なコメント(「レス」)をつけられるもの。月間の投稿量その他は上記「グループ情報のページ」でご覧になれます。
翻訳者のためのメールマガジン(和->英専科)TranslatorsJ->E
日本の英語教育の問題点にも関連して取り扱いたいと思います。
Web上の辞書・用語集に関しては友人が膨大なリンクページを運営しているので、そちらを参照されたい。わが国最大の辞書・用語集リンクページとなると思われる。GO
国別データ。日本人が言うところの外国の「州」とか「県」はstate/province/departmentでいいかげん。どれが正しいかは国別データを見るしかない。CD-Rom版のWeb版。和->英やるなら絶対必要。
JETRO Japanese Home Page (http://www.jetro.go.jp/index_j.html)
資料膨大。経済白書やら各種統計。英語版があるから暇な時に見て経済用語拾える。官公庁へのリンクがあるが、あまり参考にはならない。
世界中の法律。日本の憲法、他にも法律名が少々。
SCIENCE COUNCIL of JAPAN(日本学術会議)
膨大なレポート類の英訳。
Welcome to ISO Online (graphics)
ISO標準がごっそり。
科学技術庁、組織図と英訳されたレポート。
外人用BBS。
国名リスト
首相官邸のホームページ。官公庁のHPは数あるが、英語版は殆ど全て翻訳されたものなのでその質は低い。なぜかこのHPの英語版の質は高いので紹介する。唯一、このページの英語版はprovisional(暫定的)と記されているが、どういう意味で「暫定的」なのか分からぬが、私はこのHPの翻訳者の良心を信じて用語をそのまま使用させてもらっている。
新聞記事というのはdeadlineの制約上、文章の質は低いものなのであるが、The Daily Yomiuriの英語は日本の英字新聞の中ではピカイチであろう。ただ新聞記事独特の表現があるので、英語を書く上で丸ごと手本にしてはならない。私が翻訳の道に入る際、当時神田にあった翻訳会社で1年程「修行」させてもらったのだが、その社長がDaily Yomiuriの元編集長であった。その人の名前、残念ながら今思い出せないのだが、大変お世話になった、という意味でもここに紹介したい。御存命であれば是非御連絡いただきたい。
PortOne Tokyo: 03 5603 7024
Ringo: 03 5734 7133
いずれも外人用BBS。結構勝手なことを書いているので、「生きた英語」(いい意味でも悪い意味でも)を勉強/研究するにはうってつけだろう。初心者にはお勧めできない。FirstClass Client (3.51)が必要なのでどこかからダウンする必要がある。(設定はModem.fcp、SoftArc Online via Modem、User ID とPasswordは任意(Setup)、ネット経由のIPアドレスは、どっかに書いてあるだろう。)
翻訳の仕事をしていてWeb上の辞書/用語集を参照することは殆ど無い、と言うか、出来ない。主に手持ちのアナログ資料を使用している。最近、営業が特定のページを参考にしてくれと言ってくることがあるが、物の役に立ったことが無い。
辞書/用語集というのは、実際に仕事をやりながら使ってみないと、それとして見ただけでは使い物になるかどうか分からないという問題がある。したがってもし使えるものがあるとすれば、丸ごとダウンして印刷して使う方が効率的である。
これらの辞書/用語集は、一部を除き、あちこちの翻訳会社から借り、実際に使用して、使えるかどうか吟味した上でコピーをとった物である。一部、クライアント、翻訳会社、あるいは私の作成による物を含む。
1. 官公庁関係
・国土庁機構、法律名、事項名等の英文による表示方法について(改訂4版)(執務参考用)(国土庁、平4、10月現在)
これは複数の翻訳会社から入手したものなので、業界に出回っていると思われる。ちなみに、「法律」をLawにするかActにするかという件に関して、参事官(Tel: 03 3501 5240)に問い合わせたところ、「Law に統一してかまわない」という答えを頂いた。私見では、厳密に言えば使い分ける必要はあると思うのだが、日本国の場合はその基準は無いと思われるので全て"Law"に統一している。(ちなみに総理府に問い合わせたところ、明治時代制定の法律の定訳は「無い」という答えを頂いた。)
・主要国行政機構ハンドブック(総務庁行政管理局-監修、ジャパンタイムズ-編、1993、7500円)
私は「日本」と付録の国連関係の部分だけコピーして使っている。1997年、農林省統計情報部が組織がえを行った。「動態統計課」が「構造統計課」に、「流通統計課」が「流通消費統計課」に変更、また地方農政局に「統計調整課」が、事務所に「構造統計課」が新設された。
・通産省広報・通商産業省の機構等の英語による表示方法について(通産省、昭和62)
本省、地方支分部局、付属機関審議会、法律。この手のものはWebに載っけといてもらいたいものなのだが、無い。
・建設省機構・審議会名・法律英文表示(執務参考資料)(建設省建設経済国際課、昭和59)
法律名がアイウエオ順になっているという、親切版。
・科学技術政策用語英訳集 調査資料-15(科学技術庁、科学技術政策研究所、平3年10月)
これは翻訳会社に出回っている。が、全く使い物にならない、という意味でここに記す。
・学術用語集 土木工学編(文部省、社団法人 土木学会、1990)
「土木」とあるが、カバーしている分野は非常に広く、かつ専門性が高い。私は和-英の部、450頁をコピーし、頻繁に使っている。
・農林水産統計用語集(農林省農林経済局統計情報部、昭和49年5月)
解説付、320頁。
・土地改良技術用語集(海外技術協力事業団、現JICA、昭和48年)
和-英の部、180頁。
・学術用語集 農学編(文部省、日本学術振興会)
和-英の部、462頁をコピーして頻繁に使っている。日本のODAがインフラ整備に移行している近年、農林水産特に農業関係の辞書・用語集は欠かせない。
・石油用語辞典(石油公団、昭和61年3月、5000円)
解説付だが全547頁。外国のタンカーが油流出事故を起こす度に、建設省あたりからそれ関係の仕事が入る。
・国際協力用語集(国際協力事業団編集協力、国際開発ジャーナル社、1987)
「編集協力」とあるが、実質的にJICA公認の用語集。ある会社を辞めた営業が、「絶対必要になるから」と言ってくれたもの。その通りとなった。
・港湾用語辞書(日本港湾協会、1971)
運輸省港湾局港湾用語研究会編、運輸省港湾局長「推薦」。極めて有効、不可欠
2. その他 - 辞書
・腐食・防食用語辞典(友野理平、オーム社、昭和50年7月)
248頁、解説付。和-英の部のみコピーして使っている。港湾関係の用語が豊富で極めて専門性が高い。が、一部現場で使用されている用語と相違があることが判明している。
・廃棄物英和・和英用語辞典(平山直道監修、海外廃棄物処理技術研究会編、中央法規)
和英の部は317頁。
3. 殆ど使い物にならない辞書。(翻訳会社から貰ったコピー)
・経済協力用語辞典(東洋経済新報社、1993)
・和英特許用語辞典(社団法人発明協会、1992)
・行政用語和英辞典(仙台市役所公務英語研究会、(株)ぎょうせい、1996)
・和英対比 自治用語集(財団法人自治総合センター、1994)
・海運事務辞典(樋口建三編、成山堂書店)
4. 用語集 - タイトル/分野/頁数
1)医学 - 医学関係の仕事はやってないので以下の用語集は使えるかどうか不明である。
・タイトル不明/185
・FDA-GLPとその日本語訳/81
・GLP用語集/79
・Technical Glossary Ver.3.1/58
・医薬品に関する繁用用語集/50
・薬価関連専門用語/7
・医薬業界用語集1987(日本製薬工業会)/36
2)製造/QC/会計
・生産用語事典(産能大学)/174
産能大テキスト付属。現場用語集。
・ISO9001 First Edition 1987/63
・JSQCニューズ No.105 用語英訳委員会(1988)/4
・テーマ別和英職業能力開発用語集(労働省職業能力開発局、1985)/32
・QCサークル関係日英対訳用語集/7
・品質保証の国際規格(財団法人日本規格協会、1989)
・国際会計基準(1989、1991)
3)保険/証券/銀行
・全協連/60
・損害保険英語辞典(保険毎日新聞社、昭和53)/44
・社会保険関係用語集(ISSA)/20
・生保各社社内用語集(これらは「社外秘」とか書いてあるので、タイトル/社名は明かせない。
・証券用語集/85
・証券各社社内用語集
・銀行業務用語集(都市銀各社資料より作成)
これはいわゆる「第二次オンライン化」の時代に各社資料から作成したもの。
4)電気
・給電(電気学会 電気専門用語集 No. 5, 1992)
・送電線路(電気学会 電気専門用語集 No. 21, 1988)
・保護継電装置(電気学会 電気専門用語集 No. 23, 1990)
5)その他
・育種学用語集(日本育種学会、1980)
和-英の部、139頁。
・農業普及用語集(全国農業改良普及協会)
和-英、33頁。一部手書き、作成中であったと思われる。あまり使ってない。
・地球環境問題和英一覧(環境庁国際課、1990)/32
・自治用語集(自治総合センター、昭和61)/145
・全国地名読みがな辞典(清光社、昭和63、7000円)
これが無いと地名の読みがお手上げになる。
5)CD-ROM
・World Fact Book (CIA)
これはWeb版がある。が、重たいので通常はCD版をCompaq(486 DX-2)のドライブにさしっぱなしで使っている。
・Grolier Encyclopedia
・Front-Page News 5018
こうして見ると、「使い物になる」辞書・用語集というのは政府刊行物であり、民間物は概して使い物にならない。また、銀行、証券、生損保などは、会社によって用語が違うので、一般の経済辞典は使い物にならない。
友人が「翻訳者のページ」を開設するに当たり、私も一翻訳者として協力したわけだが、色々なページ、特に翻訳にかかわるそれを見ているうちに触発され、いくつか思ったことを、走り書きした。したがってあまり脈絡は無いが、「現場の声」としてみなさんの参考になれば幸いである。
「産業翻訳」という言葉は、不適切だと思う。この言葉の存在を、私は上記の理由でごく最近になって知ったのだが、妙にわだかまりがあって、色々考えた結果、そう結論した。個人的には「実務翻訳」に戻したい。あくまで「文芸」ではなくて「実務」に役立つ翻訳、ということで。
私は「文芸翻訳」に関しては、嫌悪感を抱いている。読者受けを狙ってのねつ造というのが許せない。彼等も食っていくためにやってるわけだから、彼等を責める気はないが、その行為は許せない、というか、「翻訳」ではないと思っている。外国のB級小説とかを日本でベストセラーにする技術とかは認めるが、それは「翻訳者」ではなくて「小説家」の仕事だと思う。実際、「売れている」翻訳家というのは、日本語の個性的な文章力で売れているわけで、幾つかの作品を原文と照らし合わせてみた結果、私の私見では「翻訳」とは別世界のものだと思う。勿論、そうした行為ないし試みはそれなりに評価されていいと思う。が、いわゆる「翻訳本」を読んでその原作者の作家としての能力なりを評価するというのは、不公平だと思う。余談になるが、映画の字幕?あれはひど過ぎる。いくら17文字制限があると言っても、全くのデタラメ、その場しのぎとしか言いようがない。そのことに憤怒して、私はDeer Hunter以降、映画館で映画を見るということが出来なくなってしまった。ビデオとかの吹き替えだと、かなり忠実に訳していると思うので(日本語聞いてて、役者のクチパクから元のセリフが大体推察できるから)、なぜああいうことになるのか、私は業界通ではないので理由は分からないが、ただ不思議でしょうがない。だからこの事に関しては字幕で映画を見ている洋画ファンの方のことを思うと、ある意味で同業者でもある一翻訳者として、なさけないやら何やらで、ただひたすら代わって謝りたい、の一言だ。
また、これは困ったことなのだが「産業翻訳」という名の元に、低レベルの翻訳に甘んじ、いやそれを正当化しようとする傾向さえあるようにも思える。確かに特定の分野(例えば「天気予報」)に特化すれば、分野/技術的なノウハウさえあれば表面的には通用する訳になると思う。表現も似たりよったりなわけだから。しかしそれは、機械翻訳のレベルの翻訳で、勿論それで事足りればいいのだが、翻訳技術の向上という観点からすると、どうか。また、「特化」ということに関すれば、仕事的にはコンピュータのマニュアルとかに特化すればボロい。この分野は似たりよったりの文章の繰り返しで、殆どコピーペーストするだけで足りる場合が多い。私もそうした仕事が大量に入ったおかげで普段より2百万ほど年収がアップしたことがある。ただし特化することの危険性は有る。文章力が限定されてしまうことである。これは例としては適当ではないかもしれないが、ある時かなりの分量の「童話」の翻訳をしたことがあって、その時は自分の思考力を6-7才児のそれにまで下げねばならず、その仕事が終わったあとも元の思考力に戻すまでかなりの時間を要した。こういう意味で特化した場合の影響には怖いものがある。特化して食っていければそれでいいのだろうが、文芸翻訳家ならいざしらず、いみじくも実務翻訳者として、多くの分野をカバー出来ないというのは、プロとして疑問である。
翻訳技術ということに関しては、この二年ぐらいの間に、日->英訳で求められる商品の品質レベルがきわめて上昇している。今、仕事が取れているのは、ネイティブいやそれ以上の英語力のある翻訳者だけのようだ。これは何人かの営業の言ってることで、事実、国内においても、テレビとか公衆の、ごくありふれた英文表示さえもが、ネイティブ並みになってきている。昔のように、一目で「日本人が書いた英語」らしきものは急激に影を潜めてきている。
私の翻訳作業というのは、3段階から成る。
(1)日->英の場合、多くの場合、原文の完成度は低い。だから、「もしこの人にまともな日本語の文章力があったら、同じ事をどういう日本語にしていたか」ということを考えて、それを元にして翻訳作業に入る。いわば「前編集」の段階。「原文の完成度」に関して言えば、例えばマーケティングの分野の日本語は大半、といっていいくらい、稚拙で使い物にならない。特に市場調査の報告書みたいなもの。なぜこうなるのかは不明だが、殆ど翻訳者の方で創作せざるを得ない。逆に同じマーケティング分野でも宣伝コピーとかの翻訳は非常に手間がかかる。ターゲットが日本人だからである。こういう場合はターゲットが「外人」であることを想定して、なおかつ創意豊かなコピー文の独創性を、英語のコピーライティング能力で再現してやらなくてはならない。
(2)第二段階として、翻訳作業。これは言語間の変換ではなくして、文化間の移植という作業になる。「文化間の移植」なわけだから、実務翻訳者は「バイリンガル」「マルチリンガル」でなくてはならない。この点、英語のしゃべれない「翻訳家」というのは、いったい何なのだろうかと、素朴な疑問を抱く。またこれも「素朴な疑問」だが、英->日をやっている人というのは、文芸にせよ実務にせよ、「米語」と「英語」の違いはどう克服しているのだろうか。私はあくまでも「米語」は分かるが「英語」は分からない。少なくとも翻訳で必要と思われる「英語」力を私は持っていない。これが私が英->日をやらない一つの理由なのだが。実際、テレビのニュースなどで英国系の人が喋っていることは、分からないことが多い。もっともこれはアメリカ人に聞いても、やはり「分からない」そうだから、私個人の問題ではないのだろう。だが、「英語のしゃべれない翻訳家」というのが、いかにして分からない(はずの)英語ないし米語を訳しているのかというのは、実に素朴な疑問である。
(3)最終段階として、クライアントではなくてユーザー(リーダー)の立場に立って訳文を徹底的に推敲する。いわば「後編集」の段階。この時点で読みにくい文章は抜本的に書き直す。この技術に関しては、私はまだまだ未熟だ。いいネイティブチェックを入れてもらった結果を見たりすると、やはりまだまだ書き直し足りないと思う。ただネイティブチェックも、ヘタなやつはヘタで、目に余る事があってネイティブチェッカー宛に「指導書」を書いて送ったことがある。それ(英文)は今も手元にあって、また送ることになるかも知れない。翻訳者とネイティブチェッカーとは、役割分担の関係にある。翻訳者の訳というのは、どうしても原文に引っぱられがちになる。それを軌道修正するのが「ネイティブチェッカー」の仕事。そしてネイティブチェッカーが一流のジャーナリスト等のライターである場合、結果としてでき上がる訳文は一級品となる。だがそういう人がネイティブチェックをやることは稀である。一昔前までは、いかにも日本人が書いた英語を書き直す、というのがネイティブチェッカーの仕事だった。今はもうそうではない。そういったレベルの「下訳」ではもう商品価値は無い。
ヘタな翻訳者というのは、この3段階、いずれもできないようだ。だから、我々実務翻訳者が言うところの「直訳」になってしまって商品価値はゼロとなる。そういう「直訳」ものをクライアントに返されて、私が全面やり直しをすることがある。これも上記の「商品レベルの上昇」と関係しているのだが、こういうのはコンサルティング業務として、それなりの手数料を取ってやりたいのだが、なんせ世間では実務翻訳の仕事の大変さが全く評価されていないし、翻訳会社の人間とて上記の3段階方式の必要性はあまり認識してないので、殆どボランティアでやっているのが現状である。
英->日の翻訳をする場合は、私のこれら見解は無視してくれていいのかもしれない。日->英と英->日の決定的な違いというのは、多くの場合、英->日のエンドユーザーがクライアントであること。むしろ専門知識をフルに活かして、「我々の言う直訳」にした方が、クライアント受けするかも知れない。私は英->日はかなり前から止めているので、現状がどうなのか、確かなことは分からない。ただ言えることは、クライアントがエンドユーザーである場合、上記の3段階方式でやってしまうと、極めて低レベルでのクレームがつく可能性はある。「この単語が訳に入ってないじゃないか」とか。日->英の場合はこういうレベルのクレームは簡単に蹴れる。先にも述べたように、殆どの場合、クライアントはエンドユーザーではないから。自分のやってる事が正しいと思えば、クライアントのクレームは無視できるのである。いや、クライアントのクレームに一々対応して文章を改悪するというのは、絶対にしてはならない。それをやったがためにエンドユーザーに「変だ」と言われたら、自分で自分の首を絞めることになる。そういう場合、間に入ってクライアントを黙らせてくれる営業には、いつも感謝している。それが出来ない営業もいるわけで、ひどい場合、クライアントが出してきたクレームのリストをそのままファックスして来る場合もあって、それがごく低レベルの文法的な質問だったりすると、「そういうことは学校の先生に聞いてくれ」と言いたくなる。
以上、現場の翻訳者としての立場から勝手なことを書き連ねてしまった。このことに関して反感を抱かれる方もおられるかも知れない。そうした方には平に謝りたい。いわゆる「職人気質」のバカの戯言として、看過していただければ、幸いである。
Summary
By "failure of English education in Japan," I mean the approach taken from the incipient stage of trying to learn English in Japanese. That is, Japanese students have been soaked in the practice of learning foreign languages by translating them into Japanese. This involves at least two tasks that are utterly unnecessary. One is the method of memorizing a foreign word by replacing it with a Japanese word. Students often do this using small cards one side of which has the English word and the other its Japanese equivalent. For this reason, they acquire the mistaken notion that every English word has its Japanese equivalent. The second unnecessary task they are forced to perform is to read English by translating it into Japanese. For these reasons, they can never acquire the habit of thinking in English. My solution to these problems is as follows. After acquiring the basic vocabulary, the student (or for that matter, any person) should read easy English text using an English thesaurus. This should let the student acquire the habit of thinking in English. Then, he should summarize and write down what he was able to understand from the text. Repeating this process should let the student acquire grammar naturally with some help by instructors. The ability to think in the target language is the most basic. The ability to read and write will follow. The ability to speak in the foreign language must be a result of these abilities and not something that should be "taught" independently when the person has not acquired the ability to think, read, and write in that language.
本文
本屋などで、インターネット接続キットみたいなものを物色している大学生風の子達の会話で、「これ、翻訳ソフトが付いてるからこっちの方がいいよ」とか聞くと、まさに日本の英語教育が破綻しているな、と思う。10年以上も英語を勉強してきて、なぜインターネットごときの簡単な英語すら読めないのだろうか。しかしこれには、れっきとした理由がある。何の不思議もないし、たまたまこの子達が英語が「苦手」だったわけでもないのである。
理由は、まさに日本の英語教育が破綻しているからなのである。つまり、英語(その他外国語)を、日本語で勉強/習得しようという発想自体が根本的な間違いなのだ。1)学生が電車の中とかで一生懸命「単語帳」というのか、表に英単語を書いて裏にそれに相当する日本語の単語を書いたやつ、で「暗記」している。これは絶対やってはならない。2)学校の先生に、リーダーの時間(と今言うか知らないが)に、「◯◯君、ここ、訳してみて」と言われたら、敢然と拒否すべきである。「訳す」のは翻訳者の仕事であって、素人、それも学生がやるべき事ではない。
上記1)の弊害は、一つの英単語には一つの日本語が「対応」するという錯覚を植え込むこと。これは大間違いである。また2)の「翻訳」をやっている限り、「英語でものを考える」という習慣は身につかない。その習慣が身につかない限り、何年勉強したとて、英語をマスターすることはできない。
厄介な問題は、教える側の教師、教育体制の人間がそもそもこうした教育環境下で育ってきており、これからもそうした状況は続くと思われることである。英語教育の方法論自体が間違っているのだから、そうした体制に現に関わる人々を非難する気は無い。また学校の先生達にとっては、「日本語で英語を教える」のが職業となっているわけだから、彼等の職業を取りあげる気は無い。また学生の側に立ってみれば、「日本語で英語を学ぶ」ことを強いられ、難しい文法問題とかを解くことが試験とかで要求されるわけだから、私は彼等に上記1)とか2)のことをやれ、とは言わない。しかしこれらの事は、英語を習得する上であまりのハンディとなっており、実に哀れむべきことである。
私にはそうしたハンディが無かった。だから独学で英語を学び、マスターし、バイリンガルとなった。断わっておくが、私はハーフでもなければ、海外経験もわずか4年である。以下に述べることが参考になるか分からないが、日本の英語教育を抜本的に改革/改正するにはこれしか無いと思うので、書いた。
私がアメリカに居たのは中学、高校の頃の4年間。「帰国子女」という言葉が誕生する以前のことである。小学高の高学年でローマ字を学んだ以外、それまで日本で英語教育は受けていなかった。
アメリカの学校に入学した時点で私には選択肢があった。なぜかというと、その学校は「実力別学級/科目制」をしいており、できる子はどんどん上級の学級/科目へと進み、できない子はそれなりの、というものであった。学校には多様な人種、文化の子が通っており、どういう子がクラスにいるかというのは結構、人種、文化的要因が絡んでいた。私は当然国語(つまり英語)の成績が悪かったので、私の国語のクラスは日本的に言うと「落ちこぼれクラス」で、その構成員は黒人/華僑が多かった。授業内容といったら殆ど先生との雑談程度で、あまり「勉強」らしいことはしなかった。でもおかげで普通では出会うことのできない連中(色々な意味で)と出会うことができた。この「実力別学級/科目制」というのは、元々頭のいい子はSP(SPecial、特別学級)の付く学級に入り、そうでない子でも成績がいいと一段上の科目へ進めるというものだった。そこで私の選択肢というのは、「落ちこぼれクラス」で帰国までの4年間、遊んで暮らすか、ガリ勉して上級学級/科目に進むか、であった。私は後者を選んだ。理由は色々あったが、せっかくアメリカに来たのだから、白人その他の頭のいい連中と競ってみたかったこと、中学時代、SPのついたクラスにいた女の子が好きで、一緒のクラスで勉強したかった事などだ。これは実現して、彼女は私の最初のガールフレンドとなった。
ここからが本題になる。アメリカの学校の教科書というのは日本のとは違って分厚い「本」なのである。先生によって、あるいは各人の興味によって、重点箇所を押さえればよく、日本のようにテキスト丸ごと丸暗記ではなかった。その代わり沢山読まされた。そのため私も最初は日本から持っていった英和辞書を引きながら教科書に日本語の意味を書き込んでいた(=1. 基本的語彙の習得)のだが、それではとても間に合わなくなった、というか、そういう作業が無駄である事に気付いた。そこで私は英英の類語辞典を買ってきて、分からない単語に出くわすとこの類語辞典を引き、載っていた類語の中から私の知っていた単語を書き込むことにした。(=2. 「英語でものを考える」の始まり)そして教科書に書いてあることを自分に分かる英語に書き直してノートに書いた。これを3段階ぐらい繰り返すとやっと書いてあることを自分のものにできた。この過程で自然に文法が身に付いた。これはこのプロセスがあたかも考古学者が未知の言語を解読する時に使用するのに似ていたからなのではないかと思う。勿論、何をするのでも英語だったという好環境もあったが。いずれにせよこの時点から私には「英語でものを考える」習慣がついた。
これ以外にもやった事はある。とにかく読みまくった。新聞、簡単な小説、そしてポルノ雑誌や本。後者は英語力を高めるのにはうってつけだった。なんせ一番興味のあることだったから。また文章が簡単だし、安く手に入ったから。この過程でも、英語の文法は自然と身に付いた。日本の場合のように、まず日本語で文法(それも現実には何の役にも立たないような文法理論)を勉強して、それを元に英語を読む、あるいは英会話を学ぶといのは、本末転倒と言わざるをえない。
私は帰国後、日本の高校に1年在籍して、日本の英語教育の実態を知り、あきれはてた。ある教師は、英語にとどまらずラテン語やギリシャ語にも「精通」しており、それを元に英単語の説明をしていたが、そいつがリーダーを読む時の英語は、私には殆どヒアリングできなかった。発音がおそまつだったからである。またあるものは、自分の文法の知識をひけらかすだけで事を済ませていた。そしてある者は、米軍キャンプで習ったとか言って、「英会話」のクラスを設けていたが、生徒が「英語でものを考える」習慣を身に付けていない以上、素人による英会話学習の試みは不毛であったことは言うまでもない。
以上が私が思う「日本の英語教育の破綻」とその理由である。これに関して「解決策」を提示する気は無い。日本の英語教育が破綻しているからこそ、私が和ー>英の翻訳者として食っていけるのだからである。しかし上記を読めば解決策は歴然としてくる。1. 基本的語彙(+発音)の習得と、童話程度の簡単な英文テキストの解読。これは1年もあればできよう。2. 「英語でものを考える」習慣の確立。類語辞典を用いた洋書の読破、内容の英語による取りまとめとその繰り返し。この時適宜な文法指導。3. この時点である程度の英語力はついているはずだから、英会話学習の導入。この方法を用いれば、中学から始めるとして高校に入る頃には、アメリカの中学生程度の英語力はついているはずである。後は習得した英語をどの方面で使用したいかによって、個別学習に移行すべきであろう。またこれは学校教育に限ったことではなく、一般の社会人でも実践できる方法であると思う。要は類語辞典を使用することにより、「英語でものを考える」習慣の習得である。これさえできれば、英会話の問題は単に発音の問題となる。
注)冠詞と数量表記
私が在米中に独学で習得した英語は、あくまでもアメリカの高校生程度のものである。アメリカの社会人(と言ってもピンからキリまでいるので便宜上「一般の」ということにする)並みの英語力を習得するには、その後数年を要した。特に難しかったのは冠詞の使用と数量の表記(名詞を単数表記するか、複数表記するかという、使い分け)であり、私はこれをマスターするのに10年かかった。
新カウンター:8月3日2004