本文は「昆虫と自然」1998年3月号に掲載された報文です。


日本産ハンミョウ亜科の 雌中胸前側板の構造について

芦田 久

Hisashi Ashida : Structure of the Female Mesepisternum Coupling Sulcus in Japanese Tiger Beetles (Subfamily Cicindelinae).

はじめに  ハンミョウ類が交尾をする際には、♂が♀の背後にマウントし、♂は大あごで♀の前胸と上翅の間をはさみホールドする。これはハンミョウ亜科の全種に共通して見られる性質である。  筆者がハンミョウに興味を持ち始めた頃、アイヌハンミョウの♂の大あごだけが先端が尖らずへら状になっていることに気づき、交尾時に♂の大あごの先端部が当たる♀の前胸の側面に何か特徴ある構造が存在するのではないかと思い調べてみたことがある。残念ながらアイヌだけに特徴的な構造は見つからなかったが、明らかな雌雄の差があることがわかった。その後、文献をあたってみると、1974年にアメリカのFreitagが北米産のハンミョウについて既に調べており、♀の中胸前側板 (mesepisternum)の凹状構造をcoupling sulcus(両側を示す場合は複数形coupling sulci)と名づけて、交尾に際して重要な役割を果たしていることを示唆していた。さらに同論文で、coupling sulcusの構造は種類により溝(groove)や小孔(cavity)などの形状が存在することや、前者よりも後者の方がより進化したものであると考えていること、原始的な夜行性のハンミョウ(Omus属やAmblycheila属)ではこのような構造は見られないことなどを報告していた。しかしながら、この構造は一義的にハンミョウの進化の度合いを示しているわけではなく、同じ属であっても多様に変化している場合もある。Cassola(1991)はスラウェシ産のWallacedela属の分類にこの形質を利用しており、互いによく似た同属内の種類でこの部分の構造が顕著に異なっていることを示した。  さて、日本産に関してはHori and Cassola (1989)がCallytron属(シロヘリハンミョウ属)について図示しているが、その他の種類に関しては分類上の問題がほとんどないこともあり、紹介されたことはない。そこで、本報では日本産のハンミョウ亜科全種のcoupling sulcus構造についてレビューしてみたい。

日本産ハンミョウ亜科の♀中胸前側板の構造  Freitag(1974)は北米産ハンミョウ82種の♀の coupling sulcus構造を6種類に分類した。それらに比較的よく適合する日本産の♀中胸前側板の走査電子顕微鏡写真を図1に示す。A〜Dが溝状となるタイプで、EとFが小孔状となるタイプである。Aは明瞭な溝が背面から腹面に向かってほぼ直線的に刻まれるもの、Bは浅い溝状で中央部がやや深くなるもの、Cは幅広い不明瞭な溝となるもの、Dは中央部が非常に深く刻まれる溝状のもの、Eは浅い小孔状となるもの、Fは深い小孔状となるものである。日本産各種について表1にまとめた。中にはぴったり当てはまらないものも含まれるので、以下各属ごとに簡単に解説する。なお、♂中胸前側板は図1にアイヌの例を示したが、光沢を欠き平坦となる種類がほとんどである。

図1 雌中胸前側板の走査電子顕微鏡写真

  • Therates属  シロスジメダカは雌雄の差はほとんどない。
  • Cicindela属 ニワ、アイヌ、ルイス、コニワ(Cicindela亜属)はAタイプで、強い光沢を有する。Cicindela亜属ではミヤマのみ例外で、中央部に短く浅い溝を有するBタイプである。ナミ、オキナワ、アマミ(Sophiodela亜属)は溝が不明瞭なCタイプで、雌雄の差が小さい。
  • Lophyridia属 ハラビロはDタイプで、♂の長い大あごに対応して腹面よりに最も深い部分がある。中胸前側板全体は強い金属光沢を有する。
  • Lophyra属 タテスジは中央部に浅い小孔を備え、金属光沢を有する。
  • Chaetodera属 カワラは腹面側約3分の2は白色毛に覆われるが、背面側約3分の1はこれを欠く。溝状のタイプで、その中央部は非常に深い。図1の写真ではわかりやすくするために白色毛を除いてある。♂では♀に比べ白色毛に覆われている部分が多い。
  • Cylindera属 日本産Cylindera属の種は全て小孔構造を有する。 マガタマ(Apterodela亜属)は中央部に浅い小孔を備える。ホソ(Cylindera亜属)は中央部が浅いすり鉢状に凹み、その中央に小孔を備える。 Ifasina亜属では、ヒメヤツボシとトウキョウヒメはホソに似た構造で、リュウキュウヒメはやや深い小孔を備える。トウキョウヒメとリュウキュウヒメは同種の亜種として扱われているが、 coupling sulcusの構造は顕著に異なる。 Cicindina亜属では、エリザは背面寄り前方に深い小孔を、オガサワラは背面寄りやや後方に深い小孔を備える。
  • Myriochile属 コはやや深いすり鉢状の凹みを備える。BタイプとDタイプの中間型と考えられる。
  • Abroscelis属 イカリモンは溝の中央部がかなり深くなっているが、カワラよりも浅い。
  • Callytron属 ヨドシロヘリは一応Cとしたが、かなり異なる。溝は背面に向かって深くなり、前胸背板と上翅の間に深い凹みを形成している。  シロヘリ、オキナワシロヘリは幅広い溝状で、背面に向かってやや深くなるが、ヨドシロヘリほど深くはない。
  • 考察  日本産ハンミョウ亜科の♀中胸前側板の coupling sulcus構造について述べた。♂が♀を素早く、より確実に捕捉し、相手が同種の♀であることを認識するのに、この構造が役立っていることは間違いないであろう。 より進化していると考えられている小孔構造は、Lophyra属とCylindera属に見られ、中でも Cylindera属Cicindina亜属のエリザとオガサワラでは特に深い小孔を有していた。溝構造を有する種類の中ではカワラ、イカリモンの2種では溝が深く、より特化していることが明らかとなった。また、ヨドシロヘリはCタイプとしたが、凹みは深く特化した部類に属すると思われる。 小孔であれ溝であれ、より深い方が♂にとっては確実な保持に役立つと思われる。事実、フィールドで観察しているとイカリモンやヨドシロヘリといった種類では交尾姿勢をとっているペアを非常に高頻度で見かける。しかしそれらの多くでは♂交尾器は挿入されておらず、ただマウントしているだけである。これらの種類では、下の♀が交尾姿勢のまま採餌したり産卵したりもする 。♂はその間ずっと大あごで♀の前胸を挟み続けなければならない。♂にとって一見無意味に思われるこの行動は、自分の精子で受精した卵を産ませるための、すなわち自分の遺伝子を確実に残すための配偶者ガード行動の一種ではないだろうか。

    謝辞

     走査電子顕微鏡の使用に際してお世話になった滋賀県立大学の近雅博博士に厚くお礼申し上げる。

    参考文献

  • Freitag, R., 1974. Can. Ent., 106: 561-568.
  • Hori, M. and F. Cassola, 1989. Jpn. J. Ent., 57: 504-516.
  • Cassola, F., 1991. Annali del Museo Civico di Storia Naturale “G. Doria" 88: 481-664.
  • 表1 日本産ハンミョウ亜科雌のcoupling sulcus構造

    Genus Species Japanese name Type
    Therates alboobliquatus シロスジメダカ
    Cicindela japana ニワ
    gemmata アイヌ
    sachalinensis ミヤマ
    lewisi ルイス
    transbaicalica コニワ
    chinensis japonica ナミ
    chinensis okinawana オキナワ
    ferriei アマミ
    Lophyridia angulata ハラビロ
    Lophyra striolata タテスジ
    Chaetodera laetescripta カワラ
    Cylindera ovipennis マガタマ
    gracilis ホソ
    psilica ヒメヤツボシ
    kaleea yedoensis トウキョウヒメ
    kaleea humerula リュウキュウヒメ E〜F
    elisae エリザ
    bonina オガサワラ
    Myriochile speculifera B〜D
    Abroscelis anchoralis イカリモン
    Callytron inspeculare ヨドシロヘリ C?
    yuasai yuasai シロヘリ
    yuasai okinawense オキナワシロヘリ