同性愛指向の青少年のエンパワーメント

はじめに

 わたしは同性愛者である。

 わたしが自分自身のことを同性愛者であると言えるようになるまでには長い時間が必要とされた。

 わたしがはじめて同性を好きになったのは中学生のときであるが、当時同性愛者は、「オカマ」や「ホモ」「レズ」などと揶揄されたり、中傷されたり、笑われたりする対象であったために、同性愛者であるということを自己否定しつづけていた。

 自分が同性愛者であろうということを自覚するようになり、ゲイ雑誌注1を手にするようになってからも、同性愛指向は間違っている、異常であると思っていたし、また、わたしの周りの人々もそう考えているであろうということは、それまでの言動の中から十分に窺い知ることのできることであったために、同性愛者であることは誰にも知られてはならないものだと考えていた。そして、同性愛者として見られてはならないと、頑ななまでに異性愛者を演じ、同性愛を笑いにしたものには過剰なまでに反応し、それを笑うことで、異性愛者としてのアイデンティティを確立しようとしていたように思う。

 わたしは同性愛者と出会うことも、同性愛は間違っていないのだとする情報にも、人にも出会うことなく思春期を過ごしていく。

 人は誰も、思春期は異性に関心が向くと考え、「彼女できたか?」「好きな女の子?」「どんな娘が好きやねん?」など、わたしが異性愛者であることを前提にして接してきた。いや、この世の中に同性愛者がいるなどと考えたことも無いか、テレビの中の話、自分の身の回りには起こりえない話として、同性愛者の存在など考慮することなく、異性愛者であることが当たり前のこととしてこの社会が成り立っているのであろう。わたしもまた、同性愛者の存在を身近なものとしては考えることが出来なかった。

 わたしは明らかに孤立していた。わたしの中には孤独感があった。女性と付き合い、異性愛者として振舞う中で、性的欲求は同性に向かっていた。そのことを誰にも言えず、誰とも分かち合うことが出来ずにいた。日常の他愛の無い話であっても、同性愛者ではないことを常に主張していなければならなかった。芸能人の話であっても、男性タレントにあこがれることも言えず、道を歩いていても男性を目で追っていることを悟られてはならない。また、そのことが誰とも共有できはしないのだ。

 あまりの孤独感に、男性同性愛者が利用するテレクラに電話をかけたことさえあるのだが、同性愛者を怖がっていたために、実際に会うことは出来なかった。怖がっていた理由は、偏見である。同性愛者は変態であると高校生のわたしは考えていたのである。

 わたしは高校を卒業した後、ゲイ雑誌の文通欄に投稿する。そして初めて同性愛者と会う。しかし、わたしは、自分が同性愛者であるとは認められなかった。両性愛者であると言っていたのだ。わたしは、異性愛を正常、同性愛を異常であると考えていたために、正常である異性愛指向を自分の中にとどめておきたかった。自分自身が異性愛者であるのではなく、他者から見られるときに、わたしという人間の中に、異性愛者であるという正常な部分を残しておいてもらいたかったのである。今にして思えば、それは内在する「ホモフォビア注2」にすぎず、同性愛者としてのアイデンティティが確立していないだけなのであるが、当時のわたしには同性愛者としてのアイデンティティなどは確立してはならないものだったのである。

 そのころのわたしは、テレビで同性愛者であるとカミングアウト注3をした女性ヴォーカリストに勇気付けられ、同性愛者が書いた書籍によってのみ癒されていた。

 その後、同性愛者の友達を作り、同性愛者というどこかテレビの中の話が、身近な存在になり、これまで「同性愛者とは、こういうもの」と作ってきたイメージとは違い、同性愛者とは、同性を好きだということだけが共通していて、その他は十人十色なんだという当たり前のことに気がついた。わたしは、同性愛者であると認めることで、同性愛者としてだけ見られることに怯えていたのだ。わたしという人間が、同性愛指向であるということだけで、「同性愛者」として見られることに恐れていただけなのだ、わたし自身が同性愛者を「同性愛者」としてしか見てこなかったのだということに気がついた。

そして21歳になってようやく、わたしは同性愛者であると言うことができたのである。

 異性愛者は異性を好きになったこと自体を悩むだろうか、異性愛者として生きていけるだろうかと問い直すだろうか、異性を好きになったことで自らの性別について考えることがあるだろうか。異性愛者は自動的に異性愛者になるのではないだろうか。

 わたしは同性を好きになってから、同性愛者になるまでに、実に8年の月日を必要としたのである。

 そして、同性愛者であると受容してからというもの、友達や家族など、これまでわたしを異性愛者として扱ってきた人間関係において、わたしを同性愛者と認識した上で接するように、同性愛者であることをカミングアウトするのであるが、その作業はとても大変な作業である。というのも、必死で情報を集めたわたしに比べ、同性愛について肯定的な情報は一切といって良いほど持ち合わせておらず、実際に同性愛者と出会うのははじめてであるという人間ばかりなのである。かれらは、同性愛についての偏見を持っているにもかかわらず、肯定的な情報は持っていないのだ。そして、これまで家族として、友達として接してきたわたしが、揶揄すべき対象である同性愛者であることにより、これまでの価値観を改める必要に迫られ、同性愛者との接し方を1から考えなければならなくなるからだ。

 いったいどれだけの同性愛者が同じように孤立感を覚え、生き難さを感じているのだろうか。異性愛者にしてみれば、些細なことだと感じるかもしれない何気ない会話や、何気ない笑いの中で、自らを同性愛者であると言えない同性愛者たちは苦しんでいるのかもしれない。

 社会福祉という領域で、同性愛者というマイノリティは認識されているのであろうか。児童・障害者・老人その他、人間を対象にする社会福祉のありとあらゆる部面において、同性愛者の存在が前提とされることを強く望む。次の世代の同性愛者が、同性愛者であるということを自己否定しないで済む社会を作るために。同性愛者であるということが、揶揄や中傷の対象にならない社会を作るために。

注1:ゲイ雑誌・・・同性愛者向けの雑誌。ポルノグラフィーを含むものが多く、18歳未満は購入が出来ない。199911月にポルノグラフィーを排除した雑誌が新たに創刊された。主に月刊誌であり、一般書店での購入も可能。文通欄のコーナーがあり、同性愛者の出会いのきっかけとして活用されている。

注2:ホモフォビア…「同性愛に対する嫌悪感や恐怖感。圧倒的マジョリティである異性愛者で構成されている社会は、マイノリティである同性愛者に対して、差別や偏見の意識を多分に持っている。その根底には、「気持ちが悪い」「理解出来ない」「身近に感じることが出来ない」という気持ちがある。こうした理由から、過剰にネガティブな感情を持ち、同性愛そのものを嫌悪し、不安感を持つこと。」1

注3:カミングアウト(coming out)…「同性愛者が異性愛者や一般社会に対して、自分がゲイであることを告白することを意味する。自分の性的指向を誰に告げることも無く、自らの殻に閉じこもっている状態を、押入れの中に隠れているという意味から「クローゼット」という。その対義語として、すなわちクローゼットから出て来るという意味を込めて、カミングアウトという言葉が生まれた。」2カムアウトともいう。

引用文献

1)(2)日高庸晴 宗像恒次「エイズ」上田正昭(編)『国際化のなかの人権問題』 明石書店 1998年 292-314

第1章セクシュアリティ

1セクシュアリティ

一言でセクシュアリティといっても、そこには様々な要素が含まれている。ここでは性別・ジェンダー・性的指向の三つを中心にセクシュアリティについて整理したい。

(1)性に関する3つの概念

a性別(sex

 生物学的性別は、通常新生児の段階での外性器形態によって判断される。そしてそれによって出生届が出され、戸籍上の性別が決定される。現在の日本において変更不可能なものである。しかし、外性器の分化は男性器・女性器に二極分化するわけではない。また、内性器の分化、性腺の分化までを考慮すれば、男性と女性の二つに区別することは難しく、半陰陽(intersex)と呼ばれる人たちが存在する。

 半陰陽とは、外性器の分化がはっきりしない場合や、内性器と外性器の一致が見られない場合など様々な場合があるが、総称して半陰陽と呼ばれている。半陰陽者である橋本秀雄が、「日本のインターセックス・チルドレンは、「優生保護法」と「戸籍法」によって、「人格権」と「生存権」を侵害され」(1)ていると語っているように、半陰陽者には、きちんとしたインフォームドコンセントに基づいた本人の性の自己決定を待たずして治療の対象となるケースや、2次性徴の段階で分化する性との不一致による性的自己同一性の崩壊などの問題を抱えるケースがある。

 また、人間の性染色体には{X}と{Y}の二種類があり、{XX}の組み合わせを女性、{XY}の組み合わせを男性としている。しかし、{XX}であっても、ホルモン分泌のバランスの影響などにより、男性器が発達するケースもあり、必ずしも肉体に現れる性別と一致するとは限らないうえ、{XXX}や{XXY}などの組み合わせも実在している。

bジェンダー(gender

 ジェンダーとは、生物学的性別に対して社会的性別というもので、文化や風習により規定される性別である。社会的性役割(gender roll)とは、社会的に求められる性役割のことで、「男の子なんだから」「女の子なんだから」と性別により制約されたり規定されたりする言動や立ち居振舞いのあり方のことである。自らの性をどのように捉えているのかを性自認(gender identity)といい、自分自身で認識する性と期待される性役割に違和感を覚える人をトランスジェンダー(transgender)、さらに、性別再判定手術注1を望む人(すでに済ませた人を含む)を特にトランスセクシュアル(transsexual)という。トランスジェンダー(広義にはトランスセクシュアルを含む)は、求められる社会的性役割と性自認が異なるために心理的な負担を常に課される。また、トランスセクシュアルは、性同一障害であると認定され性別再判定手術を受けたとしても、戸籍上の性別の変更が認められず、就労や婚姻などの社会生活において不都合が生じることがある。

c性的指向(sexual orientation

 性的指向とは、性愛の向かう対象が同性であるか、異性であるか、そのどちらでもあるかによって、同性愛(homosexuality)、異性愛(heterosexuality)、両性愛(bisexuality)の三つがある。そして、それらの性的指向を持つ人々をそれぞれ同性愛者(gay/lesbian)、異性愛者(heterosexual)、両性愛者(bisexual)と呼ぶ。

 アメリカ精神医学会(APA)が1952年に発表した「精神障害の診断と統計のための手引き(DSM-T)」注2には、同性愛は「病的性欲を伴った精神病質人格」と表現され、以前は性倒錯や異常性愛として精神病の一種として捉えられてきた。しかしその後、実証的な研究や同性愛自身による活動(gay liberation)により、1973年のDSM-U注3では同性愛の記述は削除された。その後DSM-V注4では、自分が同性愛者であることに著しい違和感を持つケースが「自我違和的同性愛」として記載されているが、1987年のDSM-VR注51994年のDSM-W注6では、この分類もなくなった。さらに世界保健機構(WHO)が定める「国際疾病分類(ICD)改訂10版(1993年)」注7でも「同性愛はいかなる意味でも治療の対象とはならない」とされ、精神障害の範疇から除外された。

 日本においては、199412月に厚生省が国際疾病分類を公式基準として採用し、現在では「“性愛の対象が同性に向かう人”を同性愛者というが、異性愛者と違うところはただそれだけである」(2)と理解されている。しかし、現実には、同性愛者に対する偏見があり、差別としての認識も欠如しているように思われる。しかしながら1995年国連の規約人権委員会は差別禁止条約における性(sex)に基づく差別の中に性的指向も含まれる旨の決定を下しているので、性的指向の如何に関わる差別は、人権問題であるといえる。人権啓発推進センターの発行する人権啓発パンフレット『人権ア・ラ・カルト』には「自分の性に納得できない人びと(性同一性障害)や、同性愛の人びとなどの人権問題もあります、これらの人びとは、「異常」なのではなく、「少数者」にすぎません。」(3)と明記され、性の多様性を容認することを訴えている。

 なお、「ホモセクシュアル」というのは、精神障害の症状名として同性愛に対して名づけられ、一方では異性愛を定義する「ヘテロセクシュアル」という言葉はなく、差別的な用語であると考えられ、アメリカのゲイリベレーション注8の中で「ゲイ(gay)」という言葉が生まれた。ゲイとは、もともとは「陽気な」という意味の形容詞であり、プライドをもって生きようと自らを「ゲイ」と呼ぶようになった。男性同性愛者を特に「ゲイ」、女性同性愛者を「レズビアン(lesbian)」と呼んでいる。

(2)性はグラデーション

 このように、セクシュアリティとは、さまざまな要因が絡み合い決定されるもので、染色体の組み合わせが{XX}で、外性器や内性器、性腺の分化が女性であり、性自認も女性である一般的にいわれる女性と、染色体の組み合わせが{XY}で、外性器や内性器、性腺の分化が男性であり、性自認も男性であるいわゆる男性の間には、グラデーションのようにさまざまな性別が存在する。さらに、性的指向は個人によりさまざまである。

2問題意識

 セクシュアリティとは、1節でみてきたように、グラデーションであるのだが、生まれたときに男の子には青い服を、女の子には赤い服を着せて育て、小学校に進級すると、男の子と女の子は分けられ、男女をワンセットにされる。

 そして常に社会において、男性の性役割と女性の性役割を要求され続け、自己選択ではなく、社会から男性であるか、女性であるかを規定され続ける。また、思春期を迎えるにあたり、性教育を施されるのであるが、そこでも、男女は厳密に区分される。「男」もしくは「女」の存在しか認められる機会がないのだ。

 それらの前提にあるものは、異性愛指向であり、異性愛社会である。

 同性愛指向の青少年は、異性愛指向という前提条件から外れる中で、同性愛者としての生き方を示されることもなく、同性愛指向を肯定的に受け止めるための情報を得ることもなく、異性愛社会の中で孤立している。そして、独力で情報を収集し、同性愛指向を受容することを強いられているのである。

 「男らしくない男」「女らしくない女」、「男であるはずの女」「女であるはずの男」、そして「どちらの性別でもない人間」は、自分を肯定することが出来ないでいる。ありのままの自分でいいとする情報がなく、自分ひとりがおかしいのではないかと、孤立感を覚える。かれらに対するサポートが存在しないのが現状である。

 同性愛者は、男性に惹かれるものは女性であり、女性に惹かれるものは男性であるとされる異性愛社会のなかで、男性に惹かれた男性は、自らの男性性を確認するすべを失い、性自認を疑うという機会を経ることさえもある。

 同性愛者がどのようなライフイベントを経て、同性愛指向を自覚し、受容するのか、そのの都度どのような困難を迎えているのかについて次の章で明らかにし、エンパワーメントの必要性について考えていきたい。

注1:性別再判定手術:日本では、性転換手術といわれることが一般的である。 

注2:American Psychiatrist Association(APA)(1952):Diagnostic and Statistical Manual of Psychiatric Disorders First Edition(DSM-T).American Psychiatrist Association Washington D.C.

注3:American Psychiatrist Association(APA)(1968):Diagnostic and Statistical Manual of Psychiatric Disorders Second Edition(DSM-U).American Psychiatrist Association Washington D.C.

注4:American Psychiatrist Association(APA)(1980):Diagnostic and Statistical Manual of Psychiatric Disorders Third Edition(DSM-V).American Psychiatrist Association Washington D.C.

注5:American Psychiatrist Association(APA)(1987):Diagnostic and Statistical Manual of Psychiatric Disorders Third Edition Revised(DSM-VR).American Psychiatrist Association Washington D.C

注6: American Psychiatrist Association(APA)(1994):Diagnostic and Statistical Manual of Psychiatric Disorders Fourth Edition(DSM-W).American Psychiatrist Association Washington D.C.

注7:WHO(1992):International Statistical Classification of Disease and Related Health Problems 10th Edition(ICD-10).World Health Organization Geneve.

注8:ゲイリベレーション(gay liberation)…「ヘテロセクシズム社会の中で、ホモセクシュアルの存在を肯定的に認めさせようとする権利獲得運動。ホモフォビア社会に対する差別撤廃運動でもある。リベレーションは<解放>の意で、リブはその短縮形。」(4)社会に対しての活動や、可視性を高める活動、ピアな立場で行う活動など、さまざまな形でのゲイリベレーションが行われている。

引用文献

(1)橋本秀雄『男でも女でもない性』青弓社 1998

(2)村瀬幸治『21世紀の性と性教育の行方』大月書店 1998

(3)財団法人 人権啓発推進センター『人権ア・ラ・カルト』 1999

(4)VIVIDセクシュアリティを考える会『セクシュアルティを考えるための用語集』1999

第2章          調査研究

1先行研究

平成10年度厚生省HIV感染症の疫学研究班MSM・1グループの「日本人ゲイ男性の生育暦とセルフ・エスティームおよび性行動に関する研究」は、ゲイ男性の性行動に関する実態と、セルフ・エスティームや生育歴などの心理・社会的背景を明らかにすると共に、性行動との関連を検証することを目的に、無記名自記式質問用紙法により行われた。

 性的指向に関する性自認、生育歴に関していじめ、自殺企図について明らかにしている。

 この研究の中で、自らの性的指向が同性愛者であると「なんとなく自覚」した平均年齢は13.8歳であり、「はっきりと自覚した」平均年齢は17.0歳であった。初めて同性愛者に会った時の平均年齢は19.0歳であり、出会いの手段はゲイ雑誌の文通欄を利用したものが最も多く、次いでハッテン場注1、ゲイバー注2などゲイメディア注3、ゲイコミュニティ注4での出会いが多数を占めることが明らかになっている。

 しかし、この研究は、次年度実施予定である本研究のためのパイロットスタディであるとの位置づけからか、もしくは対象者としての同性愛者の抽出の難しさからか、44部の質問用紙を配布し41部を回収したにすぎない。

2調査実施の概要

(1)目的

まずは、性的指向を自覚する時期、性的指向を受容する時期を明らかにする。そして、同性愛指向の青少年には自らを肯定的に自己受容するに必要な情報や知識がないことを明らかにする。また、自己受容するまでには、さまざまな葛藤や自己否定を経験していることを明らかにする。そのうえで、自己肯定するために性的指向の多様性に関する客観的な情報、肯定的な情報を提供することの必要性を明らかにする。

(2)調査方法

個別対面聴き取り調査による事例研究と、無記名自記式質問紙法による集合調査を行う。

(3)調査対象者

個別調査については同性愛者としてのアイデンティティを持っている者、集合調査については、異性愛指向であると考えていない者を調査客体とする。

3事例研究1

・対象者の言葉は自体を太字斜体で記述している。

 対象者はA君(仮名)18歳、男性で同性愛者である。現在は通信制の高校に通いながらコンビニエンスストアであるバイトをし、ゲイ団体、ゲイサークル注5に所属している。兵庫県K市で、母親と三歳年上の姉との三人住まい。家からは電車で約45分ほどで大阪の堂山(ゲイコミュニティ)に出てこられる。現在は週末ごとに堂山に出ている。K市には、A君が知る限り、ゲイバー、ゲイショップ注6はなく、ゲイ雑誌を置いてある書店も今は無い。

(1)同性愛者であると気が付いた時期

 自分が同性愛者であるのではないかとあれ??という違和感を覚えたことはなかった、自分自身が「ゲイ」だということで悩んだことが一度もなくてと語る。性的指向が同性に向くことに対しての受け入れはスムーズであるように感じられる。

(2)同性への初恋

 中学2年(14歳)の時に同級生(同性)を好きになる。

この時点で、同性愛に対しての偏見は持っていない。また、テレビなどのマスコミを通して同性愛者が存在することを知っていた。しかし直接的に誰かを知っていたわけではない。男性を好きになったことで、自分が男性であるということを疑ってはいない。同性愛者の中には、同性に性衝動を覚えることによって、自らの性自認を問い直す作業を経験する者もいる。また、誰かに相談したいという思いもなく、誰にも言わずに初恋を乗り越えている。

(3)同性愛者であると自覚した時期

 高校2年(16歳)の時に、クラブ注7で仲良くなった男性を好きになる。同性を好きになったこと自体を悩んではいなかったが、自分が周りと違うという意識があった。また同性愛に関する知識、同性間の恋愛についての情報がなかった。

 彼は好きだっていうことを言えなかったと、そのことについて当時悩んでいたことを語った。好きだと言えなかった理由を、彼は言ったら嫌われると思っていたと振り返り、相手の男性が同性であるということでA君の想いを否定し、同性愛者であることで友達としての関係すら否定するのではないかと考えたと語る。

 そして17歳の夏リストカットしてしまう。同性愛者であることのほかに、進路、家族関係についても悩んでいたらしい。進路についての悩みと、家族関係の悩みは友人に相談していたが、同性愛者であることに関しては誰にもいえないでいた。彼の中には言えないという強い意識が働いていた。その背景には、同性愛に対して肯定的なイメージを持てなかったことがあるだろう。実際彼は、周りの人間が同性愛に対して肯定的であるとは思えなかったと話している。周りの人間が(同性愛について)どう考えているのかがわからないという怖さ、同性愛者ではないかということを話した時に、同性愛指向を否定され、自分の存在までもを否定されるのではないかという怖さから誰にも言えなかったと語る。同性愛指向を自覚した者は、たとえ自分自身がそれを受け入れたとしても、周囲の人間が同性愛指向を否定的に差別的に見ているのではないかという恐れを抱いているようだ。そして、誰にも言えないことだと思い、孤立感を強める。誰もがこうして誰にも言わないため、同性愛者は当事者同士のつながりさえも作り出すことが出来ずにいる。

 同性愛者であることを受け入れたのは、この後、腕切って、何も怖くなくなったと思えるようになったからだという。同性愛者であることを受け入れるのは、死を受け入れるのと同じようなものであると考えていたようだ。同性愛者であることが、社会的に受け入れられないことであると考えていたためであろうと思われるが、同性愛者にとって、自らの性的指向を肯定的に生きていくことは、誰からも受け入れられず孤立すること、すなわち社会関係が断絶され社会的に死ぬことと同じように感じ取られている。また、同性愛者は、社会の「ホモフォビア」の中で、誰にも言えない、本当の自分を誰も知らないと、他者から愛されない、愛されたことがないと孤立感を深め、アメリカでは一般より自殺率が2〜3倍高く、実際に同性愛者の25%〜30%が平均15.5歳のときに自殺未遂をしている。

(4)性的指向の受け入れ

 17歳4月、そう(同性愛者)やねんからしょうがないわ。と開き直る。このときの同性愛指向に対するイメージは自分はおかしくはない。とマイナスイメージではないが、周りがどう見るかはからないと、自分が同性愛者としてどう見られるのかを気にしている。受け入れはスムーズであったと本人は語っていたが、同性愛者として生きる事に対しては受け入れられていなかったようだ。

(5)カミングアウト

 18歳になる前に異性愛指向の女友達に同性愛者であることを語る。

その理由を自分はまた男を好きになるやろう、ほんなら、また自分はこんな馬鹿みたいなこと(リストカット)をするのかと考え、誰かに言ってすっきりしよう相談しようという気持ちになったからだとA君は語る。

この時、自分自身がおかしいのではないかとは思ってはいないが、同性愛者であることをどう見られるのかはわからないと考え、孤独感みたいなものを持っていたという。同性愛者であることの孤独感については、中学時代から持っていたという。当事者と知り合える機会がないこと、同性愛についての知識や情報を得る機会がなかったこと、同性愛について肯定的な情報を周囲の人間と共有した経験がないことによるものだと思われる。

初めてのカミングアウトの対象に女性を選んだのは、女にしたら、自分が恋愛の対象じゃなくなるっていう安心感があるだろうからだと語ったが、逆に、男性でなかった理由は、自分が恋愛の対象になってしまうことによって、否定される確率が高いやろうと考えたからだ。同性に対して同性愛者であると打ち明けることには抵抗があったようだ。異性愛者が、性的対象となりうる異性に異性愛者であると告げるときには、同様の抵抗感が生まれるであろうか。おそらくはそれが自然なことであると、抵抗感などは生まれ得ないのであろう。しかし同性愛者は、カミングアウトをする際に大変な葛藤を経験する。それはA君がいうように、同性愛指向を、そして同性愛者であるという理由で自分自身の存在を否定され、拒絶されるかもしれないという恐れからくるのであろう。カミングアウトの対象者が、A君にとってすぐに切れる(きることのできる)関係の人間であったのも、否定される場合を想定し、否定された時には今後接することのない人間を選んでいたからでもある。

 カミングアウトをして、その相手に受け入れられたことですごい楽になったと語る。その後次々に友達へのカミングアウトをする中で、友達としては何も変わらないからという反応の中、自分が「ゲイ」であることに自信を持っていったというように、同性愛者としての自分が他者から肯定的に見られることで、自分自身をより肯定的に捕らえることができるようになっていく。しかし、現在の社会においてカミングアウトをするということは、必ずしも自分を肯定的に捕らえる機会であるとはいえない。同性愛者ということで拒絶されるかもしれないという危惧が、現実化する場合もあり、そうした時にはより自己否定感を募らせる結果になる。また、カミングアウトするかどうかは個人の選択であり、カミングアウトをしない同性愛者も多数存在する。カミングアウトをして受容されるという経験以外に、同性愛者の自己肯定を可能にする方法を探らなければならない。

(6)同性愛に関する肯定的な情報へのアクセス

 大型書店で偶然同性愛に関する書籍のコーナーを目にし、購入する。しかしその際会計にその本を持っていくのに抵抗感を覚えている。変な目で見られたらどうしようというのが彼の具体的な恐れである。過剰な反応と思えるかもしれないが、同性愛者は、同性愛者として見られることを恐れている。内在する「ホモフォビア」が原因であると考えられるが、同性愛者自身でさえ「ホモフォビア」を内在してしまう生活環境があるのではないか。

 A君は書籍を購読し、自分以外の同性愛者の存在をしり、こういうがんばってる人がおんねんなぁと感銘を受け、ゲイ団体に連絡をとろうと考える。

(7)同性愛者との出会い

 初めて同性愛者と出会うきっかけは、同性愛について書かれた一般書籍に掲載されていたゲイ団体へ連絡をとったことである。この時、ゲイ団体にはどのような人間がいて、どのような活動を行っているのかがわからず怖いというイメージを持っていた。12.3人の同性愛者と一同に会している。年齢層が20代後半から30代であったためにとっつきにくかったと語っているが、ゲイリベレーションに取り組みたいという思いから、彼はその団体に所属することになる。

(8)家族へのカミングアウト

 姉へのカミングアウトは、自分(姉)に関係がないから、私(姉)は何も変わらないと言われていたが、母親へのカミングアウトをきっかけに、自分(姉)に関係ないからっていうので認めているのにと言われ、同性愛者であることは隠すことやし、恥ずべきことやと姉に言われる。同性愛者は単なるマイノリティではなく、家族と違う性質を持っているため、家族の中での孤独感や、家族との関係で悩んでしまうことがある。

 A君は、「パレード注8」に出て(同性愛者を初めとする性的少数者を)500人とか見て、自分は少しでも楽しく生きていこうと思い、普通に家族と呼べる中では俺は「ゲイ」として生きていかれへんのかと考え、自分を含めまわりを100%にする方法っていうのを知りたかったと語る。100%というのは(同性愛者としての自分のままに)そこにいられる場所であり、それにはおかんにいう(母親へのカミングアウト)のが必要であったという。

 母親はなんで??何で「ゲイ」なん??とA君に聞いたそうである。そして、「ゲイ」であることは普通ではないといわれ、A君は、普通じゃないって言うんやったら、俺はなんなん?頭おかしいんか?俺は病気か?と母親を問い詰め、それ(同性愛者であること)は否定することでもない、頭のおかしいことでもないし、病気でもないから、それは否定することではないから、否定はしない。と説得するのだが、A君のように、同性愛についての知識を書籍などで学び、ゲイ団体にアクセスすることにより、多様な情報を得、エンパワーメントされているケースであったために、自己弁護ができたのであって、情報にきちんとアクセスできていない同性愛者は、他者の同性愛に対しての誤解や偏見を自ら解くことは難しいのではないか。

 また、母親は姉に対し家は離婚しているし、しかも弟は「オカマ」で、あんた(姉)がほんまにかわいそうや。と語った。同性愛に対する理解はこのようなもので、一般的に否定感を持たれている。そして、母親と姉は親戚にばれたくないから対外的な活動はさしひかえるようにA君に訴えた。これはA君の望む100ではないだろう。当事者が誰にもいえなかったと考えるのと同じように、家族もまた他者に知られることを恐れている。それは、当事者が拒絶的に見られることから保護するためであるのか、家族自身が拒絶的に見られかねないという恐れからの回避であるのかは分からない。

4事例研究2

・対象者の言葉は自体を太字斜体で記述している。

 対象者はT氏(仮名)24歳男性で、同性愛者である。大学卒業後、ゲイショップの店員として働きながら、HSA札幌ミーティングというゲイ団体で積極的なゲイリベレーション活動をしている。北海道S市で1人暮らしをしている。同性愛者として生活を送り、S市のコミュニティFMで週に1度同性愛に関するラジオ番組も担当している。

(1)同性への初恋

 小学5年(10歳)の時に、同性を好きになるが、この時「同性愛」という言葉を知らない。みんなそうやと思っていたと言うが、その一方で、これは誰にも言ったらあかんという意識をもっている。誰とも共有できずに孤立していた姿がうかがえる。

 この時T氏は、三重県I市で、祖父母と両親と妹、弟(6歳年下)の7人家族である。I市には、ゲイバー、ゲイショップは、T氏の知りうる限りにおいて存在しない。

(2)自慰行為

 小学6年の時に精通を迎えて以来、彼は同性に性的な魅力を感じ自慰行為を行い続ける。同性に対する性衝動を彼はみんなそうやと考えていた。その後、思春期を迎える中で、同級生とどうやら違うみたいやと感じ取っていく。性に対して未熟でありながらも、周囲が異性愛指向を意識し始める中で、相違を意識していく。そして、自分もそうやってオンナ(異性)で興奮せなあかんねんやろうなと同じでありたい、同じであらねばならないという意識も感じさせる。

 またT氏は小学生時代、「オカマっぽい」と虐められていた経験がある。男性同性愛者の中には、男らしくないと虐められた経験をもつ者がいる。自分自身が、同性愛者であるということを肯定的に受け入れていない段階で、他者から否定的に見られるならば、自己否定は進むであろう。ジェンダーにとらわれ、その枠組みに収まらない者を馬鹿にするという風潮が見られる。

(3)同性を好きになったことを意識した時期

 中学2年(14)の時に、同性を好きになった自分を意識する。この頃T氏はテレビで「ニューハーフ」を目にして、これはぜんぜん自分とは違う世界のものだと考える。同性愛という言葉の定義もなく、概念自体なかったという彼は、同性を好きになる男性は女装をして女性のように振舞う男性であると認識していた。T氏は、このようなイメージはマスコミによって植え付けられたと当時を振り返る。その頃彼は、やおい小説をこれはちょっとちゃうやんとか気持ち悪いやんと思いながらも読んでいた。同性を好きになったことをどうやら人とは違う程度の認識で、まさか自分が「ホモ」やというのに入るもんやとは気が付いてなかったと語る。

(4)同性愛に関する情報を求める

 高校2年の時、近所の古本屋でゲイ雑誌を見つけるが、買えなかったという。T氏はその理由にいつも行っている本屋やから(同性愛者であると)バレたら嫌やなと感じたことと、家に持って帰って見つかったらどうするんやと考えたことを挙げる。ゲイ雑誌を買うことで、「ゲイ」としてみられるのが嫌やったと感じてしまうほどに、彼の中の同性愛者のイメージは否定的である。しかしその後も、「ゲイ」の本を探しに行こうと考えていたことから、同性愛に関する情報にアクセスしたいという欲求は強かったようだ。

 このように、同性愛に関する情報にアクセスしたいという欲求があっても、ゲイ雑誌を購入することをためらう人は多いようだ。同性愛について肯定的な情報に簡単にアクセスできていれば、このようなジレンマは経験せずにすむのではないか。

 その後、映画情報誌で同性愛に関するドキュメント映画を名古屋で上映中であることを知り、名古屋まで映画を見に行く。この映画が彼にとって初めて同性愛に関する肯定的な情報であった。この映画を見たことによって、男性同性愛者に対するイメージが普通の人でもおるんやなとこれまでの女性的なイメージから脱却する。しかし、身近な存在ではなかったために、自分がまさかそういう範疇に入る人間やと思いたくなかったとも語る。自分のこととして受け入れるにはまだまだ否定的な印象が強かったようだ。

 さらに高校3年の時に、別冊宝島(宝島社発行)というカルチャー雑誌の同性愛特集『ゲイの贈り物』『ゲイのおもちゃ箱』の2冊を購入するが、同性愛関係以外を特集した別冊宝島を2冊同時に購入している。同性愛特集の雑誌だけでは買えんかったために、当時高校の演劇部に所属していたT氏は演劇部の資料として買っていますという顔をして購入している。同級生などが足を運ぶ書店であったために見られへんようにして買うことしかできなかった。

 同性愛者は、このように後ろめたい思いをすることがある。同性愛者であることが隠さなければならないことであるかのように錯覚させてしまう社会があるのではないか。

 『ゲイの贈り物』には、ゲイ団体やサークルの紹介、連絡先などが掲載されていたが、彼にとってこの本だけが頼りであったという。しかし、彼はゲイ団体にはアクセスしていない。同性愛指向に対してあぁ(同性愛指向で)ええんやなぁと思いながらも、自分がそれになってしまったらどうすんねんやろという恐れを持っていたせいであろう。同性愛指向に関する情報がまったくといっていいほどなかったために、そして同性愛者のロールモデルを持っていなかったために、同性愛者であることがどういうことであるのか想像もつかずに、不安感だけを持っていたようだ。

(5)同性愛指向を自覚する

 高校3年の頃、自分が同性に性的な魅力を感じることについて、なんか違うけど、まあええか。オトコ(同性)を好きな自分を意識する。この頃、同級生に同性に性的魅力を感じることを話すが、「そりゃ変やから、治したほうがええわ。」と同性愛指向を否定される。彼自身当時は同性愛者に対して肯定的なイメージは持っていないために、そうは思うと同意している。

 

(6)同性愛者との出会い

 高校3年の冬に、大学の受験勉強のための合宿に参加し、同室になったB君(仮名)に、同性が好きであることを打ち明けられる。T氏はB君のことを別に「ゲイ」とか自分を受け入れとる奴やなかったと言うが、そういう話(好きな男性の話など)ができるようになったことで、これまでの孤立感が薄れたようだ。これまでT氏は、誰にも言ってなかったので、孤立している状態であった。

 B君の家に遊びに行ったときに、初めてゲイ雑誌をじっくり見て、「エロ本」としてゲイ雑誌を認識する。確かにゲイ雑誌はポルノグラフィーのコーナーもあり、18歳未満は購入ができないものが多い。

 この頃、同性愛者の集まる新宿二丁目に行ってみたいと思い、近くまで行くが道に迷いたどり着けなかった。道を尋ねられなかったのは、新宿二丁目への行き方を尋ねることで「この人「ホモ」や」と思われたらどうしようと思ったからだという。

 まだまだ否定的なイメージが強いようで、自分がそうなってしまう(同性愛者であると認める)のは嫌やってんと振り返る。

(7)同性への恋愛感情

 T氏は大学に入学し、愛知県K市で一人暮らしを始めていた。そして、大学1年(18歳)のときに、大学の先輩(同性)を好きになる。当時は、同性愛者に対して、自分はなりたくないという意識をもっていた。それは普通とちゃうという認識から来ていた。同性を好きである自分の存在を受け入れてくれそうになかったから誰にも言えなくて一人で抱え込んでいた。この頃に、恋愛関係を思わせる女性がいたが、エッチとかできへんし、先輩(同性)の方が好きだったと言うように、自己否定はするものの、自分が同性愛者ではないかという認識は強めている。

 

(8)積極的な同性愛指向に関する情報へのアクセス

 大学2年の頃からゲイ雑誌を購入する。この頃は同性愛者に対して気持ち悪いとかそういうイメージはなかったと語る一方で、自分が「ゲイ」やとか「ホモ」やとか言われる存在になるのは嫌やったとも語る。

 大学2年の夏に、大阪のゲイフロント関西と名古屋の遊戯会というゲイ団体に連絡をとり、活動に参加するようになる。これが初めて自分が「ゲイ」やと自覚していた人に会った機会であった。しかしながら、女装はしてないんやけど喋り方が「オネェ注10」やっていう人が中にはいたようで、それがすごい嫌やってんと語る。それは、当時の彼の否定的な同性愛者のイメージに該当するもので自分が「ゲイ」やと思いたくないと強く思い、同性愛者の集団の中でも、彼は自分は「ゲイ」ではなく「バイ(セクシュアル)」だと思いますと言っていた。そして、周りの「ゲイ」にも自分はそう(同性愛者)や、自分がゲイやっていうのは言えなくて、自分はちゃうんやで(同性愛者ではない)っていうのがあったと語る。

 同性愛者であるか両性愛者であるのかは、異性愛者ではないということでは同じなのだが、T氏は男性両性愛者はオンナ(異性)と寝れる(性関係を持てる)という点で、同性愛者よりも普通であると考えていたようだ。さらに「ゲイ」っていうのは一生結婚出来ない、子どももできない、不幸な人であると考えていて、「バイ」は普通に結婚出来たりという安心感があったと振り返る。

 彼は実際には女性との性関係は持ったことがなかったが、他者から普通であると見られたいという欲求があったのだろう。それは裏を返せば、同性愛者として認識されることをひどく怖がっていたからに他ならない。そして同性愛者であることをここまで自己肯定できずに、異性愛者であらねばならないという強迫観念に似た思いを持っていたのではないか。それは無理してでもオンナ(異性)と付き合おうと思ってみたりしたという彼の言葉にも表れている。

(9)初めてのカミングアウト

 大学2年の冬に、初めて同性と付き合うことになり、すごい仲のいい女の子(異性愛者)自分は男(同性)が好きやとカミングアウトをする。

彼女は、その後手紙にて「子どもを産むのが自然だと思います。」とT氏に伝えたそうだ。同性愛者としてのアイデンティティを持たず、知識も無かった彼は、そうか、そうやなぁ。と受け止めるしかなく、「そんなん違うわ!」って言われへんかったと、当時を振り返る。

10)同性愛指向の自己受容

 大学3年の夏に東京のゲイパレード(1995年 第2回ゲイパレード)に参加する。そこで、北海道からきていたC君(仮名)に出会う。C君はHSA札幌ミーティングに入っていた同い年の大学生であり、「ゲイ」としてのアイデンティティをもってゲイリベレーションに関わっていた。T氏は彼にずいぶんと影響を受ける。「パレード」に出て、色んな人に出会って、(同性愛者に対する否定的なイメージは)結構払拭された。とT氏は語る。

 その後、C君に誘われ、春休みを利用して1週間北海道で過ごす。この1週間、彼はHSA札幌ミーティングの人たちに出会い、色んな話をしたという。そうする中で「ゲイ」でええんやと思えるようになったという。自分は「ゲイ」やっていうのを何もおかしいこととちゃうんやなと思えるようになり、(同性愛者であるということを)言うてもええんやなと考えるようになる。

 同性愛者は、同性愛指向を自己受容するための肯定的な情報をもたず、また、当事者との出会いが少なく、ロールモデルを持ち得ないために、自己受容できずに、思春期を過ごすことがある。T氏の場合でも、自己受容するまでの時間は長く、その間好きな奴の話とかが出来へんかったことや自分は「ゲイ」やということをいえる友達はおらんかったことをそういうのが出来たらよかったなぁと振り返る。

5調査結果

4回レインボーマーチに付随して行われた会合において集合調査を実施した。

配布枚数115枚、回収枚数95枚、有効回答数94枚、有効回答率81.7

 本研究の対象は異性愛者ではない者としたため、異性愛者と回答した者は分析から除外し、最終的に91名を分析対象とした。

回答者の属性は、男性77名 女性11名 その他および不明3名(図2-1)であり、平均年齢は27.2(±5.9)であった。学歴(図2-2)は大学(短大を含む)在・卒が54%と最も多く、次いで高校在・卒が20%、専門学校在・卒12%、大学院在・卒10%、中学在・卒3%であった。居住地(図2-3)は北海道が42%と最も多く、次いで関東地方28%、近畿地方23%、中部地方7%、九州・沖縄地方1%であった。職業(図2-4)は会社員・公務員・団体職員が48%と最も多く、次いで学生が21%、フリーター・派遣社員が12%、その他が11%、無職が8%であった。婚姻状態(図2-5)は、未婚者が95%と突出しており、既婚者が3%、離婚した者が2%であった。また、性的指向(図2-6)については、同性愛指向が88%、両性愛指向が4%、分からない者が3%、決めたくない者が4%であった。


性的指向を自覚した(n=81)のは平均年齢13.5歳(±5.25)で、性的思考を受容した(n=78)のは平均年齢18.8歳(±5.52)であった。初めて同性愛指向(両性愛指向を含む)について肯定的な情報を得た(n=83)のは平均年齢19.1歳(±4.47)の時であり、初めて同性愛者(両性愛者を含む)と知り合った(電話や電子メールのみを含む)のは、平均年齢19.2歳(±4.80)の時である事が明らかになった。また、初めてのカミングアウト(n=73)は、平均年齢20.9歳(±4.40)の時に経験している。(表2-1

2-1  年齢一覧

 

平均年齢

標準偏差

有効数

性的指向を自覚する

13.5歳

5.25

81

性的指向を受け入れる

18.8歳

5.52

78

初めて同性愛について

肯定的な情報を得る

19.1歳

4.47

83

初めて同性愛者と知り合う

19.2歳

4.80

85

初めてカミングアウトをする

20.9歳

4.40

73

性的指向を自覚したときに相談した相手(複数回答可 n=73)は、1.異性愛の女性の友達(11%)、2.異性愛の男性の友達(10%)、3.同性愛(もしくは両性愛)の友達(8%)であり、相談したことがない(58%)が最も多かった。

性的指向を受け入れるにあたって相談した相手(複数回答可 n=84)は、1.同性愛(もしくは両性愛)の友達(19%)、2.異性愛の男性の友達(8%)、3.異性愛の女性の友達(7%)であった。

同性愛者(両性愛者を含む)とはじめて知り合ったきっかけ(n=86)は、1.ゲイ雑誌の文通欄(19%)、2.ゲイ団体・サークル(15%)、3.ハッテン場(無料)(8%)であった。

初めて同性愛指向(両性愛指向を含む)について肯定的な情報を得たときの手段(n=75)は、1.ゲイ雑誌(45%)、2.一般マスメディア(23%)であった。

これまで同性愛指向(両性愛指向を含む)について肯定的な情報を得たときの手段(複数回答可 n=85)は、1.ゲイ雑誌(78%)、2.同性愛(もしくは両性愛)指向の友達(60%)、3.書籍(46%)、4.一般マスメディア(39%)、5.インターネット(32%)、6.男性の恋人(20%)、7.異性愛指向の女性の友達(19%)であった。

これまで同性愛指向(両性愛指向を含む)について否定的な情報を得たときの手段(複数回答可 n=85)は、1.一般マスメディア(78%)、2.異性愛指向の男性の友達(59%)、3.親(42%)、4.書籍(34%)、5.異性愛指向の女性の友達(31%)、6.ゲイ雑誌(22%)であった。

初めてカミングアウトした相手(n=75)は、1.異性愛指向の女性の友達(25%)、1.異性愛指向の男性の友達(25%)、3.同性愛(もしくは両性愛)指向の友達(13%)であった。

これまでにカミングアウトした相手(複数回答可 n=77)は、1.異性愛指向の男性の友達(70%)、2.異性愛指向の女性の友達(69%)、3.親(48%)であった。

 なお、複数回答による回答は通過率を%で表示している。

6考察

まず集合調査であるが、回答者の属性として、男性がほとんどであったのは、女性同性愛者が少ないということではなく、まだまだ女性同性愛者が表に出にくい状況があるからであると思われる。また生物学上の性別と断ったにもかかわらず、その他およびN/A3名いたのは、トランスジェンダーが数名いたことがその原因であると思われる。

居住地として、北海道が42%を占めたのは、調査の実施場所が北海道であるからであるが、ついで東京18%、大阪14%であったのは、それぞれ新宿二丁目、堂山というゲイコミュニティを抱えているからであろう。

婚姻状態については95%が未婚者であるのは、同性愛者が大部分を占めるせいもあり、年齢層も若かったせいであろう。

性的指向については、分析からは削除したが、異性愛指向であると答えたものは94名中3名である。その他はほとんどが同性愛指向であるが、中には、分からない者、決めたくない者も小数であるがいた。このことからも、異性愛指向を前提とした教育のあり方、社会のあり方を見直す必要がある。

 性的指向を自覚するのは13.5歳(±5.25)とのことであるが、それから受け入れるまでには5年余りが必要であり、思春期といわれる中学・高校時代がその中に収まる。

 しかし、中学、高校の性教育において、性的指向の多様性、性の多様性について触れられることはない。中学校で使用される保健体育の教科書には「性ホルモンは、異性への関心を高めたり、性的な欲求や興味を起こしたりするなど、心理面にも作用する。」1という記述があるだけであり、文部省が平成113月に発行した『学校における性教育の考え方、進め方』の中には、性的指向に関する記載が一切ない。また、児童相談所のような児童福祉に関わる現場においても性的少数者に対する認識は薄く、相談件数として統計を取っていない。

 ところで、アメリカでは、アメリカにおける性教育界の中心的組織である全米性教育情報協議会(SIECUS:Sexuality Information and Education Council of the United StatesアメリカのNPO)が、1994年にはじめて全米規模での総合的性教育ガイドライン(Guidelines for Comprehensive Secuality Education)を発表した。幼稚園から高校までの「総合的性教育ガイドライン」であり、その中で「性自認と性的指向」として性の多様性を前提にしての教育プログラムが展開されている。

 また、カナダのオンタリオ州の児童福祉組織であるparc(The pape Adolescent Resource Centre)では、同性愛者や両性愛者に向けての情報発信をしており、施設に保護される子どもや、里親に預けられる子どもに子ども家庭サービス・アドボカシー事務所(The Office of Child and Family Service Advocacy)から渡される『子どもの権利ハンドブック』には、第7条に「もしあなたがゲイ、レズビアンまたはバイセクシュアルであっても、あなたには一人の人間として尊重され、安全でかつ理解ある環境の中で生活する権利があります。」2と明記されてある。

日本では、自らの性的指向を肯定するための情報を自力で探し出すしかない。事例研究の1からも2からも同様のことがうかがえるが、そのままの自分でいいのだと言ってくれる人が誰もいない状況で、誰かに相談することもかなわず、拒絶されるのではないか、同性愛者の存在を、自分自身の存在を否定されるのではないかという危惧を抱きながら、自己否定する中で思春期を過ごしている現状がうかがえる。

 性的指向を自覚したとき、性的指向を受け入れるにあたって誰かに相談したかという問いに対しては、相談していないが69.9%(n=73)、63.1%(n84)と最も高い値であった。これはやはり同性愛指向について偏見があり、拒絶的な雰囲気や否定的な雰囲気があり、相談することによって、社会的不利を生じるのではないかという恐れからではないだろうか。

 相談相手として、男性と女性で違いが出るのではないかと思っていたのだが、異性愛の女性の友達と、異性愛の男性の友達には違いは見られなかった。

 ただ、自覚したときに比べ、受け入れるにあたって同性愛(もしくは両性愛)の友達への相談が多いのは、自覚した年齢では、当事者に連絡が取れる状態ではないということが原因であると思われる。

初めて同性愛指向(両性愛指向を含む)について肯定的な情報を得るのが19.1歳(±4.47)と遅く、初めて同性愛者(両性愛者を含む)と知り合うのも19.2歳(±4.80)のことである。肯定的な情報に接する手段もゲイ雑誌が突出しており、知り合うきっかけもゲイ雑誌の文通欄が一番であった。ここからも、同性愛指向に対する情報がほとんどなく、当事者による情報発信を頼りにしている現状が明らかであろう。

 カミングアウトについてであるが、調査対象者に偏りが合ったために高頻度で経験をしていたが、カミングアウトは全ての同性愛者がする行動ではなく、カミングアウトするかどうかはあくまでも自己選択される内容である。本研究では、カミングアウトをライフイベントの一つとするのなら、おそらくは性的指向を自己受容した後であろうと考え、そのことを実証すること目的としただけである。本研究の限界にも記しているように、これが日本における同性愛者の代表性のあるサンプルであるとは考えにくい。

7本研究の限界

●サンプリングバイアスについて

同性愛者は自らを同性愛者であるとして発言、あるいは行動しない限り同性愛者であると認識されることはない。それゆえ、同性愛者を対象にした調査を実施するにあたって、適切な機会が得られず、今回はHSA札幌ミーティングの協力により、第4回レインボーマーチに付随して行われた会合において無記名自記式質問紙法により集合調査を実施したのだが、ゲイリベレーションの一環であるゲイパレードに付随した会合に参加していたものは、日本各地でゲイリベレーションを行っているゲイ団体や、個人であり、そこで得られたデータが日本の同性愛者の代表的なサンプルであるとはいえない。なぜなら、同性愛者であることが社会的不利を招くのではないかと危惧される状況下で、同性愛者として行動できる者と、できないものとの間には、自己受容度の相違がありうることが考えられるからである。

●日本の実態

日本での同性愛研究は、母集団の設定が困難である。同性愛者は可視化されにくいからである。現在のように、「ホモ」「レズ」「オカマ」という言葉による虐めや嫌がらせがある中で、同性愛者は同性愛者であるとカミングアウトすることができず、

自らの性的指向を否定的に捕らえることが多い。そのような状況下では、同性愛者のサンプリングをするにも、母集団の設定が困難である。

注1:ハッテン場・・・「ホモセクシュアルやバイセクシュアルの男性が、主に一回限りのセックス・パートナーを求めて集う場所。普通はその場所で性行為を行うが、ハッテン場で知り合ってからホテルに行くということもある。講演やポルノ映画館のように自然発生的にハッテン場となった場所もあれば、ビデオボックス、ゲイサウナなどのように配所からハッテン場として作られた商業施設もある。」(3)

注2:ゲイバー・・・同性愛者を主に対象にしたショットバー。女装をしている男性店員が働いていると考えられがちであるが、異性装をするバーもあるが、その多くは、店員も客も同性愛者であるというだけである。

注3:ゲイメディア・・・ゲイ雑誌や、インターネットのホームページなど、同性愛者自身による情報発信をゲイメディアという。しかしながらゲイ雑誌の中には異性愛者が編集長を務めているものもある。

注4:ゲイコミュニティ・・・「レズビアンやゲイが集まるバー、クラブが密集している地域(新宿二丁目など)という意味で使われることもあるし、「自分たちの居場所」だと思える場所(ゲイ・サークルなど)を指すこともある。」(4)

注5:ゲイショップ・・・ゲイコミュニティの中にあり、ゲイ雑誌や、同性愛者向けアダルトビデオ、コンドームや潤滑剤、下着やその他雑貨を扱っている。ゲイ団体の会報誌を販売しているショップもある。

注6:ゲイ団体、ゲイサークル・・・同性愛を対象にしたセルフヘルプグループを主にゲイ団体という。NPOとして組織されているものもある。電話相談や、抗議活動など幅広い取り組みを行っている。ゲイサークルとは、同じ趣味を持った同性愛者のサークルで、スポーツから文化方面までさまざまなものがある。

     HSA札幌ミーティング(北海道セクシュアルマイノリティ協会)

活動目標

1)性的少数者であることに誇りをもって受け入れ合い、性的少数者の孤立を解消する。

2)性的少数者を多様な生き方の一つとして偏見なく許容する社会の実現に努める。

3)地域の性的少数者に正確で有用な情報、および自分らしく生きる環境を提供する。

活動内容

     性的少数者に必要な知識、情報を世界中から集めています。

1) 札幌ミーティングはインターネットを利用し、世界各国の性的少数者やその団体と交流しています。

2) 北海道内の他のゲイ・レズビアングループとも活発に情報交換をし、協力関係を保っています。

3) 性的少数者のグループだけではなく、他の差別問題、女性問題、エイズ問題などを扱う団体に性的少数者として協力しています。

4) 毎週金曜日に専任のカウンセラーが電話相談を行っています。

     地域の性的少数者に役立つ情報を発表しています。

1) 的少数者の情報誌に札幌発の情報を提供したり、新聞や一般誌に性的少数者としてのメッセージ、コメントを発表しています。

2) 地域の公共施設で講演会や勉強会などを開催しています。

3) 定期的にゲイ・レズビアンナイトなどのパーティも開催しています。

4) 機関誌「ニュースレター」を毎月1回発行しています。

○性的少数者への差別、偏見に対して抗議活動を展開しています。

性的少数者に対する警察の不当捜査やマイナルイメ−ジを垂れ流すマスコミに対し抗議活動を展開し、性的少数者への偏見をなくすよう働きかけています。

○自分自身に対するボランティア活動です。 

札幌ミーティングは性的少数者すべての為に活動しているわけではありません。誰の為でもない、性的少数者である自分自身の為に活動しているのです。

○ミーティングが行っているイベント

・コミュニケーションブランチ(毎月第2土曜日)

・定例会(毎月最終土曜日)

・お花見(毎年5月)

・ウルトラKMDナイト(クラブイベント。6月、11月)

・パレード(毎年夏に実行委員会を組織して開催)

・講演会(不定期)

・演劇公演

○HSA札幌ミーティング電話相談 (毎週金曜日 20時〜22時)

○札幌ミーティングニュースレター(毎月1回発行)

     ゲイフロント関西・・・1994年に発足し、関西を中心に活動しているグループ

目的

1) 社会にゲイの存在を知らせ、ゲイへの差別と偏見を解消し、セクシャリティの多様性を認めさせる。

2) 大多数のクローゼット・ゲイに情報を提供し、孤立しがちなゲイを支援し、ゲイのネットワーキングをすすめる。そのために、ニュースレター、ミニコミ誌、ボイスマガジンなどの発行、ビデオ上映会、討論会、パーティーなどの企画、マスコミや行政への啓蒙・抗議活動、他団体との交流など、さまざまな活動を行っている。

注7:クラブ…クラブバーのこと。80年代ディスコと呼ばれていたようなもの。

注8:パレード…4th Rainbow Parade in SAPPORO:「性的少数者と性的多数者が互いに手を取り合う社会の実現のために、まず自分たちの存在を知ってもらいたい。」(5)と可視性を高めるためにHSA札幌ミーティングが1996年から毎年行っているパレードのこと。日本では1994年に東京で初めてのパレードが行われ1000人以上が参加。

注9:やおい…「同人誌の少女たちによる「アニパロ」(アニメパロディ)を自嘲的に称した造語で、ヤマなし、オチなし、イミなしの略。一九八○年代初め、ロリコンブームに対抗して始められた半ズボンの「少年趣味」ショタコン(正太郎コンプレックス)と少女マンガの二四年組によって生まれた「少年愛」路線(耽美派、JUNEともよばれる)が結びつくことで生まれた。」(6)

10:オネェ・・・「オンナっぽさを過剰に、そしてディフォルメして、自分の言葉遣いや仕草に取り入れているゲイのこと。」(7)

引用文献

(1)森昭三(編) 文部省検定済教科書『新・中学保健体育』学研 1997

(2)許斐有 「カナダ・オンタリオ州の子どもの権利ハンドブック」『社会福祉問題研究』(大阪府立大学社会福祉学部)第48巻第1号 1998年 139-166

(3)(4)(7)VIVIDセクシュアリティを考える会『セクシュアルティを考えるための用語集』1999

(5)HSA札幌ミーティング『the 4th rainbow march in SAPPORO1999

(6)自由国民社(編)『現代用語の基礎知識1997年度版』自由国民社1997

第3章          同性愛者とエンパワーメント

 わたしは、19985月末よりインターネット上に同性愛者として個人ページを立ち上げた。以来インターネット上での情報発信を続けてきたのだが、同性愛指向を自己受容できていない人や、社会生活を異性愛者として過ごすクローゼットでいることに疲れを感じている人たちからの相談事がインターネットメールにより数多く送られてきた。同性愛者は、身近に同性愛に対する肯定的な情報を得る機会が少なく、アイデンティティを確立できていないものが多い。インターネット上で、チャットやメール交換でしか同性愛者とのつながりを持たない者も多く、実際に同性愛者と対面した経験のない者が多いように思われる。

 彼らは、これまでの義務教育や高等教育の中で、同性愛について肯定された経験がなく、また、身の回りの人間からも、肯定的な話を聞いた経験が無い。同性愛者は、同性愛者としてのアイデンティティを確立する機会を持たずに思春期を経ていく。

 同性愛者は好んで同性愛者になるのではない。同性愛指向であるために、同性愛者として生きるか、クローゼットとして生きるかの選択を迫られるのだ。その多くは、クローゼットとしての生活を選択する。しかし、それは自ら望んでの選択であるよりも、選択せざるを得ない状況があるのだと思われる。

 男性同性愛者には、小学校・中学校時代に、女性的であるといじめられた経験をもつ者も多い。彼らが自らの性的指向を自覚したとき、同性愛に対して拒絶的で否定的な社会はすでに経験より明らかであり、自らを同性愛者であると言えないばかりか、自ら内在する「ホモフォビア」により自己否定をすることも多いようだ。

 同性愛者がいかに孤立しているのか、内面に葛藤を抱えているのかは、現在数多く存在する同性愛者のホームページに書かれている手記からも明らかであるが、それが社会に認知される機会は本当に少ない。

 同性愛者が、同性愛者として存在できる場所は少なく、ゲイバー等がそれにあたるのだが、ゲイバーがどこにあるのか、どの店がゲイバーであるのかという情報を得ることさえも難しいのが現状である。

また、ゲイ雑誌を買い求めるときなどに、他者からどう見られているのかを過剰に意識し、また、家族や友達に、同性愛者であるということを気付かれないように必死になっている者も多い。

 女性同性愛者の場合には、1999年現在、女性同性愛者向けの雑誌は無く(廃刊になった)、また、女性同性愛者向けのバーやクラブイベントは少ない。おそらくは男性同性愛者以上に孤立しているであろう。

 友達関係においてでさえ、偽名を使い、普段自分が生活している部分を一切出さない者もいる。学校名や、職種、会社名など、個人情報をまったく共有しない人間関係が存在する。

 これらは、おそらく、日常生活を送る上で、同性愛者であることが社会的不利を生じさせるのではないかと危惧しているからであろうと思われる。

 このように同性愛者は、同性愛者として尊厳を持ち生きることを困難とさせる「ホモフォビア社会」の中で生活している。

 伊藤悟は「私たち同性愛者は、異性愛者の価値観で構成されて動いている社会の中で、性的指向を隠して異性愛者のふりをして生きることを強いられています。そのために必要とされる莫大なエネルギーは、私たちが自分の可能性を最大限に発揮して、のびのびと生きていく力を奪っています。それどころか、私たちはいつも自分を責め、自分の考え方や行動や生き方を否定し続けるという状況に追い込まれているので、常に心に葛藤を抱えることを余儀なくされています。そんな中で、神経症になったり、ついには命を落とすところまで追いつめられることさえあります。つまり、同性愛者は人間らしく生きることができないの」(1)だと述べているように、同性愛者は、その存在を隠すことを強いられ、そのことに苦しんでいることがままあるようだ。

 なぜなら、「公にカミングアウトしない限り同性愛者も異性愛者のカテゴリーに属しているとみなされる。「本物」の異性愛者とまったく同様に、クローゼットの同性愛者の表向きの異性愛者としてのアイデンティティもまた、言挙げされることなく《当然のこと》として流通する」(2)ことになり、同性愛者は身近に存在しないものと考えられ、同性愛者は気持ち悪いといったような発言が横行し、さらに、カミングアウトできない状況を作り出している。

 伊藤は、「十代の頃、同性愛についての正確な情報があったら、あんなに自分を否定して悩み苦しむ必要はなかっただろう」(3)と言っているが、今でもそれほど状況は変わっているとは思われない。まず、同性愛に関しての肯定的な情報が、極端に少ない。性的指向を受容していない10代が入手できる情報は、一般マスメディアによるものと、インターネット程度であると思われるが、一般マスメディアにおいてはまだまだ十分に肯定的な情報が流れているとは思えない。同性愛に関する著書はいくつか出版されているが、学校や、公共の図書館にどれだけ置かれているだろうか。大阪府立大学の総合情報センターには、わたしが入学した平成8年の時点では、同性愛に肯定的な書籍は一冊も存在しなかった。その代わりに、同性愛は性倒錯であるとするものなど、一昔前の記述をしたものだけが存在した。さらに、テレビなどで、同性愛者はあいかわらず笑いの対象として描かれ、デフォルメして伝えられている。

「大部分の同性愛者が、一〇代半ばまでには自分の性的指向をはっきり意識しています。もちろん周囲の「ホモ」「レズ」「おかま」といった侮蔑やからかいによって、そのことを誰にも話せずに一人で抱えることをほとんどです。同性愛者の思春期は、性的指向に気づくときに感ずる周囲との違和感に始まり、人に知られまいとする様々な苦労などを一人で背負い込む時期です。」(4)と、伊藤が言うように、同性愛者である自分に気がついたとき、そのことを肯定的に受け止めることができず、だれにも言えずに、じっと苦しむ青少年がほとんどである。

彼らに必要なものは、まずは情報であろう。性の多様性をきちんと教育し、内在する「ホモフォビア」を解消する必要がある。そして、同性愛者である自己を否定せずに生きていけるようにエンパワーメンとする必要があるだろう。

 同時に、異性愛社会を見直し、性的少数者が生きやすい社会を構成していく必要がある。そのためには、教育、福祉、医療、そのほかさまざまな部面において、性の多様性を前提にした取り組みをおこなわねばならない。

 同性愛者のためだけにそうするのではなく、広く多元主義に基づいた異化によるノーマライゼーションを進める中で、一人一人が生きやすい社会が構成されるのであろう。

引用文献

(1)(3)(4)(5)伊藤 悟『同性愛の基礎知識』あゆみ出版 1996
(2)キース・ヴィンセント(Keith Vincent)、風間 孝、河口 和也『ゲイ・スタディーズ』青土社 1997

おわりに

 わたしは同性愛者である。

 人間関係を築く中で、わざわざ同性愛者であることを、いや、異性愛者ではないことを宣言しなくてはならない社会がある。そのたびに同性愛指向に対して拒絶的な反応をされることを想定しなければならず、また、興味本位でプライバシーに立ち入られるかもしれないことを覚悟しなければならない。

 同性愛者であるために起こるさまざまな問題は、決して個人の内面葛藤や、個人の社会関係における問題ではない。今ある社会システムの中では、多くの同性愛者たちが内在する「ホモフォビア」と戦いながら孤立している。そして多くの同性愛指向の青少年が、エンパワーメントされることを待っているのだ。

参考文献

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     すこたん企画ホームページ

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     AGPの(Association of Gay Professionals in Counseling and Medical Allied Fields)ホームページhttp://www.gnj.or.jp/agp/

     HAPPY SWINGホームページhttp://www.alles.or.jp/~happys/

     ISC(Intersex Collaborated)ホームページ

http://www.ops.dti.ne.jp/~ncc1203b/

White Ribbon Campaignホームページhttp://www.wrcjp.org/