アンディ・フグ追悼記念
「アンディ・フグとはなんだったのか」

 アンディ・フグとはなんだったのか?
 「青い目のサムライ」と人は言うが、アンディの瞳の色は少なくとも青くない。「サムライ」と言う割には、試合後の言い訳が多い。特にK-1GPに優勝後は、負けるたびに「実は昨夜から熱があった」とか「3日前に体調を崩して寝込んだ」とか、よく言い訳をした。「サムライは言い訳をしない」というのが定理かどうかはともかく、あまり潔い人物でないことは確かだ。これならまだ獣神・サンダーライガーの方が潔いのだ(彼はG1クライマックスで負けても、あんまり言い訳はしなかった)。

 それはともかく、アンディ・フグが初期のK-1を盛り上げたキャラクターであり、ファイターのひとりであったことは確かだ。なんで「キャラクター」なのかというと、初期の彼は必ずしもK-1の一線級のファイターではなかったからだ。言葉は悪いが「空手出身」という看板を背負った、客寄せパンダであったと言える。外国人だが空手出身、得意技は華麗なカカト落とし、と言うだけで、日本人の心をくすぐるじゃないですか(日本人じゃなくてもくすぐられそうだ)。しかもなかなかの美男子だ。さらにバラエティー番組に出演し、ユーモアのあるところもしっかり見せてくれた。アンディ・フグは、初期のK-1を、格闘技オタク以外の人にも親しみやすくした、最高の「キャラクター」であったのだ。

 しかし、極真時代のアンディ・フグを知る人々の目に、このころのアンディが歯がゆく写ったのは、想像に難くない。極真時代のアンディ・フグは、今で言えばフランシスコ・フィリオやグラウベ・フェイトーザといった外国人ナンバー1選手だったのだ。華麗な足技を引っさげて世界選手権に登場し、瞬く間に決勝戦に進出した。カカトを大きく振り上げ、相手の頭部に振り降ろす「カカト落とし」に、日本のカラテ少年たちは驚愕した。テコンドーではメジャーな技だが、当時の日本で実際に目にしたことのある選手は、ほとんどいなかったのではないか。私も、アンディ・フグのカカト落としを見るまでは、実際に見たことはなかった。

 この時の決勝戦の相手が、若き日の松井章圭(今でも若いが)である。そう、現・極真会館館長である。このころはまだ「外国人に世界選手権を勝たれたら、腹を切れ」と本気で言われていた時代で、(松井館長が図抜けて天才的なカラテ家だったというのもあるが)松井館長がアンディを下して世界チャンピオンになっている。アンディはこの次の世界選手権の確か二回戦か三回戦で、無名のブラジル人選手になんと一本負けしてしまう。ブレークした直後、顔面にモロにハイキックをもらってダウンしたのだ。このブラジル人選手こそ、フランシスコ・フィリオであった。

 極真を離れて正道会館に移ったアンディは、そこで無敵の外国人選手として不動の地位を築いた。佐竹と並んで、正道会館の顔であった。やがてK-1開幕と同時に主戦場をK-1に移すが、当初は顔面アリのスタイルに馴染めず、第一回ではパトリック・スミスに無残なK.O.負け。第二回では当時まだ髪の毛が少しだけ残っていた(で、なおかつ無名の)マイク・ベルナルドにT.K.O負けする。

 ここから必死にボクシングテクニックを磨き、K-1王者に昇り詰めた辺りが、アンディのすごいところだ。と同時に、多くのファンの心を捉えて離さないのも、こうした「どん底からの復活」というのを、アンディが体現してみせたせいでもある。第三回でマイク・ベルナルドを破って頂点に立つと、その後もK-1になくてはならないファイターとして活躍した。このころのアンディはすっかり顔面有りルールにもなじみ、パンチでK.O.を奪ったりしていたが、同時に華麗な足技も忘れなかった。とにかくパンチでガンガン押していって、ローキックでジリジリ攻める選手が多いなか、後ろ回し蹴りやハイキック、飛び膝蹴りなど、多彩な足技を見せたのは、アンディくらいだった。
 アンディ・フグが多くのファンをひきつけた理由は、ここにもあると考える。アンディの技は、どれをとってもとてもきれいなのだ。ローキックひとつを比べても、ピーター・アーツのいかにも鈍重そうな、カッコ悪いフォームに比べ、アンディの鋭い、スピードのあるフォームは実に美しかった。パンチ一つをとっても、アンディの左ストレートや左フックは、とてもフォームがきれいだ。肉体もバランスがとれた体形をしており、筋肉もギリシャ彫刻のような付き方をしている。そのうえ、放つ技の一つ一つがとても美しいのだ。アンディはK-1のなかでは、最高の「ビジュアル系」であった。今のK-1で、アンディにかなうビジュアル系はいない。単純に肉体だけ見れば、バンナやサム・グレコも立派だが、技の美しさはアンディにはるかに及ばない。

 そして、アンディのいいところは、そういうビジュアル系のくせに、私生活は極めてストイックであったということだ。毎朝5時に起きて練習し、食事やコンディション作りには人一倍、気を遣っていた。冷たいものはほとんど飲まず、いつも日本茶かC・C・レモンを愛飲していたという。日本の禅や武士道に造詣が深く、禅の話をさせると、なかなか終わらなかったという。この辺りは確かにサムライくさいかもしれない。

 なにはともあれ、我々を心から楽しませてくれてありがとう、アンディ・フグ。惜しむべくは、あなたの育てた選手を見ることが、今後絶対にないということだ。トレーナーとして、どんな選手を育てるか、実に楽しみだったのだが。

TOPページに戻る