*誕生*
空手の源流についてちょっとした覚書をしておこうと思う。空手の原形は中国拳法に求められる。これが15世紀ごろに沖縄へ伝わり、17世紀初めまでに格闘体系として確立されていったとされている。古くは「唐手」と書いてトーチーと読んだらしい。唐手には大きくわけて二つの流派があり、それぞれ「首里手」、「那覇手」と呼ばれた。
首里手は北派少林寺拳法の流れを組む体系で、糸洲安恒の糸洲派が有名。この人に教えを受けた人物が糸東流の開祖・摩文仁賢和。首里手の流れを組む流派には松涛館、和道流がある。
一方、那覇手は東恩納寛量という人が中国福建省に赴き、達磨大師を祖とする拳法を学んだのが始まりといわれている。この東恩納氏に教えを乞うた宮崎長順が作り上げたのが剛柔流で、以上の糸東流、松涛館流、和道流、剛柔流を合わせて4大伝統派という。首里手についてはかじったことがないのでまったく分からないが、剛柔流は力強い動きが特徴。動物の型(虎、鶴など)や投げ技もあり、総合格闘技としての色彩が強い。昔はフルコンだったらしいが、今は寸止め。
*発展*
これらの伝統派がまた枝分かれして、各地に多数の分派が生まれた。学校教育や社会人スポーツのためにこれらを統合して生まれたのが全日本空手連盟(通称・全空連)。試合は組手と型競技の2種類があり、組手ではセーフ面、拳サポーターなどを付けて寸止めのポイント制で行う。一方、剛柔流を学んだ大山倍達が、地上最強の空手を標榜して作り上げたのが極真空手。試合はすべてフルコンタクトで行われ、投げ、拳による顔面攻撃はなし。ちなみに真空飛び膝蹴りで一世を風靡した沢村忠も、もとは剛柔流の門下生であった。
全空連は学校教育を中心に、広く行われるようになっていった。現在、国体やインターハイなどで行われる空手は、ほとんどが全空連ルールで行われている(はずだ)。スピードのある突きの応酬が特徴で、蹴りは前蹴りがあるくらい。素早い突きを繰り出す必要があるため、半身に構えて前後の動きを重視するのが特徴。回し蹴りはめったに見られない。
一方、極真もキックやプロレスから始まった格闘技ブームにのって着実にすそ野を広げていった。マス大山の直弟子からはU.S.A大山空手、芦原会館、北斗塾などが誕生。直接関係はないが、無門会などのフルコンタクト団体も極真の影響下に誕生した団体である。芦原会館からはK-1を立ち上げた正道会館が誕生し、現在のフルコンタクト団体の多くは、多かれ少なかれ極真の影響を受けているといっても過言ではない。