ソウル紀行
(その1)

1、韓国までの遠い道のり

 韓国は、以前から一度は行ってみたい国だった。隣の国なのに行ったこともないというのは、なんだかおかしいような気がしたからだ。これは個人的なこだわりなので「そんなことないやろ」と思う人はそう思っていただいて結構。ただ、隣の国に行ったこともないのに、やれヨーロッパに行っただとか、アメリカに行っただとかいうのは、個人的なこだわりとしておかしいと思っていたわけだ。
 韓国に行きたい理由は、ほかにもあった。仕事上、在日韓国人の人と会う機会が多く、日本と韓国の関係について考えさせられることが実に多い。知識として、かつて日本が占領し、日本の文化を強要したということは知っていても、実際に韓国という国がどういうところかは知らない。実際に行ってみて、この目で見てみて、どういう国なのか知りたいという気持ちがあった。そしてもう一つ、これはソウル五輪のころから持ち続けていた希望なのだが、韓国で犬を食べてみたいというのがあったのだ。韓国では、犬を食べる。眉をひそめないで欲しい。それでは、日本人が鯨を食べるから、という理由で、日本人を非難する欧米諸国の人々と一緒だ。あらゆる民族には、それぞれに固有の食文化があり、それを他民族が否定したり、非難したりすることほど無意味なことはないと思う。
 ソウル五輪開幕の折り、韓国当局は犬を食べるという習慣を他国から非難されるのを防ぐため、おおっぴらに犬を食べさせることを宣伝させないようにしたという。以来、韓国で犬を食べさせる店は、ローカル向けの店ばかりになってしまった。また、ずばり「犬(狗)」と呼ばずに「栄養ビーフ」とか呼ぶようになった。それでも長年の習慣がそうそう消えるわけはなく、今でも韓国では狗肉を珍味として食べる。これを一度、食べてみたかったのだ。日本で食わせる店なんて、そうそうないでしょ?

 そういう理由で、一度韓国に行ってみたい、行ってみたいと思いながら、長い年月が過ぎた。ようやく昨年の秋にパスポートをとり、このたび社会人になって初めて大型連休が取れたので、3泊4日でソウルに行くことにしたのだった。本当は釜山から慶州〜ソウルと韓国内を縦断したかったのだが、日本〜釜山〜ソウル〜日本という航空券が高かったので、断念。ガイドブックなどを見て、意外とソウルにも見どころが多そうだったので、ソウルをじっくり見て回ることにしたのだ。ちなみに、今回が初の海外旅行である。

2、出国〜ソウル到着まで
 行きの飛行機は、24日の午後6時関空発アシアナ航空便。往復で39000円で、奈良のH.I.S.で購入した。韓国へ旅行する人はとても多いので、リコンファームはきちんとしておいたほうがいいと聞き、出発日の朝にリコンファームを済ませる。午後2時半、高田市駅発の急行に乗り、近鉄阿部野橋で降りて、向かい側にあるJR天王寺駅へ。ここで関空快速(関空まで1030円。高い!)に乗り、関空まで約40分。駅を出ると、目の前が関空だ。案内看板を見て、旅客ターミナル4階で引換券を航空券に引き換える。出発までまだまだ時間があるので、3階の売店で安物のデジタル腕時計を買った。普段は時計を持ち歩かない(携帯電話を持っているので必要ない)ので、めったに腕時計はしないのだが、旅行先ではたぶん必要だろう。宿泊予定のホテルは外国人向けのゲストハウスなので、日本のビジネスホテルにあるような目覚まし時計もないだろう。そういう訳で、どっかで買っておかないとと思っていたのだ。
 それからアシアナ航空のチェックインカウンターに並ぶ。なんかのツアーだろうか、すごい行列だ。しばらく待っていたら、アシアナ航空のユニフォームを着た人がやってきて「野下さんですか?」と聞く。そうだ、というと、行列をパスしていきなりカウンターに連れていかれた。どうやら団体客用のところに並んでいたらしい。荷物はリュック一つなので、預けない。航空券とパスポートを提示して、搭乗券を受け取る。それから荷物の検査を受け、出国カウンターへ。H.I.Sからもらった出入国カードにはすでに記入済みなので、それをパスポートと一緒に提示する。特になにも聞かれないので、そのままカウンターをパス。これであとは飛行機に乗るだけだ。

 関空には初めて来たが、なんとも趣味的な建物である。たぶん、デザインした人が、楽しみながらやったのだろう。あらゆるところになんというか、趣味的なデザインが見受けられる。曲線を描いたパイプの屋根、むき出しのエレベーターなど、いやまあ、なんというか。
 待ち合いロビーでシドニー五輪の女子マラソンのリプレイを見ているうちに、搭乗時刻が来たので、飛行機に乗る。隣席は白人の若いニイチャンだが、着ているものがとてもだらしない。しかも風邪をひいているのか、しきりに咳をする。機内食を食べた後に、コンタックせき止めを緑茶で飲んでいたが、全く咳が収まる様子はなかった。飛行機のなかが随分と寒かったせいかも知れない。ちなみに機内食は寿司詰め合わせ(ちゅうても巻きずし2つと鱒の押し寿司が1つ)、抹茶ソバ(一口だけ)、クラッカー、プロセスチーズ、オレンジジュース、ベーグルに似たパンにポテトサラダを挟んだもの、オレンジ1/4個、小さいチーズサンドイッチだった。情けないことに、これだけで腹一杯になってしまった。

 機内では、韓国の出入国カードに記入した後、藤沢周平の直木賞受賞作「暗殺の年輪」を読む。随分前に買って、ようやく手をつけた。受賞作を含む短編集で、一話を読み終えたところで金浦(キンポ)国際空港に着いた。約1時間50分だ。韓国の入国手続きは時間がかかると聞いていたが、そんなに時間はかからなかった。ハンコを捺してもらって終わり。税関も申告するものがないので、用紙を渡してすぐにパス。空港の銀行で3万円分を両替する。10ウォンが約1円なので、3万円は30万ウォンになる。財布がパンパンになって、金持ちになった気分だ。空港から出ると、目の前に地下鉄に続く階段がある。なぜか、ほとんど人はいない。みんな空港バスを使うのだろうか?ちなみに韓国でも「ドット・コム」化は著しく、地下鉄の駅でいきなりこんな看板を見つけた(右。小さくて分からないが、クラッカーの写真の部分に「chosun.com」と書いてある)。これは一例で、韓国の町中には日本に負けないくらい、HPアドレスやメールアドレスが看板や広告に書き込まれている。びっくりしたのは、ニュースを見ていると、キャスターやリポーターの名前の下に、メールアドレスが表示されるのだ。視聴者がメールを送れるようにとのことなのだろうが、これが本当の「マルチ(双方向)メディア」というやつであろう。その点では日本は遅れていると思った。

 ソウルは地下鉄が発達していて、賃金がすごく安い。空港から市内中心部までが700ウォン。つまり約70円だ。韓国にいる間、地下鉄では700ウォン以上の賃金を払ったことはなかった。この安さは日本の鉄道料金を考えると、驚きである。しかも縦横無尽に走っているので、地下鉄で大抵のところに行ける。駅や車内はきれいで、日本の地下鉄のように空気がよどんだりしていない。日本に帰ってきて関空快速に乗ったとき、車内が汗臭いと感じたくらいである。切符は自動販売機があるが、小銭しか使えないので、紙幣しかないときには窓口で行き先を告げて買う。今晩、泊まる予定のゲストハウスは乙支路4街(ウルチロ・サーガ)という場所にあるので、窓口で「ウルチロ・サーガ」と告げて切符を入手。約45分で到着した。

 地上に出ると、えらい暗い。なんだか、寂れた場所である。ソウル歩きの拠点にさだめたのは、「Traveller`s A」というモーテルである。モーテルといっても、実態はゲストハウスだ。最近、韓国ではモーテルと名付けるのが流行っているらしい。「地球の歩き方」で行き方を確認するが、その通りに歩いていくと、なんだか真っ暗な路地に入って行ってしまう。これでええんかいな、と思っていたら、路地に「MOTEL A」という看板を発見。看板の矢印にしたがって歩いていくと、路地の奥に目指すモーテルがあった。写真は昼間の様子である。入り口から2階に上がると、カウンターにおばちゃんがいたので、英語で「今晩空き部屋はあるか?」と聞いてみる。そしたら英語で「1階に行け」というので、おばちゃんに連れられて一階へ。テラスのようなところを抜けていくと、簡素な広間があって、東洋人2人と白人1人が英語で談笑していた。どうやらここが目指す場所らしい。東洋人のひとりが英語で「ここでは靴を脱げ」というので、靴を脱いだ。しばらく待つと、私と同じくらいの年齢の女性がやってきた。どうやら彼女がここの女主人らしい。「空き部屋はある?シングルがいいんだけど」と聞くと「ドミトリーはこの値段、シングルはこの値段だ。どうする?」と聞き返された。ドミトリーなら12000ウォン、シングルなら17000ウォンだ。本当はシングルでゆっくりしたかったが、やたらとドミトリー、ドミトリーと言うので、「じゃあ、ドミトリーでオッケーだ。3日滞在する」と返事する。「料金は前払いだ」と言うので、3日分36000ウォンを払う。

 私が到着したとき、このゲストハウスには3人が滞在していた。「靴を脱げ」と言ったのは、北海道の公務員のY氏、もうひとりの東洋人も日本人で、これまた北海道のK氏。白人男性はフランス人で、このほかにもうひとり、日本人の女性がいた。彼女はカナダにワーキングホリデーに行った帰りで、シンガポールやカンボジアをぶらぶらして、ソウルには友人がおり、すでに1カ月くらい滞在しているという。「韓国には狗肉を食べにきた」というと、予想通りみんなに眉をひそめられた。まあ、普通の反応だろう。
 ドミトリーは狭く、フランス人とY氏のいびきがすごくて、さらに室内に蚊がおり、なかなか寝つけなかった。眠ったのは何時ごろか。午前4時か、そんなころだろう。窓の外が薄ぼんやりと明るかったのを覚えている。

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