「あ、そろそろ時間ですねぇ」







 外から差し込む朝日を浴びながら、私はエプロンのポケットに入れた懐中時計を見て呟いた。



 朝五時になると、メイドの一日が始まる。



 ちなみに何で私が起きているか、と言えば、単に交代制の見回り中だったから。



 一緒にこの屋敷でメイドをしている妹は比較的夜に弱いので、私が深夜から明け方にかけて担当している。



 私の場合、眠くなっても色々ごまかす方法もあるし……。



 とりあえず私は、妹である翡翠を起こすために彼女の部屋へ向かった。



 扉を開ける。



 ベッドにはすうすうと安らかな寝息を立てている妹が眠っている。



 見た目は私と良く似ているようだが、彼女には私に無い可愛さがあるように思える。



 こうしてみると、私も眠っている時はこんな表情をしているのか、とも考えるが、きっとそうでも無いだろう。無口ではあるが、彼女には他人をひきつける何かがある。私には無い何か……。



 っと、あんまりこういう事を考えていると、また考えすぎとか言って、翡翠ちゃんに怒られちゃうか。



 彼女は結構私の考えている事に関しては鋭い。さすが双子と言う所か。他の部分は相当鈍かったりするのに。



 まぁしかし本当に安らかに眠ってるわねー。



 そんな姿を見ると、ついつい悪戯心が刺激されてしまう。



 私はおもむろに翡翠ちゃんの口元に指を近付けてみた。







「ん…………あ…………ん」







 無意識なのだろう。翡翠ちゃんは指が口先に触れると、殆ど条件反射で口を薄く開き、私の指にぱくりと食いついた。いや、そんな可愛らしい感じじゃなく、ちょっとえっちな感じで……。



 むむむ。これは志貴さんもとち狂っちゃいますねぇ。



 翡翠ちゃんは噛み付くとか嘗め回すとかそういうわけじゃなく、ただ指を咥えるだけ。軽く舌が当たったりするが、変に意識していないためか、その無防備な感じがまた、相手を信頼していると言うか何と言うか。ああ。志貴さんの気持ちがちょっと分かるかも。



 でもまぁ何時までもこうしている訳にもいかない。私は声をかける前に、ゆっくり翡翠ちゃんの口から指を引き抜いた。するとその途端。







「あん…………志貴さまぁ……」







 うふふふ……まぁこれまた寝起きに秋葉さまがいらっしゃったら大変な事になりそうな言葉を呟いたわねぇ。



 なんとなく録音して聞かせたいような衝動に駆られたものの、さすがに可愛い妹にそんな修羅場を通過させる、っていうのも可哀想だからとりあえず堪える。



 いやーやっぱり寝ぼけた翡翠ちゃんはらぶりーだわ。……でも仕事だし。ちょっと名残惜しいけど、私は翡翠ちゃんに声をかけた。







「翡翠ちゃーん。時間ですよー」







「…………」







 翡翠ちゃんはメイドとしてしっかりしている印象があるが、意外と寝起きは良くない。でもひとたび声をかければ、健気に一生懸命起きようとはする。



 その様子がまた可愛らしかったりする。







「う……ん」







 こんな感じな声を出しながら身をくねらせる。こんな姿を何処かの誰かに見せたら、きっと大興奮間違いなし!いやー、なんていうか、役得だわね。



 翡翠ちゃんは寝ぼけた眼のまま、一旦うつぶせになって体を起こし、正座したと思うとそのまま十秒ほどフリーズ。もちろん殆ど目は瞑っている状態。で、その後、体を反転させて起用に布団で胸元を隠すような感じで、掛け布団を抱きながら座った状態になる。



 そしてゆっくりと瞳が開く。何処と無く上気したような顔なのがまたたまらない。







「…………あ……おはようございます……」







 どうやら意識がしっかりしたらしい。私は笑顔で迎えた。







「相変わらず寝起きは苦手そうねー。さ、お勤めですよー。早く着替えて出てきてね」







 そう言って私は部屋を後にした。



 あくまで仮眠と言う事なので、メイド服のまま睡眠をとっている。とは言え寝る前にお風呂に入ってから新しい物には着替えているけど。



 そんなわけで着替えの必要は無いけど、まぁ色々あるかもしれないし、とりあえず起きたら早めに部屋を出るようにしている。当然仕事もあるし、翡翠ちゃんは二度寝をあんまりしない子だから安心だし。



 部屋を後にして、とりあえず玄関から門までの道で見える庭の範囲を掃き始める。もちろんこの屋敷の主人達が気分良く出かけられるようにである。



 季節的にそうでもないけど、秋なんかだと落ち葉が多くて結構大変だったりする。



 そんなわけで庭を掃いていると、六時が近くなる。



 そろそろ私担当のこの屋敷の主人、秋葉さまを起こしに行く時間だ。



 今は志貴さんと同じ学校に編入した事もあって、今までよりも遅めに起きる事ができるようになった。



 とは言え朝は優雅に、と言うお嬢様ならではの理由でいまだ六時起きである。



 ホウキを片付け、屋敷に戻る。そして即座に秋葉さまの部屋へ向かった。







 コンコン







 ノックをするが、反応は無い。私は迷わず扉を開けた。







「秋葉さま、おはようございます」







 開けてすぐに挨拶をし、視線を向ける。反応は無かった割に秋葉さまはすでに目覚め、ベッドの上に座っている。







「……おはよう、琥珀。今朝も御苦労様」







「はい。では朝食の準備をしていますので、着替えが済んだら来てくださいね」







「ええ……ああ、琥珀」







 何か思いついた様子で、秋葉さまは部屋を出ようとする私を呼び止めた。







「はい?どうしましたか?」







「……何と言うか……その、翡翠の事で……」







「あ、昨夜でしたら別に志貴さまに何かした訳でも無いですよ。っていうか、あの時以来そういう行為は無いようです」







 さらっと返事をすると、秋葉さまは驚いたように目を見開いて、かと思うと急に顔を赤らめて視線を逸らしてしまった。







「……あ、べ、別に深い意味では無くて、ただ夜な夜な主人とメイドがそういう事に没頭してしまうのも……他の家ならまだしも、遠野家はそんな獣のような……」







「秋葉さまったら、志貴さんと血の繋がりが無い事はお互い知ってるわけですし、別に秋葉さまが毎夜そういう事に没頭しても良いんじゃ無いですか?」







 再びさらっと言ってみると、秋葉さまは殊更に顔を赤らめる。普段はお嬢様然としているのに、志貴さんの事になると急に反応が激しくなるから面白い。







「な、何を言ってるんですか!私は決してそんな……」







「でも私は翡翠ちゃんの味方ですけどねー。とは言っても人の恋路の邪魔をするほど野暮でも無いですから、お好きなように」







「……貴方だって子供の頃から、兄さんの事をガラス越しに見ていたんでしょう?そういう意味では貴方だって兄さんに気があるんじゃなくて?」







「そうですねー。二人ともあんまり手をこまねいているようだったら考えますよ。アルクェイドさんとかシエルさんに取られるくらいなら、私が貰っちゃいます」







 にっこりと微笑みながら、私は答えた。







「……相変わらず腹黒だこと。でも確かにあまりのんびりしていても仕方ないとは思うけど。何分あの二人と翡翠以外にも瀬尾とか弓塚さんとか、時間が経てば経つほどライバルが増えていっているような気もするし……」







「まぁ志貴さんのあの性格じゃ仕方ありませんねー。本当に早めに決めないといけないかもしれませんよ。秋葉さまもこれ以上、前の学校でのご学友とかは会わせない方がいいと思いますよ。さ、それじゃ私はお仕事に戻りますね」







 私がさらっと言うと、秋葉さまはうっ、という感じで黙ってしまった。どうやら志貴さんが優しくしちゃいそうな女の子が思い当たってしまったのだろう。まぁ女子高だし、そういう点では心当たりはありすぎるんだろう。







「……ええ。手間を取らせて悪かったわね」







「いえいえ。それではまた後ほど」







 ……とは言ったけど、志貴さんの場合は相手が決まっても改善されないような気もしないでもない。この際イスラム教にでも改宗して、五人まで妻を娶れるようにしちゃえばいいのに。……そしたら翡翠ちゃんと一緒に……うふふ。



 などと軽く妄想しつつ私は厨房へ向かった。


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