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** 青梅のあらまし
* 青梅市の公式ホームページ (「広報おうめ」も収録) : http://www.city.ome.tokyo.jp/
青梅市民憲章
1 木や花をたいせつにし美しいまちをつくろう
2 ともに学びあい心やからだをきたえよう
3 明るい家庭をつくり若い力を育てよう
4 よく働き豊かなくらしをともにしよう
5 協力し助けあい住みよいまちにしようトピックス
*青梅市次世代育成支援地域行動計画の策定 (2005)
基本方針: 子供が伸びやかに育つまちつくり ・ 子育ての喜びを感じられるまちつくり ・ すべての子育て
家庭を支援する地域つくり ・ 働きながら子供を育てる家庭への支援の充実 ・ 母と子の健康つくり・
支援が必要な子どもと家庭への支援の充実 (詳細:http://www.city.ome.tokyo.jp/)
*青梅市環境基本条例の制定 (2002.6.28施行)
都内でも有数の自然環境に恵まれたまち青梅市では、自然と人とが共生するまち作りを実現して行くための
方向を示すものとしてこの条例が制定されました。(広報おうめ平成14年8月1日発行 No.963から)
・・・・詳細は青梅市ホームページ http://www.city.ome.tokyo.jp/で*まちつくりの目標
青梅市は、緑深い野山に囲まれ、美しい川が流れ、伝統ある歴史と文化に恵まれた都市です。また、首都圏
においては業務核都市、東京都では多摩の「心」として位置ずけられ、広域的な都市形成の役割が期待され
ています。
こうした市の現況や課題とともに、市民の皆さんからよせられた、誰もが暮らしやすい環境つくりなど、市民生活
を通してのたくさんの提案や意見を整理し、まちつくりの目標をまとめました。
目標の1は、「誰もが活動しやすいまちを育てていこう」で、ひとにやさしいまちつくり、歩行者や沿道環境に配慮
した道路の整備、公共交通網の充実、まちつくりへの市民参加を進めていこうとするものです。
目標の2は、「都市の活力を生む青梅らしい産業を育てていこう」で、働く場が身近にあるまち、活力のある市街地
の整備、歴史と文化を生かした中心市街地の活性化、自然と文化をいかした観光のまちを進めていこうです。
目標の3は、「自然に恵まれた水と緑の豊かなまちを育てていこう」で、緑の豊かな環境の中で安全で暮らしやす
いまち、自然の緑大切にまもり育てる、川の環境と景観を守り育てる、リサイクルを進め環境に配慮した美しい
まちつくりを進めていこうとするものです。
(広報おうめ特集号「青梅市都市計画マスタープラン」−概要版−から)
- 市制施行
- 昭和26年(1951)4月1日
- 面積
- 103.26平方キロメートル
- 位置
- 都心から西へ約50km 武蔵野台地と丘陵・山地が接するところ。北緯35度47分6秒 東経139度16分42秒 海抜187.5m (市役所)
* 「Atlas Mate V.2」(住友電工システムス)により作成。
- 地形
- 関東山脈が平野部と接するところ、扇状台地を形成。西を山に囲まれ東に広がった地形。
- 人口
- 約13万7千人
- シンボル
- 市の木−杉、 花−梅、 鳥−鶯
- 「青梅」の由来
- 市内金剛寺に「将門誓いの梅」と呼ばれる老木があり、秋になっても青い実が落ちない。この梅が由来になったと
- 伝えられる。(東京都の天然記念物)平将門がこの地に赴き、「我が願い成就あらば栄ふべししからずんば枯れよ
- かし」とさした梅の枝が根付いたと言われる。
- 姉妹都市
- ドイツのボッパルト市 (昭和40年9月)
- 歴史
- 市の南部を多摩川が貫流し、中北部には3本の荒川水系の川があり、生活に適した地理的条件が整っているこ
- とから、旧石器・縄文時代からすでに人が多く住んでいたことが、遺跡からわかっている。弥生時代には稲作が
- 盛んに行われた。鎌倉時代以後、武蔵国府の用材供給地となり、他文化流入が盛んとなる。14世紀頃から、
- この地方を領有していた三田氏は永禄年間に北条氏照に滅ぼされるまで300年間一帯を支配し、独自の文化
- を形成していた。現在市内至る所、三田氏の史跡などが残っている。江戸時代幕府の天領となり、当時の産業、
- 経済、文化、交通の要衝となり、発展した。特に慶長11年(1606)江戸城大改修に当たり、成木地区で白壁用
- の石灰の産出が始まり、青梅街道の整備が行われ、江戸との物資の流通が急速に行われるようになった。宿場
- 町としても栄えた。その後明治になっても、東京と直結したかたちで織物や木材を主産業にし、観光も含め発展
- してきた。明治27年立川・青梅間に鉄道(現JR青梅線)が開通してからさらに飛躍をとげる。当時の主な産物と
- して名の通った青梅縞・青梅傘・木材・石灰を始め、吉野地区の梅、霞地区の農産物がある。昭和時代、相 次
- いだ戦争による戦災からも、幸いにも直接的な被害を受けることは殆どなく、首都の奥座敷としての町の形態を
- 保ってきた。時代の変化に対応するため、青梅町は周囲の村を吸収合併し青梅市となった。(昭和26年・30年
- )昭和30年代青梅の産業を支えてきた織物・材木が陰りをみせはじめ、経済は一時苦境に陥ったが、工業誘致
- などが行われ現在も進められている。また、交通の発達もあり、都心への通勤者のベットターウンとしての様子
- がみられ、人口の増加が著しい。また、西部地区へは自然に恵まれた環境を求め、都心をはじめ近郷からの観
- 光客が数多く訪れている。
- 自然環境
- 青梅は自然が豊か。地域の多くに緑深い野山がひろがり、多摩川の清流とも相俟って四季を通じて自然の美し
- さを楽しめる。青梅の春は吉野梅郷からはじまる。早咲きの紅梅は2月下旬から咲き始める。夏秋は御岳渓谷
- から下流への清流。紅葉の景観は名高い。冬の雪は水墨画のような景色に変化する。この様子はこのホーム
- ページの「定点観察」
でお見せする。
- 民俗
- 武蔵御嶽神社では、伝統の格式ある神事が伝えられる。各里里に伝わる祭りも、一頃より簡素化されたり、便
- 宜的に行われる傾向にあるが、この地の特記すべきものとして、各地域の獅子舞がある。主なものは次の通り。
鹿島玉川神社獅子舞(9月19日に近い日曜)・沢井八雲神社獅子舞(7月25日に近い日曜)・梅郷獅子舞(4月- 第1日曜)・天之社獅子舞(5月5日)・上成木高水山獅子舞(4月8日に近い土・日曜)・友田御嶽神社獅子舞
- (9月29日に近い日曜)いずれも、青梅市・無形民俗文化財に指定。
* 「青梅暮らしのガイド」(青梅市)・青梅市教育委員会編:青梅を歩く本」 を参照
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