| <<前のページ | 次のページ>> |
| 2006年7月28日(金) |
| おトイレ(音入れ) |
 |
新練習曲集「バラ色の未来」の楽譜はほぼ完成し、これからいよいよ問題の練習カラオケの制作である。パソコン作業に頼る現在の方法は目が疲れ、もう限界である。新しい方法を考えなければいけない。歳はとりたくないなんて言っても始まらない。歳なりにやり方を変えていかねばならない。
無理な方法を続けると、健康を損なう恐れ十分である。失明もあり得ると言われた。確かに脳の中央部分が極度に疲れるし、血圧も上がる。パソコンを使う時間を出来るだけ減らさねばならない。また、眼鏡を更新することも一つの方法である。これは8月早々に出来上がってくる。
新たな方法としては、幾つか考えられる。検討の結果、今回はヤマハのキーボード(Portertone)の録音機能をフルに活用することにした。Portertoneはもともと、MIDI録音が可能なのである。チャンネルも16あるので、これも十分である。もちろんヤマハのsol2も使うことにはなるが、今までの方法に比べれば、使用頻度は半分以下に出来そうだ。最終編集はやはりパソコンが便利なのだ 。
試しに先ほど「いい日旅立ち」を入力してみた。鍵盤入力に若干ムラはあるものの、修正可能な範囲である。慣れれば、更に修正時間は減ってくるだろう。出来映えはまずまずである。用は急がないことである。楽しみながら作業を進めればよい。これからはいこいの家のレッスンにはQY700にPortertoneを使うことにしよう。そうすればレッスンをしながら、更新や修正が可能である。
|
 |
|
|
| 2006年7月27日(木) |
| セントポーリアとカランコエ そして「歌の風景」 |
 |
セントポーリアが新しい花芽を付けてくれた。
白いのと赤いのとの対で3月ほど前に我が家にやってきたセント君、白が先に花が散り、一月ほど過ぎただろうか、その株に新しい蕾を発見した。セントポーリアの育成はなかなか難しい。以前は見事に失敗している。だから花が終わった後、果たして次の花を咲かせることが出来るか否か、自信はなかった。
ずっとベランダの丸テーブルに置き、タマに水やりをしている程度であった。でも、丸薬状のお礼肥はした覚えがある。葉が覆っていてよく見えないが、直径1センチほどのベージュ色の丸薬である。あれ、効いたのだろうか?
カランコエはファミリーライブの時に、いただいたものである。5鉢あって、すべて今が盛りと咲き誇っている。これも多肉植物だから、たまにしか水やりをしていない。肥料は全く与えていない。赤、黄色、橙の3色である。それぞれに可愛く美しい。
相も変わらず、花と音楽に慰められる日々である。
次のミニライブが近づいてきた。ライブが近づくと、自然に練習にも熱が入ってくる。月に一度のミニライブ。もう、このスタイルが身に付いてきたのかな。2週間ほど前になると、練習に熱が入ってくる。歌とピアノに夢中になり、充実した楽しい時を過ごすことが出来る。
どちらかというと、伴奏を練習する時間が多い。伴奏が気になると、歌に身が入らないから。歌もその時によって歌いたくなる曲が変わる。
今回は珍しく演歌を歌いたくなって、「北国の春」や「北の旅人」「知床旅情」などを歌っている。最近は楽譜についている前間奏を、心して練習している。早い連符で上手く弾けなお箇所は、テンポをゆるめて弾いてみる。ほとんどの場合、聴いていて別におかしくはない。何回かそうしていると、そのうちインテンポで弾けるようになる。慌てないことである。
そのほか「真夜中のギター」「見上げてごらん夜の星を」「雨に咲く花」などを練習している。この他シャンソンの歌伴を1曲、練習している。歌伴の練習は思った以上に楽しく、時間の経つのが早い。はじめはダメでも、回を重ねているうちに何とか格好が付いてくる。ステージ目標を持っての練習は、そうでないときのそれと比べて効率的である。
|
 |
|
|
| 2006年7月24日(月) |
| 空虚 |
 |
手作りの三回忌が終わって、疲れが出て、それが癒えて平常の生活が戻ってきた。多くの方々に来ていただいて、嬉しかった。家内もさぞ喜んでくれたことだろう。あれからもうじき2年である。当時の傷みに比べれば、かなり癒えては来た。だが、自分の気持ちは分からないものだ。「ああ、これでどうやらQタを送ることが出来た」と思った2〜3日前から、どうにも空虚な気持ちを堪えようがない。理由は分からない。もう、することはすべてやったという気持ちなのだ。これからひとり、この建物の中で生きることに、どんな意味があるのだろうか。また、気持ちは変わるかも知れないが、今はそんな気持ちなのだ。
|
 |
|
|
| 2006年7月23日(日) |
| お昼に悩む |
|
昼食の時間である。何を食べようか。食べるものはあるのだが、今日は作る気がしない。と言って外へ出るのも面倒である。食べたいものは焼き魚、特に秋刀魚を食べたい。何故か時々秋刀魚を食べたくなるのである。ほぼ二月に一度くらいであろうか。周期的なのだ。
しかし、新鮮な秋刀魚はスーパーで売っているのだが、家で焼く気はしない。煙は出るし、その上後片づけが面倒である。あの苦みのあるはらわたが好きなのだが、スーパーによっては綺麗に取り除いて売っているものもある。嫌いな人がいるのだろう。
こうしているうちに、気持ちが決まってきた。野菜炒めでも作ることにしよう。ご飯は昨日炊いた冷凍ご飯がある。お汁も何か作ってみようか。そうだ、美香が送ってくれたウナギがあるのだ。土用のうなぎか、これも良いね。今日は夕方から保谷教室である。ウナギのビタミンとタンパクで、うなじが綺麗になって、「ウナギ美味し かの山 子豚釣りし かの川〜〜〜ッ」と元気に歌えるかもね。
|
|
|
|
| 2006年7月22日(土) |
| 氷壁 |
|
午前中は雅会のレッスン。「歌ひとすじ」をフルコーラス、全員歌唱。楽しいひとときであった。次回はひとりずつ、ソロで歌うことにした。帰宅後遅い昼食をとり、昼寝とテレビでリラックスした。のんびりした一日であった。
テレビ・ドラマ「氷壁」を鑑賞した。これはNHKの連続ドラマで、全6回。1回が1時間だから、全部で6時間ドラマである。かつて朝日新聞に連載されたことがあり、当時それを読んだはずだが、ほとんど覚えていない。お陰で新鮮な気持ちで見ることが出来た。映像も綺麗だし、演技にも迫力があり、魅せられる作品であった。
テレビを見ながら、先日谷さんから受け取ったカットを、楽譜に貼り付けてみた。この作業は今回で2回目である。作品がよりカットらしくなっている。嬉しく思った。
最初スキャナーでパソコンに取り込んでみたが、どうもすっきりしない。そこで直接縮小コピーしてみた。写真モードでコピーすると、パソコンより良好な画像が得られる。問題は薄いぼかしが跳んでしまうことである。これさえ解決できれば、まずまずの出来映えである。対策としてはコピー後のカットに、何らかの方法で修正を加える方法が良さそうである。試しにB6の鉛筆で軽く修正してみた。何とかいけそうである。もっと柔らかい鉛筆か、カーボン粉を直接塗布するような方法が採れないか、研究してみよう。
|
|
|
|
| 2006年7月20日(木) |
| 肉じゃが with miso |
|
先日購入した豚バラを三分割して二つは冷凍、一つはチルドに入れておいた。チルドの分はそろそろ食べないと、いけない。先日「NHK試して合点」で見た肉を味噌で、事前に味付けする方法をとってみた。豚肉の入っていたタッパーに味噌を入れ、これを日本酒で伸ばし、肉全体に絡めて30分ほど寝かせた。タッパーが小さかったので、本当はもう一つ大きいのに入れ替えれば良かった。箸でかき回したが、味噌の絡み方はいまいちと思った。
具は美味しいジャガイモ、一月以上冷蔵庫で放置された人参、今日買ったエリンギ。味付けは例の焼き肉のたれと鶏ガラスープである。最初にジャガイモと人参を軽く煮てから、味噌に浸した豚バラをこれに加えた。しばらく煮た後、鳥がらスープと焼き肉のたれを入れた。そして煮ること30分、火を止めて更に30分ほど蒸らし、味見をしてみた。試して合点の言うとおり、バラ肉は肉汁を十分保持しており、味噌とたれの調和も良くグーであった。
夜、新曲集のピアノ練習をした。コピー楽譜「最北航路」が見にくい。これは途中まで入力済みであることを思い出し、これを完成させることにした。果たして、やはり目が疲れる。半分以上できていたので、手間は大分省けたのだが、やはり目には良くない。でも出来上がった楽譜は極めて見やすい。このジレンマ、どうしたら解決するのだろうか。当面、眼鏡を買い換えてみよう。
|
|
|
|
| 2006年7月19日(水) |
| 三枚に下ろして、2枚とられる |
|
先日新設なった稲城市中央図書館で借りた本、「生き方、六輔の」評をひとこと。
この本、たまたま目にとまったのだが、永六輔には興味を抱いていたことは確かである。「自分に正直な、妙な生き方をしている奴」という感じを抱いていたことが一つ。例えばコントを書いたり作詞をしたり、〜「こんにちは赤ちゃん」なんて良い作詞をしている〜、と思えばある時期からプツンとその作詞をやめてしまった。また、先般興味を持ったラジオ深夜便に彼が出演しており、相変わらずウィットに富んだ辛口世評は未だ健在で、内容に共感を覚えたこと。
もう大分前のことだが、亡くなった彼の奥方が姉の親友(鷺宮高校卒の同級生)で、時々噂を聞いていたこと、などなどに起因している。本は矢崎泰久という人のインタビュー形式をとっており、六輔が矢崎の質問に答える形で、読みやすかった。その中で奥方を亡したときの下りでは、「体を3枚に下ろされ、そのうち2枚とられた気持ち」と語っていた。彼の奥さんは姉からも聞いていたが、とても立派な人物で、人望も高かったようだ。
本を読み進むと以後、彼は奥さんを偲ぶ会を開いている。会のメンバーは奥方の知人に絞ったそうだが、結果はほとんど彼の知人だったそうだ。
彼と自分では余りにもかけ離れすぎるが、家内を亡くしたときの気持ちも、偲ぶ会「ファミリーコンサート」を開いたことも自分に似ているので、びっくりしたところである。特に配偶者を亡くした時の「身を3枚に下ろされて、そのうち2枚とられた」という表現はさすがである。よく云われる「つっかい棒を無くした」なんて軽いものではないのだ。さすが永六輔、作詞家、放送作家だけのことはある。プロのはそれだけの語彙と表現力が、身に付いているのだ。参った、参った!
でも、無名でも「ファミリーコンサート」の出来映えは、皆様のお陰で素晴らしかった。手作りだけど、大勢の人の心がこもっていたもの。
|
|
|
|
| 2006年7月18日(火) |
| 梅雨らしい一日 |
 |
この梅雨、雨量が少ないと思っていた。このままでは関東は水不足では、と心配していた。その点、今日は梅雨らしい一日であった。気温もそれほど高くはなく、過ごしやすい日であった。
今週の土曜日は雅会である。それまでに、6月の八ヶ岳合宿写真を焼かねばならない。これも気になっていた仕事である。そろそろ始めないと間に合わない。すべてデジカメ写真である。パソコンに入っている。夕食をとりながら、必要枚数を焼き始めた。作業をしながら見るともなしに、写真を見てしまう。
あの日の楽しかった思い出が、鮮やかによみがえってくる。画面に映っている表情も、それぞれに輝いている。このような楽しい旅行に参加できたと言うことは、幸せ以外の何ものでもない。趣味、仲間、健康、周囲の理解、ある程度のお小遣い、自由な時間、受け入れてくれる施設などなど、恵まれた条件が揃ってのことである。これらの条件が一つでも欠けると、この旅行には参加できない。
現にこの旅行、病気や怪我で行けなかった人が二人いた。総員19人中の2人だから約一割に相当する。かなりの確率である。この年齢になると、何が起こってもおかしくはない。良い思い出は多少無理しても、作れるときに作るべきだとつくずく思ってしまう。
|
 |
|
|
| 2006年7月17日(月) |
| 散歩 |
|
時々小雨がぱらついたが、それほど暑くはなくまずまずの一日であった。マンションの窓を南北開けっ放しにしていると、丘陵を流れる涼風が肌に心地良い。まるで八ヶ岳か軽井沢高原に来ているような錯覚に陥る。「俺は今、どこに居るんだろう」ってね。この地区、冬風が寒いのだから、夏は多少涼しくないと、勘定が合わない。
コンサートの疲れか最近体調が悪かったことと、練習曲集の楽譜作りなどで、しばらく散歩することが出来なかった。やっと体調が戻ってきたし、曲集も一段落したので、久し振りに今日、桜ヶ丘公園まで散歩した。むしろ歩きたくて仕方がなかった、という感じである。空模様を見ると、雨が心配である。折りたたみ傘を携えての散歩である。
マンションを出て多摩市方向に進む。コープ前の戸建て団地に、新しい家が随分建ち並んでいた。意外と個性的な家が多く、「この家、ちゃんと住めるのかいな」と、他人事ながらいささか心配になった。桜ヶ丘公園は行き交う人も少なく、樹林も遊歩道も小雨にけむり、ぼんやりとした奥行きのない風景であった。所々に残っているアジサイが名残惜しげに、「こんにちは、ヒロシ君」とにこやかに挨拶してくれた。中には驚くほど美しい花もあり、「君はほんとに美しいね」と話しかけると、「そう、あなたって正直な方ね。好きよ」と華やいだ声が返ってきた。
アジサイは一般には、もうその盛りは超えている。ほとんど花は散ってしまったか、枯れている。でも、所々にまだまだ美しい花が残っているのだ。同じ花にも散り方はそれぞれに特徴があるのだろう。何故か人間社会にこれを重ね合わせ、我が身を振り返ってみた。振り返っても仕方がないのだけれど、老後生活、かく花開けば素晴らしいと言うことである。
島倉千代子ではないが、人生いろいろである。早く逝ってしまう人、そこそこ生きる人、かなり長生きする人、そしてその生き様、散り様もそれぞれである。出来ることならあのアジサイのように、美しく咲き続けストンと散りたいものである、と思うのは我ばかりであろうか。
昨日、美香と百香が来てくれた。百香は髪を切って、さっぱりとした感じであった。ブルーのシャツとジーンズの組み合わせも、よく似合っていた。また、いつもの幼稚園祭のビデオ持参で、遅い昼食をとりながら、今度はかなりじっくり見せて貰った。あれ、百香は何回見ているのだろうか。余程ステージが好きなのであろう。何回見ても、飽きない。
昼食後、庭で自転車とボール遊びをした。百香も背が伸びて、自転車の椅子が低くなっていたので、10センチほど高く調整した。もう、すいすい漕いでいる。美香が「もう補助輪とれるかな?」と冗談を言っていた。実際、あと10回ほど乗れば、補助輪はとれるだろう。子供の成長と大人の老いは、早いものである。家内にも見せてやりたかった。今日の百香の成長ぶりと相変わらずの元気振り。
かく言う我も、この子の成長をどこまで見届けられるものやら。別れはいきなりやってくるから。でも、親はなくても子は育つ、増してジージにおいておや。オヤオヤ・・・・・・
|
|
|
|
| 2006年7月15日(土) |
| 朝からかんかん照り |
|
朝からかんかん照りである。昨日、今年の最高気温を記録したが、今日もそれを更新することだろう。いよいよ梅雨明けも近い。5時過ぎに暑さで目が覚めた。眠れないので、軽く食事をして、風呂に火を付け、楽譜のチェックを始めた。最近間違いが少なくなっており、修正箇所はごく少なかった。しかし拡大楽譜はパソコン制作の楽譜に比べ、見劣りがする。見にくいものは、やはり肩が凝るが作り直そうか。これを始めるときりがないのだが、もう1曲だけ、やり直そう。
|
|
|
|
| 2006年7月14日(金) |
| 今日も暑い |
|
稲城市中央図書館が7月1日にオープンした。向陽台の一角に建った、白い瀟洒な建物である。南多摩駅へ行く途中なので、建築中から注目はしていた。外から見た感じだが、中は窓が広く開放的で、書架が整然と並んでいる。駐車場も完備されている。朝9時から、夜8時までの開館である。今後大いに利用させていただこう。
楽譜制作が一応終了した。7割がパソコン制作、残りはコピーによる拡大である。パソコン作業は肉体的に限界である。と言いながら出来上がった楽譜を見直すに付け、1曲、また1曲と、作り直したくなる。拡大コピーで見やすくなるものと、やはりパソコンで作り直さないと満足できないものがある。これをやっているときりがないのだが、まあ、今回は試行錯誤も仕方がなかろう。
豚肉と野菜の炒め物を作った。野菜は玉葱ともやし、人参と冷凍野菜(アスパラ、椎茸、いんげんなど)である。味付けは例によって鶏ガラスープの素。最後に卵をからめた。さて、味付けであるがこれだけではさっぱりしすぎている。ソースをかけようかと思ったが、野菜用のドレッシングをかけてみた。大成功であった。炒めたとは言え野菜は野菜、これが美味いのである。
|
|
|
|
| 2006年7月13日(木) |
| 変な天気 |
 |
晴れたり曇ったり降ったり、変な天気であった。湿度は高く、一日を通して蒸し暑かった。しかし梅雨が明けたら、こんなものではないだろう。
今週から楽譜作りを始めたが、パソコンでの楽譜作りは、やはり限界である。眼が痛むし、脳がふらふらする。そして非常に疲れる。体がだるくなるのだ。それでも無理して騙し騙しやっているが、大事にならぬ前に止めるべきであろう。
この話をひとしても、他人の痛みは分からぬものである。親身になって真剣に心配してくれる人は少ない。「目が疲れる。頭がふらつく」等と言っても、全く聞いてくれない人もいる。寂しいことだが、自分で判断しなければならないことであろう。
試しにコピー楽譜を作ってみた。パソコン作成に比べ、コピーの楽譜は如何にも見にくいことがある。曲にもよるのだが、今回はどうしても見にくいものは痛み覚悟でパソコン入力をした。だから今度の曲集は玉石混合である。がっかりする人もいるだろう。
|
 |
|
|
| 2006年7月11日(火) |
| 蒸し暑い夜 |
 |
やっと疲れが取れてきたのか、今朝、久し振りに料理(と云えるほどかは疑問)をした。残り物の鶏肉の煮付を薄切りにして鍋に入れ、これに玉葱と水を加え、鶏ガラスープで味付けし、スープ状に軽く煮込んでみた。鳥の煮付けには元々味が付いていたので、味付けは不要と思い、調味料は日本酒少々だけにした。
軽く煮込んで味見をしてみた。
「美味い、美味すぎる!」
一昨日ヤオコーで購入した鳥のもも肉煮付けである。今朝気づかなかったら、ディスポーザー行きである。この時期冷蔵庫内でも、ものが傷みやすい。庫内には賞味期限を過ぎたものが、まだまだあるが、この作業はどうも苦手である。期限を過ぎる前に、このように再加工して美味しくいただくべきである。
左はお馴染み角ちゃん撮影のコンサート写真である。上は美香のピアノ演奏中のおしゃべりシーンである。良い表情をしている。皆さん大勢お集まりくださって、会場もいつもより広く、ピアノの響きも良い。この日は特に幸せそうである。演奏も普段に増して、熱が入っていた。
下は山中仁美さんのフルート演奏である。いつも狭いところで申し訳ないと思っていたので、この日は広々としたところで、仁美さんも演奏しやすそうだった。やはり若い人が加わってくれると、ステージも引き立つ。俗に老若男女と言うけれど、いろんな種類の人が集まると、豊かな雰囲気が醸し出される。もちろん Sinple
is Best 単純も分かりやすくて良いけれど、音楽では多彩も良い。例えば独唱も良いが、デュエットやトリオ、それに大勢の合唱も良い。ハモればなおステキである。
いずれミニライブでも、シンセサイザーを常駐させたいと以前から思っている。シンセサイザーは色々な音が出るので、楽しいのではないかと思われる。さらにハーモニカやオカリナなんかも演奏する人がいそうである。歌は独唱とハモリ、楽器も独奏とアンサンブルを意識してみよう。
|
 |
|
|
| 2006年7月10日(月) |
| ドロのよう |
 |
予想通り、朝目覚めると体がドロのように疲れている。実際は昨日から疲れていたのだが、その疲れを全身が認知し始めた感じである。体がグニャグニャになり、まるで軟体動物か古雑巾になったになった感じである。
こういうときは体を休めるしかない。無理をしてはいけない。血液循環を良くして、体内にたまった老廃物を除去することである。まずガムを噛みながら唾液をだし、次にアロエジュースを飲んで、朝風呂に入ってみよう。ゆったりと湯船に体を沈め、楽しいことを考えよう。
例えば角ちゃんの撮ってくれた写真を見て、一昨日の楽しい風景を思い出そう。そうして、顔を洗ってひげを剃ったら、多分、疲れも徐々に消えて行くんあじゃないだろうか。そうしたら元気が出て、次なる練習曲集作りを始められるかも知れない。
・・・・・・果たして朝風呂の結果、目が覚めてきた。元気が出てきた。元来目覚めはだるいものである。体が眠って居るからだろう。少し休んだら、だるさも次第に消えて来そうである。左の写真、保谷ビューティと百香のブラブラ体操を見て、元気を貰いましょう。
この写真、元気の出る写真だね、角ちゃん!!
|
 |
|
|
| 2006年7月9日(日) |
| 後片づけ |
 |
ラッキーなことに今日も曇りである。少々蒸し暑いが、後片づけ日和である。昨夜会場から持ち帰ったゴミを市の有料袋に詰め替え、マンションのゴミ小屋へと運んだ。のゴミはUさんがきちんと分別してくださっていたので、詰め替えの作業も楽であった。
イーゼルやパネルや額、飾り花、写真などがぎっしりと後部座席に積み重なっている。このままでは買い物にも行けないので、やはり片付けることにした。それにつけても今回は、オデッセイが活躍してくれた。やはりワンボックスカーは荷台が広い。長尺ものでも何とか収まる。一時このオデッセイをもっと小型車に買い換えようかと思ったことがあるが、そうしなくて良かった。ワンボックスカーでないと、これだけの荷物を積んで4人乗ることは出来ない。
イーゼルや掲示板など、大きいものから順番に家に運び入れた。この作業、どうも今日中には終わりそうもない。一応車を乗れる状態にして、細かい整理は明日以降にすることとした。
そろそろ夕飯の仕度の時間だが、今日は調理をする気がしない。それでも朝と昼はあり合わせで、簡単な食事を家で済ませた。夜はさすがに疲れが出てきて、食事を作る気がしない。と言って外へ出かけるのも億劫である。一食ぐらい抜いても良いのだが、それでは疲労回復が遅れる。明朝の牛乳もないし、ビールもなくなってきている。やはり買い物に出かけることにした。
午後、角ちゃんから、ファミリーコンサートの写真がメール添付で送られてきた。早速本日と昨日の日記写真を入れ替えた。明日も明後日も、ファミリーコンサートの写真を掲示します。角ちゃん、いつもありがとうございます。今回は私、写真は一枚も撮りませんでした。お陰様で、コンサートの進行に集中することができました。
|
 |
|
|
| 2006年7月9日(日) |
| ファミリーライブ、無事終了 |
|
ファミリーライブ(兼・故津川久三回忌追悼)が無事終了した。お忙しい中、近隣および遠方より50名を超える方々が会館までお運びくださり、予想以上の盛況の中、無事コンサートを納めることが出来た。歌・刺しゅう関係を始め、友人・親戚等の方々が会場・泉の森会館に集い、音楽を楽しみそれぞれに親睦を深め、そして在りし日の故人を偲んでくださった。
会はほぼ予定どうり2時にスタートし、最終の親睦会と後片づけが終了したのは9過ぎであった。蒸し暑い中、長丁場を本当にありがとうございました。
第1部の追悼コンサートは予定通り2時、自分の弾き語り(精霊流し)でスタートし、ほぼ予定通り4時に終了。第2部のカラオケコーナーは4時15分スタート。約35名の方が素敵な歌を披露、予定を少しオーバーして6時30分に終了した。
会は終始、和やかな雰囲気の中に進行した。百香の元気な姿や美香のピアノ演奏、歌仲間や刺しゅう仲間の元気な歌声に、故人も大いに喜んでくれたことであろう。特にコーラスは舞台に花を添えてくれた。
2部では個人歌唱の他、グループによるコーラスが幾つか披露され、これが会に一段と彩りを添えてくれた。また、全員で歌った「千の風にのって」の歌声も、耳に心地良かった。全員唱は今回は「千の風・・・」1曲であったが、季節の歌を歌うなど、もう少し広げても良かったのかも知れない。
こういった形のファミリーライブは初めての体験であり、終始試行錯誤の連続であった。一時は果たしてどうなるかと心配したこともあったが、皆様の暖かいご支援・ご協力を得て、思った以上の成果を上げることが出来た。この間、会場準備・コンサート運営・後片づけ等、ご協力くださった方々に厚く御礼申し上げます。
次に嬉しかったのは天候である。シーズン柄、雨が不安であった。台風3号の影響もあり、西日本は大雨という予報。その影響が心配された。刺しゅう作品や写真など、展示物の運搬は、雨が降ったら大変である。駐車場から会場までは相当な距離である。この時期、一滴の雨も降らなかったことは、ラッキーであった。
逆に難もあげれば、いくつかある。
第一に空調設備の不良である。クーラーの効きが悪く、最強にしても27度以下には室温が落ちず、皆様に暑い思いをさせ、申し訳なかった。
第二にカラオケ曲入力のリモコン不具合である。曲が入ったり入らなかったり、随分無駄な時間を消費してしまった。今にして思えばリモコンを使わず、コントロールルームで直接入力すれば良かったのかも知れない。
第三に、相変わらずイフェクトが掛からない。事前にミキサーを調整してくれるよう頼んでおいたのだが、やはり前回と同様であった。ミキサーのイフェクト調整ボタンをオンにしても、イフェクトは全く掛からなかった。
|
 |
|
|
| 2006年7月7日(金) |
| 花の命 眼鏡の命 |
 |
長いこと楽しませてくれたカトレア君が、一昨日、ほぼ花の命を終えた。ご苦労さん。ありがとう。長いことベランダに放置されていた蘭が、ある日突然、ひっそり開花した。それが多分6月15日頃。花の命を終えたのが7月5日。花の命はざっと20日間であった。20日の命を長いと見るか短いと見るか。窓辺に飾って毎日何度も見ていたので、十二分に楽しませてもらった。
ラッキーなことに1週間ほどピンクの蘭が、また昨日は白い蘭が我が家にやってきた。時期同じくして赤白揃い踏みということも珍しいことで、贅沢にして嬉しいことである。天空から「赤・白そろい踏みなんて、嬉しいわ」と喜こびの声が聞こえる。蘭は生き物、花が終わっても優しく見守りましょう。その命。
ダン・ブラウン著の「ダ・ヴィンチコード」という小説を、1週間ほど前から読み始め、ちょうど半分ほど読み進んだ。成る程面白い。5月20日から東宝系にて、ロードショーも行われている。歴史ドキュメンタリータッチで、なかなかの迫力である。映画も是非、見てみたい。
本を読み始めて気がついたことがある。眼鏡の度が合っていないことである。この眼鏡を作るとき、度が必要以上に進むのを恐れて、度を弱めに押さえた記憶がある。もともとぴったり合っていなかった眼鏡である。あれから5年以上の時が過ぎている。残念だが、そろそろ買い換えの時期である。眼鏡も眼も、そして命も消耗品なのだ。
老眼の度が進むことは残念なことであるが、これは仕方がないことである。命あるもの、すべてゼロに向かって進行するのみなのである。これを確認している姿に、意義を見出そう。生きていればこそ感じる老化現象。「まだ本やパソコンの文字を見ることが出来るから、幸せじゃーないか」とか、「今日も目覚めて素敵な風景や仲間の笑顔を見ることが出来る幸せを、噛みしめよう」とか、「老いを実感するも、生きていればこそじゃーないか」とか、「今日も目覚めたことに感謝して、一日頑張ってみようよ」とか、ナッ、ナ!
|
 |
|
|
| 2006年7月5日(水) |
| プログラムが出来ました |
 |
プログラムの印刷が出来あがった。いつものことだが、若干の不満はある。裏表印刷をしたのだが、裏・表どちらを先に印刷するかで、印刷の出来具合が異なるのです。カットなど、色彩濃い印刷の裏頁は、どうもインクノリが悪いのです。白用紙で試したところ、そのようなことはないのだが、たまたま使用した黄色い厚めの用紙では、カット裏側のインクのノリが悪い。インクの油が悪影響しているのかも知れない。
試しに裏面の文字を先に印刷し、後から表面にカット印刷をしたところ、全く問題はないのである。用紙へのインク浸透具合で、印字に微妙な変化があるのでしょう。デリケートな話だね。
モモ、笑っている場合じゃーないよ。ジージは大変なのだから・・・
|
|
|
| 2006年7月5日(水) |
| 旧交温む |
|
久し振りに、昔の職場同窓会(夜)に出席した。転勤の激しい職場であったから、いろんな人とのふれあいがあった。そのうちの一部ではあるが、暫し会場の一室は「出会いと別れの歴史館」と化す。ほとんど男ばかりの職場ではあったが、家族ぐるみの付き合いが多く、顔を見た途端に奥さんや家族の顔が目に浮かぶ。もちろん、最近は家族には全く会っていないから、すべて若いときのままの姿である。
仙台に居を構えたF君が「ホームページ見ていますよ」と嬉しいことを言ってくれて、暫し歓談した。
F君とのふれあいは富士であった。9ヶ月という短い期間ではあったが、付き合いの中身が濃かったのか、当時を鮮明に思い出す。確か昭和44・5年のことである。美香がまだ幼稚園の頃で、F君にも奥さんにも、とても可愛がって貰った。
F君はベタベタでホヤホヤの新婚さんであった。ある日曜日の朝、美香が見えない。どうしたのかと思っていたら、奥さんから電話が掛かってきた。「美香ちゃんをお預かりしています」と言った内容であった。美香はお茶目で行動的であったから、早朝から新婚さん宅をお邪魔することもやりかねない。早速、美香を迎えにF君宅を訪ねた。
如何にも新婚さん用の可愛いちゃぶ台(茶色い丸い座テーブルだったような気がする)を、F君夫婦と美香の3人が、まるで家族のように囲んで居るではないか。美香はオママゴトの時のように行儀良く正座して、ごく当たり前に朝食をいただいていた。見た途端、思わずその風景に笑ってしまった。今にして思えば、美香のその姿が可愛らしくて、ご夫婦はそんな姿を我々にも見せたかったのかも知れない。確かにあれはほのぼのとしたシーンである。写真を撮っておけば良かったと思う。
F君、奥さん、当時は色々お世話になりました。お陰様で美香も母親になりました。もうじき家内の三回忌ですが、元気だった頃の我が家の風景を思い出しました。楽しい思い出って、ちょっとした財産なんですね。機会があったら一度ご夫婦で、ミニライブにお越しください。故人も「まあ、あの頃が懐かしいわ」と喜んでくれることでしょう。
|
|
|
| 2006年7月3日(月) |
| コンサート準備進行 |
 |
今日もファミリーコンサートの準備である。先日パソコンで描いた文字を、パネルに貼り付けた。文房具屋で求めたスティック糊なる代物を使って、簡単に台紙に貼り付けることが出来た。文字だけでは寂しいので、中央に刺しゅうの写真を貼り付けてみた。明日、この写真の周囲に小花を飾り、つり下げ紐を付ければ完成である。
プログラム原稿もほぼ出来上がってきた。用紙は今日、ヨドバシカメラで色つきの紙を求めてきた。当面50部作ることにした。明日から印刷に掛かる。準備は着着である。
|
|
|
| 2006年7月3日(月) |
| 準備作業進行中 |
 |
 |
|
コンサートの準備が粛々と進んでいる。刺しゅう以外のポップと展示物の形が見えてきた。左は舞台正面に掲示するポップである。一昨日世界堂で購入した台紙に、パソコンで打ち出したポップ文字をのせてみた。当初、下地は雲の形と考えていたが、その必要もなさそうである。この形で体裁を整えれば、良さそうである。
右は故人の写真掲示である。中央の写真だけでは寂しいので、何枚かの思い出写真と自分の作詞を掲示したい。中央にA4サイズの顔写真を添付し、その周りに何枚かの思い出シーン写真と作詞を添付し、パネル周辺を造花で飾って見たい。いずれもコルク板にピン留めとなる。造花はものだけ用意して、飾り作業は当日、会場で行いたい。この作業を刺しゅうグループにお任せしたいと思うが、山中さん、如何でしょう?
|
|
|
| 2006年7月2日(日) |
| 体が二つ欲しい |
 |
 |
|
ファミリーコンサートの準備で忙しい。日記を書いている暇も惜しくて、気がついたらまた三日ほど飛んでしまった。プログラムや案内の作成、会場内の装飾および掲示物、それになんと云っても大切な中身、歌と伴奏の練習である。小さなコンサートだが、考えると際限なくすることがある。出来るだけの努力をして、良いものを作りたいが、限界も感じる。あれもこれもと手を伸ばしすぎ、虻蜂取らずになる恐れも感じる。
初めて体験する手作りコンサートである。業者には何も発注していない。全部自作である。運搬も展示も撤去もすべて。事故を起こさないように、注意しなければならない。例えば作ったものを車に乗せ、会場にセットするときは、特に注意しなければならない。慌てて事故を起こしてはいけない。キーワードは慌てないことである。もちろんこれは後片づけにも云えることである。むしろすべてが終わってほっとしたときが危ない。夜の路上運転には、特に注意が必要である。疲れが出て居眠り運転でもしたら、大変である。これが一番心配である。
ポップを作るので、材料下見に世界堂本店(新宿三丁目)に行ってみた。今まで見たこともない素材がずらりと並んでいた。画材も豊富であり、沢山のお客さんが真剣な目をして店内を物色している。そう言えば、今は絵画ブームである。絵具等の種類も多く、店員の説明を聞かないと自分の探しているものが特定できない。取り敢えず「ファミリーコンサート」という、ポップ文字を書く模造紙大の用紙(発泡スチロール入り)を買ってきた。これを雲の形に切って、文字を書き込みステージに掲示するのだ。
文字を書く染料は何が良いのか、美香とも相談していたが、ふと思いついた。ワープロの「富士ポップ」の文字である。時々プログラム等に使用していたもので、柔らかく見やすい文字体である。これをカラープリンターで大きく伸ばせるのか、試してみた。結果、結構イケルではないか。A4用紙に一文字ずつ、綺麗にプリントできた。これを台紙に貼り付ければよい。
こういった作業をあれこれ考え、試行することは嫌いではない。むしろ好きである。色々新素材や道具を見ることも好きである。あれこれひねり回すことは楽しい。でも、あっという間に時間が過ぎてしまう。時間をかけ出したらきりがない。それだけ練習時間が削られるのが痛い。音楽を練習する自分と会場準備する自分と、二人欲しい。でも、誰に頼まれたわけでもない。好きで始めたことである。多くの人を巻き込んでいる。皆で楽しみながら進めることである。事故らないようにね。
|
|
|
 |
| 2006年6月28日(水) |
| 練習が楽しい 音楽が楽しい |
|
日程にひと区切りつき、今週からファミリーコンサートの準備に集中しなければならない。目標は7月8日である。あと10日である。目標が間近になると、練習にもその他の準備にも身が入る。現在体調も悪くない。先ずは体調を崩さないことである。先週の雑用スケジュール集中で、まだ、少々疲れが残っている。会社も電車も、冷房開始の季節である。クールビズなんて云われているが、どうしてどうして、突然の寒さに襲われることがある。この時期、上着が離せない。
次はなんと云っても、ピアノ演奏技術向上を図ることである。今、そのチャンスである。ピアノの技術向上は、平均的ではない。ある時期急速に進歩する、言わば階段式折れ線グラフである。そろそろその時期なのである。これは感じで分かる。今伸びるサイクルの中に居る。この時期を逃してはならない。
ドラマチックな前間奏、語りを誘う導入部、歌いを押し上げる展開部、それらを支えるオブリガード、洒落た副メロ・・・。それらが目標である。早く上手になりたいものである。簡単には上手くはならない。一歩一歩である。でも練習すれば、必ず進歩する。少しずつだが。だから階段を上るときはとても楽しい。練習も楽しい。音楽がますます好きになる。
|
|
|
| 2006年6月27日(火) |
| 物干し竿も使いよう |
|
昨日に続いて、ファミリーコンサートの展示方法、壁に写真を掲示する方法を考えている。一つの案が浮かんでいる。ベランダで使用中の組み立て式物干しセットの利用である。床と天井に突っ張り棒を噛ませ、それに竿を取り付ける。音楽室で使っている黒すだれをこの竿に吊し、すだれに写真や花を取り付ける。天助の高さは測っていないので、垂直棒の長さが足りるか不安はある。高さ不足の場合は会場にあるテーブルで調整する。この場合、安定性に若干不安があるが、試す価値はありそうだ。
|
|
 |
| 2006年6月26日(月) |
| ファミコンでの刺しゅう展示 |
|
ファミリーコンサートの刺しゅう展示について検討の結果、上の写真の案、すなわちイーゼルを利用して4枚の刺しゅうを舞台袖に飾る案を思いついた。足下には目立たぬ花やツタ(造花)などを這わせることも検討する。この程度なら、家から車で運ぶこともさほど困難ではない。会場の壁に設置出来ると良いのだが、先日の下見で、それは構造上無理なことが分かった。
更に本人の顔写真を掲示するのだが、方法を検討しなければならない。ホワイトボードが借りられるので、これにマグネットで直接貼り付ける方法を今考えている。写真の周囲を、花や文章(作詞)で飾ってはどうかと思っている。
これらの案にご意見があったら、至急メールをいただきたいと思います。
|
|
| 2006年6月25日(日) |
| ファゴット |
|
|
|
あれこれ行事があって、日記が3日ほど飛んでしまった。昼・夜の会合が続き、ついつい日記を書かない日が続いてしまった。最近は夜は滅多に外出にないのに、珍しいことである。そろそろファミリーコンサートの準備も、急がねばならない。
先日、山中仁美さんの先生である、崎谷直氏のフルートリサイタルを聴く機会をいただいた。場所は千駄ヶ谷の津田ホールで、午後7時開演であった。ちょっと早めにホールについて、下のレストランで、生ビールを飲みながら、ハンバーグ定食を食べた。レストランを出るとき、刺しゅうのSさんから声を掛けられた。Sさんにはかつての自宅(朝霞)や家内の葬儀、一周忌などにお会いしているが、突然だったので「Sです」と挨拶されるまでは、気がつかなかった。
開演ちょっと前にYさんが、お嬢さんと共に会場に姿を現した。Yさんは相変わらずスポーティで、パワーに溢れていた。
間もなく演奏が始まり、モーツァルト、タフネル、ギーゼキング、バッハといった作曲家の作品が演奏された。中で興味を持ったのは初めて聴く作曲家、H・ヴィラ・ロボスの「ブラジル風バッハ」であった。バッハの技法でブラジル民族音楽を表現しようとしたもので、ファゴットとのデュオである。ファゴットの珍しさもあったが、そのユニークな曲想は今までに聴いたことのない新鮮な響きであった。ヴィラ・ロボスはラテンアメリカ最大の作曲家と言われているそうだが、ほとんど独学で作曲を身につけたという。曲風のユニークさはそんなところにも起因するのかなと、「独学」という二文字に何故か勇気を与えられる思いであった。
別な歌の催し会場で偶然、ビクター10期会のS氏とT氏にお会いし、びっくりした。世の中は広いようで狭いとは、よく云ったものである。T氏とは一月ほど前、電話でお話をしたところであるが、会うのは一年に1〜2回である。もう80歳を超えているが、至って元気。精力的に歌謡教室を展開しておられる。しかも相変わらずのパワー歌唱法である。
S氏とは埼玉会で時々お会いしている。ピアノ、サックス、アコーディオンなどなど、楽器演奏は何でもござれという、楽器演奏の達人である。また、歌謡教室の体験も長く、色々と教えていただくことが多い。自分がピアノの弾き語りを始めるについても、色々と適切なアドバイスをいただいてきた。楽器は毎日触れることが大切と言うことで、重たいアコーディオンを毎日、必ず奏でておられるという。
S氏もT氏も、ビクター歌謡講師養成講座で知り合った仲間である。S氏は船長さん、T氏は国鉄の吹奏楽団、自分は土木技術屋である。本来なら出会うことのない全く異なる分野の人間が、歌を媒介に融合しあことに、不思議な縁を覚える。
|
|
|
| 2006年6月22日(木) |
| ファミリーコンサート近づく |
|
|
|
第1回ファミリーコンサートが近づいてきた。ミニライブの延長線上ではあるが、やはり気分新たである。今日会場へ打ち合わせに行ってきた。この会場は何回か使っているが、ある時選任スタッフを解雇してしまった。経営上やむを得なかったのだろうが、それ以後、責任体制が明確でなく、スピーカーから音が出ないとかWブッキングしていたとか、不都合が続いている。
まあ、それはそれとして、これを一つのステップに実力向上を計ることである。当面の最大目標は、歌伴技術の向上である。ミニライブのお陰でオブリガードや前間奏が、ある程度弾けるようになってきた。これはとても嬉しいことである。2年前に立てた計画は、今年の秋までに概ね歌伴が出来るようになることである。その時が近づいてきた。満点ではないが、その目標は達成できそうである。もうひと頑張りである。
歌伴の必須科目は @リズム A和音 Bオブリガード、それに C前間奏である。この4項目が納得いく形で収まれば、気持ちよく音楽を奏でることが出来る。生徒さんも気持ちよく歌うことが出来る。また、作詞や作曲にも良い影響が生まれ、浮かんだイメージをスムーズに音符化できそうである。
@とAはほぼ行けるようになっている。 Bのオブリガードは和音そのものだけでなく、それに沿って若干の崩しが可能になってきた。またオクターブ奏法やトレモロが、次第に可能になりつつある。課題は5連以上の細かくスピーディなオブリガードと、副メロ奏法の習得である。簡単な形なら弾けるようになってきたが、ついつい欲が出る。実力以上に、もっと格好の良いものはないかと模索する。弾く度にあれこれ迷うことがある。練習の時はそれでよいだろうが、本番で迷ってはいけない。練習あるのみである。特にメロディを意識しながらの練習が効果的である。
Cの前間奏、これについてもBと同様である。簡単なものなら、楽譜を参考に弾くことが出来るようになってきた。しかし、志は高く持つべきである。曲感を高める、格好良い前間奏が自然に湧き出てくるようになりたい。頭で考えなくても、珠玉のメロディが泉のように溢れ出る、勝手に指が動いてくれる、そんな状態に早くなりたい。当面は一にも二にも練習である。鍵盤と右脳の直結を進めなければ行けない。前間奏について自分は現在、ほとんど左脳で弾いている。考えながら、迷いながら弾いている。弾き込むと、いつかは右脳で弾けるようになるが、時間が掛かりすぎる。でも進歩の兆候は感じる。この時期、歌伴の練習をより徹底的かつ合理的に行い、飛躍的進歩を計るべきである。
「ヒロシ君、頑張れ!!」
|
|
|
| 2006年6月21日(水) |
| セレウス・サボテン |
 |
 |
|
聞き慣れない名称、セレウス・サボテン。電磁波の人体への影響を、和らげてくれるという。今評判になっているそうである。これをパソコンの側に置くと、パソコン起因の目や神経の疲れが緩和されるという。本当なら嬉しいことである。ユニディで、差し当たり一つ買ってみた。米粒のような小さいが子供が沢山出来ているので、そのうち切り離して挿し芽をしてみたい。サボテンは根腐れを注意することである。二日に一回くらい、霧を吹いてあげようかな。それとも湿気の多い時期は、何もしなくて良いかな。
カトレアは相変わらず見事に咲いている。もう1週間以上、そう10日ほど咲いている。今のところ、下へも置かぬ扱いである。葉に霧を吹いているので、表面が綺麗になったような気がする。今までベランダに放って置いた罪滅ぼしである。来年も再来年も、出来れば目を楽しませて欲しい。今日、固形肥料を買ってきた。あまり可愛がりすぎてもいけないが、当面は陽に当てたり霧を吹いたり、気を遣っている。
セントポーリアの方も、心配である。差し当たりは元気だが、甚だ自信がない。水やり一つにしても、本を読んでもすぐ忘れてしまう。今のところは、週に2回ぐらいだったかな。
|
|
|
| 2006年6月20日(火) |
| 霧吹きと冷凍食品 |
|
|
|
セントポーリアとカトレアの葉に、霧吹きで水を掛けてみた。セントポーリアは、葉に産毛が生えているのがよく見えた。買ったばかりだから、葉の表面はとても綺麗だ。その表面に霧が掛かると、グリーンが一層深くなる。産毛が白く輝く。それに比べてベランダに放置されていたカトレアは、葉の表面が汚れている。霧を吹くと、黒い水が葉脈に沿ってしたたり落ちる。カトレアの葉を綺麗にしたという思いと、今までベランダでほこりだらけにして、申し訳ないという気持ちが輻輳した。ついでに金の成る木やシンビジュームの葉にも、霧を掛けた。花の終わった花々を、もっと大切に扱わなければね。
NHKで冷凍食品の番組をやっていた。野菜や魚や、色々の食品が冷凍パックで売られている。新鮮なうちに冷凍されるので、栄養も確保されている。今までもたまに使っていたが、これからは積極的に使うことにしよう。冷蔵庫の中で材料を無駄に腐らせることが、減るかも知れない。
|
|
|
| 2006年6月19日(月) |
| 新芽よ伸びろ! |
 |
 |
|
左の写真はシンビジュームである。手前の方に3本ほど新芽が見える。冬寒いベランダに放置してあったので、新芽の成長が少々遅めではあるが、新しい命の誕生であることには違いない。早速栄養剤を施した。詳しい方の意見によれば、今年の開花は無理かも知れない。来年の開花を楽しみに育てたら、と言うことでした。それは仕方がないことであるが、出来れば今年咲いて欲しいものである。
右側の多肉植物は何だか分からない。いただいた寄せ植えの一つだったような気がする。直径5センチほどのとても可愛いプラスチックの鉢に植えられおり、これも永ことベランダで風雪に耐えていたものである。この際大きな鉢に植え替え、倒れないように茎をサポートしてみた。場当たり的ではあるが、やらないより増しである。ベランダ園芸に目覚めてきた証拠である。
|
|
|
| 2006年6月18日(日) |
| シンビよ、あとに続け! |
|
|
|
雨降りの一日ではあったが、ベランダと庭の植木鉢整理を行った。これもずっと気になっていた作業である。シャコバサボテンの葉刺し芽が、結構成長してきた。庭に出しっぱなしなので、そろそろサボテン用土に植え替えなければ根腐れを起こす。一節か二節の小さなシャコバが、一人前に空に向かって伸びている。健気なものである。
もう一つは従来苦手な、シンビジュームである。ベランダの片隅でひっそり放置されている鉢を、手にとってしみじみ眺めてみた。ナ・ナ・ナント、新芽が複数、伸びているではないいか。早速枯葉を整理して水をやり、栄養剤を施した。もしこの新芽が順調に伸びて花をつければ、我が家にとっては前代未聞である。津川家の植物史に、新たな一頁が開かれる。
勢いかってシクラメンの乾燥鉢に、水をやってみた。今年の1月だろうか、花が終わって、その後一切水も栄養剤も与えず、ひたすら放っておいた鉢である。からから状態である。死んでいるのか生きているのかも分からない。だから全く自信はない。多分ダメだろうが、ダメ元である。カトレアはシンビジュームの勢いをもらって、ひょっとしたら元気に生き返るかも知れない。ちょっとだけ期待している。忙しくなりそうである。
|
|
|
| 2006年6月17日(土) |
| 新たなる仲間の誕生 |
 |
 |
|
カトレア「サキソナイ」が、突然咲いた。水もやらず餌もほとんど与えず、ひとりベランダに放置され、長いこと忘れられていた存在である。ほんの1週間ほど前に、蕾の存在に気ついた。それから4日も過ぎただろうか。ベランダの片隅で、可憐な花を開いてくれた。サキソナイよ、よくぞ花を咲かせてくれた。ボクは嬉しいよ。早速仏壇に飾り、「我が家のベランダで育った蘭が、初めて花をつけてくれたよ」と報告した。
朝霞の頃から、我が家では蘭が育たない。これが一つの伝統になっていた。家内も自分も、蘭を育てることにあきらめを持っていた。ほとんどはいただいた蘭である。されど地にいて蘭を忘れず。しつこく保管だけはトライしてみた。花が終わったあと捨てるのは可愛そうで、庭やベランダに保管してみた。昔は水をやったり餌をやったりしたが、結局枯らしてしまった。必要以上に構い過ぎたのであろう。成功した試しがない。
そこである時から、地にいて蘭を忘れることにした。放置することにしたのだ。カトレアは一年中ベランダに、シンビジュームは夏場は庭でたっぷり太陽を浴びさせた。結果、シンビジュームは相変わらず咲きそうにないが、ついにカトレア に花がついた。バンザーイ! である。
右側の写真、先般Yさんからいただいた献花、セントポーリアである。セントポーリアの飼育はかなり難しい。以前一度、挑戦したことがあるが根を腐らせ、見事に失敗した。水をやりすぎたのかも知れない。あるいは冷房が悪かったかも知れない。自分のような雑なセンスでは、この花は育てられないと諦めていた。だから久々の挑戦である。差し当たり水やりを慎重にしている。置き場所はしばらく仏壇の脇としたが暗すぎるので、今週からリビングのテレビの上に置くことにした。直射日光を避けある程度明るいところ、水は乾いたらやる程度、人が快適に過ごせる環境に心がけることにしよう。
蔓バラ・カクテルが一応咲き終わった後で、ベランダも庭も寂しかった。ちょうど良いタイミングでの、嬉しい訪問客である。カトレアもセントポーリアも、楚々とした控えめな美しさがある。しかも凛とした生命の主張があり、かつ可愛さを感じさせる。長く我が家で咲き続けてくれるよう、注意深く育ててみたい。やはり花のある生活には、潤いがある。人生を豊にしてくれる。この点は音楽に似ている。
|
|
|
| 2006年6月15日(木) |
| 蒸し暑くなってきた |
|
|
|
6月も半ばを迎え、さすがに蒸し暑くなってきた。朝起きたとき、外出から帰ったとき、汗をかいている。特に、体育館に行くと大汗をかく。
梅雨に入り、西日本ではかなりの雨が降っているようだ。今、土砂災害が報じられている。傾斜地に建てられたマンションが陥没しているという。マンションの中にいると雨の音はほとんど聞こえない。急に動き出して、住民はさぞ驚いていることだろう。我が家のマンションも雨の音はほとんど聞こえない。特に夜はカーテンを閉めている。何も見えない。静かでよいと言えばよいが、外で異変があっても、分からないかも知れない。
この時期は雑菌が繁殖しやすい。食中毒に気をつけなければと、自分に言い聞かせている。冷蔵庫の中や食器戸棚の中、汗をかいた衣類、部屋の中のゴミ類等々、カビが生えないように、気をつけよう。ものだけでなく、自分の中にもカビが生えないよう、気をつけなければいけない。くさくさすると、心の中にもカビが生える。この時期は植物になったつもりで、湿気と雨は天の恵みと感謝して、室内で楽しく過ごそう。音楽良し、テレビ良し、読書良し、パソコン良し(ただしこれは肩が凝らない程度とする)。
久し振りにソニーのショールームを覗いた。新製品・デジタル一眼レフ、αに触れてきた。なかなかの優れもののようである。構えた感じで、その重さは気にならない。ピントの合わせ方、シャッタースピードや絞りの決め方も分かりやすい。多機能の割には、使い勝手も良さそうである。従来のミノルタカメラの交換レンズが利用できるのも、メリットである。
次に液晶テレビの展示を見た。その鮮明度が、ひと頃の液晶とは格段の差であることに驚いた。また、角度を変えても、見劣りは少ない。我が家のトリニトロンとの差はかなり、縮まった。買い換えるほどではないが、「これなら液晶でいいね」と思った。
そしてレコーダーと音楽編集ソフトの話をじっくり聞いてきた。編集ソフトは、ひょっとしたら手持ちのバイオに付属しているものをバージョンアップしたら、使いものになるかも知れない、なんて期待して帰ってきた。
時々思うことだがソニーもヤマハも、魅力的な製品開発は止めて貰いたい。ついつい買いたくなってしまうのだ。無ければ無いで、手持ちの機器で何とかするのに、ついつい買いたくなってしまう。ハードディスクレコーダーもその一つである。400ギガのディスク容量で、デジカメの編集やスライドショーが出来るというのは魅力的である。因みに我が家のハードディスクレコーダーは80ギガである。ハイビジョンだと、すぐ満杯になってしまう。
まあ、目の保養をしたと思えば、いいか。
|
|
|
| 2006年6月13日(火) |
| ファミリー・コンサートへ向けて |
 |
 |
|
第12回ミニ・コンサートが終わって、次はファミリーコンサートの準備にとりかかる。自分にとっては、初めて体験するイヴェントである。幸い一年間のミニライブの経験がある。その経験を生かして、全力投球。皆さんの協力を得ながら、持てる力を100%発揮したい。家内追悼の意を込めて、そして「音楽を通じて皆が幸せになりますよう」、そんな思いが伝わるコンサートにしたい。
控えめな彼女であったから、まず「追悼」と云う言葉を必要以上に前面に押し出さない方がよい。彼女は自分が主役になることを好まない。追悼という意志を持ちながらも、お越しくださる人に喜んでいただけるような、そして心の輪が広がるようなコンサート。ほのぼのとした雰囲気に包まれたライブとなるよう考えてゆこう。音楽には不思議な力がある。きっと音楽の神様(ミューズ)が応援してくれる。
いつもは狭い防音室でのミニライブだが、今度はある程度広い会場である。音もよく響く。伸び伸びした気持ちで、楽しいコンサートとなるように努力しよう。
|
|
|
| 2006年6月11日(日) |
| ミニライブ・ショット |
 |
 |
|
角ちゃんのミニライブ・ショットである。左は蔵田さんの「セピア色の雨」、右は美香のピアノ・ショパンの「雨だれ」。今回のテーマは雨でした。でも、当日の天気は薄曇りでした。
|
|
|
| 2006年6月11日(日) |
| スナップショット |
 |
 |
|
第12回ミニライブのショットを、当館専属カメラマン(無給)をお願いしている角田さんから、メール添付でいただいた。ほんのちょっと前のライブシーンが、もう写真となって送られてくる。しかもメールで。便利な世の中になったものである。
左側の写真は山中仁美さんと美香のリハーサル風景である。二人とも忙しく、住居も離れているので、そうは合わせる暇がない。本番前のひとときは貴重なリハーサルタイムである。仁美さんは千葉県の杉戸高野台から若葉台まで来てくださる。本当にご苦労さんです。これからもよろしくお願いします。
右側の写真は自分のショットである。この写真を見て、軽いカルチャーショックを覚えた。かくも楽し気な我が表情を見るのは、初めてだったからである。人間誰でも普段、自分の表情を見ることはない。カメラと鏡があればいつでも自分の表情は写せるが、それはあくまで「撮られている」あるいは「自分を見つめる」という意識が働いた上での表情で、自然体ではない。故に自身の真実の表情を見る機会は、余程の有名人でない限り、一生に何回もないことなのである。
このショットから、その場の雰囲気や自分の心の内が鮮やかに甦ってくる。無意識の間を移ろい流れゆく人の心、その流れに一瞬ストップをかけ、歌舞伎で見栄を切るように、その瞬間を引き延ばしてクローズアップする。何となく流れていた心の断面が切り取られ、鮮やかに浮き上がってくる。映像に刻み込まれた表情から、自分がこの時を心から楽しんでいることが読み取れる。思うに、自分自身楽しかったことは記憶にあるが、その程度は記憶をを遙かに超えていた。ここまでリラックスしこの時を楽しんでいたとは、このショットを見て初めて認識したのである。
先日もこの日記に、ミニライブが身に付いてきた(これが本当の「身にライブ」?)ことを記述したが、正にそのことが立証された思いである。我がことながら、この表情はミニライブに適した表情である。仮に、しかつめらしい顔をしていたのでは、演じる方も聴く方も楽しくはないし、リラックスも出来ない。この表情なら、α波が発生しているのではないかと推測される。そんな瞬間をとらえてくれた、これぞスナップショット(報道写真)の真骨頂ではありませんか。
たまたま3回忌(ミニライブ1周年)を機に、写真展示も含めて久遠館の進むべき方向を考えていたところである。まさにその時、絶妙のタイミングでこの回答が寄せられた訳である。このショットを見て心が決まった。このミニライブの風景こそ、血の通った「歌の風景」ではないか。家内を追悼することで始めたミニライブである。常に人々の幸せを望んでいた彼女の意志を、これからも受け継いで行こう。歌や音楽を通しての交流、やすらぎ、健康への寄与や感謝の気持ちの醸成、これらを大切にして行こう。天国の家内も、きっと賛成してくれるに違いない。
角ちゃんが送ってくれた数枚の写真は、私に自信と勇気(元気)と進むべき方向を示唆してくれました。写真の力は素晴らしいものですね。今、そのことを強く実感しています。どうかこれからも、素敵な写真を沢山撮ってください。そして我々に生きる喜びと勇気を与えてください。
この会を支えてくださる皆さんに、心から感謝申し上げます。
|
|
|
| 2006年6月9日(金) |
| 久々の60キロ |
|
|
|
久し振りに体重が60キロを超えた。と言っても、ほんの一瞬である。体育館では事前と事後に体重と血圧を測る。今般、事前値が60.2、事後59,8を記録した。風邪をひいてから、栄養不足にならないように気をつけていた。肉類や魚類を、以前よりも多く摂るように心がけていた。やはり食べれば少しは太るのである。
今日の夕食は魚、昆布、野菜、バナナ、それにビール。ご飯と餃子を食べようと思っていたが、もう満腹で食べられなかった。しかし夜10時を過ぎる頃から、空腹を覚えてきた。今更ご飯というわけにもいかず、先ほど牛乳をぐい飲みに3杯ほど飲んだ。
12回ミニライブの準備がやっと出来た。1週間ほど前までは「間に合うかな」などと心配するのだが、不思議と時間が来ると準備が出来るものである。もちろん自分だけではなく、何人かの方々にお手伝いいただいての話である。物事、締め切りがないと進まないことが良く理解できる。
歌や伴奏の練習も、同じである。ノルマを課して時間を決めて進まないと、いつまで経っても進歩しない。これは山登りに似ている。誰に頼まれたわけでもないのに自らノルマを課して、昇っているときは「何でここまで苦労して」と思うのだが、終わってみれば「やって良かった」と清々しささえ覚えるのである。いつまで元気でいられるか分からない。よかれと思ったことは、迷わず実行あるのみ。今のうちが勝負である。無理をしてもいけないが、ある程度はノルマを掛けないと、生きている甲斐、生き甲斐を感じない。先日の合宿なども、滑り込みで風邪を治し、やって良かったと思う。ミニライブも、もうじき2年になる。継続は力なり。このライブの恩恵は大である。出来るところまで、走ってみよう。
7月のライブは泉の森会館を借りる。だからミニではない。「ファミリーコンサート」と名付けた。ただ、それだけでは正体不明なので、差し当たり頭に「ワカバ」と付けることにした。本拠地が若葉台であること、家内は「若葉バーバ」、自分は「若葉ジージ」と呼ばれていたこと、ミニライブが若葉教室主催だったことなどの理由から、「ワカバ」を採った。そのうち良い名称が頭に浮かんだら、直せばよい。参加する方々も、若葉のような方ばかりだから、これもぴったりである。
|
|
|
| 2006年6月8日(木) |
| 煮物完成 |
|
|
|
夕方、煮物が完成した。いつものように自画自賛だが、上出来である。早朝、軽く鍋を暖め、味見をしてみた。鰹だし、鶏ガラスープ、ショウガ、みりんを加え、30分ほど煮込んだ後、しばらく寝かした。夕方、再び加熱すること30分、味見をすると肉も軟らかく、味も良く染みこんでいる。レンコンの歯ごたえもたまらない。仏壇に添えた後、さっそく夕食にいただいた。肉の旨味と野菜の甘みが、焼き肉のたれの仲介で程良く醸し出され、華麗なるハーモニーを奏でてくれた。土曜日に、美香と百香にご馳走しよう。
夕方、予告もなく停電した。10分ぐらいで修復したが、パソコンのインターネットが繋がらない。NTTのルーターがリセットされてしまったようである。以前にも似たようなことがあり、その時はNTTに電話をかけ、指導を受けながら修復した。今日はもう時間外なので、連絡は付かない。明日でも良いのだが、そこはせっかちな自分である。あれこれひねくり回し始めた。いろいろやっても上手くいかない。最後にシステムの修復に頼ってみた。「多分ダメだろうな」と思ったが、おぼれる者のわらである、一応すがってみた。果たして、見事にインターネット回線が繋がったではないか。
パソコンが異常だとどうも落ち着かない。特にネットが繋がっていないと、この生活日記も書けないし、明後日のミニライブ・プログラムの修正もできない。予定通りことが進行しないのは、気になるし不安でもある。それだけパソコンが日常生活に浸透しているのだ。インターネットが繋がらないと、外界との接触を断たれたような気になって落ち着かない。落ち着かないと、良いアイデアも浮かばない。寝付きも悪い。あれこれ修復方法を考えてしまうから。
|
|
|
| 2006年6月7日(水) |
| 豚の角煮 |
 |
 |
|
ミニライブの準備も出来たので、気持ちに余裕が出来た。伴奏の練習は続けているが、これは急に上手くなるものでもない。少しずつではあるが、前進はしている。慌てても仕方がない。そこで久し振りに豚の角煮を作ることにした。豚のバラ肉400グラム、ジャガイモ中5個、レンコン2ブロック、エリンギ3本、コンニャク1枚。写真のタマネギはまだ入れていない。味付けはいつものエバラ焼き肉のたれ。それに味噌。
事前に豚肉を味噌に漬け込む。これは試して合点の受け売りである。味噌を肉の一割分袋に入れ、これに水1割を加え良く混ぜ合わせた後、ここに豚肉を入れ、1時間ほど漬け込む。豚のバラ肉は事前に軽く湯通しをしている。漬け込んだ豚肉を袋から出し、大鍋に入れ、中火で軽く炒める。これに次次野菜を加える。そして焼き肉のたれを加え、水を加えて煮込むこと1時間、火を止めて一晩寝かせる。今日はここまでである。何か忘れているような気もする。明日味を見て、修正しよう。多分、上手くいくだろう。
|
|
|
| 2006年6月5日(月) |
| 6月だけど |
 |
 |
|
季節は初夏を迎えている。もう6月である。ちょっと前に新年を迎えたばかりなのに、カレンダーが残り半分になってしまった。今年のカレンダーばかりではない。自分に残されたカレンダー、これは終わりが見えないが、半年分消費したのである。
「有意義な半年だったかい?」と問われたら、なんと答えよう。追悼ライブをして、音楽に浸って、体育館がよいして、教材作って、バラの手入をれして、洗濯をして、ご飯やおかずを作って、疲れて風邪をひいて、直って合宿して・・・、夢中で過ぎた半年である。
Qタとの惜別からもうじき2年、皆さんに励まされ、やっと心の中に陽が差してきたような気がする。風邪をひいている時を除けば、「いつまでも過去を引きずらないで、前向きに行こう」という気持ちになってきた。多分これで、Qも喜んでくれるであろう。3回忌を新たな出発点に出来れば、嬉しい。
|
|
|
| 2006年6月3日(土) |
| ゆったり土曜日 |
 |
 |
|
終日の曇天であった。家から一歩も外出せず、生身の誰にも会わず(電話はあった)、ゆったりの贅沢な一日であった。衣類の入れ替えや洗濯、教材作成やピアノの練習など、いくつかの懸案事項が進行した。
先ずはTシャツ類の洗濯である。この種の衣類は専らクリーニングに出していたが、常々自分で出来るのではないかと、疑問に思っていた。洗濯機の水量や回転数や脱水の数値を押さえ、写真の品を、ソフランで洗ってみた。最後の脱水は、皺にならないようにほんの少しで回転を留めた。ハンガーでつるし干しをすると首部分が伸びるので、写真のように寝かし干しをやってみた。実はこれ専用のパネルが物置にあったのだが、昔捨ててしまった。「そーね」と家内も首をかしげていたが、あれは失敗であった。
平置きである程度乾かしたいた後、シャツをハンガーにかけ、ベランダで影干しをした。といっても、今日は陽は出ていない。結果、皺も付かず伸び縮もなく、良い感じで作業が終了した。手に取ってみると、これならクリーニングに出したのと変わらない。我ながら天晴れなる出来映えである。これからもウールやシルクの洗濯は、自分ですることにしよう。洗濯屋さんには、申し訳ないけどね。
こんな作業をする意欲が出て来たのも、風邪が治ったからである。先週までは、全くそんな意欲はなかった。クーベルタンではないが、「健康の肉体」あっての「健康な精神」である。これからの人生、健康第一であることを強く認識せざるをえない。病気になってひとりベッドに寝ていると、自分の存在が無意味のように思われて、「もう、どうでもいいや」という気持ちになってしまう。何をさしおいても、健康でなければならない。
さて、当面もう一つ二つ課題がある。一つは衣類のたたみ方である。今日、夏物と冬物を入れ替えたが、自分がたたむと衣類がくしゃくしゃになってしまう。タンスを開ける度に、哀れな姿の衣類を見るのは精神衛生上良くない。気が滅入る。何とかしなければならない。ちょっとしたコツだと思うが、上手くいかない。テレビでも教えてくれない。ネットで探してみようかしら。
もう一つは背広の首部分の染み抜きである。白いブレザーの襟部分が黄色く汚れている。クリーニング屋に聴いても、綺麗にならないという。気に入っているブレザーだから、自分で何とかしてみたい。何か方法があるはずである。だが今のところは、全くの闇である。
明日は試してみたい料理がある。味噌を使った豚肉料理である。これはNHKの「試して合点」で見たのであるが、豚肉を調理に先立って1時間ほど、味噌パックするのである。肉の旨味が増幅されるという。豚に限らず、色々な食材に適用できると言う。味噌は体に良いことは認識しているが、みそ汁を造るのはいかにも面倒で、冷蔵庫の味噌はさっぱり減らない。冷蔵庫を開ける度に、味噌が「ワタシ寂しいの」と呟くのだ。済まないと思っている。「味噌君、もう少し待っておくれ」ね。
|
|
|
| 2006年6月2日(金) |
| パトリさん、ありがとう!! |
 |
 |
|
八ヶ岳オン・ステージの楽しさに、まだ酔いしれている。新鮮な空気、遅い春、美味しい料理やワイン、満点の星、白樺や落葉松の林、高原を彩る花々、小鳥のさえずり・・・、都会にはない数々の恵まれた条件の中にたたずむ瀟洒なホテルと音楽堂。そこに集う仲間達の笑顔と歌声が、いつまでも脳裏を駆けめぐっている。
「箱物の造り過ぎ」なんて記事をときどき目にするが、ことホールについてはこれは当たらない。今回の旅行を終えて、その楽しさを噛みしめる反面、良き仲間を受け入れてくれる施設不足を痛感する。パトリの音楽堂のような施設が、あちこちに欲しいものである。そしてリーズナブルな値段で借りたいときに借りられる。音楽をそして余生を十分に楽しませてくれる、そんな施設が近くに欲しい。
その片鱗がパトリにはあった。またいつか、あの音楽堂に行けると言う夢があった。この度その夢がゼロではないが、限りなく絶望的になってしまった。例え年に2回でも、パトリの音楽堂での思い出は長く胸に残る。仲間の友情も培われる。歌唱力もアップする。パトリの廃業が残念でならない。
でも物は考えようである。今まで何回か利用できたことに心から感謝して、この素晴らしい実績を胸に、また新たな施設を探そうではないか。パトリさん、良い思い出をありがとう!!
|
|
|
| 2006年5月31日(水) |
| アマリリス |
 |
 |
|
久し振りに、アマリリスの登場である。写真のように見事なアマリリスが、今頃咲いた。庭の隅っこに置きっぱなしにされていたのに、先週の土曜日に開花したのである。昨年3月、やはりこのような花が咲いた。(2005年3月11日参照) 花が終わった後、そのまま下のベランダに放置しておいたものである。お礼肥も何もやっていない。
春になってから、日当たりの良い場所に移し、自然に任せていた。滅多に水もやっていない。今年は曇天や雨が多かったから、それが幸いしたのであろう。一生懸命水や肥料をやっても咲かない花もあれば、このように何もかまわないのに見事な花をつけることもあるのだ。この花は球根部分がプラスチックの鉢に密閉されているタイプである。昨年一度咲いたから、もう鉢には栄養分が残っていないと思っていたのだが。不思議である。我が人生も、突然このように花開かないかしらン・・・。
|
|
|
| 2006年5月30日(火) |
| 八ヶ岳・合宿 |
 |
 |
|
恒例の「06雅会・春の合宿」が成功裏に終わった。会場はいつもの八ヶ岳・パトリである。梅雨模様の天気の谷間、いや丘かな。二日とも好天に恵まれ、有意義な合宿であった。総勢17名、車3台満車である。左はパトリのホール前での写真である。パトリに到着後、すぐに撮った写真である。
この写真撮影の後、すぐに歌の第1ステージが始まった。声慣らしの叙情歌およびオープニングに継いで、練習曲集「友情」の個人ステージが行われた。新緑、今盛りの八ヶ岳高原の遅い春をバックに、広々とした音楽堂でのステージを十二分に楽しむことが出来た。一同満足のひとときであった。
ちょっと早めの夕食をとって、夕暮れの庭を散歩。右側の写真は、パトリお気に入りでのワンショットである。壁に囲まれた階段劇場が、我々を夢の世界へと誘ってくれる。敷地内に整備された林間遊歩道を抜けて、再び音楽堂へ向かう。第2部は自由に歌う華のステージ(7時〜9時)である。それぞれ漬け込んだ、珠玉の名曲を1曲ずつ披露。その歌声は音楽堂の窓を抜け夜空遙か、星の彼方まで流れて行ったことでしょう。以後バスタイムを経て、10時から締めくくりのミーティング。11時頃、就寝。
翌日の早朝散歩も前回同様。6時半、車でホテルをスタート。今やお馴染みとなった清里の森へ向かう。八ヶ岳の春は遅い。5月も下旬なのに、レンゲツツジが真っ盛りである。そして朝露に濡れた草原には艶やかなタンポポの微笑み、「お早う、また来てくれて、ボクは嬉しいよッ」と黄色い声をかけてくれる。池を取り巻く草原の要所要所には、落葉松の新緑が目立つ。根元には茶色く可愛い松ぼっくり君。少し離れて、白樺の木肌と朴の木の緑が目に浸みる。美味しい高原の空気を、胸一杯に吸い込んだ。
朝食後、女性軍は大好きな(病気?)買い物を楽しむ。記念撮影をして9時半過ぎにパトリを出発。美しの森へと向かう。ここはレンゲツツジの名所でもある。今年の春は遅く、標高1500メートルの山頂付近は、今がつつじの最盛期。駐車場からは枕木の柵道が整備され、ゆったりと安全に登山を楽しめる。眼下に広がる緑の草原と山並み。赤岳、横岳、権現山そして遠く富士山などの稜線が素晴らしい。頂上展望レストランにはジャージー牛のソフトクリーム。その看板を横目に見ながら、30分ほどで山頂に着く。レンゲツツジを眺めながらのソフトクリームの味は、また格別でヤンした。
美しの森駐車場から約10分、風光明媚な東沢大橋からの川俣川渓谷が素晴らしい。渓谷の新緑は今が盛り。ハイキングしたい気持ちをぐっと堪えて、駐車場周辺で山菜摘み。イタドリが群生していた。皮をむいて口に入れると、風味と酸っぱさが口いっぱいに広がる。また車で10分ほど走り、天女山頂上の駐車場に至る。ここでは大島さんのワンちゃんも一緒に散歩を楽しむ。居合わせた他のグループや家族連れとも仲良く合流。5歳くらいの可愛い女の子の「カワイーイ!」という黄色い声に、一同癒される。
再び車で数分の距離、予定通り柳生博さんの「八ヶ岳クラブ」に到着。たまたま入り口付近で本人、柳生博さんに出くわす。真剣な眼差しで手に挟み、蔓植物の手入れ中であった。30分ほど施設内を見学。手作り家具や工芸作品に目を見張るも、そのお値段にも目を見張る。
広いレストランである。12時過ぎに全員で「スパゲッティ」をいただく。大人数で頼んだ割には、まずまずの味である。帰りがけに柳生博さんと記念の写真撮影。柳生さんが気安くサインに応じてくれた。ジーンズの背中に、サインを貰った人もいた。
締めくくりは南清里・道の駅での農作物購入。お米や野菜をいっぱい買い込んで、車も胃袋もハラいっぱい、心は幸せいっぱいにて須玉インターへ向かった。中央道は何事もなく、談合サービスエリアで最後の休憩。また、お土産を買ったり胃袋を満たり、楽しく旅を締めくくり小田急線黒川駅に向かった。
追伸 残念なことが一つ。このパトリ、今回を持って閉館となる。だからパトリ最後の旅行である。音楽堂があってピアノがあって、素敵な庭や天文台があって、しかもリーズナブル。良いことって長続きしないのが、世のならい。向こうさんにも色々都合があるのだから、仕方がない。
パトリの皆さん、本施設を紹介してくれた角田さん、お陰様で良い思い出が沢山出来ました。厚く御礼申し上げます。願わくば、これに代わる次なる施設を、ご紹介くださいませ。角ちゃん、お願い!!
|
|
|
| 2006年5月27日(土) |
| 梅雨模様 |
|
|
|
五月も残り少なくなってきた。天気予報通り、今日は雨。降ったりやんだりの状況だが、夜半から雨は激しさを増すという。今日、午前中は雅会のレッスン。どうやら風邪は良い方向に向かってきた。レッスンをしていると、外の景色が見える。鬱蒼とした林である。ガラス越しではあるが、山里の新緑は雨を歓迎している。雨に濡れた樹木の葉は、鮮やかな緑を誇っている。植物にとって、これは恵みの雨であり湿気である。
日本は高湿多雨で森林も多く、水不足の心配は無い。砂漠化とは無関係である。石油には恵まれていないが、こと水については恵まれている環境である。もし、雨が降らなくなったら大変である。人も植物も干上がってしまう。雨に感謝しなければならない。
先日テレビで見た風景、砂漠は悲惨である。年間雨量は日本の10分の1くらい。それでも時として、束の間ではあるが雨の恩恵に浴することがあると言う。すると満を持していたのか植物の種が、一斉にその生命を誕生させるという。種とは不思議な力を持っているものである。あの小さな殻の中で、じっと少ないチャンスを待っている。何年も何十年も。時が来れば迷わず即行動を起こし、大地に根を生やす。真っ茶けた砂漠が緑の草原に早変わりである。
草を食べる動物、それを狙う猛獣たち。弱肉強食の世界である。ああ、シマウマや鹿に生まれなくて良かったとつくづく思う。それにつけても昨日までの悪夢の3週間、砂漠であんな風邪を引いたら、ひとたまりもない。ライオンの格好の餌である。体力がないから、逃げ切れっこない。日本にいるから家で静養したり、医者に行って薬をもらったり、スケデュールを変更したり、こうして回復することが出来る。そう、今だからこそ出来るのだ。もし現代が戦国時代だったとしたら、これは無理な相談である。ああ、今この世に生まれて生きて、本当に幸せである。平和に感謝、医学の進歩に感謝、ご先祖様に感謝。隣人に感謝。合掌!!
|
|
|
| 2006年5月26日(金) |
| 銀座は大人の街 |
|
|
|
日記の日付を見て、やはりこれだけ飛んでしまったか、と思わず呟いてしまった。3日抜けているのだ。いずれも風邪の所為である。健康の大切さを改めて思い知る。日頃から気にはしているのだが、風邪をこじらせてしまった。最大の原因は電車の冷房である。自分は冷房に極端に弱い。風邪を引いているときは尚更のことである。気がついたときは既に遅い。これからもあることで、何か対策を考えなくてはならない。どうやら、回復してきました。
お見舞いやご心配くださった方々に、厚く御礼申し上げます。
用事があって、久し振りに銀座に出かけた。銀座へ来るのは一年ぶり以上かも知れない。銀座は加齢と共に好きになる街である。今日はそれを実感した。銀座は新宿や渋谷と違って、「大人の街」である。街に品格と落ち着きがある。これは価値あることである。
地下鉄の改札を出ると、構内に大きな案内板があって、(以前には無かったと思うが)、ベレー帽をかぶった案内嬢がひとり、黄色い声を張り上げていた。最近は一見さんが多いのだろうか。分かっているのだが、折角だから「A3出口はどこ?」と案内を請うてみた。笑顔で「あちらです」と親切に旗で合図してくれた。
階段を上がって地上に出ると、早速目に付くのは石畳である。この石畳を歩くのも楽しみの一つである。若葉台のプロムナードにも石畳はある。しかし銀座の石畳は断面が大きい。一つ一つが大きくて個性的で、形と色が違っている。石だから硬いはずだが、まるでクッションがあるかのようで、何となく足に優しい。見た目もアスファルトやコンクリートブロックに比べて、断然豪華である。歩道そのものも広い。そして道行く人々も、せかせかしていない。何故か年配者や外人が多い。たまたま30人くらいの、熟年団体観光客にも出会った。欧米人(カナダかアメリカかイギリス・・・仕草に余裕があり、そんな感じ)で、太り気味の人が多かったが、それぞれメンバ同士が仲良さそうで、如何にもゆったり旅行を、そして人生を楽しんでいる様子、やはり老後は人生を楽しまなければと、ご同慶の至りであった。
別に若い人が嫌いというわけではないが、妙な色に顔を塗りたくったり、これ見よがしにへそを出して大声で闊歩してゆく姿は見たくない。二人連れで、これ見よがしにイチャイチャしているのも、お目に掛かりたくない。殊更にサンダルの金属音を町中に響かせ、大股で闊歩する女性にはもっとも会いたくない。
きちんとした礼儀正しい若者も沢山いるのだが、これは目立たない。周りの迷惑を顧みない傍若無人の振る舞いは、嫌でも目に付く。自分に残された時間は少ないから、出来れば嫌なものは目にしたくはない。無頼漢の被害者にはなりたくない。被害者意識が強いのだ。こういった被害者意識からからすれば、銀座はもっとも安心して歩ける街である。心なしか居並ぶ商店街も、エレガントに見えてくる。
用事が終わって昼食を採った。久し振りにライオンに入った。銀座ライオンに入るなんて、これは多分10年ぶりくらいである。地下鉄を降りたときから、今日の昼はライオンと決めていた。理由は分からない。久し振りに入ってみたくなった、というだけ。店の入り口でメニューを見て、だいたい注文を決めてから店の中に入った。
やはり店の中も落ち着いていた。若い人もいたが数は少なく、ひとり客が半分くらい。皆、きちんと食事ないしはビールを飲んでいた。ウェイターが来たので、メニューを見ずにハンバーグ定食を注文したら、それは2階でしか食べられないという。1階と2階と別メニューとは、以前からそうだったかも知れない・・・と思い直し、機嫌良く冷やし中華を頼んだ。機嫌良くである。980円で、コーヒー付き、銀座にしてはリーズナブルである。
若いときはこういうときにも、腹が立ったものである。「1階と2階で、どうして差を付けるのだ」なんて、怒ったことであろう。自分はどうして、いつもいつも腹を立てていたのだろうか。家内に「どうしてそんなことで腹を立てるのか、不思議。ワタシ分かんな〜い」、とよく云われたものである。その通りである。そんなことで怒ることはない。でも、その時は腹が立ったのである。それで血圧も高かったのだろうか。
程なく冷やし中華が届いた。皿ごとしっかり冷えていて、ハムや野菜やエビを初めとする具にゴマだれソースがかかっていて、見てくれも良い。おもむろに割り箸を開き、具とたれとソバを混ぜて具とメンを高々とすくい上げ、ソバが切れたところで口に吸い込んだ。ぷーんとごまの香り、「ウーン!イケル。なかなか美味い」、ビヤホールにしては出来すぎである。この店、昔からつまみは豊富だし、メニューも豊富だったことは覚えている。しかし冷やし中華があるとは、知らなかった。そこらの中華料理屋よりも、ずっと上である。
昔新橋に勤めている頃、近くにミュンヘンというビヤホールがあって、同僚とよく行ったものだ。夜になると歌声喫茶のような雰囲気になって、おじいさんがエレクトーンを弾いて、若い娘さんが歌を歌って、お客も一緒にビールを飲みながら大いに飲んだものである。「自分も歳をとったら、あんな風に出来たらいいな」などと思ったものである。歌もビールも大好きであったから。あれから何年経ったのかしら。ざっと数えて40年・・・ふと考えてみれば知らぬ間に、現在似たような方向に進んでいるではないか。ビヤホールではないが、いこいの家やミニライブで、結構似たような人生を楽しんでいる。家内が逝ってしまったことは誠に残念だけど、いつまでもそれに拘っているのはよそう。家内はこの胸に生きている。くよくよするのは止めよう。元気を出して残された時間を楽しもうよ。あの観光客ではないが、人生、老後にしか出来ない楽しみがたくさんある。周囲を見れば素敵な仲間が沢山応援してくれている。体を大切にして、この人達にお返しが出来るよう、頑張ろうではないか。この人生、決して捨てたものではないし、捨ててはいけない。
この銀座ライオンも夜、音楽演奏をやっているらしい。でも、最近は夜まで遊ぶ元気はない。歌も酒も音楽も、昼で十分である。夜は家で過ごすに限る。こうして楽しいことや昔を思い出しながら、日記を書くのも楽しい。遊ぶ計画を立てるのも楽しい。遊べばまた、それ思い出の種になる。思い出に浸る、これは年寄りの特権だ。楽しい思い出を作るためには健康が欠かせない。今回の風邪は店が与えてくれた忠告である。素直に受け入れよう。運動も必要である。昼のウォーキングは横山の道や桜ヶ丘公園、多摩センター、神代植物園、たまあに上野(美術館)、これに銀ブラを加えてみますか。
|
|
|
| 2006年5月22日(月) |
| バラ・ガーデニングショー |
|
|
|
恒例(年中行事化している)の西武球場での国際バラ・ガーデニングショーが、今開催されている。NHKハイビジョンで録画を録り、先ほど見たところだ。もう大分前の話だが、現地にも2回ほど、Qタと行ったことがある。広い会場だし、ここからでは交通が不便である。香りがしないことを除けば、テレビで見るのも悪くはない。例の柳生さんを初めとする各種解説もあり、2時間、楽しく見ることが出来た。幾つか気づいたこともあり、今後参考にしてゆきたいと思ったこともある。バラ作りが、益々楽しkなりそうである。
歌伴については風邪で少々休んでいたが、本は読んでいた。こちらの方も、少し動き始めそうな気配である。左手と右手、双方の動きを多彩にするべく心がけているが、少しずつその成果が現れそうなムードである。「現れた」と云いたいところだが、まだそこまで進歩していないのが残念である。しかし、先ほどその気配を感じた。きっかけの一つは、最近読み始めたテンションコード解説である。これが刺激になっている。テンションコードを意識したことにより、オブリガードの幅が広がりそうである。オブリガードを分散和音と考えれば、1度、2度、3度、4度、5度、6度、7度と、ほとんどの音が使えるわけである。今のところ、自分はほとんど、1度、3度、5渡しか使っていない。もっともっと、自由に他の音を使っても良いのである。遠慮しているわけではないが、なかなか手が出なかった。それが少しずつ広がりそうなのである。右手はある程度動き始めている。これからは左手の活動が問題なのである。
直接は関係はないが、バラと音楽は何か関係しそうな気がする。精神的にというか脳内的にというか、頭の中での整理整頓の話である。庭のバラを上手くデザインし咲かすことと、歌伴を多彩にスムーズに鳴らすことに、共通するものがありそうな気がしている。
|
|
|
| 2006年5月21日(日) |
| 五月晴れ |
|
|
|
5月に入って3回目の日曜日、朝から良い天気である。空気もからっとしている。思えば五月は3〜5日こそ良い天気であったが、あとは雨ばかり。3日のハイキングの好天気が懐かしく思い出される。あれからもう2週間である。月日はどんどん過ぎてしまう。地球温暖化の影響かどうか分からないが、最近の日本の気象は異常である。このようなまともな五月晴れの日を迎えると、とてもほっとする。
ほっとしたことはお天気だけではなく、自分自信の健康である。2週間ほど、風邪に悩まされていた。この日記も滞り勝ちであった。まだ、完全回復ではないが、今朝から薬を飲むのを止にした。薬は咳や発熱を抑えてくれるが、睡眠剤が入っているせいか、体がだるくてならない。胃にも良くない。でも、薬を飲む前は、もっと大変であった。一つは汗である。一晩に寝間着を5回ほど替えた。洗濯物が大変である。洗濯そのものは洗濯機がやってくれるが、干す手間、干した後たたんでしまう手間も馬鹿にならない。自分はものの整理とか仕舞うのが苦手である。特に洗濯物は上手くたためない。ついついためてしまう。今朝それを全部たたんだ。たくさんあって、随分と時間が掛かった。
この洗濯物をたたむという作業、自分は不得意であるが、上手な人もいる。家政婦の清水さんはシャツでも寝間着でもパンツでも、デパートのショーケースに飾るように見事にたたんでくれる。タンスを開けたとき、爽快感すら覚える。自分とは大違いである。自分のたたみ方は悲惨そのもので、タンスを開けたとき気が滅入る。例えばシャツの首はひしゃげ雑巾のようである。たたむときに隅々をきちっと合わせれば良いのだろうか、それが上手くできない。右に左に変形してしまう。
風邪薬を飲むと、いかにも異物が体内に侵入している感じで、自然ではない。頭がぼーっとするし、胃が弱いので食欲も落ちる。眠くて何もする気にならない。体を休める意味からすれば、その方がよいのだろうが、いつまでもこうでは困る。体に活を入れるつもりで、一昨日は久し振りに体育館に行ってみた。これも2週間ぶりであった。だるいながらも、体操をすると気持ちがよい。心配した血圧はそれほど上がっては居なかった。でも下が運動前は90で、運動後は80であった。1回計っただけであるが、ほぼそんなものかと、納得した。下が100を超えていなくて、よかった。
バラも雨の中で満開となり、強風にも打たれ、今、花は散りつつある。花が散った後、バラは実を付けるわけだが、次の花を咲かせるためには、可愛そうだがつみ取った方がよいという。今までは木の高さも低かったので、簡単に剪定できたが、人の背背丈を超えた現在、簡単には剪定できない箇所がある。梯子をかけて剪定しなければならない。梯子から転落しないように、気をつけなければね。まあ、ぼちぼちやろう。
ピアノの練習も、このところの風邪で休んでいた。そろそろ「歌ひとすじ」の歌伴の練習をしなければならない。それに歌伴力のアップを図りたい。多彩な伴奏のためにはテンションコードの把握が必要である。先週末、テンションコードの教則本を購入し読み始めた。今、ごろごろしながらそれを読んでいた。もっとも分かりやすい一つに、左手でルート音とセブンを押さえ、右手で3度音と、テンション音を弾く手法が記述されていた。これは、自分に取っつきやすい方法である。「左手のセブン音と右手の半音下がった6度の音が、耳に心地良い響きを醸し出す」という説明、これは納得である。そして6度と13度はオクターブ違いで同じこと、これも納得である。
半音のぶつかり合いでは、メジャーセブンがお馴染みである。ルート音と半音下がりのぶつかり合いである。これは如何にも単純だが、響きは悪くはない。では9度はというと、ルート音、3度音ともに全音でのぶつかり合いである。しかしセブン音とは長3度の関係でハモる。強調する奴しない奴、色々混ざって魅力的な音になる。これがテンションなのだろう。
|
|
|
| 2006年5月17日(水) |
| 天気は下り坂 |
|
|
|
長峰クリニックでいただいた薬を、真面目に飲んでいる。でも、なかなか風邪は抜けない。余程ここの住み心地がよいのであろう。そろそろ出て行ってくれないと、こちらにも色々都合があり、困るのだ。体育館にも、もう10日ほど行っていない。今週中には行かないとまずい。運動不足は、心臓に悪いのだ。
急に汗が出たり、寒くなったりするのにも面食らう。ちょっと周囲の温度が上がったり、体を動かしたりすると、ドバーッと汗をかく。それが冷えて寒くなる。咳と喉は随分と直ってきた。これは助かっている。咳が出ると、気管支が痛くなるから。
体が疲れているのか、夜も昼もよく眠れる。今日も電車で、危うく乗り過ごすところであった。座るとすぐ眠くなるのだ。薬に睡眠剤が入っているのかな。それとも、疲れかな、一時眠れなかったことが嘘みたいだ。
梅雨入りのような日が続いていたが、今日はまずまずのお天気であった。でも快晴ではない。午後、一時雨も降った。明日から再び天気は下り坂らしい。梅雨入り宣言はしていないが、実質的には露みたいな雰囲気である。庭の雑草を抜きたいが、風邪が治ってからにしよう。
|
|
|
| 2006年5月15日(月) |
| 若葉台の開発 |
 |
 |
|
駅前の郵便局、フレスポ等の開店に続き、平成21年秋に、やはり駅前に「家電量販店・ケーズデンキ」がオープンの予定である。同時にレストランも出店するそうである。是非そう願いたい。食べるものがないのは、とても困る。ついつい食生活が疎かになってしまう。フレスポにもっと、レストランが出来ると予想していたが、期待はずれであった。今度こそ、期待できそうである。
そして、南多摩方面も、現在建設中の図書館前に、「いこいの湯」なる温浴施設が建設されるそうだ。
これらの完成はやはり平成21年という。と、あと3年である。もっと早くして欲しいものである。家内に先立たれた男の平均余命は4年だそうだ。家内が行ったのは平成16年の夏である。4年というと、平成20年夏である。21年では間に合わない。
因みに亭主に先立たれた女性の平均余命は、22年だそうだ。男女で18年も差があるのだ。風邪がなかなか治らないのも、この辺に根拠があるのかも。誰かから5年ほど分けてもらえれば、嬉しいのですが。Qタに相談してみようかしら・・・
|
|
|
| 2006年5月14日(日) |
| ライブ風景 |
|
|
|
今回も角田さんが、ライブ風景を撮影してくれました。
左:百香、前回に続く2回目のステージである。曲目は「キラキラ星」演奏終了が、お姉様より花束とお菓子をいただきました。大変喜んでおりました。
中:ミニライブ初登場。デュオ「コバクラ」の誕生です。曲目は「バラが咲いた」です。小林さんの透き通ったソプラノと蔵田さんの暖かい包容力に富んだアルト、このハーモニィがステキでした。今後のご発展を期待します。この他、蔵田さんは「バラ色の人生」を、ドラマチックに歌ってくれました。
右:お馴染み、若葉コーラスと皆様によるコーラス、「野バラ」「野中のバラ」です。若葉コーラスはこんかい「花」と「エーデルワイス」を歌いました。 |
|
|
| 2006年5月13日(土) |
| 風邪に悩まされる |
 |
|
最悪の体調の中、第11回ミニ・ライブが終了した。1週間前から風邪をこじらせ熱っぽく、昨日は声が全く出なかった。昨夜思いあまって、全身水冷摩擦をした。果たして強烈な震えと悪寒に襲われた。まるで電気椅子にかけられたようだ。命の危機を感じさせる震えである。「これはいかん」と厚着をして布団に潜り込み、大汗をかいて何回も寝間着を取り替えた。喉が焼けるように痛く、頭が宙に浮いているような感じであった。体温計を探したが、見あたらなかった。多分38度はあったと思う。
うがいをし、喉にプロポリスをつけ、鼻にタオルを押し当てて眠った。朝目が覚めると、ショック療法の甲斐あって、状態はかなり良くなっていた。これなら声も何とか出そうである。でも、食欲はほとんど無い。葛根湯のせいである。やむなく朝、胃薬を飲んだ。
午前中のレッスンが終わり、ミニライブが始まった。最初に2曲歌った。喉に負担をかけないよう、細い声で歌うようにした。喉はまだ痛い。体もだるい。昼食はほとんど喉を通らなかった。南多摩(美香の迎えで)へはKさんが行ってくれたので、助かった。今日はバラ特集のライブである。庭のバラが見事に開花してくれて、皆さん大変喜んでくださった。た。
会はほのぼのした雰囲気の中成功裏に終わり、5時頃、皆さん帰宅された。即、床についた。すぐに眠ってしまった。8時少し前に目が覚めると、嬉しいことに空腹を感じた。久し振りの食欲である。おにぎりやエビやゴボウなど、皆さんのおこぼれをいただいた。美味しかった。この風邪、一体いつまでお付き合いするのだろう。 |
|
|
| 2006年5月12日(金) |
| 怪我に注意!! |
|
|
|
ヤンキースの松井選手が手首を骨折した。足かけ14年、連続試合1678試合出場の記録も、今日で途絶えた。残念なことである。現地でも、大きく報道されているようだ。高が野球といえども、彼の存在は大きい。人なつっこくて真面目な振る舞いは、スポーツ親善大使としての役割を十分果たしている。
スポーツに怪我はつきものだが、今回のように壁にぶつからなくても、骨折することがあるのだ。あれだけのスポーツマンがひょんなことで骨折するのだから、我々が庭や室内で転ぶことなど、変な表現だが朝飯前である。松井の場合は、前に落ちる打球を前進してスライディングキャッチした時に、グローブを持った手首を骨折したのだ。捕ればもちろんファインプレーだろうが、何とも取り返しの付かないことである。
最近身の回りで怪我が続いている。他人事ではない。体の硬くなっている我々高齢者は、日々、万病との戦いである。あまり慎重になるのもいけないし、逆もいけない。常に注意を払いながら、運動神経や筋肉を鍛えることである。内臓も呼吸器も循環器も、すべて同じである。大切にしよう。と言いながら、この風邪、なかなか直らない。こじらしたのかもネ。
以前、家内が退院したときに作った応援歌、「明日へ向けて」を久し振りに歌ってみた。若干詞は変えてみたが、出だしの3行で、涙が出て歌えなかった。これを発表会で歌ったとき、彼女が涙ぐんでいた姿を、まざまざと思い出したのだ。
「あれから3年、よく頑張ったね。3回忌までには、涙無しで歌えるように頑張るからね」
|
|
|
| 2006年5月10日(水) |
| クーラーに用心 |
|
|
|
練習曲集「歌ひとすじ」の編集作業が、終盤を迎えている。Tさんから素敵なイラストをいただいて、その加工をしてみた。A4版より若干大きめの和紙に、見事な花や風景が描かれている墨絵である。生き生きとしていて品格があって、額に入れて壁に飾っておきたい代物である。そのままの大きさでは使えないので、縮小コピーかパソコンに取り込まなくてはならない。検討の結果、スキャナーでパソコンに取り込むことにした。この方が色々と加工しやすい。ただ、墨絵の色感をそのまま出すのは極めて難しいことが分かった。コントラストと輝度調整をするのだが、ぴったりしたものは出来ない。でも、初回にしては上々の出来映えである。
高齢者の転倒事故が相次いでいる。前回のOさんの家庭内転倒に続き、今度はNさんが運動中に転んで骨折したと聞いた。詳細は分からないが、競技中に足を滑らせて転んだのであろう。高齢者に運動は必要なのだが、怪我には十分気をつけなくてはいけない。他人事ではない。
お陰様で自分はこのところ元気であったが、ここに来て少々風邪気味である。連休中、音楽室でくしゃみをすることが時々あった。上の部屋に比べて、下の音楽室は気温が低い。上から降りていったときは体が温まっているので気がつかないが、しばらくすると体が冷えてくるのだろう。喉がおかしい。
最近は気象の変化が大きいし、これからはクーラーが大敵である。今日早速、帰りの電車でクーラーに悩まされた。まだ車内は暑くはない。、クーラーなどつける必要はないと思うのだが、がんがん冷やすのだ。エネルギーの無駄使いだし、健康にも良くない。冬よりも夏風邪に気をつける必要がある。
風邪は万病の元である。気をつけねばネ
|
|
|
| 2006年5月8日(月) |
| 賞味期限 |
 |
 |
|
相変わらす、庭のバラが絶好調である。マンションの庭から見ても、我が家のバラが咲き誇っている姿がよく見える。真っ赤な花はよく目立つ。ぞくぞくっと嬉しさがこみ上げてくる。まだ幾つか蕾が残っているし、どうやらバラの賞味期限は土曜日まで持ちそうである。是非皆さんに見ていただきたいものである。
バラは賞味期限が切れても命や健康に別状無いが、食品の賞味期限は常に気をつけねばならない。日頃から、食品は極力必要な量だけを買うことにしているのだが、時々、冷蔵庫の中に忘れていることがある。ひどいときはチンの中に置き忘れている。我ながらがっかりする。
棚を整理していたら、レトルト食品というのだろうか、カレーとかスパゲッティソースとか、幾つか発見された。ほぼ一年前に賞味期限の切れた、スパゲッティソースである。でもしっかり密閉してあるので、これはすぐに捨てずに試食することにした。10日ほど前に、まずカレーを食べてみた。風味は欠けているが、妙な味はしない。腐ってはいない。本来はもっと美味しかったのだろうが、さすがに可も無し不可も無しという、普通の味であった。
今日はトマトソースを食べてみた。風味を付ける意味で、野菜をたっぷり入れてフライパンで炒めた。結果、本来の味に野菜の新鮮みが加味されて、なかなか美味しかった。我ながら上手くいったという自負もあって、満足した夕飯であった。安易にものを捨ててはいけない。賞味期限は、一応の目安に過ぎない。捨てなくて正解であった。
食品に限らず、ちょっと手を加えることで、旧いものが生き返ることがある。端布とか工具とかネジとか、ちょっとした時にずばり当てはまることがある。ものばかりではなく、これは人にも言えることかも知れない。高齢者の智慧が、役に立つことがある。昔の経験を生かして、ちょっと風味を付加することで、素敵な作品や発想が生まれることがある。
「もう歳だから」なんて諦めてはいけない。歳だから役に立つことが沢山ありそうだ。頭の体操にもなるし、惚け防止にもなる。老いの有効利用、これは国や自治体としても取り組むべき課題である。個人はそれを楽しみにして、楽しい老後を送ることが出来る。老いは貴重な社会資本かも知れない。
「オイ オイ! そんなに上手く行くのかい?」
「なに、心がけていれば、老い老いうまく行くさ」
「分かった。オーイにやりたまえ。オイどんも期待しちょるばい」
(何故か突然の、九州なまり)
|
|
|
| 2006年5月7日(日) |
| 連休終わる |
 |
 |
|
長いゴールデンウィークが、本日幕を閉じた。約10日あまりだろうか、お天気はまずまずであった。初めと最後は若干崩れたが、3日〜5日を中心に五月晴れが続き、行楽地は賑わったことだろう。お陰様で、庭のバラがかなり開いてきた。今日庭に出て驚いたことには、植え替えたテールが深紅の蕾を開いたことである。日陰の身で約3年間、じっと耐えたことのご褒美か、今年は見事な花を付けてくれた。やはり何事も我慢あっての開花だね。テール君。
そして写真には写っていないが、更に手前の今年植え替えたキターイは、先日も記述したが素晴らしいシュートを何本も根っこから生産している。赤茶色した新芽が、グングン空へ向けて伸びて行く。今年花はあまり期待しないが、枝部分を相当伸ばすのではないだろうか。文字通りキターイ(期待)の星である。
さて、このゴールデンウィークだが、自己満足ではあるが、今まででもっとも有意義に過ごしたような気がする。音楽、ガーデニング、教科書編集(カットの研究)、ハイキング、読書、写真の整理、音楽室のディスプレイ構想等々、背負っていた宿題がかなり進捗した。一つ一つ記述すると、明日の朝になってしまうので、今日は項目だけにしておこう。順次、この日記に記録して行きたい。
あと何年生きられるか分からないが、家内との別離から1年9ヶ月、ここに来てやっと、ひとりで生きて行く自分なりの形が見えて来たような気がする。自分にとって大事なものは何か、どんな心構えで何をすべきなのか。おぼろげではあるが(錯覚もあるかも知れないが)、その姿が見えてきたような気がしている。もちろんもっとも大切なことは、健康管理である。
病気になっては何も出来ない。他人にも迷惑をかける。健康保持にもっとも必要なことは、危険信号を見逃さないことである。痛いとか痒いとか、重いとか苦しいとか、見えないとか、凝るとか、色々な信号を見逃さないことである。運動や睡眠や食事や、ストレス発散は毎日の積み重ねである。常時要チェックし可能な対策を取ることである。
そして細かいことに腹を立てず、毎日笑って快適に過ごすことである。無い物ねだりをせず、これしかないと思わず、これだけまだある、こんなに良いこともあった、とプラス・カウントすることである。例えば、家内は死んでしまったが、自分には良い思い出がたくさんある。人生を豊にする色々なことも教えてもらった。美香も元気にしているし、家内によく似た孫も元気だ。友達も沢山いる。俺はとても幸せ者だと思うことである。
そしてもし明日お迎えが来ても、慌てず・騒がず・狼狽えず、にっこり笑って「ああ、いいよ。待ってたよ」と二つ返事でスタコラと、迎えのタクシーに乗るように、気楽に三途の川へと旅立つことである。これもきっと、楽しい旅になることだろうと、死を怖がらないことである。実際、Qタが河原の茶店まで、旗を掲げて出迎えに来るはずである。旗には「熱烈歓迎・チョータ師」とでも書くのだろうか。偽物に騙されないように、合言葉も決めてある。「山」と来たら「川」である。これを忘れてはいけない。マジックで手のひらに書いておかなくちゃーネ。
|
|
|
| 2006年5月6日(土) |
| バラとモーさん |
 |
 |
|
朝の目覚めと共にカメラをもってベランダへ。今朝は随分沢山開花している。もう、花の数は簡単には数えられない。だから数えるのは止めた。よく見るとテールやキターイ達も、随分蕾をつけ、且つ、それを膨らませている。この調子なら、さっと咲いて、さっと無くなってしまう心配はなさそうだ。一応四季咲きだから、そうでなくちゃ困るのだが。でも、最初に咲く五月のバラはなんと云っても秀逸で、花の数、大きさ、色艶、すべてに勝っている。あと1週間後に、最大の見せ場がやってくると嬉しい。
写真を撮っていたら、大きな蜂が蜜を吸いに来ていた。黒っぽくまるまると太って黄色い縞々のあるヤツ、夢中で花の周りを飛び回っていた。綺麗な花に虫が群がるのは、どこの世界でも共通であるね。バラは虫が付きやすい。今日は消毒することにしよう。
部屋にはモーツァルトの「セレナーデ」が流れている。こうしてバラの写真を見ながらモーさんの調べを聴くのは実に気持ちがよい。バラとモーツァルトは相性がよろしい。多分べーさんよりもずっと合うように思う。バラもモーさんも、限りなく美しく、見る人聴く人の心を和ませてくれる。理由の一つにモーさんの音楽には心地よい揺らぎがあると、昨日テレビで言っていた。成る程と頷けた。
ではこの蔓バラや如何に。季節的に咲き方にばらつきがあること、これは一つの揺らぎではある。ずっと同じように咲いているのも良いが、時期によって咲き方に違いがあるのも、心配する反面楽しみでもある。また、音に高低があるように、バラの咲き方にも高低がある。枝を四方に伸ばし、今度はこちら、次はあちらと、配分することが出来る。まさに五線紙に音符を填め込んでいるようだ。当面、バラ音楽の演奏者はカーク、テール、キターイの3者、トリオである。蔓バラ・ トリオ君、素敵な演奏を頼むよ。
|
|
|
| 2006年5月5日(金) |
| バラ、満開へと進む |
|
|
|
この温かさで、我が家のバラが一斉に咲き始めた。楽しみにしていたバラが開花することは嬉しいのだが、反面、蕾が少なくなって、夢が次第に減って行くようで、少しだけ寂しさも感じる。これはマイナス思考である。見事に開花したことを、素直に喜ぶべきである。花が咲けば必ず散ってゆくのである。形あるもの必ず滅す、花も然りである。まして花の命は短いのだ。
嬉しいことに今年は枝が大きく伸びて、去年にもまして見事な花をつけたのだから大成功である。その上、植え替えた2本のバラも順調に育っている。心強いことである。大いに悦ぶがよろしい。自慢するもよろしい。だが単純に喜んでばかりいられないというこの性格、根っからの貧乏根性なのである。
この際、素直に喜ぼう。カークの有志を見たまえ。成長著しく、その枝は背丈をかなり超えているではないか。伸びた枝の重さで自然とアーチ状に頭を垂れて、風格が出つつあるよ。我ながら見応えを感じるよ。この調子で行けば、来年は更にアーチが大きくなるだろう。
テレビでは盛んにモーツァルトの特集番組を放映している。特別番組で長時間放映なので、一度には見られない。録画を録って、何回かに分けて見ている。合間に歌やピアノの練習したり、有線放送の音楽を聴いたりして楽しんでいる。だからバラと音楽漬けのゴールデンウィークである。これひょっとしたら、最高に贅沢な休日かもね。
|
|
|
| 2006年5月4日(木) |
| いよいよカクテル開花 |
 |
 |
|
蔓バラ・カクテルが開花を開始している気配である。「カサコソッ」と庭の方から、花びらの開く音が聞こえてくる。カクテルの苗は全部で3本植えた。もっとも東側の日当たりの良い場所に植えたバラ、仮にカークと名付けよう。カークはもっとも成長が早い(写真左)。今朝、10個ほどの蕾を開花させた。ところが午後見たら、これが20個ほどに増えていた。このまま温かさが続くと、13日(ミニライブ)まで花が持つかどうか不安である。「出来るだけ長く、いつまでも咲いてておくれ。カーク君」。花の命はカークあるべしと、見本を示しておくれ。
真ん中のバラ、これは昨年、日当たりの悪い場所から現在の場所に移植したものだが(写真右中央)、今年は逞しく伸びそうだ。右の写真で一つだけ深紅の花が開いているのが見える。仮にテールと名付けよう。テールは蕾の数こそ少ないが、順調に成長している。カークが上へ上へと伸びているので、テールは地面に近い部分を担当してもらう。テール君、期待しテールよ。
一番西側の末っ子バラは今年春、つい最近移植したものだ(写真右の右端)。でも既に、根本から元気の良い新芽が3本ほど伸び始めている。少ないが蕾も付けている。我が家の成長株である。キターイと名付けよう。大いにキターイしているから。
これで壁沿いに東西一列に並んだ。団子3兄弟ならぬカクテル3兄弟である。いずれこの3兄弟で、「バラは如何にあるべきか」をテーマに、ディスカッションをしてもらう予定である。
|
|
|
| 2006年5月3日(水) |
| ハイキング日和 |
 |
 |
|
風薫る五月、一点の曇りもない、絵に描いたようなハイキング日和。いわゆる五月晴れという奴。昨日の雨と雷が嘘みたいである。「サー、今日はハイキングだ」7時半に起床。朝食と簡単な準備をして、若葉台駅へ、8時半頃永山駅に着く。駅前バス停で数人のメンバーと出会う。
総勢14名、9時29分のバスで桜ヶ丘公園へと向かう。春の陽射しの中、バスは聖ヶ丘団地の中を抜け、約15分で記念館前に到着。公園入り口の展望台から丹沢・秩父連山等を望んだ後、桜並木のトンネルをくぐって深閑とした園内を進む。花の終わった桜、花をつけ始めたつつじ、透き通るような葉で着飾ったもみじ等、咽せるような新緑の林を抜けて、聖跡記念館に到着。館内を見学。館内中央で明治天皇(騎乗)に謁見。「いつまでも若く、元気に生きなさい!」とお言葉を賜る。
以後ウグイスのさえずりを聴きながら、新緑の園内を散策。チップ材を撒いた遊歩道の感触が足に優しい。「こならの丘」にて昼食を摂り、再び園内を散策。つつじ、ハナミズキ、藤、シャクナゲ等を鑑賞し、園内に生育する各種野草を採取する。東住宅付近の「見晴らしの丘」からは、青空遠く富士山を望むことが出来た。富士の高嶺は本日に備えての雪化粧か、鮮やかな純白に輝いていた。
多摩東公園の藤棚を観賞(写真左)、後、同公園東はずれのニレの木の美しさに感動。その黄金色の輝きに一同心打たれ、自然発生的に「高校3年生」を合唱。全員青春時代にタイムスリップ。「生まれも育ちも別々だが、旅立つときも別々ね」と、今日を生きる幸せを噛みしめ、この日の出会いを悦び称え合う。「青春時代が夢なんて、後からしみじみ思うもの」・・・(青春時代)のメロディ・シーンが入道雲のごとく脳裏に湧き上がった。が、この熱い思いはひとり、天空遙か彼方に昇華させた。
しばし青春時代を回顧した後、足取り軽く口軽く、尾根幹交差点を抜けコープ若葉台店へ。コープにて小買い物をした後、久遠館へと向かう。久遠館入り口で蔓バラ・カクテルの歓迎を受ける。カクテルは今年も順調、既に7〜8輪の花びらが「いらっしゃ〜い」と優しい笑顔で一同を出迎える。館内で短いながらも歌の会と精進料理(野草の天ぷら、よもぎ餅、冷やしあずき等)の会を催し、本日の締めくくりをした。
話題の一つとしてひょんなことから「五能線」に関心が集まり、歌だけでなくて実際現地に「行けたらいいね」など、夢のある意見交換がなされ、楽しい時が過ぎた。「また9日にレッスンでお会いしましょう」と再会を約し、散会した。思えばお天気に恵まれ、心温まる一日であった。
本日参加並びにご協力くださった皆様に、心から感謝いたします。合掌!!
|
|
|
| 2006年5月1日(月) |
| メーデー |
|
|
|
寒暖の差の激しい日々が続いているが、ついに五月に突入である。今日はヤケに暖かい日であった。それもその筈、今日は7月並の気温だったという。でも、相変わらず風が強い。湿気を含んだ南風である。湿度は78%と報道された。
庭の蔓バラ・カクテルが咲き始めた。今日は数個の花が開いていた。風が強いので、右に左にあおられ何だか可愛そうである。花びらが葉や茎に当たるので、傷もつく。まだ花の開きは全体のほんの一部、ポツンポツンという感じだが、蕾の隙間から赤い花びらが覗いているものも少なくない。ここ1週間で、満開になりそうだ。一斉に咲いて、一斉に散ってしまうのは困る。少しずつでよい、長く咲いていて欲しい。少なくとも13日(ミニライブ)までは、たくさんの花が咲いてて欲しいものである。
「バラの思い出」の詞にあるように 「真っ赤に 真っ赤に 咲いてておくれ」 という気持ちである。
「バラの思い出」の詞が何とか出来上がったので、今日から練習を始めた。何回も手を加えた詞なので、これ以上ひねり回す気はしない。いつも思うことだが、文章で読む詞と歌ってみたときの詞は、その受けるニュアンスが異なる。文章の詞は朗読調、歌の詞はメロディとリズムがつく。感じ方が違ってくるのは、当然かも知れない。文章の詞が良くても、歌詞として歌ってみて「まあ、いいか」という感じになるかどうかは分からないのだ。
その日の声の調子によっても、感じ方が異なる。調子の良いときはどんな詞でも歌えるし、調子が悪いと歌いにくいことがある。今日のコンディションはよろしくない。昨日、飲み過ぎたからである。多摩センターのディナーショー(ウッドリバー・オーケストラ)で結構飲んでしまったのだ。何だか会場全体の雰囲気が高まっていて、それを受けてか演奏者ものりに乗って、いやが上にも雰囲気が盛り上がって気分高揚、ついついの飲み過ぎである。アルコールはやはり喉に悪い。といって、このコンサートの雰囲気を享受しない手はない。若き日のスタンダードナンバーは郷愁を誘い、心をタイムスリップさせてくれる。ついつい心も若やいで、はしゃいでしまう。これが音楽の力であり、魔力でもある。
このコンサート、前回は昨年暮れのことであった。やはり飲み過ぎたことを覚えている。新宿と違って、多摩センターは家に近い。家の庭先にいるような気持ちで、ついつい気を許してしまうこともある。年に何回もあることではない。たまには良いじゃないか、タマ(多摩)なんだから。
ウッドリバー・オーケストラはフルバンドに近い11人編成である。メンバーはいずれも年配者であるが、昔取った杵柄(そう、昔打った篠塚)、やはりそのハーモニーと迫力は聴かせるものがある。それに芯から音楽好きな人たちである。真摯に音楽に取り組み、こよなく音楽を愛する心が伝わってくる。
ピアノ、ドラム、ベース、トランペット、トロンボーン、サックス、クラリネット、それにボーカルという内容である。それぞれの楽器が場面場面で心に響く。生演奏の魅力である。その演奏が聴衆の心を打つ、聴衆が反応する、それを受けて演奏者が益々乗ってくる。このキャッチボールである。高まる躍動感と情感、盛り上がる雰囲気、これらは部屋でCDを聴いているのとは大違いである。
逆にさっぱり乗ってこないこともある。お互いに足の引っ張り合いで、しらけ鳥が会場を飛び回る。そんなステージもたまにはある。演奏者と視聴者が協力し合って作る、その場限りの、一度だけの音場空間である。会場の雰囲気、これがライブの真骨頂である。
特に今回はトランペットソロが多く、その出来映えも冴えていた。トランペットの音色はメッチャ派手なところが魅力である。目立ちたがり屋の代表である。そこが好きだ。目立つところが魅力である。ある時は弾けるような情感の高ぶり、ある時は寂しさと哀しみの吐息。その艶やかな高音の響きがストレートに琴線を揺さぶる。
そしてもう一つ、今回はボーカルがステキであった。今までは「何これ?」という感じを受けたこともしばしば。でも今回は声に伸びと艶がありパンチも利いていた。英語の発音にも、ジャズっぽい切れがあった。「ああ、これがこの人本来のボーカルだったのだ」 何故今まで隠しておいたのだろうかと、首をかしげた。これから切磋琢磨して、いつもこうあって欲しい。
|
|
|
| 2006年4月29日(土) |
| 練習カラオケ作り |
|
|
|
練習曲集「歌ひとすじ」の練習カラオケづくりが、もう少しである。以前と作り方を変えたので、幾つか手戻りがある。一つは入力音量が大き過ぎたこと、一つはソニックステージでのトラブルである。機械の組み合わせにも、若干改良の余地があるような気もする。
ソニックステージを便りにしているのだが、連続録音をDIVIDE(分割)すると音が消えてしまったりするのだ。これはバグである。と言って安易にバージョンアップすると、別な不合理が生じて、作業そのものが出来なくなる可能性がある。うかつに バージョンアップは出来ない。今回は試行錯誤である。時間が掛かることは仕方がない。でも、疲れる。
|
|
|
| 2006年4月28日(金) |
| 最高に良い天気 |
 |
 |
|
絶好のハイキング日和である。昼前から多摩東公園経由で桜ヶ丘公園へ。季節は完全に春から初夏へと向かっている。公園には鯉のぼりがはためいていた。あと三日で五月なのだ。さすがに萌葱色は影を潜め、力強く新緑が立ち上がっている。芝生の中のタンポポも、綿毛の花をふくらませている。
今日はいつもと違う道を探索してみた。道標に「聖の道」と書いてあった。花や樹木の多い遊歩道で、住宅地の間を抜けて、東公園と桜ヶ丘公園を結ぶ道に連結していた。聖ヶ丘2丁目からバスに乗り、いったん永山駅に行った。多摩センターで用足しをし、帰りは再び永山駅からふれあいの道を散歩して、若葉台へと向かった。コープで買い物をし、帰宅した。今日は随分と歩いた。
東公園の藤が満開であった。
|
|
|
| 2006年4月28日(金) |
| パソコンのお掃除 |
|
|
|
VAIOデスクとVAIOノートのデフラグを行った。両者とも動きが悪くなっており、ついにデスクパソコンの作業が不調になったからだ。原因は作業ファイルの領域が、減少したためである。調べると両者とも、空き領域が数%に減少していた。通常Cドライブの空き領域は、最低15%は必要である。一時ファイrなど、相当のファイルを整理した結果、両者とも作業領域が改良されて、動きが通常になった。
まだまだ使わないソフトや資料ファイルが、Cドライブにあるものと思われる。暇を見て、中身を点検しなければと思う。ファイルで大きくメモリーを食うのはデジカメ写真である。これは最初から分かっていることなので、過日K氏に依頼して自作パソコンを整備したのである。音楽室に置いてあるパソコンだが、この自作パソコンにはデジカメ写真をストックすることにしている。
書斎に置いてあるVAIO DESK(以下デスクパソコン)は主としてホームページと音楽試料を、リビングのVAIO NOTE(以下ノートパソコン)にはメール関係や印刷関係、住所録・賀状・教科書等の管理を分担している。セキュリティ対策は一括して東日本NTTのルーターに頼っている。
このスタイルが完成してから、我が家のパソコン環境は極めて満足な状態である。パソコンのお守りに時間を取られなくなったのである。と言ってもメンテナンスは必要である。各パソコンとも。どうしてもデジカメ写真が増えてくるのだ。例えばこのデスクパソコンだが、生活日記のデジカメ写真が大分溜まってきている。ノートパソコンも同様である。賀状・教科書等の印刷用映像が次第に溜まってきている。
教科書と言えば、この度はTさんの協力を得て、素晴らしい挿絵を入手できることになり、とても嬉しく思っている。Kさんの腕前はかなりのもので、お願いするには大いに気が引けるのだが、ご本人も「励みになる」からと、快くお引き受けくださった。角さんの写真同様、図々しくお願いすることにした。作品を見ていただければ、教室の皆さんにも喜んでいただけること間違いない。
音楽を通じて、たくさんの方々との輪が広がり、嬉しいことである。多くの方々にお世話になっており、本当に感謝している。ここに改めて厚く御礼申し上げるとともに、今後ともよろしくお願いいたします。
|
|
|
| 2006年4月26日(水) |
| 益々新緑深まる |
|
|
|
周辺山々の新緑が、随分と深まってきた。春爛漫か、もう萌葱色は影を潜め、緑が深まりつつある。ゴールデンウィークの予想気温(最高)を見ると、明日以降次第に上昇し、5月1日には22度に昇る。5月3日のハイキングは、どうやら天気に恵まれそうである。歌仲間に呼びかけたが、果たして何人くらい参加してくれるか、出欠は問うていないので、それが返って楽しみを誘う。
さて、新緑の話に戻るが、先日のメタセコイアの芽吹きは素晴らしかった。まさに生命の息吹、という感じだ。桜ヶ丘公園のメタセコイアは永山のそれよりも進行が遅れていた。5月3日はどんな状態だろうか、これも楽しみである。生育した緑も気持ちの良いものではあるが、あの息吹く姿は格別である。ほんの一時のこと、なかなかお目にかかれない。
そう言えばミニライブの新星、若葉台の息吹き「百香チャン」はどうしているだろうか。次のライブでは「キラキラ星」を演奏するとのこと、練習はしているだろうか。最近とんと、声を聞いていない。便りがないのが、元気な便りかな。5月3日のハイキングには、是非顔を見せて欲しい。
|
|
|
| 2006年4月25日(火) |
| バラの思い出 |
|
|
|
ここ10日ほど、「バラの思い出」の作詞に振り回されていた。一旦はこれでよいと思ったのだが、見直す度に推敲したくなってキリがないのだ。一つは家内の旅立ちが、心の中で整理されていないことに起因している。バラの季節を迎え、ミニライブのテーマにバラを選んだことから発している。いくつかの曲のうちに百万本バラがあり、これを歌ってみたことから始まったのである。
翻訳であろうが、楽譜に付いている訳詞が気に入らない。ミニライブではQに捧げる自分の気持ちを正直に表現したい。借り物の詞では「これ、違うな」という感じで、歌う気がしないのである。登場人物は自分とQとバラの3者である。この3者の整理が上手くいかない。詞が進行する中、視点が微妙にずれてしまうのである。
思い切って、詞を単純化してみた。3コーラスまで、出来るだけ同じフレーズを複数回、使えるだけ使ってみた。何だかすっきりした。また、明日になったら変わるかも知れないが、もうこれでよいような気もする。シャンソン風だから複雑でも良いのだが、エッセイと同じで、何もかも詰め込もうとすると、焦点がぼけてしまう。いずれにしても、勉強になった。
|
|
|
| 2006年4月23日(日) |
| 萌葱色から新緑へ |
 |
 |
|
日一日と緑が濃くなってくる。多摩センターのゆり樹林、豊ヶ丘のメタセコイア並木(左)、ケヤキ通りのケヤキ並木、銀杏通りの銀杏並木、桜ヶ丘公園のシャクナゲと雑木林(右)などなど、それぞれのペースで、緑を深めている。上の写真、手ぶれる馬鹿ちょんで撮っているので、どうしてもピンが甘い。シャッターを切るとき、自分の手が上下にぶれるのが分かる。分かっちゃーいるけど、止まらないのだ。
ピンの甘いのは、このほか人間の甘さも影響している。やはり、Tさんのように手ぶれ防止装置付きの一眼レフを使い、三脚を立てて写さないといけない。
左のメタセコイアは以前から撮りたかったショットであるが、何故かこの時期見逃していた。一昨年も昨年も、是非にと思っていたのだが、ついつい見そびれていた。予想通り、素晴らしい新芽と樹林である。足下には松ぼっくりを小さくしたようなカワユイ実が、たくさん落ちていた。今日は偶然、最高の状態に出くわすことが出来て、幸せだった。
ところで右の写真、桜ヶ丘公園のシャクナゲだが、随分長いこと咲いている。このところ週に一度は桜ヶ丘公園に行っているから、間違いない。もう一月ほどシャクナゲが咲いている。このシャクナゲ、色の濃いのも特徴である。これが小径に沿って、点々と咲いている。中にはまだ蕾の堅い木もある。この傾向は神代植物園でも見られた。花が持ちすることはよいことだ。これは最近の気温が低い所為だろうか。ひょっとしたら、5月3日のハイキングまで、持つかも知れない。
|
|
|
| 2006年4月22日(土) |
| ブル、倒れる |
 |
 |
|
南方警備隊員ブル君が、先日の突風にあおられて大怪我をした。ベランダの手すりから空中を3回転後、地面にたたきつけられたのだ。しかも頭からの着地、頭蓋骨骨折である。鍋ぶたを空けたように、頭の中身が丸見えである。早速その場で応急処置をして、取り敢えず集中治療室に寝かせている。治療方法は現在検討中である。
思えば風の日も雨の日も台風の日も、彼らは休まず警護に当たってくれている。夏休みも正月休みも無しである。これは労働基準法に違反している。でもお陰で当地に住んで4年間、何事もなく過ごしてきた。彼らの警備のお陰である。ブル君、僕はいつも感謝している。この傷は必ず治してみせる。どうか安心して、しばらく休んでいてくれたまえ。
|
|
|
| 2006年4月20日(木) |
| 素敵な挿絵をありがとう |
 |
 |
|
Tさんから封書が届いた。差出人の名前を拝見して、ひょっとしたらと期待した。Tさんはお茶や書道の先生をしていらっしゃる。年賀状をいただいたとき、その書もさることながら、挿絵の素晴らしさに驚嘆した。プロ並みである。図々しく教科書の挿絵をお願いしてみた。もう大分前のことである。
その時は「イエス」とも「ノー」とも仰らなかった。色々お忙しいだろうし、期待はしていなかった。それだけに嬉しい。いずれパソコンに取り入れるつもりだが、取り敢えずデジカメで写してみた。何枚もいただいた中の2枚である。曲集「友情」まではもう印刷済みである。次の「歌ひとすじ」以降、大いに使わせていただく。Tさん、本当にありがとうございました。教室の皆さんも、この挿絵を見たら喜ばれることでしょう。
たまたま今日、「バラの思い出」の作詞が脱稿した。苦労したので、これも嬉しい。人間、生きていると良いことあるね。嬉しいことが二つあるなんて、今日は近年すべき吉日だ。
|
|
|
| 2006年4月19日(水) |
| この二日間は良い天気 |
|
|
|
昨日今日と、久し振りに良い天気であった。ただし、昨日は黄砂が降ったようで、そう言えば空が異様にくすんでいる部分があった。昨日は今年初めての墓参りをした。富士霊園の桜は満開で、周辺道路の混雑は異常であった。すべての花が一斉にほころび、花の楽園という感じであった。父も、こういう風景が気に入って、この霊園を購入したのであろう。母が平成3年、父が同10年、家内が同16年没である。月日の経つのは早い。墓石に自分の名前が刻まれるのも、そう遠くはない。
百万本のバラの曲に付ける詞「紅い蔓バラ」を見直し始めたら、収拾がつかなくなってしまった。どう書き直しても、思っていることが表現されていないのである。昨日は遅くまで頭をひねったが、さっぱりである。まあ、こういうこともあるさ。この際、大いに迷ってみよう。
詞というのはあっさり出来てしまう時と、迷い出して際限なく迷路を彷徨うときがある。案ずるより産むが安しというが、案じても産まれないから困る。いたずらに紙とインクだけが消えて行く。ひょっとしたら、髪の毛も消えて行ってるかも。バラに対する知識も深めなければいけないが、家内の死に対する受け入れが、今変化しつつある。だから思いの軸が定まらない。これが定まるまで、迷うことにしよう。
|
|
|
| 2006年4月17日(月) |
| まだまだ風が冷たい |
|
|
|
今日は最近としては珍しく良い天気だったが、まだまだ風は冷たい。一体いつになったら、春らしくなるのだろうか。久し振りに都心で懐かしいメンバーに会い、楽しいひとときを過ごした。また、別の会を開く話も出て、若い頃の気分に浸ることが出来た。
帰宅後、次のミニライブの準備で、一つ詞を作った。今度のミニライブは「バラ」特集である。「百万本のバラ」のメロディに自分なりの詞をつけた。自分ではよく出来あがったように思えたが、明日、もう一度見直さないと、何とも云えない。そしてこの詞で、涙堪えて歌えるかどうか、これも自信がない。でも、大丈夫かもね。
|
|
|
| 2006年4月16日(日) |
| はっきりしない天気続き |
 |
 |
|
ここ数日、はっきりしない天気が続いている。曇ったり降ったり風吹いたり、少しだけ思わせぶりに晴れたり、変化に富む。そして気温が低い。花が長持ちするように、調節しているのであろうか。
左の写真は桜ヶ丘公園の雑木林、右は聖ヶ丘緑地の花モモである。雑木林の萌葱色の変化は日に日に著しい。一日ごとと言いたいが、実は半日ごとに色が変わっている(のだろう)。だからこの時期、ウカウカしてはいられないヨ。見逃したら一年待たねば見られない。毎年同じようにステキになるとは限らないから、2〜3年待たねばならないかも知れない。
2〜3年後、今と同じように健康でいる保証はどこにもない。だから、思い立ったら、この時期何回でも気になる場所を見に行くことにしよう。でも木も様々で、雑木林の萌葱色と異なり、聖ヶ丘緑地の花モモはマイペースである。飄々と、我が姿を保っているクールさに惚れる。低温のお陰であろうか。フランク永井亡き後の、テイオン魅力の再来である。
植物はこうして我々人間に見られている現実を、どう感じているのだろうか。見られて幸せに思っているのだろうか。それとも一切感知しないのであろうか。「動物たちがどうなろうとも、植物は一切感知しないし、責任も持てない。そのつもりで、我が姿を愛でるが良し」。植物大作戦の一コマである。
果たして植物に意志はないのだろうか。人間の目線を感じることはないのだろうか。モーツァルトの音楽が酒の醸造や花の生育に有効であると、聞いたことがある。でも、人の目線と植物の生育については、とんと聞いたことがない。馬鹿馬鹿しくて、研究する人もいないだろう。でもでも、これだけ素敵な萌葱色を、よくぞ演出してくれるものである。
人は植物無しでは生きられないが、これほどの風景を期待してはいない。如何に天才画家でも、これほどの絵を描くことは出来まい。これは神業としか考えられない。神様がこの世の別れに送る、最後のプレゼントだろうか。それともあの世の風景の予告編なのだろうか。「一年中、こういう景色だよ、あの世は良いところだよ」と、お迎えが近いものだけに見せる、珠玉の風景なのだろうか。
良し分かった。神よ、それなら死んでやる。潔くあの世へ行ってやる。このような素晴らしい景色を毎日見せてくれるなら、もう死んでも良い。ただしちょっとだけ条件がある。この風景プラスバラの園、音楽(出来れば生演奏)、部屋にグランドピアノ、美味しいお酒(ビールとワインと日本酒、たまにシャンパン)、楽器が弾けて声が良くて料理と掃除好き、そして性格の良い使用人を数人、千の風に乗れる雲、アラジンと同じ魔法のランプ、それが条件です。小さな望みです、ハイッ!!
|
|
|
| 2006年4月13日(木) |
| バラが咲いた |
 |
 |
|
待望のバラが1輪、その可愛い蕾を開いた。まるで春の到来を告げる斥候である。健気である。庭の蔓バラのもっとも伸びた蔓の先端に、早くから付けていた一つの蕾、とうとう開いた。何故かたった一つだけである。全体的には最近の雨と温かさで、蔓の各所に無数に蕾が芽を出してきているが、まだ小さくて、花を開くまでには時間が掛かりそうだ。それでよいのだ。慌てなくてよい。咲くのは5月に入ってからでよい。
5月のミニライブは「バラ」を特集することにしている。「野バラ」「バラが咲いた」「100万本のバラ」「バラの実」、「バラの生涯」「バラとおじさん」などなど検討中だ。5月の第2土曜は13日である。その時、満開だとステキである。音楽室の窓からよく見えるので、皆でそれを見ながら歌ったら雰囲気が出ること間違いない。春のバラは色が濃い。ピンクと言うよりも、紅色である。そして可憐で生き生きしている。
左の写真は馬鹿ちょんデジカメで撮ったものである。左は標準、右は目いっぱいの望遠で撮ったものである。望遠はちょっと手ぶれしている。上のベランダの手すりに手を固定して撮ったつもりなのだが、やはりぶれている。これだけの距離があると、望遠はぶれやすい。やはり一眼レフでないとシャープな映像は難しいかも。以前からデジカメの一眼レフを欲しいと思ってはいるが、ちょっと重たそうだし、豚に真珠のような気もする。もし買うなら、200みりくらいのレンズが欲しいな。
このところ美香の薦めもあって、オリーブオイルを食している。以前から家にあることはあるが、エキストラバージンを、多摩の三越で先日購入した。「南スペインの有機畑で採れた大地と太陽の恵み」と謳っている。主にはサラダ用であるが、何にかけても美味しく食べられる。栓を開けたときはちょっと青臭かったが、しばらくするととても馴染んできた。野菜はもとより、肉でも豆でもパンでも、先日豆腐につけて食べたが、これも結構いけるのである。ほうれん草のお浸しなんかにも、合う。
|
|
|