旋風剣舞



「えいっ!!」
 掛け声と共に、低い風斬り音が訓練所に響く。
 幼さを残すそのかけ声の主はニムントール。
 酷くめんどくさがりな面を持つ一方で、並外れて意地っ張りで見栄っ張り、そして頑張り屋な一面をも持ち合わせる彼女は、他のメンバーが詰め所に戻ってからも一人で訓練を続けていた。

 一応、ファーレーンには、「ちょっと片付けしてから戻るね」と言ってある。
 それに対してファーレーンは、「うん。わかった。無理しないでね」と応えると、優しく笑ってニムントールの頭を撫でた。
 ニムントールにとって、ファーレーン以外の相手にであれば見透かされる事に腹も立つのだろうけれども、それがファーレーンであるならば、自分をちゃんと見てくれているのだ、という嬉しさが先に立つ。

 「やあっ!! ……っととっ」
 『曙光』を横薙ぎに振り、次いで二撃目に移行しようとして姿勢制御が上手くいかず、よろける。
 戦場であれば致命的な隙だ。
 下手をすれば、いや、よほどの幸運が無い限り、戦闘の場でこんな隙を見せたら一発アウト。
 ふぅっ、と、額の汗を拭って天を仰ぐ。もう一度だ。『曙光』を構え直す。

 「えいっっ!! ……っととと」
 またもよろける。
 自分の未熟さが悔しくて腹が立たしい。
 けど、自己嫌悪しているヒマがあるなら、どうすれば良いかを考え、動くべきだ。
 そうニムントールは思い、そして為す。

 考える。
 どうすればいい?
 『曙光』を短く持つ?
 ダメ。
 それではリーチが無くなって、攻撃の威力も落ちてしまう。
 多くの青スピリットと間合いが重なる事になる。その間合いでは、力でも、速さでも、技でも、相手に対抗出来るとは言い切れない。
 黒スピリットには踏み込まれる危険が格段に増すし、赤スピリットには間合いに入れて攻撃するまでが一テンポ遅れる事になる。
 自分の長所である間合いの長さと攻撃の重さ。戦いで勝ちを得る為には、それを削る訳には決していかない。
 じゃあ、連撃の為に一撃目の威力をおさえる?
 ダメ。
 初めから次を考えての攻撃では、半歩出遅れる。
 そして、一手目に失敗したら、次の手番はもう回って来ない。
 一撃目の破壊力は、絶対に落とせない。

 何十回、何百回と考えた。
 焦る。焦るからこそ、考えは一向にまとまらない。考えがまとまらないからこそ、余計に焦りが募る。
 思考の迷宮は出口を見せない。悪循環に嵌り込んでいる。
 行き詰っているのはニムントール自身でも解っているのだけれども、ニムントールは年若く、こういう時に氣分を切り替えられるだけの余裕は、まだ持ち合わせていない。
 だから、ニムントールはひたすらに『曙光』を振る。
 それしか、今の自分には出来無いと解っているから。
 そこから何かが見つかるかも知れないから。
 弱音なんて吐くスピリットではないのだ、ニムントールは。
 それは良くも悪くも、身近で手本となっているファーレーンの影響でもある。

 前を見据え、『曙光』を構え、振り、よろける。
 泣きたくなるような苦しさと悔しさの中、それを幾度も幾度も繰り返す。

 〜〜♪

 その時、いきなり耳に届いた草笛の音に、ニムントールははっと顔を上げた。
 ナナルゥの姿が視界に入ってくる。
「っ!」
 居残り訓練を見られたという気恥ずかしさにニムントールは真っ赤になり、くるりと背を向ける。
 いつの間にか目尻に溜まっていた涙を、ナナルゥに見られない様にぐしぐしと拭き、そのまま帰ろうと歩を進める。
 その背中に、淡々とした声がかけられた。
「もう、訓練は終わりですか?」
 ばっと振り向くと、ニムントールは意地になって反論する。
「く、訓練なんてしてない! ちょっと体を動かしたかっただけ!」
「そうですか」
 納得したのか、そうでないのか。ナナルゥは表情を変えぬままにニムントールを真っ直ぐ見つめる。
「そうなのっ!!」
 その真っ直ぐな視線に居た堪れなくなって再び背を向けるニムントールに、またもや淡々と言葉が投げられる。
「ですが」
「何!?」
「今のままでは、まだ自分で満足出来る戦闘は望めないのでは無いですか?」
「ーーっ!!」
 反論しようとして、出来無い。
 言うべき言葉が見つからずに、言葉に詰まる。
 ニムントールは見栄っ張りではあるが、自分に嘘はつけない。

 ニムントールの持つ永遠神剣『曙光』は、酷くバランスが悪い。
 先端が重く初動に時間がかかり、なおかつ攻撃に威力を持たせると生半な膂力では制動が追いつかない。
 スピリットの中でも、幼く小柄なニムントールにとっては、尚更の事。『曙光』の完全な制御は至難となる。

 今までは『曙光』の重みに任せた、強引な単発攻撃で何とかなってきた。
 けれどそれも、姉であるファーレーンや、他の仲間達のサポートがあったからこそ。
 自分は『曙光』をまともに操れていない。寧ろ『曙光』に振り回されているといった方が正しい。
 そして、敵はどんどん力を、数を増している。戦いが今後更に激しくなるであろう事には、疑いの余地が無い。
 ニムントールは現状をその様に認識している。
 だからこそ、ニムントールは自らの力と、自分を取り巻く現状を客観的に把握した上で、自身のレベルアップが必要不可欠であると結論し、一人居残って訓練をしていたのだ。

「私は草笛の練習に来ただけですから、氣にしないで下さい」
 そんなの無理、と思っても、意地っ張りのニムントールはそれを言葉に出来無い。
 ニムントールは仏頂面で『曙光』を構え直す。
「今日は夕ご飯の当番がセリアだから、お腹すかせる為に、ちょっと体動かすだけだからね! 特訓なんかじゃ無いんだからね!」
「はい」
 あんまりといえばあんまりにもあっさりとした応えに氣勢を削がれ、一つ溜息をつきながらも、再び氣合いを入れ直す。
 ぐっと大地を踏み締め、ふっと短く息を吐く。
 ナナルゥも草笛を口に添え、演奏を開始する。
 ニムントールが『曙光』を振る。

 〜♪
 〜〜♪
 ぴよぴよ〜? ぴよ?

 またダメだ。
 体勢を崩したニムントールは、『曙光』を持ち直す。
 もう一度。

 〜♪
 〜〜♪
 ぴよぴよ〜? ぷぺ?

「……何、その曲?」
 横で妙な音を鳴らされ、氣が抜ける事甚だしい。
 特訓が上手くいっていない事もあって、ニムントールは八つ当たり氣味にナナルゥを睨む。
 そもそも、ナナルゥはこんなに草笛が下手ではなかった筈だ。
 いや、違う。
 技術云々では無く、ナナルゥが今吹いているのは曲になっていない。
 最初の曲の出だしは良かった。
 スローテンポで始まり、徐々にテンポを上げながら盛り上がる。
 けれど、ちょうどニムントールの動きがおかしくなる辺りで、ナナルゥの吹く曲も崩れ、乱れる。
 だからこそ、余計に馬鹿にされているような氣になってしまう。

 ニムントールの不機嫌な視線を、やはり真正面から受け止めてナナルゥは応える。
「今現在作っている最中の曲です」
「今、作ってる?」
「はい。ニムントールの動きを参考にしながら」
「……やっぱ、ムカつく」
 とはいえ、これにも反論出来無い。
 ナナルゥの演奏する草笛の音は正直だと、ニムントールは認めざるを得無い。
 そのみっともなく崩れるメロディラインの如く自分の今の動きは無様だと、ニムントールは自覚している。
 それこそ、ムカつく程に。

 『曙光』を構え直す。
 思い切り『曙光』を振る。
 二撃目に移行しようとしてやはりその威力を押さえ込めず、攻撃が横に流れる。神剣に振り回され、バランスを崩す。
 ナナルゥの吹く草笛の音も、同時に失速し、リズムが乱れる。

「う〜……」
 ニムントールが小さく唸る。
 惨めだが、これは全部自分が悪い。
 とはいえ、曲にまでバカにされている様で、氣分は良くない。
 良い曲を吹いてくれれば、それに合わせて動く事だって出来るかも知れないのに! 逆ギレ氣味に、そんな事すら思う。
「だったらっ!!」
 音を乱れさせない様に、そんな動きをしてやる!!
 ちゃんとした曲を吹かせてやる!!
 半ばヤケクソで、ニムントールはまたも『曙光』を構え直した。

 氣は高ぶっていても、体は、何千、何万と繰り返してきた構えを、しっかりと覚えている。
 体に染み付けた揺らぐ事無き構えを取り、目を瞑って、精神集中。
 周囲全方位に注意を向けつつ、氣魂は天地を貫き己の中心に。
 大地を感じ、大気を感じる。
 大きく息を吸い、そして吐く。
 目を開ける。

「やああっ!!」
 裂帛の掛け声と共に、全力で『曙光』を振る。
(ここでっ! 流れを止めないっ!!)
 一撃目の威力を殺す事無く、『曙光』の流れに体を任せて、自らも旋転。
 勢い良く、思い切り良く。
 草笛の音は、今度は途切れない。
 軽やかにテンポを増す。
 回転遠心力を『曙光』の薙ぎに上乗せて、更に一閃。
「たああっ!!」
 『曙光』が威力を増して風を引き裂く。
 斬り裂かれた大気が、鋭く叫ぶ。
 激しくも朗々と草笛も歌う。

 回転、斬撃、止まらぬ飄風の如きニムントールの剣撃。
 最早流れに乗るというよりも、ニムントール自身が竜巻の様。
 それに合わせ、ナナルゥ草笛の旋律も激しく、勢い良く。
 流れは淀みなく、止まらない。

 舞い散る汗が、午後の日差しにきらきら光る。
 舞い散る草が、緑の香りを撒き散らす。

 伸びやかに、軽やかに、そして何より楽しげに。
 いつしか、ナナルゥの草笛とニムントールの剣は、旋風の剣舞となっていた。

「ふぅっ」
 ナナルゥが草笛から口を離す。
「頭が少々くらくらします。草笛をちょっと吹き過ぎたみたいです」
「はぁーーーーーーっ。あ、あれ?」
 ニムントールが、消耗しきった体を支えきれずに、ふらふらとへたり込む。
「あ、足に全然力が入んないや」
 申し合わせた様に、二人は緑の絨毯の上に横になった。
 つい先程までの剣舞の影響か、土と草の香りが濃い。
(そういえば……こんな感じ、久しぶりかも)
 ここ暫く自分の事に精一杯で、こんなにも穏やかな香りを忘れていた事にニムントールは気付く。
 宵を含み始めた涼やかな風が吹き抜ける。
「ナナルゥ」
「はい。何でしょう」
「その……ありがと」
「いえ。こちらこそ、ニムントールのおかげで、良い曲が出来ました」
 そのまま二人、目を瞑る。
 心地良い充足感に満たされながら。

 夕焼けが、ニムントールとナナルゥを優しく照らす。
 明日も良い日になるだろう。



 ( 06/08/27 )



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