|
赤沢神楽は津南でただ一つ残っている神楽である。いつから始まったかについては定かではないが、赤沢神社に奉納された舞台引幕(昭和53年 町文化財指定)には明治十二年八月の記載があり、明治の初めには行われていたと推察できる。
演題は多岐にわたりバラエティーに富む事から時代時代で追加されていったと考えられる。また三島郡出雲崎の大和舞などと比較すると、どこの宮司から伝えられたなど、伝承経路がはっきりとしない点から、明治期から始まったと考えた方が無難である。一説に松之山や水沢より伝えられたとも言われている。
(写真:津南町芸能フェスティバルにて)
前時代において、厳しい労働の中にあって娯楽を求めていたはずだ。魚沼で神楽が残されている地域をみても山間部に多く、今と違って芝居も旅回りの芸人を待つよりしかたなかった。芝居も自前で調達しなければならなかった時代である。しかし今から考えると、自らイベントを企画し行い、地元用にアレンジして演じた神楽は、豪雪地でたくましく生活していた先人達のエネルギーを随所に感じ取る事ができ、血統を重視する神楽よりも市民参加型は、古くて新しい。そんな先人達の神楽を歓迎し楽しみたい。
演題は、獅々舞 天狗の舞 剣の舞 万才 おかめ六兵衛 伊勢音頭 十二はしご
古大寺 おけさ 岩室甚句 合わせおけさ 他
#岩室甚句の冒頭で「石地〜」と唄っているのは、もと唄の岩室甚句では「石瀬(いしぜ)」である。岩室甚句は作られた唄といわれるだけあって、そう古い唄ではない。また江戸時代、津南は石瀬代官所管轄にあった時期、1784年(天明4)より3年間があり、もし赤沢神楽が江戸のころより在ったとするなら、石瀬を石地と間違えるのは疑問が生じる。口伝えでの伝承であるとはいえ、明治以降とする筆者の意見である。
以下のファイルはTwin
VQにてストリーミング再生が可能
剣の舞01(96KB) 剣の舞02(125KB) 天狗の舞01(145KB) 天狗の舞02(147KB)
|