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こんな所にあるわけ無いと思いつつ、しかしここは津南。半信半疑で覗くと、花はまだだが、まさしく水芭蕉。よく見つけたもんだと思ったが、ここにも空缶が投捨てられている。どうしてこういう事をするかなあ。水芭蕉があるからでは無く、あっても無くても川にモノを捨てないように意識を持てないものか。とても残念に思う。 日本人は古くから川にモノを流してきたが、それが今、まったく意味合いが違ってきている。確かに最初は信仰的あるいは呪術的意味合いがあったであろう。しかし現在かつての意味合いなど微塵も無く、ただの「邪魔なモノ」それはゴミでしかない。水に流すという言葉がある。言葉の発生の過程を考えると、穢れを払い、洗い流してきた事が、単なる邪魔なモノ、目の前から消え去れさえすればそれで良しと、変っていったのではないだろうか。それは信仰的でも呪術的でも無い。これを不法投棄と言わずしてなんと言おうか。いい加減ゴミを投棄するのは止めませんか?地蔵の眼に涙が光った様な気がした。 |