|
あったてんがの。 雪深〜い山奥の大井平に、人を化かす悪いキツネがいたと。村のもんは子どもん頃から何回も悪ギツネに化かされ続け、ほんきに困っていたんだと。 ちょうどその頃、近くの村のお寺に、そりゃ、大変りこうな小僧がひとりいたんだと。ある日、小僧は和尚さまに、「おっさま、おっさま。大井平の悪ギツネが人を化かすってんだが、今日は、これから退治に行きてんで、ちっとひまをくだせえ。」といったと。和尚さまは、それを聞くと笑いながら、「おとなでせえ、化かされてしまうんだ。んなみてえなぼぼは、ひでめにあうぞ。だめ、だめ。」といったが、小僧は和尚さまに熱心に頼んだと。 「おっさま。心配いらねて。おら、おとなみてえに馬鹿じゃねすけ。古いこよみがあったら、二冊ばかし貸してくだせえ。おらにゃ、いい考えがあらんだ。」小僧は檀家の命日を書留めた古いこよみを和尚さまからもろうて、悪ギツネのいる大井平へ出かけていったと。ヨモギをかき分け、クリの木の下をくぐって、どんどん行くと、大きな木の影から、きれいな娘がひとり出てきたと。ほうして小僧の前を、ちょこちょこよんであくんだと。 小僧はあしばやに娘に追いついて、「あね、あね、おまえさんのしっぽは、でっけえのう。」ほうしたれば、娘は振返りながら、「おうこ、小僧さん。おらにしっぽなんか、あるわけねえべ。」「いや、いや。おらみてに頭を剃ってお寺にいるもんにゃ、ちゃーんとわからんだ。いっくら、ねらがおらを化かそうたって、ちょっとやそっとで、化かさんねえ。」娘はたまげて、「そりゃ小僧さん、ほんとけぇ?」あわてふためいた娘を見て、小僧はここぞとばかり、「ほんきだ、ほんきだ。お寺さまの力はすげえぞ。んなが、いっくら頑張っても、おら、たらかさんねぜ。」 娘は、たまげたひょうしにもとのキツネの姿にもどったと。ほうして小僧は、二冊の古ごよみをふところから取出しキツネに見せ、「ほれ、このこよみを見れや。これにゃ、どこそこの村のどこの家でいつ法事があるか、み〜んな書いてある。このこよみさえあれば、おまえの好きな油揚げは、たらふく食べれるぞ。なじょだ。このこよみが欲しくねえか。だども、たたじゃやらんねえよ。おまえの化け玉と、取替えっこしてもいいぞ・・・。今月の十五日は上手の保坂さまが法事と書いてある。ほら、見てみれや。」 化け玉は、キツネには命の次に大事なものなんだがの。だども、大好物の油揚げが、たらふく食べれるという小僧の言葉にたらかされて、とうとう二冊の古ごよみと化け玉を取替えてしまったと。小僧は、化け玉をふところに入れ急いで寺へとんで帰っていったと。和尚さまが化け玉を見ると、まんまるく透きとおった、本当にきれいげな玉だったと。それで、寺では桐箱におさめ、奥の部屋にしもうて宝物にすることにしたんだっつぉ。 小僧は、ことのいきさつを、こっそり次の法事のある保坂さまに知らせておいたんだと。ほうして十五日になって、保坂さまでは、村のもんがたくさん集まって、手に手に棒や鎌を持って悪ギツネが来るのを待っていたんだと。 化け玉のないキツネは化けられねんで、さんざん村のもんになぐられ、命からがら大井平へ逃げて行ったんだと。大けがをした悪ギツネは、小僧にたらかされたことを知って、くやしくてたまんねえかったんだと。なじょかして、化け玉を奪い返し、小僧を懲らしめる方法はねぇべかと、何日も洞穴で考えたんだがね。ほうして仲間から化け玉を借りて、小僧のとりあげばさに化けて寺へやって来たんだと。 その日はちょうど、小僧は隣の村へ使いに行って留守だったんだと。「おっさま、おら、小僧のとりあげばさだがの。おらのめごい小僧が、キツネから化け玉を取って来たといううわさを聞いて、ひと目見たいと思うてやって来たんだて。」 和尚さまは、化け玉をひとに見せちゃいかんと小僧にいわれてるすけと断ったども、とりあげばさは涙を流して、「おら、小僧の命の恩人だ。な〜して見してくんねんだ。冥土の土産に、ちっとだけでいい。」と、さっつぁ頼んだんが、とうとう見せることにしたんだと。悪ギツネのとりあげばさは、化け玉を手にとり透かして見ながら、「こりゃ、おれの玉だ。」といってもとの悪ギツネになり、化け玉をくわえて風のように大井平へ逃げていったんだと。 小僧の留守に、大切な化け玉を取られてしまった和尚さまは困ってしまったと。使いから帰った小僧は、その話を聞いて、もうしゃけながってる和尚さまに、「なーに、化け玉の一つぐらい取られたってくよくよしなさんな。こんだあ、いっぺごと取って来てやる。」といって、さっそく隣の村のたよさまから、烏帽子ひたたれと白い馬を借りて来たんだと。ほうして、たよさまのしたくで白い馬にまたがって大井平へとんで行ったんだと。 ばかげん上天気で、じょんのびげに昼寝をしていたキツネどもの耳に、小僧の透きとおったでっけ声が響いたんだと。「大井平のキツネども!耳ほじって、よーく聞け!我こそは南方稲荷大明神じゃ。この原のキツネども一匹残らず、すぐここへ集まれ!このあいだ寺の小僧に騙されて化け玉を取られた事は、わしの耳に入ったぞ。化け玉は人間の手に触れさせると、全部の玉が曇って役立たずじゃ。ひとまず、わしが持帰って磨いてこなくちゃならん。さあ!いますぐ、一つ残らず玉を差出せ!急げ、急げ!」 キツネどもは小僧の話を聞いてたまげた。木陰や穴からのそのそはい出して、小僧の稲荷大明神がひろげた大きな皮袋に、化け玉を投入れたんだと。小僧はキツネどもが一匹残らず化け玉を差出したのを確かめっと、皮袋の紐を締め、白い馬にまたがって、いちもくさんに寺へひきあげたんだと。 ほうして何日かたったんだと。何日たっても稲荷大明神は化け玉を返してくれねんだと。化け玉の無えキツネどもは、人間を化かして旨いごっつおも、油揚げも食べらんねんだと。しびれを切らしたキツネどもは相談して、玉を催促に行く五匹を選んで稲荷大明神のところへやったんだと。 五匹のキツネどもは稲荷大明神の前にうなだれて、ビクビクしながら、「さて大明神さま、申し上げます。てまえどもの玉は、もう磨き終りましたでしょうか。」と、いったんだと。キツネの話をじっとお聞きになった大明神はものすご大怒りして、声をあらげて、「わしは、そういう玉はいっそ知らぬ。お前たちがいつも、人間さまを化かして悪さをしてっから、ばちが当たったのじゃ。ねらにはへえ、玉はやらんね。さっさと帰れ!野良ギツネになってしまえ。!」と、キツネどもを追い帰したんだと。 それから大井平のキツネは、人を化かさなくなったっつお。息がぽーんとさけもうした。 ※「新潟のむかし話」(日本標準)を参考。採話地:津南町 |
|
だいたい昔ばなしを考察する事など、ナンセンスなのだが、お遊びのつもりでお付合い願いたい。 このお話の原形がいつ頃出来たのかは不明である。そして津南独自のお話かも不明である。しかし津南に実在する大井平という地名や保坂さまという固有名詞が付けられた年代は、おおよそだがつかめると考えた。 まず、小僧がもっていた古いこよみは、宗門帳である。宗門帳の制度が始まるのは、1634年(寛永11)以降である。つまりこのお話の原形は、最も古くとも、それ以降に出来た事になる。 大井平という、津南に実在する地名が登場するが、オリジナルのお話が何処をモデルとしているのかは定かではない。取合えず津南バージョンという事で話を進めたい。 お話に登場する保坂氏は、津南に存在し70%が大井平にお住いである。大井平の保坂氏であると見てまづ間違いないと思う。古い時代において、「さま」と付くのは代々庄屋職を勤めた名士の家である事が多い。恐らく旧家の保坂さまでしょう。 大井平には善福寺という曹洞宗大源派のお寺がある。最初は近くだから善福寺であろうと推測した。しかし保坂家の菩提寺は、同じ曹洞宗大源派で、船山の大龍院である。小僧のお寺は大龍院という事になる。また、お話の中で大井平と言っているのは、他所から言っていると解釈する方が自然である。
菩提寺の開山が1692年であるから、それより古くはない。たいがい昔話には、○兵衛とか○右衛門など、名前が一般的である。具体的な名字が現れる事が、公に名字が名乗れる明治4年以降との見方が出来まいか。1879年(明治12)の現・津南地域の地価所有高によれば、保坂氏は第二位であった。この事からも、この次期を中心とし、戦前までの間に津南バージョンが生まれたと考えてみてはどうだろうか。
|