アンギン


 津南を紹介する上で、絶対に外せない物がある。
それはアンギンである。アンギンとは、カラムシ、アカソ、ミヤマイラクサ等、靭皮繊維を用いて編み上げた布である。

名前の由来

アンギンの袖なし 編み衣から来たという説と、時宗の僧の法衣、阿弥衣とする説がある。古くは縄文遺跡より出土。一説によると6千年前から存在したとする説もあり、まさに幻の衣であった。縄文中期後半には日本全土に分布したとされるが、後に渡来した織り布に押され消滅したものと思われていた。

 アンギンにふれた文献は、近世末より様々あり、中でも鈴木牧之の「北越雪譜」と「秋山記行」はよく知られている。だがしかし、実物がなかなか発見されず謎も多かった。

アンギンの発見

 1953年(昭和28)新潟県民俗学会の創始者、小林 存により上結東にてアンギンが発見される。その後、俵編みで出来る事まで判明したが、制作に要した工具類の発見までには到らなかったのである。

謎の全貌

 1960年(昭和35)津南町立外丸小学校・樽田分校教諭、本山幸一氏が樽田集落において、アンギンとその制作工具一式を発見する。さらに制作体験者の松沢伝ニ郎さんを見つけ出したのである。

 本山氏は当時、津南町教育委員会で文化財を担当していた滝沢秀一氏と共に報告書に着手。ところが松沢氏は92歳と高齢のうえ全盲、それに耳がご不自由であった為、制作工程等、聞取り調査は困難を要した。同地の丸山トイさん(当時81歳)の献身的な協力により報告書は完成をみる。これで今まで謎とされて来たアンギンの全貌が明らかになったのである。

また、貴重な工具類は県文化財に指定。その後に収集された物は国の重要有形民俗文化財の指定を受け、津南町に永久保存される事になった。

それらは津南町船山の「歴史民俗資料館」で観覧する事が出来る。

▲滝沢秀一氏は、1986年(昭和61)キネマ東京より、映画にアンギンを使いたいと話を持込まれている。しかし、氏の関わった物は、全て国の指定を受けた物であり、貸出しは不可。その為、自ら制作に取掛かり、アンギンを完成させている。

その映画とは、三国連太郎 原作・監督「親鸞・白い道」であった。

 (参考文献:アンギンと釜神さま)