一文銭と江戸時代の庶民

 生い茂る草に半分埋もれた状態で石仏があった。あたりが田んぼに囲まれた、津南のとある場所での事。石に刻まれた文面を見ようと草を退けた時、円い物が基台に置かれているのが目にとまった。一文銭だ!。緑青に覆われ多少腐食の進んだそれは、まぎれも無く寛永通寶。銭形平次のあれである。

 どうして今まで、ここに残っていたのだろうか。少なく見積っても百数十年ここに置かれていた事になる。江戸時代の旅人か、あるいは地元農民によって上げられた賽銭。注目したのは、賽銭を通して上げたという「行為」が、依然としてその場に留まり続けた事実。そこに面白さを感じた。時間旅行の、江戸時代への扉がこんな所にも隠れていたのだ。

 行為としての残像に、誰かが気付いてくれるかもしれない。後から来る人の為に、銭を戻した。こうして賽銭が、誰にも取られず在り続けたのは、住民の信仰心の賜物だと思いたい。あれから十年あまりが過ぎ、今でもあの賽銭は残っているのだろうか。また見に行ってみようかな。そんな気にさせる津南は、どこか素朴で心休まるところである。